肝硬変の末期について。

肝硬変の末期は最後どのような経過を辿るのでしょうか。

母がアルコール依存症による末期の肝硬変です。

医師の診断があまりに簡単なもので、危篤と言われましたがよくわかりません…

宜しくお願いします。

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A 回答 (1件)

典型的な肝硬変の末期は


1)食道静脈瘤の破裂→大量の吐血で急死の可能性あり
2)肝臓癌
3)肝性昏睡→肝臓の解毒作用の傷害でアンモニアなどの毒素が脳を障害→昏睡→死亡
主なところはこんな所でしょう。
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Q肝硬変末期の父が余命1週間と宣告されました…

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうなるか素人でも解りますね……

今の父に人工透析をしても意味が無いことも素人でも解ります。


そこで、質問なのですが、

父は、肝硬変末期で、3回、腹水を抜いて、

それでも、またお腹も両脚も腫れています。

こんな父が、穏やかに最期を迎えることが出来るでしょうか???

腎不全の最期というのは、どういうものなのでしょうか???


遅れましたが、私は父の長男(42歳)です。

私は父の病院へは、車で25分で行けます。

しかし、弟は東京に居り、関西のK市の、この病院には、

どんなに早くても3~4時間かかります。

父の最期に弟も居させたいと思ってもいます……


どうか、アドバイス、よろしくお願いします。 m(_ _"m)

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうな...続きを読む

Aベストアンサー

お返事読ませて頂きました。NO.6です。

お父様と、まだ会話が出来るのですね!ご家族への感謝、何気ない会話…。へんな言い方かもしれませんが、お父様・ご家族ともに、今の現状を充分分かった上での会話という感じがして、切なく、でも温かい気持ちになりました。
ある意味、それは幸せなことかもしれませんね。最後の時、これほど濃厚な時間を過ごせるご家族はそう多くないかもしれません。
きちんとお別れができて旅立てる方は、そうはいらっしゃらないように思います。
でも、心の準備がお互い出来ているからこそ、お辛い部分もあるでしょうね。

血圧もまだまだ大丈夫、尿もちゃんと出ているようですね。意識もまだ保たれておられるようですし、あとは苦痛の少ないことを心から祈ります。

質問者様も、休める時はしっかり休まれて下さい。お返事は無理なさらないで下さい。

Q肝硬変の行く末…どの位生きられるのでしょうか

親戚の話です。
65歳、男性、肝硬変と診断されて何年も経っています。
先生曰く末期であろうとのことです。
半年前に食道静脈瘤が発見され、入院して硬化療法をしました。
今後は定期的に胃カメラで様子をみるようです。

食道静脈瘤の破裂・出血の心配は、だいぶしなくて良くなっただろうと
思うのですが、
では、このまま行けば、普通の健康体の人と同様に
何十年も生きられるのでしょうか?
(勿論、他の病気にならなかったら…ですが)
それとも、肝硬変がますます進んだ場合に、
肝臓の機能が停止してしまう…とかそう言う心配もあるのでしょうか。

勿論、余命は人それぞれだとは思うのですが、
可能性として、健康体の人と同様に数十年生きられる場合も結構あるのか
それとも持って数年なのか…
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

肝硬変の経過ですが、
(1)肝機能が徐々に低下して肝不全になる。
(2)食道静脈瘤などができて、そこからの出血が起こる。
(3)肝臓がんを併発する。
こういう理由でなくなる方が大部分です。(1)は比較的少ない印象で、(3)、(2)、(1)の順である印象があります。
食道静脈瘤が出来ているとのことですので、完成された肝硬変と考えられます。
10年より長いということは低いと思います。

Q肝硬変と腹水で苦しむ父を見ていられません…

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週のように帰って来ています。

父の孫は、私の家族に2人、弟の家族に2人います。


今は、その肝性脳炎・昏睡で倒れた父を、
何とか薬で肝性脳炎になって、意識がなくなってしまうのを止めているだけで、
腹水は、利尿剤等を使ってもなかなか抜けません。
残るのは、お腹に針を刺して腹水を抜くだけですが、
それも、すぐに腹水がたまってしまうそうです。

病院のベッドで起きている時は、腹水のせいで、
「しんどい~、苦しい~、苦しい~」
とばかり言っています。

本当に、苦しいんだと思います・・・

私と母が交代で、毎日、父の看病をしています。

肝性脳炎・昏睡には、5段階のレベルがあるそうで、
私が見る限り、昼間にウトウトと寝る程度で、
5段階の1番目ほどしか当てはまらないと思います。


父は、テレビも見ていますし。

でも、食欲も無く、歩くことも出来なくなりました。

父にとって楽しいことなんて何もありません。

今のところは、私と母で、毎日、父の状態を見て、
肝性脳炎・昏睡が進んでいないか?を確かめるだけです。

父は、2月1日に倒れました。

さすがに、その時は、もう昏睡になって、意識が戻らないかと思って、
私も母や弟と同じように、かなり動揺しました。

でも、3年前から肝臓癌が発症していて、
もともとが肝硬変ですので、1年前から腹水がたまっていたのか、
かなり苦しそうで、「癌」というのが頭にありましたから、
その時から、父の最期を考えてきました。

だから、私の中では、もう、父を看取るように心の準備をしてきました。

母も弟も、そういう覚悟はしています。



しかし、ここからが私の質問になるのですが、

もう後のない父に、今の肝性脳症・昏睡だけを防ぐ治療って、

父が昏睡になるまで?心不全にとかになるまで続けるのでしょうか???

今の総合病院には2月いっぱいまでしか居られず、
3月からは、実家の近くの病院か介護施設に入るしかありません。

母がとても父の介護を出来ないので… 私もそうです…
私たちは、そこで父を看取るつもりです。

でも、「私は」、母や弟と違って、
もう、父は充分に生きてくれたと思いますので、
今の苦しいだけの、治る見込みのない「闘病」生活なんか
父には、意味が無いと思うんです。

まだ主治医の先生に会って詳しく話をしてはいませんが。

そんなに腹水が苦しいなら、まだ昏睡状態の方が良いのではないか?
と思っています。

要するに、今の治療は、ただの「延命治療」に過ぎないと思うのです。

かなり極端な話ですが。


私、個人の話になりますが、
思春期に、父という高い壁があって、かなり父に反抗しました。
大学受験に失敗し、うつ病になって、就職が出来ませんでした。
今は、妻の収入で、「主夫」として生きています。

そういう私に、父は失望したと思います。 親不孝者です。

ですから、毎日、父の病室に足が向かいます。
映画じゃないですが、毎日、短い手紙を父に書いて渡しています。

父に謝って、許して欲しいんです。

私は父の家から車まで5分の所に住んでいるので、
毎週のように、2人の娘を連れて、遊びに行っていました。

ですから、もう過去のことは、父と私の間では「和解」しているかと思います…

それでも、肝性脳症になっている父から、
一言でも、許してくれるような言葉が欲しい・・・

でも、もう父には、闘病生活なんかしなくていい、

今まで本当に私たちのために、頑張って生きてくれたね、
本当にありがとうね。
もう、好きなだけ、好きなお酒を飲んできたんだし、
これ以上、私のために無理をして生きてくれなくてもいいんだよ…

って思うんです。

このように、まだ私の中でも、矛盾していますが、
母と弟は少しでも長く生きて欲しいようで、
私は、今の治療さえ、父には、ただの「苦しい延命」に思えています。

それでも、私個人として、悔いなく父を看取るには、
いま、何をすれば良いのか???

それが分かりません・・・

長くなってすみません。

これを読んで頂いた方には、
ただ感じたことだけでも良いですので、
何か私に言葉をかけてください。

どうか、よろしくお願いします。。。。。

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週...続きを読む

Aベストアンサー

心中お察し致します。
私の父もそうでした。
父の場合腹水ではなく、血管から漏れ出た水分が体中にむくみをもたらすものでした。
とても高価な抗生物質を何度か投与しましたが、全く効果がありませんでした。
もはや打つ手がないという状態を前に、私もあなたと同じことを考えてしまいました。
それでも父とは意識の疎通が出来ました。
茶目っ気も残っていて、嫌いな親戚が見舞いに来たら寝たふりをするんだと笑って教えてくれました。
今の自分に出来ることは最後まで父と向き合うことだと思いました。
何も考えずただ父の側にいようと決意したのです。
手足のマッサージはとても気持ちが良いと申しておりました。
お湯に足を浸して温めてやるのも良いようです。
看護師さんに内緒でこっそり味のついた氷をガーゼでくるんで父の口に入れてやったりもしました。
そんな時の父の顔はまるで子供のようでした。
私と二人だけの秘密の思い出を沢山作ってくれた父は、眠るように息を引き取りました。
後悔はありません。

参考になれば幸いです。

Q肝硬変末期の父なのに、その母と息子は疲れるだけか?

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と弟は一変しました。
もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません

母は病院に泊まり込み、私は母のサポートで1日病院に、
弟は東京から週末ごとに帰省します。 

もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません。

食道からの吐血なので、固形物は食べられず、
点滴と水だけ…

腹水でお腹がパンパンなので、
水を飲みたがりますが、飲むと腹水を圧迫して苦しみます。

3月2日、とうとう2回目の腹水を抜きました… 体力が落ちることが分かっていて。

腹水を抜いて、私と母に冗談を飛ばすように、よく喋るようになりましたが、
それも3日後ぐらいから、腹水が元の状態にもどり、
昼間でも寝ている時間がかなり長いです。

でも、3時間ほど毎に、「み、水、飲ませてくれ・・・」

と言うので、家族はとても看護師さんだけに任せる訳にはいきません。

母は病院の父の個室で寝て、24時間看護の体勢、
私は息子ですが、うつ病の為、家族の食事を作って、病院に通います。
でも、私にも家庭があるので、19時までには帰宅したいところ。

弟は今週は、大阪に出張もないので、東京に居ます。

私や弟が父に出来ることは、とても母にはかないません。
ただ、母の「サポート」をするしかないんだ、と分かりました。

肝心の父のここ最近は、「小康状態」としか言い表せません。

私が10時から18時までいる間は、
喋ることも少なく、ほとんど寝ていて、

でも突然、「み、水をくれ…」というので、吸い飲みで口に注ぎます。
それしか口に入れるものが無いので、「美味しい美味しい」と言ってくれます…

会話らしい会話も出来ず。

母は、一昨日は風邪で病院に、昨日は髪のカットに行きました。
実家の用事もありますし、祖母の介護施設の手続き等々、することがあり、
父だけに時間を使えないので。
その間、私が父を看ています。
何もしないのに、病院に居るだけで疲れます…

私は、家の車から実家で、実家の車に乗り換えて、病院に行きます。
母は、実家の車しか運転できないと言うので。

昨日の出来事の1つですが、

母がカットから実家の車で病院に帰って来て、駐車場に止めました。
もう18時を過ぎていて、私は焦っていました。母も焦っていました。
携帯に母から連絡があり、駐車場の方に向かいました。
「駐車券はどこ?」
「車の中」
「何階のどの辺りに止めたの?」
「3階の昨日とは違う方」
それで、別れて私は車の方へ、母は病院の方へ、
でも、実家の車のカギの引き渡しを受けていませんでした。
すぐ母の携帯に何度もかけても、出ません。 
何で携帯に気づかないのか!?
とにかく父の部屋に戻っていると思って急いで病院に戻るも居らず、
携帯にでた母は、買い物をしていました…
切れたらいけないと思いつつ、切れそうになりながら、
やっと母からカギを受け貰い、駐車場へ。
「3階に止めてあるからね」と言われたので3階で車を探します。
ありません。 また携帯にかけますが、母はでません!
4階を探してもなく、2階に行って、やっと車を見つけた時に、携帯に母から、
「ごめんね。えらい運動させてしまったね~。」
笑って言っていました。
私も、「2階だったよ」と笑って言うしか出来ませんでした。

夜の、「慣れない車」の運転の前なので、怒ってはいけないいけない。落ち着いてと。

そういう「一こま」でした。

私は帰宅してから、家族と夕食の後、
次の日の夕食を料理して、23時。

もう疲れて寝るだけです。

何か、何というか?
肝心の父を看護しているのか?父は殆ど寝ているだけで、
たまに体を拭いたり、寝返りをするため看護師さんの手伝いをして、
父の横ですることもなく、
でも、自分には自分の家族の生活があって、料理・買い物等で疲れて、
母にも、母の用事が何かとあって、
母の方が、病院の簡易ベッドなので、疲れているはずで…

肝心の父と会話もなく、
母も私も疲れるだけで…

看取るというか、家族の看護って、こんなものなんでしょうか?

長々と書いて、すみません・・・・

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と...続きを読む

Aベストアンサー

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりましたし
途中二度の危篤状態があり、そのたびに小さい子どもを連れて
狂ったように大急ぎで帰って・・・
実父のことなのに、こんなに死んでほしくないと思っていたのに
疲れて・・・3回目(このとき亡くなりました)のときには
「またか・・・」とまで思うようになってしまいました。
家族の不満も、こちらが大変だというのはわかっていましたから
黙っていたけど、それでも溜まっていたのでしょう、
兄夫婦も、私たち夫婦も一時的に不安定な状態になりました。
それでも実家に帰らないわけにはいかず・・・大変疲弊しました。

亡くなったときは「ほっとした」というのが正直な気持ちです。
亡くなってからはまた葬儀等の準備で忙しくなるので
悲しんでいる暇も、疲れた体を休める暇もなく・・・
火葬場の都合で通夜が二晩あったのですが、泣くことができたのは
その通夜も終えて告別式に入ってからでした。

あなたの質問文、ずっと読んでいました。

私の父も腹水が溜まって苦しんでいましたし、
個室に移され、白い壁だけを見ているうちに
自分の死が近づいてきたのがわかるのか
暴れだして点滴を抜いたり、幽霊が迎えに来たと騒いだりしました。
母は本当に大変だったと思います。

家族の看護というのは、看取るというのは
あなたのおっしゃるとおり「そんなもの」だと思います。
病室で相手の手を取って、静かな最期を迎えられるのは
ほんの一握りなのではないでしょうか。
私の父も、最期はほとんど言いたいことも言えることなく
こん睡状態に陥り、そのまま亡くなってしまいました。
(私は最期に立ち会えませんでした。間に合わなかったのです)

あなたのお父様があとどれくらい生きられるのか
それはわかりません。
恐らく、病室に誰か1人待機しているのは
看護婦さんに迷惑を掛けられないという思いと
いつ最期の時が来るかわからない、最期のときに
1人にしてはいけないという思いがあるからだと思います。
できることなら、一晩だけでもいいですから看護婦さんにお願いして
皆さんで家で休むということはできるといいのですが・・・
もしものときはすぐに連絡をしてもらう、ということで・・・

キツい言葉になってしまいますが、
お父様が亡くなられてからも遺族の方々には
今の家族との生活が待っています。
これから亡くなっていく人のことより、これからも
生きていかなければならない人のことが、生きていかなければならない人の
生活のほうが大切なのです。
それは私の父が病床で言っていたことです。
お父様のことは勿論大切ですが、それでも、
ご自身の体を、生活を大切になさってください。
疲れたら、看護婦さんにお願いして休む。
大丈夫です、看護婦さんはそのへんはわかっていらっしゃいます。
休みたい・・・と思ったら、その心の声を優先して休んでください。

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりま...続きを読む

Q危篤から臨終までの期間は普通どれくらいか

仕事上の付き合いの人が、6月の終わりから祖父か祖母が危篤ということで、県外の実家へ帰省しました。
(実家には、父親、母親が健康でいるそうです)
9月になっても戻ってきません。まだ危篤状態とのことです。
いつ戻れるか、と聞いても「わからない」と答えます。

通常、危篤状態になってから臨終するまでの期間はどれ位なんでしょうか?
普通2~3日か、長くても1週間くらいかと思っていましたが、3ヶ月近くも危篤状態が続くことはあるのでしょうか?

それから、危篤になったら通常、臨終まで親戚家族はたとえ県外に住んでいても、仕事や学校とかがあっても、帰省してそばにいるものなのでしょうか?

不謹慎な内容かもしれませんが、私の身の回りの人でこのような亡くなり方をした人がいず、全くわからず困っているので回答お願いします。

Aベストアンサー

危篤状態というのは、長いものも正直あります。
こん睡状態で半年といった友人を見たことがありますが

仕事や学校を休んでまでも駆けつける、相手なのかどうか?ですよね。

例えば仕事を休んでまでも、何ヶ月も?休める会社があるはずないでしょうが、親兄弟まででしょうし。

一度その方のご実家に連絡をして、家族の方に確認してみてはいかがでしょうか?

何気なく
「このたびは、大変な事になっているみたいですが、ご病人の様態はいかがですか?」
等といってみるのもひとつですよ。

Q肝硬変末期の父 主治医の判断

もともと糖尿病(アルコール性)で、毎月1回町医者に健診に行っていた父が、去年の10月までは普通に生活していたのですが、急激に腹水が溜まり、体重が15キロも増え足もむくんで歩くのもやっとになってしまいました。父は母と生活しており、母も脳出血で右半身付随になっており、ほとんど歩けない状態なので、父が頼りと言うような生活をしておりました。救いは隣の家に姉夫婦が住んでいて、現在は7割同居しながら親の面倒をみてくれています。私は離れたところに住んでいて主人と3歳の子供と3人暮らしで仕事をしています。父と町医者の主治医は、もう10年以上の付き合いで、友達のような関係です。その主治医は、こんな父の状態を診て「お酒やめれば治るから」と言っているばかりなので、大きい病院に行くことを私だけが年末から訴えていました。(みんな主治医の言葉を信じるばかりで受け入れてもらえず)先週姉夫婦も、さすがに日々衰弱していく父を見ていて辛くなり、主治医の先生に紹介状を書いて貰いたいと言ったら、もう1年持たず手の施しようがないから無理に大きい病院に入れず家族の中で逝かせてあげた方がいいと言われてみんな困惑していましたが、姉夫婦もその方がいいと思ってしまっています。私は毎週末帰って父に大きい病院に行く事を勧めていて父も辛いので入院してもいいと言っています。しかし姉夫婦は1杯しか飲めないけど好きなお酒を飲んで幸せに逝ってほしいと考えていて、連れていく気はもうないのです。主治医はお腹が大きくなってから、1度もお腹を触っても診てくれていないようで、このまま大きい病院で1度も検査しないまま死なせていいものかと私と主人は思っているのですが、姉夫婦の説得が難しい状況です。実際介護しているのは姉夫婦ですし、遠い空から口出しするなと言われてしまいます。1日1日が心配でしょうがありません。どうしたら良いのかわからなくなってきてしまいました。

もともと糖尿病(アルコール性)で、毎月1回町医者に健診に行っていた父が、去年の10月までは普通に生活していたのですが、急激に腹水が溜まり、体重が15キロも増え足もむくんで歩くのもやっとになってしまいました。父は母と生活しており、母も脳出血で右半身付随になっており、ほとんど歩けない状態なので、父が頼りと言うような生活をしておりました。救いは隣の家に姉夫婦が住んでいて、現在は7割同居しながら親の面倒をみてくれています。私は離れたところに住んでいて主人と3歳の子供と3人暮らしで仕事をし...続きを読む

Aベストアンサー

経験者の参考意見としてご覧ください(父を亡くしてます)。
・本当に肝硬変の末期でどうしようもないのか
 →肝臓は本当に悪くなるまで症状が出てきません、昨日まで
 平気そうにしていても数日で一気に悪化し気づくともう末期です
 書かれてる症状は末期に当てはまりますが
 こればっかりはネットの向こう側ではわかりません、
 あなたが必要だと考えるなら自分で車に乗せて病院へ連れて行って
 ください。(家族ならば助けられるのではないか奇跡が起こるので
 はと考えるのが普通だと思います。)

・治療について
 病院によって異なると思います
 末期ならほとんどが腹水を抜くなどのつらさをとりのぞく対応ですが
 1)肝臓移植2)薬物の投与による延命(に近いもの)3)食事療法
 などが上げられます、他もあると思いますが
 私は医者でないので知りません。
 仮に診断されて1)だったら実際、誰かやりますか?
 2)の場合はクスリによりますが保険がきかないことが多く、
 冗談でなく1ヶ月100万程度の金がかかることがあります。
 金が切れたら命が終わると考えながら過ごすのは
 とてもつらいものです。余命1年の人へ、1ヶ月の延命に100万、
 命は金で買えないといいつつ現実は厳しいです
 3)とりあえずできそうなのはこれですが治るのは奇跡です
 しかもやってる病院は少ないと思うので診察しては治療方針を聞き
 そしてまた別の病院へ行ってはの繰り返しでつらいと思います
 入院して食事療法してくれるところを探せればいいのですが・・・
 退院後も続ける必要もあるし、
 お姉さんが言うように好きなお酒を飲んで生活したほうがいいの
 かもしれません。
 1)2)3)いずれにせよ、誰かが余命1年だけどがんばろうと
 お父さんに言わねばなりません、あなたが言いますか?
 あなたが言わなくても診察したら医者が言うかもしれませんね。
 それを知った時お父さんと向き合うのは毎日生活してる姉夫婦です
 食事も姉が作るんですよね、お父さんの慟哭と向き合えとお姉さんに
 あなたは言えますか。
 お姉さんは家で看取りたいとのことですが、症状が進むと
 肝性昏睡の時出てしまう尿や便の処理もする必要があります、
 病院は誰かやってくれますが家でだととてもつらいです
 それを飲み込んだお姉さんはすごいです、尊敬します。
 私はできませんでしたから・・・

上記のような色々な家族の苦しみを考慮しての主治医の判断だと
思います。この文章読んでつらいでしょう?
それも主治医の判断だったわけです、医者に決められたくないと
思うかもしれませんが・・・

あなたはご結婚されて家を出てるのですか
他県に就職しているだけなら介護休業の取得を今から検討ください。
会社に規定があるはずです
お父さんと普通にお話できるのはあと少しです

私の父が亡くなったのは腹水が出て3ヶ月後でした。
お父さんはもちろんですが、
お母さん、お姉さんの精神の支えになってあげてください。
(今、一緒にいなければ後で何を言ってもあの時あなたは
いなかったからねと心の壁ができてしまうかもしれません)

経験者の参考意見としてご覧ください(父を亡くしてます)。
・本当に肝硬変の末期でどうしようもないのか
 →肝臓は本当に悪くなるまで症状が出てきません、昨日まで
 平気そうにしていても数日で一気に悪化し気づくともう末期です
 書かれてる症状は末期に当てはまりますが
 こればっかりはネットの向こう側ではわかりません、
 あなたが必要だと考えるなら自分で車に乗せて病院へ連れて行って
 ください。(家族ならば助けられるのではないか奇跡が起こるので
 はと考えるのが普通だと思います。...続きを読む

Q肝硬変の末期って直るのでしょうか。

姉の旦那が肝硬変で末期だと言われたそうです。
二週間前に入院したのですが(前日まで仕事もしてた)3日前に病室を換わるように言われ、それまで意識もしっかりしてたし自分でトイレにも行ってたようです。
それが昨日から黄疸が出て、腹水がたまり、意識レベルも下がっていると聞きました。10年前から肝臓が悪い事は知ってましたし、入院も年に1度はしてました。病院の先生は「会える人は今の内に・・・」と言われるのですが。
もう直らないのでしょうか?
肝移植とか聞いた事がありますが、私には全然知識がありません。
なにか治療とか方法は無いのでしょうか。
まだ40代で3人子供がいるのですが、知らせてないし、子供達も“また検査入院した”ぐらいにしか思ってないのです。これから先の事も考えたいので、どんな内容でもかまいません。教えてください。

Aベストアンサー

辛いでしょうが、腹水が出てくると正直厳しいと思います。私も2年前に父が全く同じ様に肝硬変で腹水があったのですが・・・・。只私の場合ですが、医者に肝移植の話をしまして、半年ほどは長くなりましたが・・。
出来るだけ本人の希望等を聞いてあげるのがいい場合もあるような気がしますので、よくご相談された方がいいと思います。

Q救急で入院し、アルコール性肝硬変末期で肝臓が機能していないと診断されたようなのですが、どのような覚悟が必要でしょう。

私の兄が、1週間程前に倒れ、入院したと兄嫁から連絡があり、標記の状況です。

兄の家族は、兄嫁、高校生の長男、次男、長女の4人で、子供達がいることで、大変助かっているとは言うものの、大人の相談役があれば心強いということから、私の嫁にヘルプを依頼してきました。 

私達は、米国在住ですので、簡単に行ったり来たりが出来ませんので、それなりの覚悟が必要なのかとも思っています。

医師によると、点滴で数値が良くなるはずのものが、悪くなっている。 と言うことは、肝臓が機能をしていない状態であること。
他の臓器も段々衰弱していくと思われるので、覚悟するようにと言われたようです。 
また、口の中が切れているようで、血が出ているそうです。
見舞いに行くと、時には理解不明ながら、色々と話すようです。

連絡内容が断片的であるために、今ひとつ理解出来ないこともあるのですが、私には、小康状態に思えますが、これは危篤で、一刻をあらそうという状況なのでしょうか。

この状態から、今後ちゃんと会話が出来るような回復を期待することは無理なのでしょうか?

取り敢えず、家内は、来週に発てるよう準備を始めています。

よろしくお願い申し上げます。

私の兄が、1週間程前に倒れ、入院したと兄嫁から連絡があり、標記の状況です。

兄の家族は、兄嫁、高校生の長男、次男、長女の4人で、子供達がいることで、大変助かっているとは言うものの、大人の相談役があれば心強いということから、私の嫁にヘルプを依頼してきました。 

私達は、米国在住ですので、簡単に行ったり来たりが出来ませんので、それなりの覚悟が必要なのかとも思っています。

医師によると、点滴で数値が良くなるはずのものが、悪くなっている。 と言うことは、肝臓が機能をしていない...続きを読む

Aベストアンサー

残念ながら回復は不可能です。
肝硬変末期で肝機能停止状態ではこの先にあるのは「死」です。
今は重篤な危篤状態です。

言葉は悪いですが、「最悪の状態」に備えてください。

Q大量出血?と思われる吐血後の延命の可能性について

お聞きしたい事は先月、アルコールのせいかもしれないとはいえ、
吐血して、死んでしまった父の事で、
死亡時の年齢は60才になってから半年たつかたたないかです。

病院は真ん中辺の県の中の有名な総合病院です。



(1)
食道静脈瘤破裂と思われる出血で病院へ行き、
延命処置をするかどうか医師からもとめられ、
その時延命をしたら一生、植物状態になってしまっていたのか
それとも数パーセントでも回復や、
あるいは意識戻る確率があったのかどうか
いったい、どんな状態になっていたかもしれないのかをお聞きしたいのです。



(2)
母から確認をとっていなくて違うかもしれないですが、
もしも、血液の半分の量が父から出でいってしまってた場合も
延命したら後にどうなってたのかお聞きしたいです。



この二つをお聞きしたいので、
なるべく細かく知っている事だけでいいので
よろしくお願いいたします。
ホームページ等も知っていましたら教えていただきたいです。

参考のため、下に母から聞いた経緯をかなり簡単に書きます。




父が吐血して救急車で病院へ行き、
何らかの作業(治療行為)をしようとしたが
心臓がピーとなり(心電図的な物?)(止まりかけたという事?)


ベッドみたいな物?で父は処置室?に戻され


次に母は、廊下で待たされた。


母が処置室?に呼ばれる。


その後か前か母はよく覚えてないが、
延命をどうするかを医師に聞かれ、一人で決めかねていた母は
延命処置したら一体どうなるのかを医師に聞いたところ

「しかたないんじゃないんですか。もういいんじゃないですか。」

と言われ、母はそれを延命しても植物状態になるだけだと言われてると思って、延命しない事を伝えたらしいです。



その後私達子供が病院に呼ばれ、心電図?は
ピコン、ピーと変なふうに?(健康な人がどんなふうに鳴るのか分からないが。)鳴っていた。


母がいた時と私達が病院ついてから合計して
父は、少なくとも50分は心臓が動いてた。(母もそう認識してます。)

お聞きしたい事は先月、アルコールのせいかもしれないとはいえ、
吐血して、死んでしまった父の事で、
死亡時の年齢は60才になってから半年たつかたたないかです。

病院は真ん中辺の県の中の有名な総合病院です。



(1)
食道静脈瘤破裂と思われる出血で病院へ行き、
延命処置をするかどうか医師からもとめられ、
その時延命をしたら一生、植物状態になってしまっていたのか
それとも数パーセントでも回復や、
あるいは意識戻る確率があったのかどうか
いったい、どんな状態になっていたかもしれないのかをお聞...続きを読む

Aベストアンサー

質問者さんは、お父さまがまだ60歳だったということで、
何らかの形で延命が可能だったのではないか・・・?と
お考えなのですね・・・。

ただ、「お酒が原因の食道静脈瘤破裂」ということでし
たら、かなり重度の肝硬変を患っていらっしゃったので
はないですか?

だとしたら、本人は自覚していなかったかもしれません
が、「いつ命を落としてもおかしくない」という綱渡り
的な健康状態だったと推測されます。

そこまで重度な肝硬変になると、年齢と救命率は関係な
いです。

肝機能が低下している上の出血性ショックですから、別
の回答者さんもご指摘のとおり、「延命措置」といっ
ても、心臓マッサージで数時間死亡時刻を遅らせること
を目指すもので、「植物状態で安定」とか「低い確率な
がら回復」といったことを目指すものではなかったと
思います。

最期の会話が出来ないと、お気持ちに整理がつかないで
すよね・・・。

お父さまのご冥福をお祈りします。

Q肝硬変末期で死期の近い父と、現実を直視できない弟が

もともと、C型肝炎に感染させられていた父(71歳)は、

C型肝炎が17年前に発症し、インターフェロンの治療を受けましたが、完治せず、

C型肝炎から肝硬変→肝臓癌、食道静脈瘤の手術を数回、受けて、

とうとう、2月1日、肝性脳症のため風呂場で倒れ、緊急入院し、

腹水でお腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足もむくみ、

毎日、父の病院に通い、昼から来る母と交代で看ていました。

腹水のせいで、食欲が無く、でも私が父の口に運んで何とか半分食べてくれていました。

2月15日、1回目の腹水を針で抜いて、食欲も出てきて、

回復に向かうと思っていた矢先の

2月18日、食道静脈瘤が破裂して、吐血、

6人部屋から個室に移されました。

その日だけ、父の見舞いを休んでいた私(42歳の息子です)は、

次の日、個室に移された父の顔色を見て愕然としてしまいました。

まるで血の気が無く、土色のようになった顔色の父は今まで見たことのない父でした…

酸素チューブと点滴のチューブに繋がれ、心電図の電極を貼られた父の姿を見た時、

見てはいけないものを見てしまったという感じと、

父がもうすぐ逝ってしまうと直感的に悟りました。

それまで、こういうサイトを見つけたりして、父の回復を探していましたが、

http://www.kanen.ncgm.go.jp/forcomedi_cir.html

病院の主治医によると、上のサイトで、「腹水穿刺排液」の後の処置は、

「腹水濃縮再静注法」と書いてあったので、弟がこの治療法を試せませんか!?

と医師に詰め寄りましたが、90年代に、この処置が効果的でないという結果がでており、

現在の父の状態は、危険因子が3つ、

・ 肝硬変
・ 腹水
・ 食道静脈瘤が今度破裂すると「致命的」

と、私たち家族には絶望的な説明に終わりました・・・・・

私も母も「弟」も、1年前に父が3回目の肝臓癌の手術した時に、

「ある程度の覚悟」を決めていたと思っていました。


父は、お酒が大好きで、意識が無くなるまで、とことん飲んでいました。

C型肝炎が完治しなかった時も、肝臓癌が発症した時も、

「酒を断つ」ことは一切しませんでした。

外から見れば、「命を削っても、酒を飲んでいるようなもの」、でした。

「自業自得」と言えばそれまでですが…



しかし、20歳前に、「うつ病=抑鬱神経症」になった私には、父の酒の意味が伝わります・・・

大学受験に失敗し、就職もしなかった、うつ病の私は常に希死念慮から逃れられません。

「どうせ、こんな自分だから」と自分を卑下し、自分の人生に意味は無い。

と、どう考えても、考えても、行き着く先は、「自分の人生に意味は無い」になります。


今は、2人の娘がいますが、妻の扶養家族になって、

「主夫」として生きるしか「生きる術」がありません。 

けっこう惨めなモノです…

でも、娘が産まれてから、自分が親だから、惨めでも生きないと…

惨めな人生でも、娘のために、買い物して、料理して、

情けないヤツでも、嫁さんに養ってもらっていても、「体裁なんかどうでもいい!」

って自分の人生のプライドを捨てて、開き直りました。 

こうなると、けっこう「楽」なものです。


一方で、父は、父で、挫折を味わってきました。

M菱電機と言えば、誰でも分かる、家電メーカーです。

そこで、60年代にテレビの研究職として働き始めた父も、

M菱に集まった有能な人材には勝てず、事務畑の方に追いやられました。

また祖父(父の父)が戦後、裸の身から一財産を作ったことを考えれば、

父の挫折は、会社の中だけでは無いのかと思います…

父のことは私の憶測までですので、確かなことは聞いていませんし、

そんなこと(挫折)を話す父ではありません。


しかし、弟は違うと思うんです。


私と同じ公立の進学高校を出て、1年浪人しても、国立のK大学に入り、

サッカー部の主将をし、「地所」と言えば誰でも分かる「M菱地所」に入り、

高校から付き合っていた彼女が奥さんになり、平和な家庭を持っています。


私も弟の経歴に「ひがんだ」時もありました。 正直に言うと。


弟は私と違って、優しいヤツです。

しかし、今、父の死を前に、弟が危険なんです。

父が入院してから、東京に居る弟は飛んで帰って来ました。

それからも、大阪に出張があれば、実家に泊まって、

母が病院に泊まり込めば、病院に泊まって、父の看病をします。


私宛のメールに、

「兄ちゃん、父さんは腹水が苦しいかも知れないけど、腹水を抜いたら体力が落ちるから、

 腹水はこのままで、食欲が出るようになって、繊維質のものを食べれば、

 アンモニアも体から出て、肝性脳症が防げると思うんだ。

 だから、母さんと兄ちゃんで看病して貰って、父さんの回復を気長に待とうよ。」 

 と…

母も、さすがに、これには心配しています。 私も同じです。


弟は医師の説明を一緒に聞いた、父の水しか飲めない姿を見た。

水を飲んで、腹水を圧迫し苦しむ父の姿を見たはずなのに・・・・


「現実」が見えていないのか?????

「現実」を直視しようと出来ないのか…?????


大学を出てから、実家を出て東京に行った弟です。

東京で家庭を持った弟です。

私は実家から車で5分の所に住み、毎週のように孫を連れて父の所に行きました。

一緒に食事をし、娘たちを遊んで貰い…

そういう父の思い出が、私には多々あります。


しかし、東京に居る弟には「無い」。


私は、父には本当に、「今まで十分に生きてくれた」と思えています。

でも、弟は東京と神戸という「距離」が、

「父との想い出」、みたいなものを不足させたのかと…

それとも、幼少期の根源的な「父子の触れ合い」が不足しているのか…

私が長男で、弟が次男で、私が父の愛情を弟より多く受けたのか???


とにかく、71歳と平均寿命より早く逝ってしまう父を前に、

健気な、楽観的な、メールを送ってくる弟が心配で堪りません。

母は「時間が解決する、時間があの子に教えてくれる」と言いますが…


私が20歳の時、「鬱」で「廃人」のようになった経験を、

39歳の今の弟にさせたくないんです。


父はもう長くありません。

父の最期の前に、私から弟に無理にでも解らせないといけないのでしょうか???

もともと、C型肝炎に感染させられていた父(71歳)は、

C型肝炎が17年前に発症し、インターフェロンの治療を受けましたが、完治せず、

C型肝炎から肝硬変→肝臓癌、食道静脈瘤の手術を数回、受けて、

とうとう、2月1日、肝性脳症のため風呂場で倒れ、緊急入院し、

腹水でお腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足もむくみ、

毎日、父の病院に通い、昼から来る母と交代で看ていました。

腹水のせいで、食欲が無く、でも私が父の口に運んで何とか半分食べてくれていました。

2月15日、1回目の腹水を針...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。他の質問へ回答を加えずににこちらへ書きました(*^_^*)

他の方へのお礼で読みましたが、お父様と会話ができたようで本当になによりです。
腹水が少しの時間でも楽になって、お父様も嬉しかったのだと思います。
とにかく、意思の疎通ができることは本当に本当になによりです。

質問者さんは、お優しい方なのだなと心から思います。
他人のことを自分のことのように想う、共感力を持っている方なのだなと。
けれど、きっとその能力が質問者さんを苦しめる時もあるのだと感じています。
お父様の病床で闘う姿、遠方の弟さんの心境…自分に重ねすぎると、苦しくなりすぎてしまいます。
そういう思考が質問者さんの良い所なので、そのままでいいのです。
ただ、もし、苦しくなり過ぎた時は「自分とは違う人だから同じとは限らない。大丈夫大丈夫」って思い出して下さい♪

弟さんには、弟さんなりの現実があります。
弟さんなりの親子関係があり、父親像があり、現実の受け入れ方がある。
それは、兄弟だからといって、質問者さんと同じとは限らないのです。
距離や過ごした時間の長さの違いなど、どこにもあること。あまりご心配なさずとも大丈夫ですよ!
弟さんの言動を見て「現実が理解できてない」とは、私は感じませんでした。
肝性脳症の仕組みをよく理解されていて、対処する方法を弟さんなりに考えたのだなと思います。
楽観的なのではなく、希望をもって最後まで付き合おうよって気持ちなのかなって思いました。

苦しそうなのが可哀想で、もういいよ、早く楽にさせてあげたいと思う質問者さん。
最後まで、何か手があるだろうと諦めずに考え続ける弟さん。
どちらも、正解なのです。どちらも、お父様への愛情の形なのです。それでいいんですよ。

外は寒くなったり、温かくなったりですから、どうか質問者さんもご自愛ください。

こんにちは。他の質問へ回答を加えずににこちらへ書きました(*^_^*)

他の方へのお礼で読みましたが、お父様と会話ができたようで本当になによりです。
腹水が少しの時間でも楽になって、お父様も嬉しかったのだと思います。
とにかく、意思の疎通ができることは本当に本当になによりです。

質問者さんは、お優しい方なのだなと心から思います。
他人のことを自分のことのように想う、共感力を持っている方なのだなと。
けれど、きっとその能力が質問者さんを苦しめる時もあるのだと感じています。
お父様の病床...続きを読む


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