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こんにちは
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶという人がいて、なるほど参考になったと
思ったものの、あとで、ほんまにそーかいな?と思いました。
だって歴史って為政者の影響で時の権力者に有利なように書かれることが多いのではないかと思います。あと、多くの人は豊臣秀吉とかの歴史学んでも、そもそも政治に携わらないのだから
関係ない時代の関係ない職業の経験を学んでも役に立つ可能性は低いと思うのですが(;^_^A
学べる密度の問題もあります。記録者は単に記録に専念して書いてるだけで、
後世の人に高密度で学んでほしいと思って書いてるわけではないので、歴史書1ページごとにめちゃ学べるとはいいがたいのではないかと思います。
もう一つは明治維新以降日本を中心として世界は大きく変わったのでそれ以前の歴史をちゃんと学んでも変化が激しい現代では極めて活用しにくいのではないかと思います。
また歴史学がそんなにすごいなら歴史家が次々に政治家や社長になるなど大活躍しているはずだがそうなっていない。困ったときの歴史学とばかりにピンチに歴史家が引っ張りだこということもあまり聞いたことがない。
歴史からそんなに多くのことを学べるのかという疑問はどーなんでしょうか?
ついでに、データや論文から学ぶ主義の人もいますが、それは正しいのですか?
これも実験方法により結果が異なったり、覆す論文が出たりで、研究が絶対ではないという
出来事がちらほら出てきますが。

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A 回答 (9件)

昨今の日本の社会、変更する必要があります。


「賢者は歴史から学ぶ、愚者は経験と司馬遼太郎から学ぶ」に、
実際、司馬遼の作品は史実をモチーフにした創作だからね、コレを本当の歴史と思い込んで、実際の仕事場のトラブルの時、やれ坂本龍馬ならとか、信玄、謙信ならどうするとか、小説上の架空の織田信長の生き方を目指すとか、そういうイタイ上司がワタシの上に湧いていました。
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まず歴史と歴史学の区別をつけたほうがいいですよ。

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19世紀末のドイツ帝国の初代鉄血宰相として活躍したビスマルクの言葉の日本語訳に、「愚者は自分の経験から学ぶ。

私は他人の経験、つまり歴史から学ぶ方を選ぶ」があるそうです。
ネットに、https://willlog7.com/learn-from-experience-or-it …
愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、事前に自らの誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。
自分の失敗経験だけではなくて、過去の他人の失敗の事例を知ることで、うまくやっていくようにするということのようです。
中学高校で勉強する日本史・世界史のような、いわゆる歴史でもないし、○年に**があって、△年に~~がどうして、というようなことではないらしいです。
歴史学って、なんなのか  これもやっかいです。 社会の変化やその理由を考え学ぶということを歴史学と考えるのであれば、社会や社会事象を考える力がつく可能性はあるので、今の世で生きていったり、自分のやることの方向を考えるときの役には立ちそうです。

> 歴史学がそんなにすごいなら歴史家が次々に政治家や社長になるなど大活躍しているはずだがそうなっていない。困ったときの歴史学とばかりにピンチに歴史家が引っ張りだこということもあまり聞いたことがない。

「役に立つ」ということの意味が問題でしょう。 政治学者が政治の世界で引っ張りだこ、経営学者が企業経営で引っ張りだこ、気象学者が天気予報や農業事業者で引っ張りだこということもないでしょう。 ノーベル賞の受賞者が実業界で引っ張りだこになることは、まずないです。 専門の研究ってかなり特殊です。 物理や数学、情報処理技術の専門研究をしていることと、情報産業や機械工作とは違います。

> 関係ない時代の関係ない職業の経験を学んでも役に立つ可能性は低いと思うのですが(;^_^A

それはその通りです。 ただ、自分自身が不動産業界で働いた経験が作家になったときに役立ったというようなことなら、過去の経験は何かの形で役立ったりすることもときにはあります。 「関係ない時代の関係ない職業の経験を学ぶ」ということにしても、渋沢栄一の話や経験のことを読んで、とっても役に立つ、生き方の参考になると思われているから、ある種のブームになるのでしょう。 偉人や達人、成功者などの話もそいういうものでしょう。 あんなものなんの役にも立たないとだれもが思えば、仕掛ける作家も会社も出てこないです。

> データや論文から学ぶ主義の人もいますが、それは正しいのですか?

「正しい?」 何を質問しているのか分かりませんが、 「学ぶ」ことの効率の良さを考えれば、一から全部自分で調べるなど現実的ではないでしょう。 コンクリートや木材の強度や麺を茹でる時間と温度でも、できあいものから学んだ方がイイです。 大阪まで仙台からいくのでも、建物の設計にあたり過去の地震の揺れを調べ耐久性を検討するにも、論文を調べた方がいいです。 自分で調べないし、データや論文から学ぶのではなく、誰か意見を求めるという方法の方が効率がよいという場合の方が多いでしょう。 ですがそれにしても、ネットで質問するというよりは、その人の経歴や業績、評判を調べて、料金、時間も検討してとなれば、データは必要です。 
データなしで学ぶのは、かなり不効率です。

> 実験方法により結果が異なったり、覆す論文が出たりで、研究が絶対ではないという出来事がちらほら出てきますが

そうです。だから、実験方法や実験条件を調べて妥当性を検討したり、もっと別の意見や研究がないのかも調べるのです。 何もしないと、どれによるのかさえもわからない、いや、どんなのがあるのかもサッパリわからない。 「え!?、そんなデータや実験や研究があったんですかー」では、どうにも不効率で、失敗が続くと思いませんか。
医療にしても、土木にしても、情報伝達にしても、明治の頃の知識しか持ってないでは、なにをやるにも無理でしょう。 毎日の食事の料理や買い物さえできないです。 少なくとも、2,3年前の頃の情報にはあたってないと、近所にあったはずの店もなくなっているかもしれないです。
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愚者は経験からしか学べない。


賢者は経験はもとより形而上学的なもの、一見無価値なものからも教訓を学び取る。
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「歴史は繰り返す」と言いますが、これは人が歴史から学べない事を意味します。

なので、「賢者は歴史から学ぶ」というのはウソッパチです。

理由について、思いつくままいくつかあげます。

近年の豪雨災害は、2014年8月の広島から始まって2017年以降は毎年、どこかが災害に見舞われていますが、災害に遭遇した年寄りが言うことはみんな同じです。「こんなになるとは思わなかった。今までこんなことはなかった。」これなどは、遠い昔を信じて身近な歴史に学べない典型です。

日本の朝鮮半島出兵は過去3度ありますが、三度とも失敗し最後は太平洋戦争敗戦という大きな失敗になりました。最初は、白村江の戦い、次は豊臣秀吉の朝鮮出兵、最後が日清、日露戦争を経た満州事変から終戦までです。

私が考える歴史に学べない大きな理由のひとつは、その年と100年前とでは社会情勢や技術の進歩などが全く違うため、過去の歴史をその時代にそのまま適用できない、ということが挙げられると思います。

極めて単純な事実、人は他人の経験から学べない、という真理を覆せない限り、「賢者は歴史から学ぶ」は、カッコ良いだけで中身のない言葉になります。
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文明の発達は、文字による記録で飛躍的に高まった。

現代人は過去の技術開発の記録を見聞きすることで、そこからスタートできる。

歴史とは一般的には戦争を含む政治の歴史だ。しかし、歴史は文化・風物から自然科学や、技能・技術まであらゆる方面にわたる記録だ。

しかし、過去の歴史は過去の出来事しか教えてくれない。
それを現代に置き換えて分析し、解釈し、適応・改善することで方向性を導き出す能力が必要になる。
それは簡単な作業ではない。過去の問題と解決方法がそのまま現代の問題と解決方法になるわけではないからだ。
「論語読みの論語知らず」という言葉があるが、これは論語を丸暗記しても、論語を今の世界に合うように解釈して行動に移せない人を笑ったものだ。

しかし、過去の歴史を知らなければ、スタートラインはかなり後ろに下がることになる。

歴史研究の重要性はそこにある。
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」。
これは、歴史を知ったうえでモノを考えるときのスタートラインがかなり前にあり、歴史を知らない場合スタートラインがかなり後ろになることを意味している。
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自分だけの経験を行動原理にしていれば対応範囲は狭い。

歴史も経験なんですけど。歴史も後から人が書いたもので生きた経験ではありません。脚色や嘘もちりばめられています。

成功した人は経験だけでなくあっと驚くブレイクスルーを切り開いたから。歴史は参考にはなるがその程度。知の集積の多い人は失敗が少ない。やらなくていいことはしない。

愚者はくだらないことにこだわり、賢者は真理を見つけるためこだわる。
愚者のこだわりが新しいことにつながることもある。絶対はない。

絶対の答えがないのが人生。努力していれば金鉱を掘り当てるかもしれません。運、鈍(感)、根(気)、運が最初。金鉱に当たらなければ諦めましょう。
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「学ぶ」というのは、そもそも「今起きている事象にぴったり合う」とか「今後起きる事件を確実に把握できる」という意味ではありません。



学ぶという意味は「社会の動きの理解をするときに、検証された過去の事例から引用できる類似例がたくさんあるので、参考にしましょう」という意味です。

>歴史からそんなに多くのことを学べるのかという疑問はどーなんでしょうか?

学べますが、個々人の業績を見てもしょうがないです。「歴史に学ぶ」というのはそういう事ではありません。

以下個人的にローマ史が得意なので、ローマ史から事例を学びます。

・SDGs
欧米はSDGsに必死になっています。これには政治的な思惑があるとはいえ、欧米人にとって「歴史的に持続不可能になったことがある」ことが、政治家を動かし、市民の支持をえられる原動力になっています。

その事例とは「ローマの崩壊」で、ローマは領土を拡大し隆盛を極めましたが、当時のエネルギー資源は木で、木材を取りつくしたことから衰退しています。
取りつくしちゃったのは、氷河期という気候変動もありますが、とにかく取りつくしたら、文明を維持できなったわけです。

今のエネルギーは石油です。石油をいつまでも使い続けることはできない、石油を使い続けるとどうも温暖化を加速しそうだ、だからローマ崩壊の事例を踏まえれば「文明崩壊の前に食い止めよう。エネルギー転換をしよう」というのが、歴史から学べます。

・王制→共和制→帝政
ローマは元々、国王がいる王制国家だったのですが、あまりにも王が無茶ぶりをしすぎるので国民から嫌われ、王を追い出して共和制になります。

共和制は割と長くそして領土拡張に貢献したのですが、領土が大きくなりすぎると、共和制のやり方では政策合意に時間がかかりすぎて、対応に時間がかかり、問題を解決できないことも多々出てきてしまいました。

そこでユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)で、彼が「民主的な手続きのままで独裁制を実現しよう」としたのが皇帝制です。

カエサルは暗殺されましたが、養子のアウグストスが初代皇帝になり、その後五賢帝ぐらいの時代までローマはさらに発展しました。

この歴史的史実から学ぶときに、英雄譚として「カエサルの物語」は面白いですが、見るべきは「①民主的な手続きで独裁を敷くこと」と「②共和制よりも独裁制のほうが、政治的決断も解決力も基本的には上」ということなどです。

①については、まさにドイツのヒトラーが学び、実践したことで、ヒトラーは独裁者になることに成功しました。逆にヒトラーが独裁を目指していた時期に国民が皇帝制の事例に気が付けば、ヒトラーの独裁を阻止できたかもしれません。もちろん一部の教養がある人たちは気づき警告をしていましたが、大衆がそれを理解することはなかったわけです。

②については、まさにコロナ禍で独裁的な中国と民主主義の日本や欧米の「対策の差」になって表れています。

中国がコロナ対策に成功したとは言い難いですが、コロナ禍初期に中玉が強烈に抑え込んだことは事実で、欧米も日本よりは強権的に抑えたので、日本国内でも「日本は市民の善意に頼るだけでいいのか?」という議論がだいぶ出ました。

こういう「社会的な世相」や「社会的な問題点」の解決策や、事の推移を検討するとき、歴史に相似な事例を見つけることはできますし、そこから学ぶことは多数あります。
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今晩の飯の心配だけすれば良い人生なら経験だけで生きていけば楽だよ


それに会社が儲ける為には歴史から学ぶって話でも無いし・・・・

で、歴史上こういう時にこう言う事で誰々が成功したから俺も
じゃなくて、歴史的な流れや動きから何を引き出すか?
それを元に現代にどう活かすか?
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