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昔は、早く大人になりたい、大人っていいなっていう若い人が多かったけれど、今現代は年を取る=悪みたいになってしまったのはなぜでしょうか。


現代の日本に若ければ若いほどいい、年を取ると終わり、みたいな変な価値観を持っている人が一定数いますし、記事にもそういうのが多い気がします。
実際、まわりの30代、40代の人で「もう年だ」「これからは大きく変わることもないだろう」と
歳を重ねることにネガティブな発言をしている人が多いです。きっと生活そのものに精神的に疲れていらっしゃるのかもしれませんが。

私もこの30-40代の世代ですが、小さい頃、「大人ってかっこいい」「大人になるのが憧れ」
という風潮がありました。しかし大人になれば、「若ければ若いほど有望」「○○歳過ぎたら終わり」
みたいな流れになっています。

これって何が変わってしまったのでしょうか。

私の想像として、私が子供の頃の「かっこいい大人」=人口ボリュームも多く、パワフルだった団塊ジュニアの人たち、さらにかっこいいおじさん=バリバリ働く団塊世代でした。
このボリュームの多い層の一部が横柄になったり、(言葉は悪いですが)老害のようなのになってしまったことが、年を取る=良くないとなったのではないかと察します。

質問者からの補足コメント

  • 若い方がいいという価値観は昔からあったというご意見がありますが、では「早く大人になりたい、大人の世界が憧れ」という人が多かったのはなぜでしょう。

    よく子供の頃、「年下の癖に生意気だ」なんて言葉も聞いたのですか、やはり年を重ねるほどえらくなれる=若さは負け、という感じではなかったのでしょうか。

      補足日時:2022/04/14 16:58

A 回答 (6件)

昔の大人は格好良かったのですよ。

「太陽に吼えろ」でも「キーハンター」とかが放映されていた時代はそうです。30代であれば「頼れるアニキ」、40代も中頃を過ぎれば「頼れる大ボス」然としていました。違和感なく観てましたよね。

>しかし大人になれば、「若ければ若いほど有望」「○○歳過ぎたら終わり」
>みたいな流れになっています。

こう言っては何ですが、昔の大人と今の大人を比較すると、今の大人の方が幼いです。自分が大人になった故にそう思ったのかもしれませんが、昔の大人像と比べるとやはり幼いです。今の40代より昔の30代の方が貫禄がある。そういう意味では大人になりきれていない、故に大人否定みたいなところはあるのかもしれません。

大人の貫禄が昔程無いとはいえ、団塊Jrの定年が迫っています。それで何が何でも世代交代を早めに進めないとならないという事情はあります。

そういった事情を、実力主義とかのフィルタをかけ、歪んだ眼鏡で見ると、「若い方がいいという価値観」に収斂するのでしょうね。もちろん、経営側としては社員が若返れば給与支出は減るし、それに伴い社会保険料も減るので良いことなんでしょう。
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この回答へのお礼

みなさま、ご回答ありがとうございます。一番ピンときたご回答を頂けたwellow様を選ばせていただきます。

>こう言っては何ですが、昔の大人と今の大人を比較すると、今の大人の方が幼いです。自分が大人になった故にそう思ったのかもしれませんが、昔の大人像と比べるとやはり幼いです。今の40代より昔の30代の方が貫禄がある。そういう意味では大人になりきれていない、故に大人否定みたいなところはあるのかもしれません。

とくにこの辺りはかなり共感できます。
40代、50代の方の飲み会でのノリなど、学生と何ら変わらない人たちを
よく見ます。見た目は立派なオジサンなのに・・・。
中身が幼い、若者と精神年齢が変わらないのならば見た目がフレッシュな若者の方が映えますよね。

お礼日時:2022/04/16 12:23

そういうのは昔からあった。



ブッダは物心つく前に母親を失ったこともあり、思春期になると思索にふける内向的な青年に育った。

あるときブッダは思った。
「なぜ私は歳を取ることを醜いと感じるのだろう。人間誰でも歳を取るのである。誰も老いからは逃れられない。私も老いからば逃れられない。」
ここまでは誰でも思うことである。

続きがある。
これがブッダのブッダたるところである。
「となれば、老いたくないというのは『若さを持つ者の傲慢』というものであろう」

この問いへの探求はやがて出家となり悟りとなり悟りの伝道となり、やがて弟子たちによって形作られる仏教となった。

大人になりたいという答えは簡単。
子どもは半人前。
大人のように自分のことすら一存で決められないし共同体への貢献もできない。
一人前になりたいとは当たり前の欲求である。

もっとも最近はあまあまの社会だから子供でも一人で生きて行ける。
なら全責任が肩にのしかかる大人になるメリットはあまりない。
しかしそんな社会は種々の好条件に支えられた幸運な社会である。
そして条件は変化する。
子どもで終わった人間は、来る厳しい社会では選択肢を失う。
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その手の価値観は昔っからあります。


変わったのは質問者さまの年齢です。
自分が満足できない環境だと、自分以外の環境を妬むものです。
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>このボリュームの多い層の一部が横柄になったり、(言葉は悪いですが)老害のようなのになってしまったことが、年を取る=良くないとなったのではないかと察します。



私はプロフィールの通りの爺さんですが、私も質問者様が仰るようなことが
多分にあるのではないかと思います。
ことわざの「実るほど頭の下がる稲穂かな」を意識して、老害にならないように心掛けていないといけないと改めて感じました。
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経験がモノを言わない社会になったからでしょう。


技術革新のスピードが速く、学習能力の高い若い世代の方が新しい技術に有利です。
結局年とった人から教わることが少なくなります。

その傾向は、50年前からアメリカにはありました。
日本では年寄りが尊敬されていましたが、アメリカでは年を取る=衰える=役に立たない、という認識で、政治家でも学者でも自分の若さ=パワフルさをアピールすることが重要でした。

コンピュータはアメリカの発明品ですが、これが世界を席巻することで、アメリカ的価値観、つまり「若い=よい、年を取る=悪い」が日本にも定着したのだと覆います。
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そうですね。


わたしも同じように思います。
ひとは年齢をかさねることにより経験が増え懐の広さが増し、魅力が付くとい思います。
若い人には若い魅力もあるのは確かだと思います。
体力があり容姿も綺麗、失敗しても、やり直しがきくなど。
しかし歳を取り、長い時間をかけて辛い事楽しい事個人で経験した事から、
その時代の事件や事柄を経験したわけです。
中年であれ、老人であれ、そういった経験は貴重であり、その人の魅力です。

そして、なぜ若ければ若いほどいいという考え、風潮があるのか。というのはわたしが思うに、いろいろあるとは思いますが、
恐らくは、少子高齢じゃないでしょうか。
若者が減少しているわけですから、
若者の上記でいったような魅力の価値があがるわけです。
社会的にみて、若者が少ないわけですから、どうしても注目され最も良いとされてしまうんじゃないでしょうかね。
そして、溢れている中年から老人までの人は悪い所しから見られない。
ということ。
これは少子高齢の影響が大きいんじゃないでしょうか。
っとわたしは思ったかなぁ。
参考にしてくださいませ☆
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