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中学生の子供に聞かれて返答に困っているんですが、過去分詞のことです。例えば次の文です。

This window is opened by him.

この場合、窓が開けれるのは現在のことであり、過去とは関係ありません。これはどう説明しますか?

尚、これは私も疑問に感じていたことなので、言語学的なな観点からの
回答も歓迎いたします。

A 回答 (5件)

難しいですね。

過去分詞は完了時制にも使います。現在完了と過去ははっきり区別せよと言いながら「過去」分詞とは、何かだまされた気分です。
#1の方のおっしゃるように本来完了分詞というべきものです(ラテン文法 perfectum、独文法 perfekt では完了分詞といいますが、英文法 past、仏文法 passe では過去分詞といいます。スペイン語では単に participio 現在分詞は gerundio)。完了分詞と言い換えても is opened が「開けられている」は説明つきますが同じ表現で「開けられる」のときは説明が難しくなります。またいずれにしても受身、完了の両方に使われることは説明がつきません。
ご存知でしょうが、いわゆる「have+過去分詞」の時制は現代の西欧語では起源的には「~を…された状態で持っている」だったのですが、現代語の話者にそのような意識があるようには思えません(フランス語では目的語が位置的に動詞よりも前に出るときに過去分詞が性数一致しますが、これには受身という意識はあるんでしょうか?ちょっと分かりませんが)。
ともかく現代の西欧語のネイティヴにとっても過去分詞(完了分詞)という言い方は奇妙であるか、受身と完了に使う便利なものくらいの意識しかないのではないでしょうか。ですから日本人にとって奇妙な表現であるのは当然で、名前にこだわっても仕方ないような気がします。
本来分詞は、能動・受動が現在・過去(未完了・完了)・未来それぞれにあり、計6種類あるべき(印欧系でもっとも古い形態をもつリトアニア語にはこの6種類(実際はそれ以上)あり、印欧系は本来6種類あったと言われます)ですが、ロマン系・ゲルマン系は最も古い記録の時代からすでに2~3種類に集約されています(どうしても必要な場合には being done / having been done / to be done のような複合形に頼ることになりますが冗長なうえに説明的なのであまり使われません)。

なぜ2つに集約されたのか、なぜ英文法と仏文法で「過去」分詞という言い方に変わったのかは、はっきりとは分かりません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ロシア語だと英語の分詞に相当するものに、形動詞と副動詞があり、形動詞が、能動現在、能動過去、被動現在、被動過去の4種類ありますよね。

お礼日時:2007/10/01 10:08

Gです。

 こんにちは!!

試験文法的な説明を求めているのではないですよね。 <g>

では、学術的な面から書いて見ますね。

学術を確立するには用語と言うものが不可欠なのはご存知ですね。 (フィーリング英語でも基礎用語は非常に便利なものです、無視できるものではありません)

つまり、分類してからその分類確立作業に必要なのが用語、すなわち一般的に言えば名称なのです。

どの業界・学術界でも用語は必要なのです。

そして、極端な事を言えば記号でも数字でもいいのです。 しかし、用語を作るときに、出来れば、分類した理由やその特徴くらいは名称に残したいと思うのは当然だと思います。

英語の日本語名称では、楽をしたのです。 つまり、英語の名称を辞書的に訳した「漢字で示せる」単語を作ったわけです。

仮定法のように深い学術的理解なしに、日本式分類を採用してしまい英語用語での理解範囲の一部しかその分類に入れなかった事はご存知ですね。 subjunctiveの中のhypothetical subjunctiveしか「考えなかった」と言うちょっととちったものもありますね。<g>

http://okwave.jp/qa1864422.htmlとそこからのリンクもチェックしてみてください。

ちょっと横道からそれてしまった感がありますが、要は名称を作らざるを得なかったと言う事は確かで、英語圏ですでに使われている英単語を訳して使ったと言う事なのです。

文法と言う物が特殊な学問で、それに精通していた英語圏の学者は使われていた単語の辞書的意味合いはそれほど大きなものではなかったはずなのです。 ほんの一握りの数の学者が「何を指しているのかわかればいい」と言うレベルで作った、つまり、文法を学術的に説明すると言う「高度な学会」では、外国人に教えるためのものであると言う意識は非常に少なかったはずなのです。

それを、日本では、深い考慮を施さないままに、採用し、そしてそれを訳してそれをそのまま使ってしまった、と言う工程をしてしまったわけです。

漢字を使ったために、今度は外国語としての英語学習者は、その漢字の持つ意味合いを必要以上に念頭に入れてしまったのです。

wouldをwillの「過去形」(だけ)としてしまい、実際にはwillの過去形、あるいは便宜上の過去形(文法で作り上げた「時制の一致」などの観念を行き残すためなどに)、と現在のフィーリングを示すもの(wouldと言う現在形を持つ単語)と言う風には分類しなかったわけです。 

すでにここから、用語名称と言うものが「感じの持つフィーリング」を無視してきたわけです。 無視した、とはじめから学習者が認識していればいいのですが、残念ながら分類作業をした学者さんの生徒である先生はその疑念を持たずに(鵜呑みして)そのまま後世に伝えてきたわけです。

つまり、過去分詞と言う用語名称は英語学者が作った用語をそのまま深く考えずに訳してしまったものをそのまま「漢字を使って」確立以上のものにしてしまったわけです。

言い換えると、過去分詞と言う表現が、過去とは関係のないもの、ただの用語名に過ぎないと認識しない限り、この用語の幹事から来るフィーリングを感じてしまうわけです。 感じてしまうから今回のような問題が起こり中学生に教える事が出来ない事になってしまったわけです。

よって、冒頭に戻って、文法用語の名称は単なる便宜的なものであると考えたほうが結局英語の理解を深める事が出来る、と言う結論になるわけです。

では、なぜ今までこのような「自然」な疑問が出なかったのでしょう。

出なかったのではなく、教える側が「疑問が起きてもおかしくない」と言う状況を拒否してきたからなのです。 言い換えれば、絶対的に正しいから疑問を持つ事自体が間違いだ、としたわけです。

しかし、今はその頃とはまったく違う環境に入っているわけです。 つまり、大学教授が言えば正しいと言う観念が崩れる環境が、一握りの人だけでなく、非常に多くの日本人が実際に使われる英語に接する事が非常に簡単な時代になったわけです。

つまり、マイナス的表現をすれば、今までの文法と言うもの自体に、また、その解釈に間違い、narrow minded解釈、あるいはその矛盾さえ気がつける一般人<g>が増えてきたわけですね。 試験文法の存在価値の消滅危機への墓穴を掘ってきたわけです。

根本的なところでの分類作業が間違っていたと言う学者がいるのは当然だと言う事なのですね。

動詞の活用は現在形ー過去形で済まして置けばよかったのです。(実際に時制はこの二つしか存在しないのですから) しかし、この後に、時制とはまったく関係ない過去分詞と呼ばせてきた次元の違う活用(名詞から形容詞、形容詞から副詞、動詞から形容詞、などの)の結果を「動詞の活用」と一緒くたにしてしまったのです。

確かに過去分詞の形を覚えるには便利な方法でした。 しかし、時制の活用分類に働きから見た活用分類を一緒くたにしてしまったわけです。 現在形と過去形とのグループに何で時制とは関係のない(スペルこそ似てはいても)用語を混ぜてしまったと言う失態は認識すべきもので、「過去」分詞という単語の中の「過去」と言う漢字は実は過去の事とは関係ない、と認識して、用語は単なる名称でしかないと言い切る、割り切る必要があるわけです。

have動詞に副詞としての過去分詞と呼ばれるものが一緒になる事でその副詞の元だった動詞のフィーリングがにじみ出てくる、つまり、現在完了と呼ばれる「フィーリング表現方法」なんだ、というくらいに教えておけば、つまり、現存する文法観念の元になる理解と解釈を変える事で、いろいろな理解・解釈の壁は取り外せる事が出来、言語学的にまったく違う日本語での英語理解・解釈がより効率よく達成できるはずなのです。

動詞+~ingでこういうフィーリングになる、と言う解釈は多くの場合、ほとんどかな、まったく問題なく受け入れる事が出来かなり自然に身につけることが出来、更にいつか使えるようになれる「解釈方法」が使えるわけですから、have + ~ed(過去分詞)でこういうフィーリングになるのは同じ次元の解釈である事を学習者に認識させればいいわけですね。 (多くの先生がその解釈方法をすでにもう30年も使っていますね)

苗字は家族の名前、名前は名称、としてしまっていますね。 名前がその人の「性格」を示しているわけではないですね。 そういう理解と解釈をしていますよね。 それが出来るのであれば、英語文法用語も名前と同じだ、漢字で示された意味合いが必ずしもその単語の「性格」を現しているわけではない、と中学生の質問者には教えればいいのです。 それで、中学生はすらっと受け入れる事が出来るはずなのです。 過去形の次が過去分詞とするから、この過去分詞って過去とどういう関係があるの?と言う自然な疑問が生まれてきてしまうわけです。

使える文法からの学術的説明を書いてみましたが、体系付けていないとわかりにくいでしょうか。 (かなり、open mindedの英語理解と解釈がないと難し過ぎるかもしれませんが、今もっておられる観念をまず横の置いて理解してみてください。 そんなに難しい事を言っているは思いません。 ただこの観念に慣れていない、ということがネックかもしれませんね)

一貫性を持たせようとする今の文法自体に実は科学的分類方法の矛盾の存在を認識せずに分類の一貫性を持たせなかったということなのです。

そして実は多くの文法権威の持っている人学者たちがこれらのなれない観念に同意する事でもあるのです。

参考になりましたでしょうか。 理解しにくいところがあったり追加質問がありましたら締め切る前にまた書いてくださいね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2007/10/04 09:40

これは当然のご質問です.実は英米の文法学者達もそう思っているのですから.簡単な話です.


分詞は participle の日本語訳です.ですから,この疑問は日本語へのものでなく英語文法へのものです.
present participle は「現在分詞」と訳されています.
past participleは「過去分詞」と訳されています.
1) present participle は,一般に -ing で終わる動詞の形(名詞扱いの場合は動名詞と呼びますね)です.ex) beginning, going, 等
2) past participle は,一般に,過去時制と同じように -ed で終わる動詞の形で(不規則に変化する動詞もありますね)です.ex) called, closed, (made, gone), 等

1) も 2) も,過去,現在,未来にも使います.したがって言葉の意味だけからすると現在分詞とか過去分詞という用語の「現在」,「過去」の意味に拘るのは考え過ぎです.
「未来分詞」などもあってよいはずですね.英語以外の言語(ドイツ語など)には未来分詞も定義されています.

とにかく日本での文法ではなく,欧米人の英米文法の世界でも,これらの名称が不適当だという認識は共通していますし,常識です.しかし,今更変えるわけにも行かないでしょう.
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>英語以外の言語(ドイツ語など)には未来分詞も定義されています.
ドイツ語に未来分詞ってありましたっけ? もしかして zu+不定法で表わされるものですか? でも これって英語のto不定詞に相当するものですよね。

お礼日時:2007/10/01 10:12

それは受け身形ですよ


受動態と呼ばれます

現在完了は過去に行われ、それが現在も続いている状況
He has gone.
彼は行っちゃったんです。(まだ帰ってきてません )

過去完了は過去に行われ、ある一定期間それが続いた
I had been reading
本を読んでいた


過去形は過去に行われたこと
I wrote report.
レポートを書いた

でも過去分詞はいろいろ用法があるので注意が必要です
正直自分でもわからなくなってきました
これでも見てちょ

参考URL:http://www.fumiswebpage.com/furuya04.htm
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この回答へのお礼

お疲れ様でした。

お礼日時:2007/10/01 10:03

 簡単に言えば、英語の世界では、「現在とは、過去の結果である」という隠れた考えがあるからです。

つまり、「過去の時点で、あけた人がいたから、現在の窓は開かれている」ということです。「過去」といえば、もはや、「現在」とは関係ないという日本語の世界観にとらわれているから、まごつくというわけです。そもそも、「過去分詞」とは、「完了分詞」とすべきですが、なかなか、これに変更する勇気(?)のある教師が少ないためではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>そもそも、「過去分詞」とは、「完了分詞」とすべきですが、なかなか、これに変更する勇気(?)のある教師が少ないためではないでしょうか。
これは勇気の問題ではないでしょう。「過去分詞」は英語で“ past participle”と呼ばれているのを文字どおりに訳しただけで、も定着しているし、ロシア語を除く英語以外の西洋の言語でも一律にそう呼ばれているので、一教師が勝手に用語を考案するのは無理でしょう。
しかし、仮定法に関しては、そういう用語を使っているのは英語だけなんです。いくら英語が別格的な地位で西洋の言語の代表でもありながらも、英語だけが特殊なんですよね。

お礼日時:2007/10/01 10:03

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