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「そよぐ(戦ぐ)」を辞書で引くと、どの辞書でも「風に木の葉などがそよそよと音をたてているさま」などと書いてあり、一見したところ「風そよぐ」はおかしように感じます。「そよぐ」のは風ではなく、あくまでも葉や穂の方ですからね。

しかし、一般に「風そよぐ」が使われているのは、百人一首の98、
「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりけり(従二位家隆)」
を本歌として引いたものだと考えられます。

この歌は、京都にある「ならの小川(御手洗川)」と樹木名の「楢(なら)」が掛詞になっているので「風そよぐ」が成り立つのです。つまり、「風そよぐ」と書いてはありますが、実際は「風に楢の木(葉)がそよいでいる"ならの小川"の夕暮れは……」という意味だからです。

ただし、掛詞以降の部分をぶった切って「風そよぐ」だけを引いてしまう
ってアリでしょうか? 
「風たちぬ」のイメージからきているような気もしますが、そもそも「風がそよぐ」という使い方は許容範囲なんでしょうか?

A 回答 (2件)

風によって何かがそよぐという現象が起きるわけですから、厳密に言えば風を「そよぐ主体」とするのは論理的ではないのかもしれません。



ただ、風が他の物質に作用することによって我々が経験的に獲得した「そよぐ」とう視的感覚を、風自体の属性として認識することは許されるような気がします。
個人的には、「頬にそよぐ風」などという表現は可能ではないかと思います。

ちょっと違うかもしれませんが、
「その宝石に反射した陽の光が目に眩しかった。」
「その宝石が目に眩しかった。」
が同義であると許容されているのと似ているようにも思います。
いや、これはあまり良い例ではないかもしれませんね。(^^;)

>「ならの小川(御手洗川)」と樹木名の「楢(なら)」が掛詞になっているので「風そよぐ」が成り立つのです。
:という箇所はとても興味深く拝見しました。
 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>風が他の物質に作用することによって我々が経験的に獲得した「そよぐ」
>とう視的感覚を、風自体の属性として認識することは許されるような気がします。
まさにそこなんです。確かに許容範囲かもしれません。「森がさわぐ」という表現もありますしね。
私としては「松風そよぐ」であれば問題なしなのですが。

お礼日時:2007/02/13 14:57

本来は正しくないのかもしれませんが、すでにそういう意味でも使われるようになってしまっているのではないかと思います。


ただ、文学作品、特に短歌などで用いるのはまだ早いかもしれません。
Googleで検索すると「風にそよぐ」は102,000件「風がそよぐ」は32,400件と、比較すれば少数派ですが、それでも十分に多く使われていると思います。中には例に挙げられた歌を「風にそよぐ楢の木の葉」ではなく「楢の木の葉に風がそよぐ」としているものもありましたが、百人一首の時代にそういう使われ方をしていたとは思えないので(そうであれば、辞書にも両方の意味で載っているだろうと思います)、さすがにそれはおかしいかもと思いますが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに少なくはありませんね。
楢の木の葉に風がそよぐ、…うーん、どうなんでしょう。「そよ風がふく」「風がそよそよとふく」という感覚なんでしょうかね。

お礼日時:2007/02/13 14:44

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