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 日露戦争時、日本は英国と同盟を結んでいて
バルチック艦隊は極東回航中、北海で英漁船を砲撃
する事件を起こしています。

 海外に多くの植民地を持つ英国はスエズ運河もその
支配下にあり、バルチック艦隊は喜望峰回りの航路を
強いられるのですが、増援の第三艦隊はスエズ運河を
通航しています。

 北海事件はすべてロシアに非があって英国は怒り心頭の
はずですが、なぜその後発の露艦隊の通航は認めたのでしょうか。
同盟国日本のために”NO”というのが筋だと思うのですが。

gooドクター

A 回答 (6件)

 司馬遼太郎の「坂の上の雲」(司馬氏の作品はあくまでも小説で


即事実ではないけれど史料にたくさん当たっているのは確か)

 この作品によると当時の(つまり最初の)日英同盟は戦時には互いに
中立を守るとあります。(事実です)。当時の情勢では南下を望む
ロシアに対して妨害したいイギリスが朝鮮での「優越」をめぐり
対立を始めた日本を仲間に誘うために不平等条約を廃して「対等」な
関係を樹立する。そのための同盟=ロシアが共通の敵。けれど
イギリスは積極的には戦いたくないので日本に戦端を開かせたい。
 従って消極的な支援となる。消極的とは言え、イギリスはできる
だけの妨害をした。
(1) まず通行は拒否できない。表面上は敵国ではないのだから。
(2) けれどロシアが求める燃料(石炭)供給はサボタージュ。
(3) しかたなくロシアはドイツの商社に石炭を依頼し港に運ばせた。
(4) また半分の艦船はアフリカ南端を回らされた。
 これだけの協力があったればこそ日本の連合艦隊は有利に戦いを
 進められたのだと思います。
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この回答へのお礼

 バルチック艦隊の欠陥は、艦隊としての
精度の未熟と、司令長官の器のなさで、そこに
世界1位の海軍国イギリスが同盟のよしみで
絡んで来れば、何をすべきかは英露とも明白。

 イギリスの妨害をいかに外交で回避するかですが
ロシアにその能力はなかった。ついには同盟国の
フランスにも邪険にされ、ベトナムの港湾から
追い出されてしまいます。
 日英同盟なくして戦争遂行は出来ませんでした。

 回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/02 22:10

>日英同盟はイギリスに


対仏独戦を任せて、日本は対露戦のみに集中するという

本質はイギリスにフランスの参戦を思いとどまらせて、日本が東アジアからロシアの影響力を駆逐することです。
イギリスが対仏独戦をして日本が対ロ戦というのは、上記の目論見が失敗した場合の想定です。
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この回答へのお礼

 再度の回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/04 01:48

wikiより抜粋


第一次日英同盟の内容は、締結国が他国(1国)の侵略的行動(対象地域は中国・朝鮮)に対応して交戦に至った場合は、同盟国は中立を守ることで、それ以上の他国の参戦を防止すること、さらに2国以上との交戦となった場合には同盟国は締結国を助けて参戦することを義務づけたものである。また、秘密交渉では、日本は単独で対露戦争に臨む方針が伝えられ、イギリスは好意的中立を約束した。

第一次日英同盟は同盟と言っても攻守同盟じゃないんですよね。
ですのでイギリスとしてはロシアにたいして交戦状態に入るような行動をとる義務が無いんです。
条約を無視してロシアの通行を拒否するとロシアと戦争になりかねません。
ロシアは欧州では露仏同盟を結んでいますので英露間が戦争となるとフランスも参戦してきますのでイギリスとしては面白くありません。

しかもそこまでしてえられる効果は時間稼ぎにすぎません。
スエズ運河通過は旅順をすでに落としていた時期ですので、そこで時間稼ぎしても戦略的にたいした意味はありません。

英国の態度硬化でロシアとイギリスが交戦状態になったりしてロシアが本国に艦隊の一部を返せば日本としてはありがたいですが、逆にもしロシアもフランスも日英に対して宣戦布告したもののヨーロッパでは戦闘が起きず、仏領インドシナでバルチック艦隊が万全の整備休養をしてウラジオストックを目指す展開になったら日本としても最悪だったでしょうね。
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この回答へのお礼

坂の上の雲を読んで思ったのは、フランスはロシアの
手下で親分の言いつけも聞きたいがイギリスさんに
「くらぁ~ テメエなにやっとんじゃ」と凄まれたら
「スンマセン すんません」とびくびく状態。
寄港地のベトナムのカムラン湾やヴァンフォン湾から艦隊に
退去を命じています。

 本を読んだうえでですが日英同盟はイギリスに
対仏独戦を任せて、日本は対露戦のみに集中するという
構図と思います。フランスは参戦の意志はなかったでしょうね。

 回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/02 21:43

 1869年に開通したスエズ運河は、1882年以降、イギリスによって軍事占領された。


これに対しヨーロッパ列強諸国が運河の自由通航の保障を求めたため、
スエズ運河の自由航行に関する条約が締結された原締約国はイギリス、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、スペイン、フランス、イタリア、オランダ、ロシア、オスマン帝国である。
..... 戦時においても、運河の自由航行を定めている。(ただし、燃料食糧補給は認めるが、軍艦の弾薬補給武装修理は不可)

 
 この条約により、通行を認めた。第三艦隊は、バルチック艦隊と異なり、旧式艦艇のよせあつめであり、
さほど、日本の脅威でなく、むしろ太平洋に移り、連合艦隊に撃沈されれば、
イギリスとロシアの海上戦力比が、イギリスに有利になると判断したのだろう\(^^;)...
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この回答へのお礼

 第三艦隊はロジェストウェンスキーにとって
足手まといでしかなく、自分のことは自分より
他人がよく分かっているので、他国には「まあ
がんばりや」程度のものだったのでしょう。

 回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/02 20:23

「同盟」を過大評価されてます。


当時の英国としては、日本のような小さな国が大国ロシアにケンカ売ってどういうつもりだ。
まぁ、日本が白旗上げて降服したあと、ロシアが戦勝国の権利として過大な要求をしないよう、外交ルートで牽制ぐらいはしてやるよ。
ぐらいの感じでしょうね。

スエズ運河を通るか通らないかは、日本海に艦隊が到着するのが早いか遅いかの違いだけぐらいで、あまり大きな意味はありませんし。。通行料はらってくれる以上、ロシア艦隊はお客様でしょう。
よそでトラブルがあっても、ここは関係ないというのが、運河の担当者の考えのはずです。
逆に、通行拒否なんかすると、イギリスの国際的な評判が落ちます。そのデメリットが大きすぎます。
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この回答へのお礼

 とは言え、同盟の効果はかなりあったと思います。
あるいは逆に同盟がなければ北海事件の直後、英国艦隊と
即時交戦状態になっていたかも知れませんが。

 回答ありがとうございました。

 

お礼日時:2014/04/02 20:04

英国はロシア艦隊のスエズ運河通航を妨害して


はおりません。

バルチック(太平洋)第一、第二艦隊の新造戦艦
が当時の浅いスエズ運河を通航できなかったので、
喜望峰まわりになったのです。
増援の第三艦隊は旧式戦艦なのでスエズ運河を
通航できました、
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この回答へのお礼

 坂の上の雲に、喫水の問題も書いていたように
思います。

 回答ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/02 19:58

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