痔になりやすい生活習慣とは?

多多益善の現代語訳をおしえてほしいです。

質問者からの補足コメント

  • 多多益善の本文を現代語訳して欲しいということです!言葉足らずで申し訳ないです><

      補足日時:2017/12/08 17:17

A 回答 (1件)

多ければ多いほどいい。

という意味じゃないかな、中国語はこういう意味やった(*^ω^*)
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Q「於」の識別

「於君何如」の場合
『於』は何の意味でとればよいのでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問:
<『於』は何の意味でとればよいのでしょうか?>

動作・状態を表す助詞になります。

ただ、漢語<中国語は英語と語順が似ているので、英語的な発想で理解すると、わかり易くなります。

1.英語的な発想では、『於』は「対象を表す前置詞」と捉えるといいでしょう。

2.前置詞は「名詞」の前に置かれます。

3.ここでは「君」という人称代名詞の前に「於」が置かれています。

4.ここでの前置詞「於」は、動作・状態を表す動詞の「対象」を顕和す用法で使われています。

5.英語にすれば、同じく「対象」を表すaboutのような感覚です。

6.ご質問の「於君何如」を英訳すると
How is it about you?
「君については、どうですか?」
となります。このitは「非人称」として使われる代名詞で訳出しません。

これは、
=How are you?
「君はどうですか?」→「ご機嫌いかがですか?」
と同じ意味になります。

7.つまり、この漢文は、
How is it about you?
=How are you?
と同じ意味になるということです。


以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問:
<『於』は何の意味でとればよいのでしょうか?>

動作・状態を表す助詞になります。

ただ、漢語<中国語は英語と語順が似ているので、英語的な発想で理解すると、わかり易くなります。

1.英語的な発想では、『於』は「対象を表す前置詞」と捉えるといいでしょう。

2.前置詞は「名詞」の前に置かれます。

3.ここでは「君」という人称代名詞の前に「於」が置かれています。

4.ここでの前置詞「於」は、動作・状態を表す動詞の「対象」を顕和す用法で使われ...続きを読む

Q栄花物語の現代語訳を教えてください。「はかなく秋にもなりぬれば〜」で始まる文です。お願いします。

栄花物語の現代語訳を教えてください。「はかなく秋にもなりぬれば〜」で始まる文です。お願いします。

Aベストアンサー

いつしか秋になったので、世の中はいっそうしみじみとした哀趣をたたえ、荻の葉末を吹きわたる風の音も、遠い配所の人たちの気配のひそやかな物音になぞらえられるのだった。播磨からも但馬からも、日ごとに使者参上している。北の方のご病状は一段と重くおなりになったので、もうほかのことは何もおっしゃらず、「帥殿にもう一度お目にかかって死にたい。帥殿にもう一度お目にかかって死にたい」ということを、寝ても覚めてもおっしゃるので、中宮もたいそうおいたわしいことと思し召し、またこのご兄弟の方々も、どうしたらよいのかと思案なさるけれども、お会わせ申すことはやはりまことに恐ろしいことでもある。北の力はひたすら泣き慕い申していらっしゃる。この御有様を見聞き申す人々は穏やかならず思い申しあげている。播磨では帥殿がこうした様子をお聞きになって、「いったいどうしたらよいものか。帰京して、もしそのことが知られたら、この自分はまったく破滅の身となって、もう都に還り住むこともならずじまいということになるのだろう」など、さまざまにお思い続けになり、ただあれこれと御涙ばかりが止めどなく流れることではある。「ままよ、この身がいまさらどうなるというのか。ただいまの情けなさにまさりようもあるまい」というお気持ちになられて、「親の臨終でいらっしゃるのをお看取り申したからといって朝廷もいっそう重い罪に落とし、神仏もお憎みになるのだったら、それも宿命なのだとあきらめよう」と決心なさって、夜を日に継いで都へお上りになる。

いつしか秋になったので、世の中はいっそうしみじみとした哀趣をたたえ、荻の葉末を吹きわたる風の音も、遠い配所の人たちの気配のひそやかな物音になぞらえられるのだった。播磨からも但馬からも、日ごとに使者参上している。北の方のご病状は一段と重くおなりになったので、もうほかのことは何もおっしゃらず、「帥殿にもう一度お目にかかって死にたい。帥殿にもう一度お目にかかって死にたい」ということを、寝ても覚めてもおっしゃるので、中宮もたいそうおいたわしいことと思し召し、またこのご兄弟の方々も...続きを読む

Q宮澤賢治「永訣の朝」の解釈

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二」を使っているのか?
4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 御影石材が踏み石や飛び石のことならば、あぶなくはないので、これは別のものと考えるべきなのか。
 水のたまるような形状をした庭石のことでしょうか?
4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 これは霙じゃなく雪ですよね。松の枝に霙はたまりませんから。
 みぞれがたまっているのは「みかげせきざい」の上。
 みぞれは、「雪がとけかけて雨まじりに降るもの。」広辞苑
 半分溶けた雪のことを「あめゆじゅ」というのか?
 それとも、とし子はみぞれを所望したが、賢治は気を利かせて雪をとってきたのか。
 あるいは、雪ではなく、松の枝から滴り落ちる水を陶椀で受けたのか?
 「たべもの」「アイスクリーム」という表現があるので雪と思いますが。
5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 「おら、おらで、一人、逝くも」と解釈しますが、どうしてローマ字表記なのか?
 「おらおらでしとりえぐも」では通じないと考えたのか、現代的感覚を読者に訴えたかったのか。


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

宮澤賢治「永訣の朝」の下記部分の解釈を教えてください。

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 あめゆじゅとは霙(みぞれ)のことですか?本当にそんな方言があるのでしょうか。
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 なぜふたつなのか?一つは賢治のぶんでしょうか。とし子が2椀欲しがったのか。
 お金持ちなのに、欠けた陶椀を使い続けてきたのはなぜか。
3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 御影石材でしょうか?どうして「ふたきれ」なのか?
 ふたつの陶椀、雪と水とのまっしろな二相系など、意図的に「二...続きを読む

Aベストアンサー

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという願いにも読み取れます。

3.「ふたきれのみかげせきざいに」
 「2」が繰り返されるのは私と妹の「二人」を暗喩する数字でしょう。
 「2」から「1」になるという事を際立たせています。

4.「わたくしはそのうへにあぶなくたち」
 濡れた御影石の表面は滑りやすいので、アブナク、です。

4.「松のえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらっていかう」
 「あめゆじゅ」は雨と雪。賢治が採ったのは松の枝に積もったみぞれ交じりの雪。

5.「(Ora Orade Shitori egumo)」
 草稿では平仮名だったそうですね。
 妹の今際の言葉として、文字の意味ではなく「音として記録」した、という解釈ができるでしょう。


~~~
言葉の美しさを愛した詩人で、「永久の未完成これ完成である」なんて言葉が残されてますが、完成した作品に何度も手を入れていたような方です。改稿も本人にとっては「そうしたほうが好ましい文章になった」というだけのことで、作品は彼のフィーリングがその一時結晶化した結果に過ぎない。作品を売って金にしたわけでもなし、彼の念を文書に表せればそれで十分、「解釈」なぞは後の人が勝手にすればいいというのが彼のスタンスではなかったでしょうか。

彼の作品は各人が思い思いに韻を楽しみ、言葉に酔えばいいのでしょう。

参考URL:http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13616/1/16_p175-191.pdf

1.「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
 私はネイティブではないですが、岩手県花巻の方言で、「雨雪取ってきて欲しいな」、といった
 ちょっと甘えた言い方らしいですね。
 
2.「これらふたつのかけた陶椀に」
 死去のとき、「妹」は24歳。 病床で彼女と賢治は昔の思い出話などしていたのでしょう。
 「欠けた陶椀」は二人が子どもの頃、あるいはママゴト遊びの中で使用したものと推測。
 1のセリフも、もしかしたらその思い出話の中に出た言葉だったのかもしれないですね。
 その昔の事を再現してくれという...続きを読む

Q時平の笑い癖 (大鏡)

(左大臣時平公は)もののをかしさをぞ、え念ぜさせたまはざりける。笑ひたたせたまひぬれば、頗ることも乱れけるとか。北野と世をまつりごたせたまふあひだ、非道なることを仰せられければ、さすがにやむごとなくて、せちにしたまふことをいかがはと思して、「このおとどのしたまふことなれば、不便なりと見れど、いかがすべからむ」と嘆きたまひけるを、なにがしかの史が~

自分なりに訳してみました。
 (左大臣時平公は)面白いことがあったりすると、一切我慢なさらずに笑い転げられる。お笑いになったときは、(笑い方があまりに豪快なので)相当広範囲に影響をおあたえになったそうだ。右大臣菅原道真と、世の中の政治を司っていたときにも、(時平公は)道理に反したこ
とをおっしゃったりしたものでした。そうであっても時平公は、位が高かったので、時平公が行った高貴なしぐさ(道理に反したこと)に対しては、どのように対処していいものかと道真は、嘆いていた。


こんな感じですか?いろいろ注釈いただけたら、幸いです。よろしくお願いいたします。(^^)/

Aベストアンサー

>(左大臣時平公は)面白いことがあったりすると、一切我慢なさらずに笑い転げられる。
*逐語訳的に訳せば、「もののをかしさ」は、名詞ですので、「物事の面白さ」とやはり名詞の形で訳すのが良いかと思います(意味の上では質問者様の解釈でよろしいかと存じます)。
*「え~ず」の不可能構文が入っているので、ここは正確に訳したいところ。
「え念ぜさせたまはざりける」は、「我慢することができなさらなかった」と、「不可能」の意味を訳の中に表現して訳してください。
*「ける」が連体形で止まっているのは、「こと」または「人」などの体言の省略、あるいは、連体止めによる詠嘆の表現と考えられます(「大鏡」は会話文体で綴られているので、このような感情的な文末表現の多様に特徴があるのです)。
詠嘆を込めた形(「~たことよのう」とか)か、あるいは、「人でした」などの体言を補って訳す必要があります。

→左大臣時平は、面白おかしいことを我慢することがおできにならなかった方であった。

>お笑いになったときは、(笑い方があまりに豪快なので)相当広範囲に影響をおあたえになったそうだ。
*「こと」が「乱る」とは、さまざまな解釈が可能ですが、大きく分けて二通りの解釈になるでしょう。
*一つは、時平公の様子・体裁が、爆笑によってひどく見苦しい状態になった、という意味。
笑いが止まらないとか、腹を抱えて笑うとか、身をよじって笑うとか、転げ回って笑うとか、冠や烏帽子が脱げてしまうほど派手に笑い転げるとか・・・ですね。
この解釈だと、あとの文脈の、「史」がかしこまった儀式の最中に音高く放屁したことで笑いが止まらなくなった、それほど大爆笑なさる癖があった、という記事の伏線となります。
*もう一つは、執務が乱脈になった、という意味。
面白おかしいことの方へ興味が集中してしまって、政治どころではなくなる、というんですね。
この解釈だと、あとの文脈の、「史」がかしこまった儀式の最中に音高く放屁したことで笑いが止まらなくなって、その日の執務ができなくなったので右大臣の道真公に一任した、という記事の伏線となります。
*自然な解釈としては前者かなと思います。

→いったんお笑いになり始めると、ひどく体裁も乱れなさったとかいうことだ。

>右大臣菅原道真と、世の中の政治を司っていたときにも
*「せたまふ」の二重尊敬語があるので、尊敬表現で訳してください。

→右大臣菅原道真と、世の中の政治を司っていらっしゃったときにも、

>(時平公は)道理に反したことをおっしゃったりしたものでした。
*順接確定条件の接続助詞「ば」で後の文に接続している文ですので、勝手に一文を終止させてはいけません。
已然形接続の順接確定条件の「ば」は、
1.原因理由(~ので)
2・恒時条件(~といつでも)
3.偶然条件(~したところたまたま)
のいずれかで訳します。
この文脈の場合は1の原因理由の解釈が適当です。

→道理に合わないことを仰ったので、

>そうであっても時平公は、位が高かったので
*「さすがに」は、「そうはいってもやはり」と訳しますが、「そう」の指示内容を明らかにする必要があります。
ここでは、「無理非道なことを仰る」という内容を含みます。
*「やむごとなくて」には、過去の助動詞は含まれませんので、「~った」とは訳せません。
→いくら道理に合わないことを仰るとはいっても、やはり、身分が高いので

>時平公が行った高貴なしぐさ(道理に反したこと)に対しては、どのように対処していいものかと道真は、嘆いていた。
*「せちにしたまふこと」は、「高貴なしぐさ」ではありません。
時平公が特に強いてなさる、無理非道な政治のやり方を指す語句です。
*「いかがは」は、反語です。
道真公は、時平公の政務を、本当は批判したいが、身分の高い方なので、頭ごなしに批判・非難するのもどうであろうか、いや、そう簡単にできることではない、という意味です。

→時平公が強いてひたすら執り行いなさる無茶苦茶な政務を、(右大臣の立場で身分も劣る道真公が)反対するのもいかがなものか、いや、なかなかできることではない、と、道真公はお思いになって

>「このおとどのしたまふことなれば、不便なりと見れど、いかがすべからむ」と嘆きたまひけるを
*この「  」内は、道真公のせりふです。
*「このおとど(大臣)」は、時平公のこと。
*「の」は主格の格助詞です。
*「ことなれば」の「なれ」は断定の助動詞「なり」已然形。
「ば」は、順接確定条件の接続助詞・原因理由です。
*「不便なり」は、不都合だ、という意味です。
*「見れど」の主語は自分(道真公自身)。
「ど」は、逆接確定条件の接続助詞です。
*「いかがすべからむ」は反語。どうしたら良いだろうか、いや、どうしようもない、という意味です。
「べから」は、助動詞「べし」の未然形ですが、解釈は、適当(~のが良い)、可能(~できる)、意志(~よう)のうちのいずれでも訳せます。
「む」は、意志の助動詞「む」の連体形です。
「いかが」という疑問を含む副詞と呼応して、連体形で結んでいます。

→「時平左大臣がなさることであるので、政治的に不都合であると、私は思うのだけれど、どうしたら良かろうか、いや、どうしようもない(どうすることができようか、いや、どうすることもできない。どうしようか、いや、どうしようもない)」と、道真公がお嘆きになっていたのを

以上です。

押さえておくべき古典常識としては、右大臣より左大臣の方が格式が上だった、ということと、藤原氏と菅原氏の家柄の格差ですね。
藤原氏は、鎌足以来の摂関家の家系、菅原氏は学者の家系です。
歴代総理大臣を輩出している名門政治家の家柄の、お坊ちゃま左大臣を、学識はあり、政治理論はバッチリ勉強しているが、世事には疎い元大学教授の右大臣が、御しかねている、というシチュエーションです。

ここから、「史」の機転で、時平の笑い上戸を利用して、右大臣が1日だけ自分の思い通りに政務を執行できた、というエピソードに続きますね。

さて、このあと、左大臣時平の讒言によって道真は太宰権帥という職に左遷され(京都から九州へ赴任しなければならないので、誰もやりたくない仕事なのです)、任地ではひたすら謹慎して、一度も大宰府には出勤しないまま泣き暮らし、無念のうちに病死します。
時平を恨んだ道真は、怨霊となって平安京の「もののけ」の総元締めになり、このあと、平安京に、災いをもたらし続けます。
道真の怨念を鎮めようという配慮から、北野天神として祀られ、一応、神様扱いになりますが、雷神となった道真は、時平の伺候中の内裏に雷となって落ちかかります。
それを見た時平は、すらりと太刀を抜いて(雷が鳴っているときに、金属をこのように振り回すのはたいへん危険です。良い子は決して真似をしないよいうに)、「あなたは、元は右大臣で、左大臣だった私よりも格式が低いではないか。いくら神様になったとはいえ、内裏においては、私に遠慮なさるのが筋というものであろう」と、理路整然と説き伏せたところ、道真公は、それもそうだな、とお思いになって、すんなりお帰りになったということだ、というエピソードが、「大鏡」にあります。
もっとも、これは、時平が豪胆で立派な人物だったからというわけではなく、あくまでも、道真公の方が、道理を重んじる人格者であったから、理路を示しなさったということなのだ、と、「大鏡」では批評されています。

>(左大臣時平公は)面白いことがあったりすると、一切我慢なさらずに笑い転げられる。
*逐語訳的に訳せば、「もののをかしさ」は、名詞ですので、「物事の面白さ」とやはり名詞の形で訳すのが良いかと思います(意味の上では質問者様の解釈でよろしいかと存じます)。
*「え~ず」の不可能構文が入っているので、ここは正確に訳したいところ。
「え念ぜさせたまはざりける」は、「我慢することができなさらなかった」と、「不可能」の意味を訳の中に表現して訳してください。
*「ける」が連体形で止まっ...続きを読む

Q漢文で『多々益々可也』とはどのような意味ですか?

漢文に詳しい方がいらっしゃいましたら教えていただけるとありがたいです。
漢文で『多々益々可也』とはどのような意味ですか?

Aベストアンサー

『多々益々可也』(たたますますかなり)は、「多ければ多い方がなおさら良い」という意味です。仕事などでも、まったく仕事がないのは困りますが、忙しすぎるのもやってられないと考える人もいますが、「忙しいことは好いことだ」と考える場合などを表す言い回しでもあります。「多い」のが、量なのか回数なのか文脈で変わってはくるかとは思います。「多多(たた)益益(ますます)弁(べん)ず」とほぼ同じ意味をあらわすかと思います。以下のURLを参考にしてみてください。

  http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E5%A4%9A%E5%A4%9A%E7%9B%8A%E7%9B%8A%E5%BC%81%E3%81%9A&enc=UTF-8&stype=1&dtype=0

Q塚本邦雄  『ずぶ濡れのラガー........』

塚本邦雄さんが書かれた
『ずぶ濡れのラガー奔るを見おろせり未来にむけるものみな走る』
という短歌の
語句の意味と短歌の意味が知りたいです。
知っている方は教えてください!!
お願いします。

Aベストアンサー

『ずぶぬれの らがーはしるを みらいにむける ものみなはしる』

「奔る」は「はしる」と読みますが、意味は「勢いよく走る」ということです。雨の中、ラグビーの試合をラグビー場のスタンドから見ている状況だと思います。一生懸命に全力で試合に臨んでいる姿を見て、ラグビーに限らず、何かを成し遂げようという気概をもって未来に向けて頑張っている人はみな同じように全力で走っているようなものだ(し、またそうであらねばならない)ということを言いたいのだと思いますし、そのように解釈できました。

Q永訣の朝

どなたかよろしくお願いします。
宮沢賢治の「永訣の朝」の「ふたつのかけた陶椀」(9行目)が象徴するものを教えてください。
問題の選択肢に次のようにあったのですが、答えがないのでどれを選べばよいのか分かりません。
よろしくお願いします。
1 家族の中で取り残された兄妹のいらだちとやるせなさ
2 家族愛を知らないまま生きてきた兄妹の将来への不安
3 兄妹の精神的なつながりが断たれることへの不安
4 兄妹の精神的なつながりが永遠に続くことへの祈り

Aベストアンサー

ここでの「かけた陶椀」の「かけた」は
「兄妹の精神的なつながりが断たれることへの不安」
ではなく、文中の
「わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもようにも」
というフレーズにもあるように、貧しい暮らしの中で
ふたりが使い古した(かけた)茶碗、という意味でしょう。
物理的なつながりはたたれても、精神的なつながりは
たたれることがないと思われます。
ここではひとつではなく「ふたつの」陶椀であることに
意味があるものと考えます。

Q宮沢賢治の「永訣の朝」について大至急お願いします!!

妹トシの死の直前の詩なのですが結局言いたい事がよく解りません(T_T)
口語訳とか、意味とか知ってる事があったら何でもいいので是非教えて下さい!!

Aベストアンサー

URLに口語訳が載ってます。

リンクしてもいいのかなー(^^;と思いましたが
宮澤賢治は既に著作権が切れてるようなので(死後50年経ったってことですね)
あっちこっちで利用されています。多分、大丈夫・・・。

もう少し補足すれば、宮澤賢治とこの妹は宗教感を同じくして
大変心の通じ合った兄弟だったようです。
一緒に載っている「松の針」「無声慟哭」もその妹の死に関しての詩のようです。
読んでみてください。

参考URL:http://member.nifty.ne.jp/walnut-home/page242.htm

Q総合学習のテーマ決め

高校の総合学習で、自分であるテーマを決めてそれについてレポートを書くというのがあります。
ですが良いテーマが思いつきません。400字の原稿用紙10枚分書くのですが、何かあったら教えてください!
図や表が入ってもいいし、テーマも真面目じゃなくて構いません。ダイエットやテーマパークについてでも何でもいいのです。
私が最初に思いついたのは「人気な職業」なのですが、ランキング形式で終わってしまうのでやめようと思っています。
他に思いついたのは、日本のアニメが外国でも人気な理由、エコについて、外国から見た日本なのですが悩んでいます。
こんな感じの…というのでも全然構わないのでよろしくお願いします!

Aベストアンサー

>私が最初に思いついたのは「人気な職業」なのですが、ランキング形式で終わってしまうのでやめようと思っています。

本当にすぐ終わってしまいますか?
だとしたら、どんなテーマを選んでもすぐに終わってしまうかと思いますが…

例えば、「人気の理由」と「現実」を比較してみるなど、話の広げ方はいくらでもありますよね。また、過去と現在の比較や、年齢による差など、いくらでも書くことはあります。

>日本のアニメが外国でも人気な理由
これはソース(情報源)を明確にしにくいので書きにくいかと思います。どうしても主観的になりがちですし。

>エコについて
これはテーマが広いです。その分、選択肢が広がりますが、サブタイトルが必要になってくるのではないかと思います。

>外国から見た日本
昨今は動画もありますし、扱いやすい素材ではあると思います。
風刺も参考になるでしょうし。

宿題なのですから、ご自身で考えて書いてください。

ちなみに、丸投げはこのサイトでは禁止行為に該当します。

Q現代文B 山椒魚② [二]教科書P98・5行目「山椒魚のすすり泣き」とあるが、これにはどのような心情

現代文B 山椒魚②
[二]教科書P98・5行目「山椒魚のすすり泣き」とあるが、これにはどのような心情が込められているか。次の中から一つ選び、記号で答えなさい。

ア悔しさ イ孤独 ウ劣等感 エ郷愁

[三]教科書P98・9行目「よくない性質を帯びてきた」とあるが、このことを端的に説明している一文を本文中から抜き出し、最初の五字を答えなさい。

Aベストアンサー

No.1です。

 全体の文章が通しで読めないので、確信をもって答えられません。井伏鱒二「山椒魚」をまともに読んだこともないので。

 ただし、締め切られた下記の質問は、明らかに間違えていると思いますよ。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9963000.html

 これは「エ」ですね。
 「先途」とは、文字通り「これから進む道、将来」のことですから、「ここを先途と」とは「ここがこれから先の分かれ道」「ここが運命の分岐点」という意味です。
 「定型的な表現」「慣用表現」を知っているかどうかの設問でしょう。
https://kotobank.jp/word/%E5%85%88%E9%80%94-550771

 これ以外の問題は、おおむね「含蓄に富んだ表現」を「たった一つの意味に解釈せよ」と言っているようなので、私には答えられません。
 なぜ、直接「山椒魚の気持ちはこういうことだ」と書かずにそういう表現にしたのかは、読者の立場によって複数の意味に解釈できる余地を残したということなので、それを無理やり「1つの正解」を押し付けるのは、むしろ文学の価値を貶めるもんだと思うのですが・・・。結果として、「読書嫌い」「本を読まない人間」を増やすことになっているのでしょうね。
 学校の「国語」の先生が、文学好き、読書家、かつての文学青年とは限らないし。

 それにしても、受験生は大変ですね。

 ちなみに、私は理科系ですが、小説は大好きです。

No.1です。

 全体の文章が通しで読めないので、確信をもって答えられません。井伏鱒二「山椒魚」をまともに読んだこともないので。

 ただし、締め切られた下記の質問は、明らかに間違えていると思いますよ。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/9963000.html

 これは「エ」ですね。
 「先途」とは、文字通り「これから進む道、将来」のことですから、「ここを先途と」とは「ここがこれから先の分かれ道」「ここが運命の分岐点」という意味です。
 「定型的な表現」「慣用表現」を知っているかどうかの設問でし...続きを読む


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