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現代では、普通「魚を食べた」とも言いましが、「魚食べた」とも言います。

質問は、A:古代は、「魚食べた」と言っていたが、その後変化して「魚を食べた」になったのでしょうか?
あるいは、古代から「魚を食べた」だったのでしょうか?

A 回答 (9件)

> ご回答のなかから、私に都合が良い部分だけ抜き出して、使用させて頂きます。

  ご笑話下さい。
> 1.言語の一番最初は、<「魚」だけで、コミュニケーションしてい>た。
> 2.次の段階では、<「魚食う」>に進化した。
> 3.現在では、魚を食うに到達した。
> と想っております。
> <「魚食う」>は孤立語系なのでしょうね。

こちらの回答の抜き出しを書くのに、「ご笑話下さい」はどうなのでしょう。

孤立語系と、孤立語系と屈折語という形態?の違いの背景って、事態をそのままに認識するか、意思や関係という相対的な価値的な目で認識するか、そんな感じがします。
自分が孤立語系でずっと生活し認識してきたために、名詞でさえも格変化の相の中で捉え表現しようとするのには、驚きを感じ得ないです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3 … こうした言語を使わざるをえないと、人々の中に哲学的思念が湧きやすいのかもしれないです。
あれ、これ、それで、それで充分だと思って生活していると、面倒な思索に陥ってしまわずに済むということでしょうか。
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この回答へのお礼

御尤も

お礼日時:2023/08/29 16:48

脳科学的には、動詞や名詞はブローカー野、助詞はウェルニッケ野で処理をします。



つまり、助詞を入れるには、脳部位が異なる場所の総合的な働きが必要になるのです。

よって、脳が発達するにつれて、「を」を入れるようになったのだと考えられます。

個体発生は系統発生を繰り返します。よって原始人はみな3〜5歳ぐらいの知能だったと考えて差しつかえないと思われます。
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この回答へのお礼

さっそくの御回答ありがとうございました。
初めて<動詞や名詞はブローカー野、助詞はウェルニッケ野で処理>を知りました。<脳が発達するにつれて、「を」を入れるようになった>のですね。
御回答のすべてを<>に入れて引用したくなりました。無駄のないご説明でした。

お礼日時:2023/09/03 17:52

飯食う 餅食う 泡食う 肘鉄食う と言います。


古代には おそらく 食べる とは言わなかったと想像します。

「散りぬるを」「語るを聞けば」のような用法の「を」が多かったようです。
対象格を表すために「文を」「書を」のような格助詞の使い方もするし、現代ならば「と」で表現するような"強調"のための間投助詞としても「を」を使ったようです。
でも、意味が通じるのであれば、日常的には格助詞は使わないことが多いのではないかと想像します。
今でも、「お前暇/お前忙しい」「お前好き/お前嫌い」「御飯ちょうだい/ビール下さい」「アイス食べる」「勉強分からない」「数学嫌い」「英語得意」のような言い方はおおいです。

古代では もしかすると 「魚」だけで、コミュニケーションしていることが多かったのかもしれません。 
現代なら、「お八つ」 「ケーキ」 「風呂」 「肉」 「カレー」で済ませるようなものです。
古代では、言ったとしても、「魚食う」が多いのではないでしょうか。
もちろん、古代では、文書に書くなどはしないです。 書くとしても、せいぜい、古代末か中世に詩歌にするときくらいでしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうござます。
ご回答のなかから、私に都合が良い部分だけ抜き出して、使用させて頂きます。
ご笑話下さい。
1.言語の一番最初は、<「魚」だけで、コミュニケーションしてい>た。
2.次の段階では、<「魚食う」>に進化した。
3.現在では、魚を食うに到達した。
と想っております。
<「魚食う」>は孤立語系なのでしょうね。

お礼日時:2023/08/28 18:13

>「魚食べた」とも言います。


「目は口ほどにものを言う」、目だけではありませんその時、のその場の状況、立ち居・振る舞い、でも言いたいことが伝わります、「魚たべた」発音はこのままでも最後の音を上げれば、文書表現では「魚たべた?」という疑問の表現になります。
その時のTPOなんか完全無視して、その部分だけ取り出しても何の意味もありません。
特に日本語では、主語の省略なんかは日常茶飯事なんです。
古代は主語は使うことはなかった?なんて言う人多分いないと思います。
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この回答へのお礼

ノーコメト

お礼日時:2023/08/27 11:55

いいえ。


イスカンダルに魚は居ないと思います。
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この回答へのお礼

ノーメント

お礼日時:2023/08/27 09:21

そもそも, 「古代」では「食べる」とはいわない.



さておき, 「を」という助詞そのものは古くから使われている様子. ただし省略されるケースもある, というのは現代と同じ. しいていえば「『を』を使うようになった」んだろうけど.
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
現代も古代も「を」<省略されるケースもある, >のですね。
<しいていえば「『を』を使うようになった」>のですね。

お礼日時:2023/08/27 09:21

話し言葉と書き言葉の違い。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。

お礼日時:2023/08/27 09:18

格助詞「を」は、例えば「野山にまじりて竹を取りつつ」「竹を取ること、久しくなりぬ」(竹取物語)と出てきますので、古代でも「魚<を>食べた」だったのでしょう。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
竹取物語でも、「を」が出ているのですね。

お礼日時:2023/08/27 09:04

言葉の発展過程からみて、おそらく名詞や動詞が先にできて、助詞はあとでしょうね。

赤ちゃんが成長する過程で、最初は「魚・食べた」といいますよね。それと同じです。

ただ助詞がきちんと入っていないと、意味がわからなくなります。「魚・食べた」だけでは人が魚を食べたのか、サメが人を襲って食べたのかわかりません。

ですので縄文時代はわかりませんが、渡来人がおおくきた弥生時代には助詞は定着していたと思われます。実際に7世紀には万葉仮名がつかわれていますしね。韓国語も助詞が必要な言葉ですのでその影響はあるでしょうね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<言葉の発展過程からみて、おそらく名詞や動詞が先にできて、助詞はあとで>ですね。意味をはっきりさせるために、助詞が活用されてきたのですね。

お礼日時:2023/08/27 08:59

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