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現在学部3年の者です。
現在院にご在学の方や卒業された方等に、院に進学することとなった一番のきっかけ・モチベーションとなったものについてお伺いしたいのですが、その前に私の現状についてご説明します。

私は、大学に入学する以前からイスラム教の制度や歴史(イスラーム世界の慣習と近代化の両立の様子、コーランの解釈・解釈の現代的変容・コーランの現代に与える影響etc)、またそういった歴史を踏まえてイスラム教が世界にどのような影響を与えてきたのか(原理主義組織によるテロやアルカイーダの活動など政治的混乱の意味ではなく、他の世界の芸術や文化に与えた影響のことを指しています)、等にとても関心がありました。

つまり、どちらかと言えば政治に関係するものではなく、文化に関係するものに興味関心があります。

しかし私は現在法学部に在籍しており、学部のうちは日本の法律しか勉強しません。
アラビア語も全く勉強したことがなく、今はただ上記に述べたことについて興味があるという段階です。

周りでロースクール以外の院に進学する人など皆無に近く、ましてや法学部出身者で人文科学系・文化人類学系の大学院に進学しようとするなど本当に変わっているとは思うのですが、今のところイスラーム文化の研究に骨を埋める決意・熱意はあります。
ただ、その進路の奇抜さから、自分の決意が果たして本物なのかと不安になるときが多々あります。

そこで、みなさんが院に進もうと思った最終的なきっかけとなったものについて、教えて頂きたいのです。
就活に失敗して院に進んだ、といった消去法での理由ではなく、自分を研究の道へ向かわせる原動力となったものについて伺いたいです。

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A 回答 (3件)

 こんにちは。

企業勤務と大学及び大学院で歴史学に研究と教育に携わる者です。
僕は学部に在籍していた時の専門は「政治学」でしたが、卒業後に勤務を続ける中に「オオヤケ」を歴史の中で検証してみたいとの意識から、社会人枠で大学院の門を叩き修士・博士課程を終えました。この時の専門は「歴史学」それも「日本中世史」の領域です。古代社会にあっての「オオヤケ」と中世社会のそれでは位相が全くと言って良いほど異なります。「オオヤケ」が果たして何を指し示す言葉であり、それはどのような経緯で形成されてきたのか現在もこの問題に取り組んでいる日々です。これは個人の研究では到底およばない広がりと深さを持つ問題であり共同研究の形でも取り組ませて頂いています。今現在でも「日本においての公」が何を指すのかは人それぞれによって解釈も異なりますが、それが「国家」を指すのか「社会」を指すのか。或いは「公を形成する主体は何か」などの幾つもの課題が山積しています。企業に勤務していて感じることは「企業の社会的責任」が浮かび上がる度に本来は営利を追求するための私的な団体である企業がこの時とばかりに「社会の中での公的責任」を問われるのはなぜかとの疑問もありました。
 この時に感じたのは学部の頃に政治社会学を専攻しておいて良かった、とのことでした。歴史学が専門の学問として接する領域には政治学や経済学そして社会学をはじめ心理学や文学また時によっては宗教学などがあります。そしてこれらの諸学問の成果を積極的に採り入れると同時に歴史学独特の「史料解釈(テクスト・クリティーク)」を行い関連する過去の研究者の成果を批判的に受容する。
 質問者様は「イスラーム」を理解したいとのことですが、それならなお一層のこと政治学の基礎的知識を学部で旺盛に吸収する必要があると考えられます。なんとなれば現象としての「イスラーム」の特質の一つが「人間を取り巻く政治及び社会的規範としてその中にすり込まれているモノ」の性格が色濃く反映されているからでもある。
 むしろ「イスラーム」を単なる宗教として理解するだけなら、それは何冊かの専門書を読むだけで解決できる性質のレベルです。
 大学院で「イスラームを対象としてその特質を政治社会学的見地(社会的行動原理とその背後にある規範意識及び社会集団としての構造)から考究する」などの問題意識及び分析視角をお持ちならば、別に取り立てて「変わっている」などとは思われません。一橋大学には文学部はありませんが、それでも経済学部や社会学部には「歴史学」を担当する教員が在籍し、かつては中世史家の永原慶二氏や近世史家の佐々木潤之介氏なども積極的な研究活動を行っていました。
 大学院は何も就職に直結するための場所ではありません。専門領域として高度にそして見識高い学術研究を行う場所ですから、むしろ自らが学部で学んだ基礎的知識を更に進化させるとの意味で口頭試問でも評価されるはずです。
 ただ単に「興味がある程度」から「なぜ『イスラム』を研究考察したいのか」を自らの中で「明確にする」ことが先ずは必要です。そしてそれは須く「現代に生きる」質問者様とどの様な関係にあるのかを絶えず検証し続ける(継続的自己検証)ことも同時に求められます。「イスラム」の特性の一つとして「その独特の構造性」が既に指摘されていることもご存知でしょう。ですから「政治」や「国際社会の中での位置付け」を避けて通ることなどできない。当然の事ながら中東問題にも触れざるを得ず、アメリカやヨーロッパ社会をはじめ中国国内に於けるイスラムの動向なども常に視野に入れておく必要は最低限あります。イスラム教徒にとって生活の一部となっている「信仰」のみを取り出して考究の対象とできうるでしょうか?。これだけでは大学院での研鑽を積むことは正直なところ難しい。
 先ずはサイードの著作『文化と帝国主義』や山内昌之氏の著作をお読みになると同時に過去の先学であるM.ヴェーバーの『宗教社会学』や『法社会学』などの古典的な専門論文からその道に入られることをお奨めします。「法学部で日本の法律しか勉強しません」とは単に不勉強であるとの裏返しであるとも言えます。法律の条文を勉強するだけが法学部ではありません。その法が社会の中にあってどのような意味を持ち、どの様な背景で生まれてきたのかなども学んでいるはずです。
 この学問領域に骨を埋めようとお考えになった背景にはそれなりの覚悟もできているはずです。あとは自らの問題意識を何処まで凝縮すると同時に鮮明に出来るか次第です。
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こんにちは。


私の場合は、学部のときに指導して下さった先生の研究に感銘を
受けて、その先生の研究室に入りました。学部の3年生だった頃に
その先生の著書を読んで、大胆な理論に圧倒され、自分もこんな
研究がしたい、と思いました。

私は社会科学系で、質問者様のやりたい分野とは離れているので
ご参考になるかどうか分かりませんが、ご相談文を読んだ感想を
書かせてもらいますね。

まず、現在の専攻と大学院での専攻が違うことは、わりとある事
ですので、そこまで気にしなくてもいいと思います。ただ法学部
出身だと、あまり課題でレポートを書いたりしないんでしょうか。
だとすると院に入ってから少し苦労するかも知れませんが・・・。

それから、大学院は、もちろん授業もありますが、基本的には
自分で研究を進めて修士論文を書く必要があるので、イスラム
について色々知りたい、というのではなく、具体的に何をどう
研究したいのかが明確でないと、せっかく院に入っても論文の
テーマが決まらずに迷走することになってしまいます。院試の
段階で研究計画書などを書くことになると思いますので、今の
うちから色々と文献を読んでおくといいかもしれません。

また、就職のことも考えておいた方がいいと思います。本当に
研究者の道を志望するのであれば、修士のあと、博士課程まで
進むのが普通ですよね。そのあとも、たいていは非常勤講師を
掛け持ちしつつ、専任講師や研究所のポストを探す、みたいな
感じになると思います。逆に、そこまでやるつもりがないので
あれば、むしろ文化人類学系の修士卒というより、法学部卒で
就職活動をした方が一般の企業には受け入れられやすいような
気がします。それから、修士では分かりませんが、博士論文を
書くとなると、アラビア語の文献なんかも読む必要がでてくる
だろうと思います。

なんだかネガティブな(?)回答になってしまって申し訳ない
のですが、私自身、駆け出しの研究者で、「厳しい世界だなー」
と思うことも多いものですから、修士課程のことだけでなく、
その先まで考えて結論を出した方がいいよ、ということです。
まぁ、究極的には研究テーマに対する強い好奇心と熱意があれば
大丈夫だと思います。
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私は現在学部4年で来年、教育システムを作るために大学院に進む予定です。

きっかけは自分の在籍していた大学の教育に関して強い問題点を感じたことでした。そこから現在の高等教育に関して多くのことを調べていくうちに、自分も教育を変えるシステムを作る組織の力になりたいと感じました。

私は情報系の学部ですが、教育は全く関係ありません。ゼミでもお願いして教育系のことを自分でやらしてもらっています。教育系のことは全て独学です。

学部の枠なんて関係ないですよ。教えられることなんてたかが知れてます。
自分で、常に疑問を持ち続けて、何を調べればいいかを考えて勉強していくことこそ、真の学習であると思います。
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