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マッカーサーは、なぜ昭和天皇を守ったのですか?人柄に惚れたからですか?それとも占領政策に必要だったからですか?

A 回答 (11件中1~10件)

何時、旧軍人たちが暴発するかと当然ながらGHQは警戒していた。


実際に、天皇が戦犯として逮捕される事態に備えて、皇宮にいる天皇を護るのは不可能としても、皇族をGHQ管理下から救って、占領軍とゲリラ戦を展開する計画は、陸軍は中野学校出身者、海軍は軍令部がそれぞれ中心となって着々と準備を進めていた。

マッカーサーが、その動きをどの程度把握していたかは分からないが、日本に着任してから、次第に占領政策の平和的遂行には、天皇が欠くことができないキーパーソンであることは理解し始めていたようだ。

そうした状況で、天皇とマッカーサーは何度も会談しているが、マッカーサーが天皇の人間性にほれ込んだことは間違いない。ヒトラーやムッソリーニとは全く次元が異なる人物であると理解したことも間違いない。

そして、だからこそ、尚のこと、占領政策には絶対的に必要な人物であると確信したということだろう。

陸海軍の反乱計画も、天皇がA級戦犯として処刑される可能性がゼロであると確信された時点で霧消した。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。大変勉強になりました。目からウロコが落ちました。

お礼日時:2023/01/06 15:24

両方です。



まず、日本側はポツダム宣言受け入れに関して「天皇制を維持すること」という確認をずっとしていて、連合軍側もそれを了承したと言われています。

またソ連の侵攻はすでに規定路線だったのですが、ドイツ占領下でベルリン統治や東西ドイツの分割統治の問題がすでに露呈していて、英米は「日本の占領統治からソ連を排除する」という認識もつよくありました。 

また、当時の社会情勢からみて「天皇という日本の統治の根幹を壊せば、一気に共産化する危険がある」という認識もあり、結局「統治のために天皇制度を壊さない」という占領政策はすでに決まっていたし、マッカーサーもそれの方針をよく理解していました。

しかし「天皇制度を壊さないということは、ヒロヒトが天皇で居るということではない」という認識をマッカーサーは持っていたと言われています。
 つまり、昭和天皇は戦争犯罪で裁かないとしても、天皇を退位させ、弟か息子(現上皇)に換える、ぐらいのことは考えていたのです。

だから、マッカーサーは占領統治を始めた後、昭和天皇の調査を行っていますし、結論からいうと「昭和天皇の戦争責任を問えないのは大いに不満」だったようです。

しかし、そのマッカーサーが心変わりしたのは、天皇との会見後でこれはマッカーサーの直近の部下の書記にもそのように書かれています。

なんで、マッカーサーが心変わりしたかというと「天皇が自分の戦争責任を認めて自分を処罰するようにマッカーサーに進言し、同時に日本国民への食糧供給を強く希望したから」だと言われていますし、この部分はネットなどにもたくさん書いてあります。

問題なのは「なんでそれがマッカーサーの気持ちを変えたのか?」です。
それはマッカーサーが第一大戦の敗戦処理でドイツ皇帝と面会した経験があったからで、王族の居ないアメリカ人であるマッカーサーは「皇帝なのだから、さぞ立派な人物なのだろう」と思っていたのに、実際に会ってみると、敗戦の責任やその他の問題をすべて部下(大臣たち)のせいにして、自分は助かろうと見苦しい姿を見せたからです。

この経験からマッカーサーは「アメリカのように民主的な国家がもっとも進んだ国家であり、王政は時代遅れ」だと認識していたのです。

しかし、天皇と会ってみると、天皇は「この戦争は全部自分の責任」だというわけです。もちろんマッカーサーはそれ以前の調査で、天皇に責任がないことを知っていたわけですから、ドイツ皇帝の時と真逆でびっくりし、さらに「私はどうなってもいいが、国民が飢えないようにしてくれ」と申しでる姿に感銘を受けたのです。

つまりマッカーサーは個人的にも「天皇の人柄に惚れた」わけで、天皇の処罰を望むアメリカ議会に対しても、説得を行っています。
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1,国民をまとめるのに有用だから。


 米国は、天皇の存在には軍隊17個師団の
 力がある、と分析していました。


2,ソ連、中国などの隣国だから。

 米国としては、ソ連、中国に対抗する
 極東の防波堤として、 
 日本を利用する意図がありました。

 これらの国は社会主義です。
 社会主義は、なによりも平等を理念としますので
 天皇制を維持するだけで
 社会主義に対する防波堤の意味があるのです。


3,天皇は守るから、東京裁判で、米国の
 不利になることは言わない、という取引があった。 
 
 あの戦争は、大不況を乗り切るための
 戦争という意味合いが強かったので
 あえて、日本を戦争に引きずりこんだ、という
 弱みがあった訳です。

 米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きずり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。
ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。

マッカーサーは戦後、あの戦争は日本の自衛戦争であったと
米国議会で証言しています。

ハルノートのハルは、真珠湾攻撃を耳にして躍り上がって
喜んだ、という側近の証言が残っています。
「これで戦争ができる」

また、パル判事は、あのような要求を突きつけられたら
モナコのような小国でも銃を持って立ち上がっただろう
と述べています。
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天皇の地位をある程度認める代償として、他の部分で譲歩させた。


ソ連の影響=共産主義の排除とか。
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社長をやめさせて自分が社長になるのと、


社長を殺して自分が社長になるのと、どっちが
経営をしやすいでしょうか
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マッカーサーは


戦前の若い頃
陸軍上官だった父に連れられて
日本へきた頃があります
長崎まで旅行に行きました

再婚ですが
新婚旅行では日本へ来ています
ホテルは
横浜のニューグランド

戦後
日本へきた時も
GHQの仮宿舎として
このホテルを使って
泊まった部屋を懐かしんだと言われています

そういったことを考えると
戦前の日本を知っているので
マッカーサーからすれば
日本には天皇が必要であることが
理解できたのではないかと
考えますがいかがですか?
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占領するよりも「利用」した方が、アメリカの国益につながる、そう考えたのだと思います。

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終戦のためなら原爆も辞さないアメリカは合理的です。

そこに合理的な理由がある限り天皇でも利用しますよ。
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日本国民のよりどころを奪ってはいけない、


日本が自ら再生するためには一番必要な人だ、
これを理解したからです。
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どちらかと言えば後者。


天皇を精神的支柱としてやってきた国民を統制管理するためには、天皇を蔑ろにする政策は得策ではないという判断です。
そういう前提があって、マッカーサーを訪問した天皇は、「私は、国民が戦争遂行にあたって行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためお訪ねした」と言い、天皇が戦争の「全責任を負う」と述べた「捨て身の精神」にマッカーサーが感動したという記録が残っています。
すなわち、後者のつもりでいて天皇を利用しようとしたら、人柄にも惚れてしまったということです。
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