昔何かで読んだのですが,忘れました。

「勉強しようがすまいが・しまいが」
「彼だったらそんなことはすまい・しまい」

どちらが正しいのでしたっけ?
よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

「まい」は「打消の推量」または「打消の意志」を表す助動詞で、活用は特殊型で「まい」の形しかありません。

困ったことに、接続が複雑なんです。たとえば五段活用動詞だと、終止形・連体形・稀に未然形につきます。例「行くまい」(終)「行くまい」(体)←この二つは同形。「行かまい」(未)
 その他の動詞には「未然形」例「見まい」(未)
カ変・サ変には未然形「来(こ)まい」「しまい」のほか終止形もある。「来るまい」「するまい」
 
 なお、質問文の場合に「すまい」が使われていますが、これは古文の使い方にならった言い方です。「古文」では「まい」ではなく「まじ」でした。「すまじきものは宮仕へなり」ように「す」の終止形に付きました。現代語では「す」という終止形がありませんので、「するまい」になります。
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この回答へのお礼

そうでした。打消しの推量でした。
「すまい」はだめで,「しまい」「するまい」はOKなのですね。
助かりました。ありがとうございました。

お礼日時:2016/07/08 14:40

する、の活用、し、し、する、する、すれ、しろ。


「す」の活用はありません。
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しまい


のほうかな?
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『しようがするまいが』と使ってますが、違ったかしら。

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この回答へのお礼

口語ならそれでもいいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2016/07/08 13:59

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Q(文法)「ありはしまいか」と「ありはすまいか」

現代文に於いて「ありはしまいか」と「ありはすまいか」は併用されているようです。両者の正誤に迷い自己流ながら文法上から調べた結果、「しまい」は口語の文法で、「すまい」は文語の文法で説明がつき、共に正しいと判断しました。下記の質問は、この判断が前提になっています。この前提に誤りが有れば解説の上、以下の質問は無視して下さい。
さて、質問です。
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 慣用句という意識から少し考えてみました。
1.「…まい」という助動詞については、打消しの推量を表わす語として、中世(室町期)に使われだしたとされています。
「七年がいつもひでりでは、草木も人もあるまいぞ」(「史記抄」)
これが更に、例えば狂言のセリフのような形で、文章語と話言葉の間に位置する、打消しの意思でも、もっと時代が下れば、禁止や打消しの勧誘の形で使われてもいたでしょう。
「さて、この雨戸を開けずはなるまい」(狂言「連歌盗人」)。
(この清音の「明けずは」は近世では「開けずば」と濁音になって行きます。)

2.為(す)…まい
 また、更には「する【為る】(他サ変) 未然形の用法に、正則的用法「せナイ・せナンダ・せマイ・せズ・せネバ」「せウ」「せラレル」「さセル」、変則的用法「しナイ・しナンダ・しマイ・しズ・しネバ」「しヨウ」「しラレル」「しサセル」がある」(前田勇編「江戸語の辞典」)
 あるいは、この辞典の「まい(助動)」の項では、「サ変「せ」「し」「す」「しょ」に付き…」ともある。
従って、「ありはせまいか」が本則でしょうが、変則用法としては「ありはしまいか」「ありはすまいか」「ありはしょまいか」もありうると。

「性の知れぬ者がこの闇の世からちょっと顔を出しはせまいかという 掛念 が…」(夏目漱石「琴のそら音」)
従って、現代語としては「ありはしまいか」「ありはすまいか」「ありはするまいか」とも使えると。

3.在り+は+為+まい+か
 この場合の係助詞「は」は、「複合動詞の中間に入り、あるいは活用語の連用形・副詞などを受けて強調し、打消または逆説の表現に続く」(小学館「国語大辞典」)
これは、構文上はそもそも、対比や仮定が前提となった形で、その反語的表現をもって、部分肯定の強調用法とするものが慣用語化したと見做してはいかがでしょう。

「泣きたい人は確に泣くことの出来る処があるが、同時に笑ひたい人は確に笑ふことの出来る処がありはすまいか。」(森鴎外「追儺」)
「 いよいよ刑に逢ふまで、若し赦免になりはすまいか、偶然助かりはすまいか、奇蹟がありはすまいかなんぞと思つてゐるのです。」(森鴎外「即興詩人」)
このように、「あろうことか、あるまいことか」という慣用語のようになっている。「確かに…があるが、同時に…がありはすまいか(笑う処だってあるにちがいないだろう)」「いよいよ…まで、…になりはすまいか、…ありはすまいか(奇蹟だってあってもおかしくないだろう)」

 こんな点を考えると、この言い回しが慣用的に確定した時期が明治期であるとすれば、歴史的仮名遣いということであり、森鴎外の反語肯定法としてみれば「ありはすまいか」が一番落ち着くでしょう。
実際現代語の言い方ではこのような構文自体が消えつつあり、「限られた表現として終助詞的な性格を強めている。また「まい」の代わりに「…ないだろう」「…ないでおこう」などの表現が用いられることが多い」(小学館「国語大辞典」)

 慣用法として反語強調的に用いるなら「ありはすまいか」、打消しの推量の疑問形なら「あるのではないか/あるんじゃないか」、打消しの意思や禁止なら「あるまいことか」「あるまじきことか」「あっちゃなんないだろう」「ありゃしないだろうさ」など多様な言い回しがほかにもあるでしょうし。

 江戸期以降、打消しの意思や禁止の色の濃い「めえ」の言い回しの方は今日でもくだけた言い回しとして生きていますね。
ありはすまい→ありゃす(ん)めい
ありはしまい→ありゃし(ん)めえ
ありはしょまい→ありゃしょ(ん)めえ

 慣用句という意識から少し考えてみました。
1.「…まい」という助動詞については、打消しの推量を表わす語として、中世(室町期)に使われだしたとされています。
「七年がいつもひでりでは、草木も人もあるまいぞ」(「史記抄」)
これが更に、例えば狂言のセリフのような形で、文章語と話言葉の間に位置する、打消しの意思でも、もっと時代が下れば、禁止や打消しの勧誘の形で使われてもいたでしょう。
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Noboru Inamoto の "Colloquial Japanese" という本(タトル商会)の p226 に "takai deshita" と "furui deshita"の例が載っていますが、これは正しい日本語なのでしょうか?稀にお話などで聞いたように思いますが、これは規範的なのでしょうか。皆様のお知恵をお借りします。

Aベストアンサー

「た」と「です」(ます)を一つの文の中で使うとき、一つの決まりのようなものがあり、じつは「でした」の方が普通なのです。ところが最近「たです」が質問文のように「古かったです」「高かったです」と一般に使われています。しかし、「行きました」(動詞)「静かでした」(形容動詞)「人でした」(名詞)と使うのに対し、形容詞系だけが、「よかったです」となるのが不思議なくらいです。
 その証拠に、敬語(丁寧)の意味を取ってしまうと、「行った」「静かだった」「人だった」となるのに、形容詞系は「よかっただ」と、これこそ方言じみた言い方になります。
 標準語といわれるものは、明治のころ東京山の手の中流階級の使用する言葉を政府が勝手に決めたものです。それらの(標準語を使う)人々なら、「古うございました」「高うございました」というでしょう。あるいはせいぜい「古いのでした」「高いのでした」とでも。
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 しかし、言葉は変化するものですから、「古かったです」「高かったです」が絶対に間違いだと主張するわけではありません。

「た」と「です」(ます)を一つの文の中で使うとき、一つの決まりのようなものがあり、じつは「でした」の方が普通なのです。ところが最近「たです」が質問文のように「古かったです」「高かったです」と一般に使われています。しかし、「行きました」(動詞)「静かでした」(形容動詞)「人でした」(名詞)と使うのに対し、形容詞系だけが、「よかったです」となるのが不思議なくらいです。
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Q「~ていまい」と「~てしまい」は同じ意味ですか

「~ていまい」と「~てしまい」は同じ意味ですか

こんにちは。日本語を勉強している台湾人です。昨日このような文章を読んだ。

「あっというまに枯渇していまいかねない」。

「~ていまい」と「~てしまい」は同じ意味ですか。そうらしいけど、もし違いましたらよくない。ですから、質問を出してみたい。よろしければ、教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。

「あっというまに枯渇していまいかねない。」は、書き間違いです。

「あっというまに枯渇してしまいかねない。」が正しい表現です。


しかし、「~ていまい」という言い方は、別にあります。

文の最後につく「~まい。」には、1否定推量と2つよい否定(の決意)の意味があります。


1「~(して)いまい。」「~(し・す・する)まい。」
 意味:「~(して)いないだろう。」「~(し)ないだろう。」(否定推量)
 例文:「あの人は来ていまい。」=「あの人は来ていないだろう。」
    「朝日はのぼるまい。」=「朝日はのぼらないだろう。」
2「~(する)まい。」
 意味:「~しない。」(強い否定)
 例文:「今後、遅刻はするまいと誓った。」=「今後、遅刻は(絶対)しないと誓った。」
    「二度と彼に電話するまい。」=「二度と彼に電話しない。」
 過去には~したけれど、もうしない、という強い決意がこもっています。


「~まい。」最近の会話にはあまり出てきません。少しだけ古い言い方ですが、そのぶん聞き手・読み手に強い印象を与えます。

Q嬉しいでした、楽しいでした、悲しいでした・・・この日本語はおかしい?

ハイ!皆さん、昨日は嬉しいでしたね。楽しいでしたね。
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それでは、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・

何か舌足らずの日本語ですが、やっぱりおかしいでしたか?
      ↑
この表現もおかしいかな?
では、それぞれ、次が正しいのかな? でもそれも変な感じがするのですが・・・。
(上の4行が質問です。)

嬉しかったですね。楽しかったですね。
つまらなかったですか? 面白かったですか?
よろしかったです。 おかしかったですか?

しかし、最初上記の日本語を聞いた時、ちょっと変に感じたのを覚えています。
丁度、今飲食店やデパートの店員などから聞かれる、変な日本語
「よろしかったですか?」と同じ語形ですね。
違うのは、過去のことに関する言及か、それとも今さっきのことに関する言及かということですが・・・。

Aベストアンサー

です・ます体の中で形容詞を文法に適った形で使うすべはありません。
口語日本語五大欠陥の筆頭格です。
(「ら抜き言葉」など比べものになりません。)
「楽しいでした」は「楽しいだった」の丁寧形です。
「楽しかったです」は「楽しかっただ」の丁寧形です。
本来「楽しくありました」という形を共通語に定着させるべきだっだのです。

日本人だ/日本人です/日本人でございます
穏やかだ/穏やかです/穏やかでございます

する/します/なさいます
ある/あります/ございます
楽しい/(楽しくあります)/楽しゅうございます

この「楽しくあります」は二昔前の兵隊さんの言葉のようで、共通語の中で使うことができません。

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(昨今、「そのほうがよくないですか?」と言う若い人が増えてきましたが、一概に責められません。「歌手になりたいです」が問題ないなら、「~ないです」も同じだという理窟はあり得ます。)
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肝腎の基本形のみ「嬉しくあります」が共通語としては使えないのです。
その結果、日常会話においては「嬉しいです」を“平明簡素”な敬語表現として容認せざるを得ないというのが現状です。
「危ないですから、黄色い線までお下がりください」を「危険ですから…」と言い換えることは可能ですが、です・ます体の中で「高い」、「強い」などの形容詞を使わないというわけにはいきませんね。
文章を書くとき、「楽しいでした」や「楽しかったです」を避けるためには、「楽しい一時でした」、「楽しく過ごしました」など別な表現にしなければなりません。
「~したいと思います」、「~してほしいと思います」などの表現が批判されることがありますが、これは「したい」、「してほしい」を丁寧に言おうとしたときに、「~したいです」、「~してほしいです」を回避するための方便とみることができるでしょう。

です・ます体の中で形容詞を文法に適った形で使うすべはありません。
口語日本語五大欠陥の筆頭格です。
(「ら抜き言葉」など比べものになりません。)
「楽しいでした」は「楽しいだった」の丁寧形です。
「楽しかったです」は「楽しかっただ」の丁寧形です。
本来「楽しくありました」という形を共通語に定着させるべきだっだのです。

日本人だ/日本人です/日本人でございます
穏やかだ/穏やかです/穏やかでございます

する/します/なさいます
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Q兆だったら桃や挑、春だったら椿みたいに、乱が入ってる漢字ってありますか??

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