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http://www5f.biglobe.ne.jp/~homepagehide3/zatuga …

上記を読みますと、化粧は古くよりの習慣であり、
女性ならず男性までもたしなんでいたものだとあります。

江戸の中盤以降になると町人文化の繁栄が化粧をする層の裾野が広げ発達させますが、その流行を主導していたのが歌舞伎役者や遊女達でした。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~homepagehide3/zatuga … より引用)

とありますが、江戸時代の一般の男性は化粧をしていたのでしょうか。

祭などを見に行きますと、男の子が化粧して布団太鼓の上に乗っていたりするのを
多く見かけます。
祭では男の子が化粧するほかに、女物の着物を着ていることもあります。

あの化粧は正装のマナーであったのか
または、神事のマナーであったのか(化粧することで神になれるとか?)

気になりました。

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A 回答 (3件)

こんにちは。


私は、自称「歴史作家」です。

江戸時代に限って言えば、

>>江戸時代の一般の男性は化粧をしていたのでしょうか。

男は化粧をしませんでした。

あなたのURLにあるように、男で化粧をしたのは、歌舞伎役者などで、時には、太鼓持ちなども薄化粧をして客を盛り上げたりしました。

また、いつの世も同じで、いわゆる「おカマちゃん」などは家で隠れて化粧をしましたが、人前に出る時は化粧を落として、普通の男としての外出でした。

>>祭などを見に行きますと、男の子が化粧して布団太鼓の上に乗っていたりするのを多く見かけます。
>>または、神事のマナーであったのか

これは、次のURLにありますが、
「古代から6歳以下の幼児には神霊が降臨しやすいと考えられたことから、・・・」
などなどの理由から、

私見としては、
(1)役者と同じような「見世物的」要素があった。
(2)稚児に化粧をし、「もう一人前の大人ですよ」と神様に見せかけ、災いが及ばないようにとの祈り(願い)が込められていた。
などと考えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%9A%E5%85%90# …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。


江戸時代の男性は化粧をしていなかったのですね。

平安時代には8歳くらいの子供でも外出するときには化粧していたみたいで
それで、正装のマナーなのか
神事のマナーなのか、どちらなのかと思いました。

おそらく布団太鼓の起源は江戸時代じゃないかと思うのですが
この時代、男は化粧をしなかったということは
神事としての化粧だと考えていいかと思います。

教えてくださってありがとうございます。

お礼日時:2013/12/24 14:48

江戸時代の風俗としては、男は化粧はしなかったと言えばしませんでしたが、身だしなみには拘っていたようです。



流行の服は勿論、髪型や小物もありましたし、髭を剃る(抜くとも)のは男のたしなみでした。

現代と形は違えど、女性に好まれる様、努力する姿は変わらないです。

神事における化粧はまた別の話になるでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
歴史をひもといてみると
どの時代の男の人もおしゃれだったことがわかってびっくりです。
自分を振り返ってみて、ちょっと反省しました。
神事の化粧はおしゃれというよりは
神様になるというような意味あいがあったのかもしれませんね。
青柴垣神事の化粧は死人を意味していると聞きました。

お礼日時:2013/12/25 12:33

ghiiopp さん、こんばんは。



祭りの際の化粧は、「ハレ」の日に特別に行われることであったと考えられます。
日常である「ケ」の日には行わないことを「ハレ」の日に行ったのでしょう。

参考URL:http://i-nekko.jp/nenchugyoji/haretoke/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

化粧はハレの日の特別の正装、というわけですね。

祭りで男の子が女物の着物着てたりするのを見ますが
あれもハレなんでしょうか?
すごーく不思議です。

お礼日時:2013/12/25 12:30

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