プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

なぜ江戸時代の日本は清を征伐しなかったのですか?
日清戦争で清をボコボコにしましたが豊臣秀吉が明征伐で正義の戦争をしたように徳川家も清を征伐すべきだったと思います。
易姓革命しかしてないくせに調子にのった中華思想などは本当にゴミ。万世一系の天皇家が中華思想のようなものを持つなら賛成しますけどね。

質問者からの補足コメント

  • おい謝罪しろよ

    「なぜ江戸時代の日本は清を征伐しなかったの」の補足画像1
      補足日時:2020/02/25 20:04

A 回答 (11件中1~10件)

一言述べておきます。


竹島は遠い神代の昔から日本領です。
島根県に五十建という駅地名あり。
イソタケと読み、このタケを採ってタケシマです。

よく神社でイタケルとかイソタケルと読むところあり、あれは誤読。

これを贈り物にして消えることを勧める。
    • good
    • 0

戦争の正当化はやめましょう。

人殺しは犯罪。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お前のような売国発言する奴の意見は求めてないから今後、一切回答するな。

お礼日時:2020/03/01 16:14

戦争に正義などない。


また刀や槍で勝てる時代でもないでしょう。

それに日本は朝鮮にすらよく負け戦をしてきたでしょう。勝ったというのは運が良かっただけです。
    • good
    • 0

実は、台湾をヨーロッパ人の植民地状態から解放した英雄、鄭成功(母は長崎の日本人)が、明王朝再興のため、1646年、江戸幕府(徳川家光)に清帝国打倒の援軍を要請しております。


 しかし、徳川政権は頑なにこれを断り、また、遠洋航海用戦闘艦であるガレオン船などの建造技術も放棄し、我が国は完全に“引きこもり”になってしまったため、物理的にもそのような支援は不可能になってしまいました。
 尤も、満州の遊牧騎馬民族の女真族が明帝国を滅ぼして清を建国できたのは、補給を余り考えずに満州から騎兵部隊で略奪しながら直接侵攻出来たためですが、日本からそのような大軍団を上陸させるのには多大な数の船舶と補給物資が必要で、且つ航海中や揚陸中に撃破される可能性が有り、非常に困難です。(秀吉は明との戦いの最中、李舜臣提督の巧みな海上ゲリラ戦術で補給を妨害され、戦闘が遅滞しました)
 唯一のチャンスは、鄭成功が数万人の大軍で南京周辺の海岸部に上陸、周辺地域を解放した時ですが、憎き清帝国は沿岸部を“焦土作戦”で人払いしてしまい、補給が困難な状態になっておりました。
(鄭成功の英雄的な戦いは、日本では近松門左衛門の“国姓爺合戦”で有名)
 日清戦争で、我が国が遅れ馳せながら清帝国主力陸海軍を撃滅出来たのは、ご存じの通り薩長の明治政府が東洋で唯一産業革命を成功させ、蒸気機関搭載の戦闘艦や、強力な火砲を運用できるようになったからですが、江戸時代に正面勝負で清帝国を撃破するというのは、たとえスペイン帝国の侵略軍であっても不可能だったと思われ、ロシア帝国のピョートル大帝でさえ、清帝国と国境付近で戦火を交えましたが、アルバジンの戦いや松花江の戦いで敗北、ロシア人捕虜は清の内陸に連れて行かれた次第です。(子孫が多数現存)

 しかし徳川政権が鎖国などせず、いや、もっと言えば明智光秀が余計な事をせず、信長の政権が存続してヨーロッパの科学技術を積極的に学び、明治維新の時に行った富国強兵や殖産興業策を当時から既に行っていれば、1840年に清帝国の正規軍をイギリスが蒸気機関搭載の艦隊で撃滅するより前に、我が国が先に清の大軍を撃破し、その時点でアジアの“盟主”となっていたはずです。(その時点で、天皇は諸外国から“皇帝”or“教皇”として認知された可能性大)
 その後は、イギリス東洋艦隊との雌雄を決する一大決戦となり(日本のほうが地理的に近く、また東南アジア各地に日本人町も有する我が国が補給が楽で有利。19世紀に“マレー沖海戦”勃発か)、少なくともインド方面まではヨーロッパ人の魔の手から解放(ペルシア帝国・トルコ帝国とは友好関係か)出来たのに、鎖国などして引き籠り、3世紀に渡って時間を無駄に浪費してしまい、実に、大変残念に思います。
    • good
    • 12

近代史を専攻したものなら、誰にも解る答えです。


日本が犯した罪をこれからも、償う必要が有ります。
学の無い人は恐らく解ら無いでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

日本が犯した罪?
日本が犯した罪は戦争に負けたことだけだ。
日本がしたことが罪であるならば戦勝国どもはそれ以上のことをしてるからそっちの方が重罪だ。
それに日本はアジアを植民地支配から解放した正義の国だ。
ただ、西洋の侵略国家どもに勝てなかったという過ちだけは認めよう。
とはいえ日本は植民地支配したことがないからね。朝鮮は併合で台湾も併合、沖縄も併合。満洲国は傀儡。東南アジアは占領地。

お礼日時:2020/02/23 01:52

かれはさん、それは大間違いです。

日露戦争は日本の政治家と軍人が計算し尽くして勝った戦争です。戦争は戦術で勝つのではなく、戦略で勝つのがよくわかります。もっとよく調べてください。あと、清国は当時文明が遅れていて日本に勝つ可能性はゼロでした。そこもよく調べてください。
 それより日露戦争を調べることをお勧めします。これからの仕事できっと役に立つと思います。是非お調べを。
    • good
    • 1

それは違います。

当時の世界の最強国は、ロシアと、清国でしたが、日本が両国と戦争に勝ったのは、単なる偶然に過ぎません。
武器も、軍艦も、外国から購入し、弾薬の蓄積も無く、戦争がもし、長引けば、日本の敗残が確実な、危ういものでした。
然し、日本が勝ち、清国からは、台湾領有とし、ロシアからは、遼東半島の権益と、南千島諸島、樺太を領有する事が出来、軍事的には成功を収めましたが、お寒い状態で有ったのは、歴史家の認めるところです。
    • good
    • 1

なぜ江戸時代の日本は清を征伐しなかったのですか?


 ↑
鎖国をしていて、海外のことには興味を持たなかった
からでしょう。

江戸時代の清国は康煕帝・雍正帝・乾隆帝の
時代でその全盛期でした。




日清戦争で清をボコボコにしましたが豊臣秀吉が明征伐で正義の戦争をしたように
徳川家も清を征伐すべきだったと思います。
 ↑
日清戦争で勝利したのは偶然と考えているひとが
いますが、これは間違いです。
勝つべくして勝った戦争です。

トップは権力闘争に精を出してばかり。
下も、
賄賂を出さねば銃を取らない、なんて将校が続出
しました。
まともに戦ったのは李鴻章の私兵ぐらいでした。

これに対し、日本は天皇以下、庶民までもが
一丸となって戦争に協力しました。

これでは勝てる道理はありません。
    • good
    • 1

日本の国なんて世界から見れば屁見たいなもの。


ロシアも王朝が崩れる一歩手前。
日清日露を勝てたのも、単なる偶然です。
世界の誰一人、日本の勝利を確信する人は、居ませんでした。
これが、後々の日本の奢りに繋がり、悲惨な、第2時世界大戦を招く、原因となりました。
歴史背景や、考証など、考察すれば、未だに還らぬ北方4島や、一向に解決出来ぬ、拉致問題など、永遠に続くでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

そのロシア王朝を崩したのが日本政府ってことをお忘れなきよう。
崩れる一歩手前ではなく崩れるように仕向け戦争を有利に進めたわけよ。これは確かに運が良かった。あんなに上手く工作できるなんてw
日清戦争に勝てたのが偶然は流石にヤバすぎる。何を考えてんだ?
何度やっても清は日本に勝てないわw国力に差がありすぎるのだからね

お礼日時:2020/02/17 13:54

鎖国していたのですから海外なんて関係ありません


自ら、鎖国してたんだから、なんで討伐になんか出るのですか
理論が間違っています
    • good
    • 0
この回答へのお礼

領土拡大

お礼日時:2020/02/17 10:58

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!