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世界史について勉強している者です。

ナポレオンとナチスドイツの総統であったヒトラーについて気になったことがありました。

時のフランス皇帝であったナポレオンですが、そんなナポレオンが、イギリスとひっそり貿易しているロシアに戦争を仕掛けて、いったら冬が来て、余儀なく撤退。

また、第二次世界大戦時のドイツも、ロシアに侵攻するも冬が来てなかなか攻められず、止む無く撤退。

どちらも、冬の到来に苦しんで、冬だけに、雪辱の敗退を果たすわけですが、

フランスって、行ったことないんですけど、日本よりちょっと高い位置にあって、冬が来たら普通に雪降りますよね? なので、皇帝ですから、当然その時期はロシアにも厳冬が来ることを分かっていた筈だと思うんですよ。
それでも、ナポレオンがどうしてもその時期にロシアを攻撃しないといけなかった理由ってあったんでしょうか?
春に持ち越せなかったんでしょうか?

ヒトラーもヒトラーで、そんなナポレオンの失敗を活かさず、「冬のロシア=冬将軍=この侵攻は無理。時期をずらそう」っていうことにはならなかったのでしょうか?


どちらも国のトップなのに、そういうことを想定していなかったことが不思議で仕方ないです。

A 回答 (5件)

だから冬になる前に決着を付けたかったが、ロシア軍がそれを許してくれなかった。



日本だってそうである。
撤退戦法に引きずり込まれて奉天まで遠征させられた。
ロシア軍は翌春さらにハルビンまで撤退する予定で、そうなれば補給線が細くなり日本軍は惨敗した。
そうならなかったのは海軍が日本海海戦で完勝しロシアを講和に引き出せた、全くの幸運である。

日本がロシアに宣戦布告したのと同じように、フランスもドイツもロシアを放置していればいずれ必ず蹂躙されていた。
「冬寒いから行きたくないねー」では済まされないのである。

それと、ヨーロッパは西が暖かく東に行くほど寒くなる。
西海岸には暖流が流れていて、温められた空気が供給されるからである。
雪は降っても日本の北海道ほど寒くはないし、ロンドンはもっと暖かい。
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ナチスの場合は、冬将軍に備えて、大量の防寒装備をポーランドから列車で前線まで送ろうとしていました。

 ところが、なぜか列車が渋滞して、装備到着が間に合わなかったのです。 ナチス軍はそれまでソ連軍に対して優勢で、既にモスクワ近郊まで迫っていました。 もし、防寒装備が間に合って届いていれば、ナチス軍がモスクワを制圧してソ連軍に勝利したのは間違いありません。 歴史の大きな節目にはなぜそんなことが起こったのか、不思議な事件がたくさんあります。 この件もその一つです。 ナチスに勝利させたくなかった神様の、横やりだったのでしょう。
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どちらも侵攻開始は6月です。


ウクライナやロシアの春は雪解けので進軍するにはその頃が一番良いと思われたのでしょう。

ナポレオンは9月にはモスクワ入城を果たしていますから、厳密に云えば冬将軍に敗北したとは言えないでしょう。
近代までの陸軍は、基本的にある程度食料は現地調達でナポレオン軍もそうでした。しかし、ロシアの焦土戦術が功を奏してモスクワで食料が手に入らず、兵も逃散し始めて大幅に兵力が減少したため、ナポレオンは1か月後の10月になって撤退を決意しますが、その時にはロシア軍もナポレオンをモスクワから逃がさないように布陣を終えており、戦いながらの撤退となりましたが、冬将軍の襲来を浴びて壊滅となりました。後日、ナポレオンは2週間早くモスクワを撤退していれば布陣前のロシア軍を撃破しつつフランスに無事戻れただろうと言っています。

ヒトラーの場合はフィンランドに侵攻したソ連軍の情けない戦いぶりに、ドイツ軍が侵攻を開始すればすぐにソ連軍が崩壊すると考えたことが一番の敗因。
序盤は、一見すると上手く行っているように見えたが、「泥濘期」が完全に終わっていなかったこともあり、進軍も遅れ、補給も遅れ気味になってしまった。
その間にソ連軍は態勢を整え、中盤は逆に反撃する場合もあったほどだ。何よりソ連軍は粘り強く戦い、崩壊することがなくなっていた。
ロシアは伝統的に攻めるのは下手糞だが、守りに回った時は非常に頑強だ。その点をヒトラーは見逃していたことになる。
それでもモスクワ間近まで進撃したが、この年は早めに冬が到来したこともあり、耐寒装備を持たないドイツ軍は寒さで戦車もトラックも動けなくなり、極寒地対応の耐寒装備を持つソ連のシベリア軍団の到着で猛反撃を受けることになってしまった。
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ナポレオンは完全にロシアの冬を舐めていました。

モスクワを落としたものの、ロシアの焦土作戦により維持できなくなって撤退したのです。
ヒトラーはソ連を舐めていました。「腐った納屋など戸を一蹴りすれば倒壊する」と遅くとも晩秋までにはモスクワ、レニングラード、ロストフを落とせると踏んでいました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

勉強になりました。

お礼日時:2023/12/05 00:44

どちらかと言えば冬までかかると思っていなかったのですよ。

現在ロシアの戦争が長引いていますけれども、あれだってロシアが侵攻開始した時点では、ロシアだけでなく多くの国が1週間以内に陥落すると思っていました。

防戦する側というのは、しばしば予想外の奮戦をするものなのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

勉強になりました。

お礼日時:2023/12/05 00:44

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