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 私は男性ですが、約18年前に彼女が人工中絶しました。彼女とはその後1年ぐらいで別れてしまいました。とりあえず、母胎寺はあるのですが、怖くて行けません。その後、彼女との様々なエピソードを忘れたくて、色々な事に無我夢中になりましたが、どうしても忘れる事ができません。現在ではもう10年以上精神病院へ通院し、5回の入院歴があります。主治医に相談しても、正面から受け入れてくれる医師はひとりもいませんでした。精神病は、この事柄の祟りなのでしょうか。精神科で治療をしても病気は治らないのでしょうか。あれから、何をしてもうまくいきません。全てをこの事柄に結び付けてしまうのは良くないとは思いますが、他に心当たりがありません。もうすぐ子供の出産予定日(誕生予定日)だった日がきます。一体どのように、弔ってあげたら良いのでしょうか。また、平和な日は来るのでしょうか。 また現在、主治医から、境界性人格障害と言われています。が、過去のトラウマ的なものは、その他の病名があるような気がします。どなたか教えて下さい。

A 回答 (13件中1~10件)

いわゆる水子供養で


精神を病んでしまわれたのだと思います。
心の病を抱えている人は、とかく、
霊の存在に振り回されがちになりますが
トラウマになっていると自覚されているなら
とりあえずそれを克服すべきだと思います。

霊障を恐れる気持ちはわかりますが、

>一体どのように、弔ってあげたら良いのでしょうか

という気持ちがあるなら、
tamo-san様は父親なのですから、勇気を出して
亡くなったお子さんに会うつもりで
菩提寺に行ってお線香をあげてください。
それは「祟り」とかそういうこと以前の問題で
父親として子供の魂を弔うのは当たり前のことだと思います。

そして、出産予定日(誕生予定日)ではなく
命日(中絶をした日)と
月命日にも菩提寺にお参りすることをお勧めします。
そして、お地蔵様を見つけたら、
手を合わせてお祈りするように心がけてください。
仏教の教えでは、お地蔵様がご両親の代わりに
亡くなったお子さんを
守ってくれることになっています。

そして、tamo-san様自身も
どこかの神社か寺院で、お祓いをされると
気持ちが落ち着くかもしれませんね。

この供養の方法は、
やはり3度の流産で水子供養をしている
私の友人がしていることです。

ただ、注意していただきたいのは
世の中にはtamo-san様のように
水子供養で悩む方がたくさんいらっしゃいます。
その悩みにつけこんで、
「供養になる」「悪霊を祓う」
と言って高額な商品を売りつけたり
宗教に入る事を勧める
霊能力者や神社仏閣があります。
その人達の手口には絶対にのらないようにしてください。

以上、参考になればと思います。
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この回答へのお礼

 大変有難い文章をありがとうございます。
 確かに、今までの自分の行動は、父親失格なのだと思います。だから数回の自殺未遂があったのだと思います。でも、子供に逢いたいから自殺をしたのではなく、もうどうする事も出来ない自分への葛藤からきたのだと思います。
 母親は、人工中絶してから、1年も経たずに自分以外の男性のところへ行ってしまいました。
 私は人工中絶の後、子供への最大の供養が父母一生仲良くしていく事だと考えていました。今でもその考えは変わりません。だから、怖くて菩提寺にひとりで行く事ができないのです。他の女性を本気で好きになる事ができないのです。今でもその女性を愛しています。
 未練がましいでしょうか?その事はもう割り切った方が良いのでしょうか?
 子供は天国にいて欲しい。でも自分が自殺したら、天国へは行けず、地獄へ行く事の覚悟は出来ていたと思います。
 子供の事を思うといつも心の中で、天国にいて欲しいのか、自分の側にいて欲しいのか、子供の供養のことを考えると頭がおかしくなります。今でもまだ、あなた様の文章の通り、菩提寺に供養に行く事を考えると、怖くて行動できません。
 そんな自分自身を責める事しかできないのです。だから、父親失格なのです。恐怖感しかありません。
 いつまでも私自身が、子供の事で悩んでいると、子供は成仏できない事柄なのでしょうか?
 また父親失格の証として、子供の命日を記憶していません。
 なぜか、あなた様のご回答が1番心に響いているものですから、お礼を兼ねて、再びご相談させていただいた次第です。
 大変お忙しいこととは思いますが、よろしくお願いします。

お礼日時:2008/02/14 15:32

ANo.10です。



>私は人工中絶の後、
>子供への最大の供養が父母一生仲良くしていく事だと考えていました。
>今でもその考えは変わりません。
それでは、tamo-san様は、その女性と一緒なら菩提寺に行って
子供の供養が出来ると仰るのでしょうか?
それが叶わないから供養が出来ないとでも?

>今でもその女性を愛しています。
その感情を持つことは
tamo-san様の自由ですが
女性側からしてみれば迷惑な話でしょう。
既に女性にはご家庭があり彼女なりに供養をされているでしょうし。

>未練がましいでしょうか?
>その事はもう割り切った方が良いのでしょうか?
未練というよりは
tamo-san様の身勝手な考えだと私には思えます。
第一に、中絶をしたことも、その女性と別れたことも
それがお二人の幸せに繋がる最善の方法であると判断して
行ったことなのではないですか?
だったら、必要以上に自分を責めたり悔やむ事はないと思います。

tamo-san様は
「子供への最大の供養は父母一生仲良くしていく事」
「供養できない自分は父親失格」
と、何でもご自分で勝手にそう思い込んで
決め付けてしまっているだけだと思います。

そもそも水子に関わらず、供養には
「しなくてはならない」という
絶対的に決まった約束事などはないと思います。
土地柄や菩提寺や宗派によってその方法に微妙に違いがあるからです。

そして、水子は祟ると恐怖を煽って
不当な金品を要求するような「水子供養」が多く存在するのも
結局、水子供養に決まりごとがない証拠だと私は思います。

要は供養するやり方ではなくて
供養する側の気持ちの問題だと思います。

供養したいという気持ちがあり
それがトラウマであると自覚しているなら
別れた女性への感情にこだわって
子供の供養をするのではなく
tamo-san様自身の未来のために
供養をされることをお勧めします。

どうしても菩提寺に
行く勇気がないというのであれば
私の出身地に伝わる別の供養方法を記しておきます。

水子は4~5歳くらいまでは
お地蔵様が育ててくださって
その後は、父親(tamo-san様の)先祖の誰かが
迎えに来て、行くべきところへ連れていく
と考えられているそうです。

なので、tamo-san様のご先祖のお墓参りをして
ご先祖様にお願いするというのもいいかもしれません。
命日がわからなければ、
これも寺院や宗派によって違いがあるようですが
ご自分で好きな日に決めてもいいようです。
誕生予定日を知っているなら
その日を命日と決めてご供養すれば良いと思います。
しかし、その日に絶対に供養に行かなくてはいけないと、
こだわる必要はありません。
仕事でその日にはどうしても墓参り出来ないというような
ことだってありえます。その前後に行けばそれでいいそうです。

ただ、命日と決めた日には、酒や刺身、肉類を召し上がらずに
喪に服されると良いと思います。

お子さんが成仏したかどうかは
tamo-san様が(自殺ではなく)天寿を全うされた時に
確認することが出来ます。
しっかりご供養をされて、
tamo-san様ご自身もトラウマを克服されて、
これからは優しい時間を過ごされますように。

以上、全く個人の見識ですが、何かのお役に立てればと思います。
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過去は、戻ってきません。

今に自分の全てをぶつけたらいかがでしょうか。貴方の、悩みは、貴方の心が引き起こしています。貴方に、気が付いて貰いたいということかと思います。貴方の中の何かが、貴方を、導こうとしています。それは、貴方が、抱いている疑問の中に答えは用意されています。貴方の深い悩みの中に。答えは最初から問いの中に有ります。それは貴方が、貴方自信を「受け入れなさい」と言う事です。悩みも、貴方の人生も、貴方の好きだった人も、悪い思いでも。何でも、全てを。
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<<子供をこの世から消し去ってしまった事に後悔をし、恐怖感から逃げる事ができないのです。

>>

苦しんでいるのですね。

供養のためにもあなた自身が幸福になることだと思います。

慈悲の瞑想やヴィパッサナー瞑想などで自分の悪い癖(後悔など思い癖)を直していけば、結構改善されると思いますよ。

仏教では善い行ない・功徳を積む行ないをして、その功徳を回向(あげること)をすることをします。慈悲の瞑想やヴィパッサナー瞑想で積まれた功徳をその子に回向してあげてください。

サンガ出版「現代人のための瞑想法」に詳しく載ってます。

本気でやってみてください。
きっといい結果が得られると思いますよ。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
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堕胎をして 辛いのは女性だけで男性は傷つく事なく過ごしているのだと思っていました・・・。


亡くなったお子さんがtamo-sanさんを呪うなんて事はありえません

賛否両論あるので軽く流していただきたいのですが、霊感のある方にいわせると
胎児へ魂が入るのは出産の10日前後が殆どだという事です
その前の状態は 細胞分裂している魂の無い「ヒト」だと話していました
なので 彼女が降ろした時点では霊魂は入っていなかったですし
入ろうと待っていた霊魂があったとしたら そのまま居心地のよい霊界で暮らしているのですから それこそ怨んでなんかいないはずです

精神的な病気のことはわかりませんが 堕胎を決めた時~その後のいざこざでご自身の事を嫌いになったのではないでしょうか
自分への拭えない嫌悪感が 全ての方向を悪くしているんだと思います

もう18年も前のことなんですよね?
入る予定だったお子さんも もう誰かの元に生まれ元気に暮らしていることでしょう
忘れてよいわけではないけれど、胎児への恐怖、自分への嫌悪感はそろそろ卒業しても良いと思いますよ

もちろん このようなことは二度と起こしてほしくはありません
二度としたいとも思わないでしょう? それが成長なんですから・・・
次の幸せのために そろそろ自分を許して前に進んでみてください
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辛い、辛い、辛い、辛い。

。。
苦しい苦しい苦しい苦しい。。。

 本当に苦しみが伝わってきます。あなたは苦しむだけ苦しんだ。自分を責めて責めて、責め抜いて、それでも責め足りないくらいの罪悪感を抱いているんですよね。

 絶対にやってはいけないことをしてしまった。人間としてやってはいけないことを、なんと自分自身がやってしまった。。。この苦しみのような気がします。

 「何をしてもうまくいかない」
 「この事柄の祟り」
 「精神病院へ5回入院」

 これらは、あなたの中にある(おそらく厳格な)倫理観が、”絶対にやってはいけない過ち”をおかしてしまったあなた自身を罰するために無意識が作り出している『自己処罰のメカニズム』のような気がします。

 まだあなた自身には実感として分からないかも知れませんが、じっくりと時間をかけてセラピーを受けてみてください。
 そして、自分を少しずつ受け入れ、一歩ずつ成長させていってみて下さい。

 自分が少し変わってくると想います。
 その実感が得られるまでの辛抱だと思います。
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#1,6です。

たびたび申し訳ございません。

一つ忘れてました。もし、貴方と親しい人が貴方と同じ理由で中絶したいと相談してきたとします。どう貴方はアドバイスしますか?その理由は??

という質問が貴方が正面から受け止める方法のヒントになるのではないでしょうか??一生悪霊に取り付かれるぞなんていったりはしないでしょう?

これを素直に受け止めて、どのように生きていくかを考えて見られてはいかがでしょうか??
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#1です。



私は、目を背けているとは書いてないですよ。目を背けているのならば、ここまで苦しむ事はないと思いますし、もっと逃げる(責任転嫁している)質問文になってると思います。でも、悪霊とか、祟りとか書いておられますよね?これが中途半端に目を背けてると思った理由です。そのせいにされるのはどうかと思いますよ。実際そうであったとしてもですけれどね。

でも、その割には「もうすぐ子供の出産予定日(誕生予定日)だった日がきます。一体どのように、弔ってあげたら良いのでしょうか。」
と書かれてますよね?

ここは素直に思ってる事をやっちゃえばいいのではないでしょうか??

あなたはこれを受けてどのように生きたいのでしょうか??これはあなた自身で見つけ出してもらう事だと思いますよ。
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(通常の受刑者はもとより)


過失の交通事故で被害者を死亡させてしまった方等
もあまりの罪悪感から「交通刑務所」入所後&出所後
問わず、苦しんでいる方は大勢いらっしゃいます。
(最悪なケースでは、死を選ぶ方も)

 (人を殺傷しても、無頓着な受刑者も中にはいるようですが)
ほとんどの受刑者が、常識的な精神状態(良識的側面)を
多分に有するがゆえに、何年も何年も罪悪感で苦しむ
のが大半です。定期的に牧師・神父が訪れ受刑者の
懺悔を聞いてあげ、幾分か彼らの心の苦しみも一時的に
軽減するようですが、あくまで「一時的」であって、
重い十字架を背負いつつ、謙虚にその後の人生を歩む
というのが大半の姿のようです。

 以上、貴殿とは直接的には無関係の「受刑者」の例を
あげ貴殿には大変申し訳ないように感じますが、
今の貴殿の状態は、まさしく重い十字架を背負いつつ
生きているという「多数派の現状」に近いものを
感じますので、(目に見えない)重い十字架を背負いを背負って
いるという事実を深く認識する事が優先事項だと
思います。
 「重い十字架」=「罪悪感」というものは、払拭しようにも
身体に染み付いた「火傷跡」のような要素も多分に有していて
ただ単に時間の流れに身を委ねていても消え去るどころか
その「火傷跡」は肥大化していくのではないでしょうか。

 むしろ「その過去の事実」を忘れようとするよりも、
「その過去の事実」を真摯に受け止め、「その過去の事実」
とともに生きようとする姿勢のほうが、「十字架」の重さを
軽減するベクトルに働くのではないでしょうか。
「十字架」は決してなくなりはしないでしょうが、
その重さを軽くする事は可能だと思うのです。

 「その母胎寺」に恐怖感を感じるのは、「その母胎寺」&
「安置されている遺骨」そのものではなく、
「重い十字架」=「罪悪感」がもたらす妄想に過ぎないと
思うのです。
「母胎寺」に手を合わせ深くお辞儀をするのも、「弔い」&
「懺悔」の意味だけではなく、今後の貴殿の新たな出発の契機に
なるような気がして仕方がありません。
 別の意味では、「その水子」が貴殿を恨むどころか、
貴殿の新たな「守護神」として動いてくれるような
気がするのです。

 貴殿はもう十分に苦しんだと思いますよ。
「深く刻まれた記憶」だけに完全に払拭することは不可能かも
しれませんが、「十字架」=「罪悪感」とともに生きる強い
勇気が今の貴殿には最も必要かと思います。
「母胎寺」を出た後は気分を一新して、新たな気持ちで
出発してください。

 一冊の書籍をお奨めいたします。一日数ページ
読むだけでも、かなり気分が安らぐのではないでしょうか。
http://www.amazon.co.jp/%E7%94%9F%E5%91%BD%E3%81 …

 「悪霊」と捉えてしまうのは水子があまりにもかわいそう
だと思います。逆に水子を守護にするくらいの心構えが
今の貴殿には必要なのではないでしょうか。

以上、生意気な意見で大変恐縮ですが、何かの参考に
して頂けましたら幸いです。
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あなたは子どもさんをおろしたことを正面から


受け入れているという、後悔しているという。
では、なぜあなたの問題を子どもさんのせいにするのですか?
あなたの子どもがあなたを呪っているというんですか?

わたしには、あなたが子どもさんのせいにしているように
しか見えないんですよ。
わたしはちゃんと反省もしているし、逃げてなんかいないし
後悔しているんだと一生懸命言い張っておられますが
ではなぜ今まで弔はなかったのですか?
お寺にお参りしてあげなかったのですか?
怖かったからですか?
ということは、自分が傷つく方が怖かった。
結局ご自分を優先されたのではないのでしょうか。


この世に生をうけることのなかった小さな命が
親を恨んで祟るでしょうか。
そんな風に思われたその子がすごくかわいそうで
不憫でなりませんね。
親にそんな風に思われているだなんて…。


あなたが本当にその病気なのか分かりませんが
子どものせいにするのだけはやめてください。
かわいそうすぎますよ。

反省しているのなら、後悔しているのならちゃんと
弔ってあげてください。
ただただ子どもさんのことを思って子どもさんが好きそうな
食べ物とか飲み物を買ったり、お供えしてあげるといいと思います。


精神的な病気は、呪いでは起きません。
それはあなた自身の問題です。
平和な時間を取り戻したいのなら、子どものせいにするのは
やめていい加減自分の意思で自分の足で歩いていってください。
じゃないとお子さんがうかばれませんよ。
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