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現在は欧米と日本が先進国、中世は中国とイスラム圏が先進国だったことは間違いないと思いますが、果たしてインドがかつて先進国として世界に影響を与えたことはあったのでしょうか?
中国は東アジア全域に影響力を持ち、唐や明の時代には学問や技術を日本や朝鮮、ベトナムに伝え、先進大国として1000年以上も君臨していました。
イスラム圏も中世には科学や文化の先進地域で西アジアやヨーロッパに与えた影響は非常に大きいものでした。
一方でインドはというと、中国やイスラム圏と同等の国土と人口、歴史を有しながら、大国だったのはムガル帝国くらいで、これもモンゴル系イスラム教徒の征服王朝です。独自の文化を持ちますが、他国に影響を与えたのは仏教などの宗教くらいしか思いつきません。南アジア全域に影響力を持ったこともないでしょう
また、中国とイスラム圏は近代になっても、その中心部を統治していた清やトルコ、イランは西洋に完全な植民地にされたことはありませんが、インドはイギリスによって完全に植民地化され、イギリス人によって好き勝手にされてしまいます。
私は少なくとも中世までに先進大国だった地域は植民地にされない(一定の教養、文化、技術を持った民族を上から支配するのは極めて困難)と思っているので、インドは単に人口が多く歴史が長いだけで、過去に先進国だったことはなく、今後も先進国になる見込みは薄いと思います。

A 回答 (15件中1~10件)

大日本帝国から日本に代る時、憲法が変わっています。


明治憲法に合わない手順で替えられた。
国を同一として現憲法の無効を主張する人達の論拠。

現憲法を有効とするなら別の国と理解すべき。
つまり新しい国が以前の多くを引き継いで成立した。
住んでる人間が同じでも別の国なのだ。

先進国という単語が随所に使われてる。
先進地域という単語も在るんですから分けて使う事。
現代で言う先進国とは通貨経済の発達程度を言う。

単純に言うと金持ち国の意。
地域や種族、国などは論議では分けて使うのが適切。
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インド国が出来て100年経たないんだよ?


インドだけじゃない、多くの国は100年以下。
日本も第二次大戦争の後に出来た国。

国と民族をごちゃまぜに考えても無益で失礼。

この回答への補足

また話をややこしくしますね。国とは書いていないですが?地域と書いてますよ。

「日本も第二大戦争後に出来た国」←これは完全に間違い。一時期のアメリカの占領はあるものの、戦前と変わったのは憲法と軍隊だけ。一体何をもって国が変わったというのか。

補足日時:2015/01/01 20:04
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質問者さんは、インドに対してきつい偏見と不勉強があると思います。

ただ、インド社会はカースト制を固持しているなど、日本人のような産まれもって先進国民な人から、技術的にまで発展途上国であるかのような偏見を買う一面が存在します。

インドが決して発展途上国ではないというのは理解していただきたいです。参考URLを興味あれば見てください。
むしろ、アジア圏の強力な競争相手であります。インド、中国、韓国などの大学生がいかに熱心に勉強しているかを知れば、日本の大学生に不安しか感じません。
歴史上長く停滞していた、という観点からだけで見るならば、日本はどうだったでしょうか。

参考URL:http://indonews.jp/column/column_kuno_01_01.html

この回答への補足

リンク先を見ましたが、インドは典型的な発展途上国と書いていましたね。
インドや中国にも勉強熱心な人は居ますよ。でも、優秀なインド人や中国人はその能力を自分及び一族が富裕になるためにのみ使い、国の発展のために活動することが全くないから、いつまでたっても先進国になれないのです。優秀な人が国の発展に貢献せず、それどころか海外に出ていって戻らないのは国家にとってどれくらいの損失なのかわかっていますか?あなたが見たインド人って、恐らく海外に住む一握りのエリートでしょう。インドに暮らしている貧しい普通のインド人をあなたは知っているのですか?

補足日時:2015/01/01 13:50
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インダス文明からインド神話とか仏教あたりまででしょうか。


本の名前は忘れましたが性の経典みたいな本があって、快楽について書き尽くされているとか(行き着くところはショタらしい)。ローマ貴族もびっくりな生活を、さらに数百年早い時代にやってたんじゃないかな。

BRICsは、最近当たり前になりあまり言われなくなりましたが、ブラジル・ロシア・インド・チャイナの4カ国を指す言葉で、世界経済に影響を持ち始めた新しい国々のことです。

すでに先進国などという区分は曖昧になりつつあり、ドバイや原油産出国の豊かさは先進国を上回っているように思えますし、失業率が高止まっている先進国もあります。

この回答への補足

インドが先進国だったのは古代、それも紀元前のことのようですね。
日本だと邪馬台国より昔の弥生時代くらいでしょうか。神武天皇、ヤマトタケルなど神話の時代です。

補足日時:2015/01/01 13:56
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古代インドは超超先進国ーーー下って拝火教から仏教ーヒンズー教で証明してるじゃないのーカースト制度が協調され出したのは英が植民地統治にカースト制で国民分断して統治政策に利用したと当のインド人が言ってますよー動画で確認出来ます。




この超超はヒンズー教寺院の地下と叙事詩に隠されてます、これを研究.解読して徴兵器、ロケット.ジェットエンジン.弾道弾からハーニーブー地球製UFO等開発したのがナチス.ドイツです、世界中に超古代文明の名残り調査の為に多数の調査員を出した結果がナチスの超兵器、原爆から今のロケットから何から。

この回答への補足

超古代の妄想に近い話をされてもね。
それに、古代の技術は中世から現代に受け継がれているのでしょうか?

補足日時:2015/01/01 13:35
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すみません



グレコ・バクトリア王のコインに刻印されたのはブラーフミー文字でなく
インド北西部で限定的にインドの現地人に使用されていたカローシュティー文字です
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BC1CからAD5C、東南アジアに対する古典インド文化の流入は顕著だったと思われます



アンコールワット、ボロブドゥールはインド文化の流入を示したものです

AD4~5Cになると
ベトナム北部を除いて東南アジアではインド化が進行します

ヒンドゥー教の流入のみならず、インドの文字であるブラーフミー文字から東南アジア各地の文字が派生します


一方、他の地域から当時のインドはどう見ていたのかというと


アレクサンドロス大王の東征の後、大王没後のメソポタミア地域を制圧したセレウコスが
ディアドコイ(後継者)争いの中、シリア、小アジア、マケドニア、ギリシアを制圧していた最強の アンティゴノスに対抗する為
まだ未征服の東方のアレクサンドロス大王の制圧地を自領に編入する東征を行いました


まだセレウコスの兵力は建国間もなく少ない上にアンティゴノスの子デメトリオスの猛攻を防ぐ為、兵力を割かなければならず
弱小兵力での遠征でした

そこで立ちはだかったのが
東方から勢力拡大中のインドのマウリア朝チャンドラグプタでした

セレウコスは争うより既にチャンドラグプタが制圧していた地域を既成事実として認め、西方では珍しい軍象を得る実利を選び

マウリア朝とは婚姻関係を結び、大使を交換し同盟関係となりました


そのセレウコス朝側から派遣された大使であるメガステネスがインド誌を著しましたが

メガステネスはインドがセレウコス朝の文化(ヘレニズム文化)と対等な文化を持つことを
直接的表現ではないですが
暗にそれを著しています


セレウコス朝からグレコ・バクトリア王国が分離しますが
そのグレコ・バクトリア王のデメトリオス1世がマウリア朝瓦解後の北西インドを征服した時、発行したコインには
ギリシア文字と共にインドのブラーフミー文字が刻印されていました


さらに後のグレコ・バクトリア王メナンドロスが自らのギリシア哲学思想とインドの仏僧と対談し
感銘して自ら仏門に入ることを決意させたなど


当時のマケドニア人、ギリシア人からは
インドを自分の文化と対等な先進文化地域と見ていたのではないでしょうか
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ご質問の趣旨は理解しますが、国とか大国という括りをどのように考えるかという問題が背景にあります。


ご質問の文章のなかに「インドは単に人口が多く」とありますが人種とか民族ということをお考えになられたことはありませんか。
アメリカのように、人種は沢山いるけれども十把一絡げにしてアメリカ人としてアメリカ国を議論するような訳にはいかないのがインドです。
現在も15の人種や民族がいて、使う言葉も公用語として22言語ある国です。
この人種や民族も国境線なるものを超えて南アジア全域に広がって住んでいます。
インド・アーリア人となるとさらに広い地域に住んでいます。
逆にイスラエル人とかユダヤ人という人達も住んでいます
ベネ・イスラエルとかコーチン・ユダヤ人と呼ばれています

このような状態が数千年続いている地域だと考えた方が感覚的には受け入れ易いかと思います。
国とか国境線とかいう考え方をこの地域に持ち込んできたのがイギリス人です。
この国とか国境線というものを取っ払って考えてみて下さい。
その姿が現在インドと呼ばれているものの歴史上の姿です。

軍事的政治的に単一政権が広い地域を占有するのを大国と呼ぶのであれば、過去にも将来もないと言えます。
現在のインドにも極めて独立性の高い州政府が複数あります。
その上に軍事外交を司るインド政府が乗っかっているだけです。
現在インドと呼ばれている地域の人々にはそんなことには余り興味がありません。
むしろそのような価値観で入り込んでくることを極度に嫌います。
(歴史的にイギリスのやり方に懲りています)
中華思想に基いて中国が入り込んくることに対しては軍事衝突も厭いません。
隣のパキスタン政府が政治的軍事的意図を持って国境を越えることを許しません。

技術が劣っているから能力が劣っているから大国にならないのだと誤解しないで下さい。
コンビナートのような巨大で複雑な設備の設計を請け負っている技術者は沢山います
日本のエンジニアリンング会社も多数依頼しています。
仏教哲学にせよゼロの概念にせよ数字表記にせよ、未だにインド発のものが世界を席巻しています。
現在努力しているのは、国民の貧困を如何に解決するかという努力であって、世界一になろうとか大国になろうとかいう意図ではありません。

まぁ~帝国とか大国とかいうがカッコイイというのは価値観の問題です。
先進国というのも単に経済的規模の大小を基準にするのであれば、こういうことを基準とする価値観の問題です。
全く価値観の違う人が沢山いるとお考え願います。
少なくても質問者のお持ちの価値観に基づいた先進国になることはないでしょう。
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はい、今我々が使っている数字。

123456789は「アラビア数字」と呼ばれますが、これはヨーロッパから見ればアラビア方面から渡ってきたので「アラビア数字」と名付けられたのですが、元々のルーツはインドです。だからこれは「インド数字」というのが正しいです。
漢字やローマ数字で高等数学の計算をすると考えてみてください。アラビア数字(インド数字)がいかにわかりやすいかがご理解いただけると思います。

さて、私は↑であえて「0」を書きませんでした。そう、ゼロの発見。
世界で最初に「ゼロ」を発見したのはインド人です。インド人がゼロを発見し、「0」のルーツになる文字を作りました。これによりアラビア数字(インド数字)は完璧なものとなったのです。しかもインド人は、ゼロの存在について葛藤したり議論した様子がありません。発見して、すぐに採用しているのです。
ヨーロッパでは、「ゼロってのはないことを表すのだろ?ないものがあるって、おかしいじゃないか」という議論を何百年も続けてようやく「ゼロという概念」を発見することができたのです。

現代でも20桁までの九九があるなんていわれるように、数学に関しては世界で最も優秀な人々を生んでいる国、とあえて断言していいと思います。IT系技術者もインド系が多いことは有名ですし、何より数学は万物の法則の根幹をなすものですからね。巨大な建築物も、優れた数学者がいて初めて建設が可能なのです。

またインド哲学も、あまりに時期が早すぎるので世界的にも注目されていないのですが、西洋哲学の根幹をなすギリシャ哲学より古くから発達していました。輪廻転生なんて基礎となる哲学が発達してないと出てこない発想です。
ほかならぬインド人が自らの歴史についてあまりじっくり向き合っていないところがありますが、「何もかもを受け入れる奥深さ」という点ではなんというか、独特の国ですよね。そもそも、我々はあの国の人たちを「インド人」とひとまとめにしていますが、言語だけで方言を含めると800、うろ覚えですが確か独自の文字を持つ言語が200、民族となるといったいどれだけいるんだかわからないほどだそうで・笑、それを「インド」とひとくくりにしていいんだろうかって気がしてなりません。

アラビア数字から0の発見からカレー粉に至るまで、「起源をたどればインド」ってものは結構ありますよ。

この回答への補足

はい、世界中で使われている食器。
食器の起源は土器だと言われていますが、世界最古の土器を製造したのは日本です。
また、世界最大の墳墓は大阪府にある古墳です。
だから日本人は凄いでしょう?
← あなたが言ってるのはそういうことです。確かに数学が凄いかもしれませんが、そう言うなら凄いマシンや学問分野を産み出してくださいよ。

補足日時:2015/01/01 14:20
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もう少し「先進国」について質問者様の方で定義付け


して質問しないとなんともいいずらいかもですよ。
でも言いたいことはなんとなくわかりました。
現代からそうした見方をすれば概ね正しいんじゃないでしょうか。


しかしながら中国とインドの例を挙げていらっしゃるので
とりあえず思った一応の補足と反論してみますね。(ご存じの事多いと思いますが)

まず、中国は他民族支配を含めた王朝が入れ替わっているとともに
地理的に周りの国と交流がしやすいです。

イスラム圏は中世で科学も盛んでしたがギリシャ翻訳関連が多く
独自で大きく発展させた領域は確かにあるのですが
中国などに比べると意外と少なかったという印象を持っています。

これらに比較して、インドは海上貿易あるものの山脈や高原が周囲に
あることで周りに影響を与えずらいこと、意外と独自で天文学や数学やら含め色々
一部でやってた形跡あるが大部分が残ってない可能性があること、
などは少し汲まないとアンフェアかもしれません。

またカレーは広がりませんでしたがw
文字文化の広大な影響は明らかに少ないとは言えないでしょう。


あと近代について、
インドの統治はインドの地域勢力を活かした間接統治であり
中国とある意味での実質的な差は無いと思います。
それに、清、これはもうそもそも漢民族の統治じゃないから
なんかうーん、個人的には比べずらいとか思ってしまいますw


そして、質問の定義には反するかもしれないのですが、
インドをインドというくくりで見るのを昔にまで適用するのは
あまり的確ではないのでは?

インド亜大陸は割と恒常的にに主権の乱立が歴史的にあるので、
質問者様の質問をここに限って適用すると
多くのインドの北部王朝などは他の主権、また民族に
影響を強く与えこの地域で先進的な国だったと言えるのではないか。

とまあ、こんな風に思ったのですが、
基本的には質問者様と思ってることそこまで変わらないですw


最後にですが、インドのピークは自分はこれから来ると思いますが、
イスラム時代を除いた過去のインドのピークとなると
2000年ほど前が中心かなと、少し古いんじゃないかというのは
確かに否めません。


年末だからって少し長く描きすぎましたw
他の方の見ずらくしてたらすいません^^;
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