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19世紀、日清戦争で敗れた清国は
列強の進出により領土を分割され支配されていましたが

「分割に出遅れたアメリカは国務長官のジョン・ヘイの発した
門戸解放宣言により他の列強に歯止めをかけた」

と高校では学習しました

当時、アメリカは着々と工業力を伸ばしていましたが
それでもイギリスに肩を並べるほどにはなっていなかったはずです
なぜ、弱小国アメリカがヨーロッパの列強に対して
この宣言により歯止めをかけられたのでしょうか?

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A 回答 (1件)

1880年代に GDPで 英米は並びます。


http://cdevers.posterous.com/a-history-of-world- …
de,
1900年にはすでに アメリカ > イギリスです。
1899年の 門戸開放政策の時、イギリスがやっていたのが、ボーア戦争
アジアまで手がまわらないので、日英同盟が結ばれるのですが、基本戦略は、「中国の既得権がOKならば、現状維持しましょう」というもの。
なんせ、南アフリカで、三年近く血みどろの戦争をしていたのですイギリスは。
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この回答へのお礼

なるほど、私の勘違いのようですね
南北戦争後にこんなに急激に成長していたとは…

受験に関する質問でtanuki4uさんの解答を目にしてよくお世話になっています
ありがとうございました

お礼日時:2011/02/14 17:06

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Qアメリカ国務長官ジョン=ヘイの三原則について

アメリカ国務長官ジョン=ヘイの三原則の中の、門戸開放、機会均等、領土保全のそれぞれの意味を知ってる方がいらっしゃいましたら教えてください。
辞書の上の意味でなく、アメリカが行った3つのそれぞれの内容の意味として教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

◎門戸開放・・・列強は中国を独り占めにするな。中国はどの国とも幅広くつきあえ。アメリカも中国とつきあいたいから、つきあうチャンスを与えてくれ。

◎機会均等・・・中国貿易は今までの列強にかたよらず、どの国とも対等におこなえ。アメリカも中国貿易に割り込みさせてくれ。

◎領土保全・・・中国の植民地化反対をいったもの。つまり、列強の中国分割の傾向に対して警告を与えたもの。しかし実際は、中国進出に出遅れたアメリカが、中国市場への割り込みをねらったもので、アメリカを出し抜いて、中国を分け合うのはやめろ。なお、この「領土保全」の要求を聴いた列強は、中国を植民地ではなく租借地や利権の獲得によって実質上自分のものにしていく作戦をとった。そのため、中国は植民地にはならなかったが、半植民地状態になった。


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