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本音を言わなければなかなか人間関係って構築出来ないですか?

A 回答 (8件)

逆でしょう。


本音は隠すもの。
ほとんどの本音は自分都合で人の気持ちを無視したものだから、さらけ出してはいけない。
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虚実なんぞは、どっちでも構築出来て出来ない矛盾。



己と相手と周囲と、各自の背負ってる宿業や世界の環境変化
因果関係次第である。

一人の人間と、関わる人間とは相関図である。

一人一人に、相関図があるのでそれとの点線もする。

誰かの述べた事とか、行いを本音で有ると裏付けする
証拠・論拠・ソース・確度の高さとは?

嘘を嘘と見抜けぬ。
本物を本物だと察せない。

そのような者に、関係の構築云々ありゃしない。

ママゴト・ごっこ遊びである。

極論として、考えたならば極端な人だろう。

何でも最初は、そう言う真似事から始まるものだ。

そうやって、丁度良い虚実の扱いを各自で磨いていく。
誰かは、下手なままで別の誰かはとても上手だ。

相手のやり取りが、信用信頼出来ない事も受け止めて
それを、黙認・容認する人間が相手してれば関係構築は成る。

擬似的なものだ。

その虚もまた、一つの真である。

わかりましたかな?

また、一人一人の信用信頼理由とか物差しとは
似てるし違うのである。

10cmの物差し

誰かは、1cm単位を10刻みで10cmな物差しである。
誰かにとって、1cm 5cm 10cmと言う大雑把なものである。
誰かは、1cmの間に1mm10個含めて100刻みの10cm物差しである。

調べられる細かな数値の扱いが、桁違いなものになる。

この地球では、数千キロから万単位のキロまでならば
数値の範囲であるので、長い旅路で歩く・自転車・自動車にバイク
これだと、日に数十キロから数百キロ程度はまあまあ行き来する人間が
存在するのは、普通であるし飛行機使うとこれまた変わるものならば
高速鉄道の扱いでもちょいと、普段使う移動手段や距離も変わる。

そもそも長さ・距離と言う物事を、違う何かで捉え扱うので
話が、噛み合わないのである。

急勾配の峠道と、平らな道の直線距離が同じ2キロ為らば
平らな道のりなイメージで、疲労とか考える者が出てくる。

平らな道も急勾配も同じ2キロでも多様に経験してる者は?

それだけ多くの物差しを、持ち歩いてるものなのだよ。

横風と、対向車線から大型トレーラーがバンバン来るような
そう言う道を、歩くのも自転車での2キロって大変だ。

これが、追い風で2キロで下りも交じるとか自動車と同じ
左側車線を、法規通りに走れるような道のりならば?

圧倒的に、後者の方が歩くのも自転車も楽だし
疲労も少なく目的地まで、短時間で到着できる。

それ。昨今の暑さを、緩和出来る防風林等が横に生えてれば
日除けとなって、汗かくことも減る快適な道のりとなる。

ない場合は、汗だくになってしまう。

汗と言えば、最近話題となった報道ありますな。
人間関係とは、些細な事で簡単に壊れるとは正にこれ。

そして、壊すのを煽る連中にのせられ怯える者が
責任取る側に、存在すれば容易に様々な方面での
関係は破綻する。

汗臭いのは、敬遠するものではある。

タバコでも何でも臭い方が、出来るだけ周囲に配慮しながら
謙虚に、活動する事によって周囲に認められこれはしょうがない。
そう寛容な形で、互いの信用信頼を保つものだ。

互い様。

建前と本音は、虚実であって虚実を下手でも
ヘタなりに、どちらも操れなきゃ世渡りは大変。

つまりは、虚実が如何なる虚実であるのかを
見抜く賢さとか、情報の収集能力と精査出来る処理能力
判断能力こそも大事なのである。

後先を、考えて何か述べよう。

現実だと、これ慎重にするものでネット上で
何かを、発言する場合って本音とか嘘とかは
少し雑で構わない。

直接の関係性が、どうなろうと現実に及ぶ影響は
少なめになるのだからね。

相手を、直接悪く扱うのとかは誹謗中傷です。
それは、現実でも罰される良くない事です。

その良くない事を、平気でやらかす人間がウロウロしている。
自分の事を、脇に置いて他人には本音を求めるのに己は隠す。
ズルい人間に、騙されないことだ。

現実で、早口な人間とこっちの情報知りたがる人間
己の事は、はぐらかす人間。

人ソレを詐欺師と言う。

日本でもそろそろ対策すべきは、知らん人間が話しかけて来る場合
周囲に気を配れ。

背後の死角から襲われるか、手持ちの何かをひったくられるぞ。
強い口調で、書いてるのは注意喚起なのです。

マジシャンが、そのマジックの種が露見しないように
人の意識を、操るテクニックのひとつ。

あちこちに、嫌味込めて下等生物相手にするような
舐めた態度で、マジック披露するようなのは嫌われる。

相手を、驚かせ恐れさせ楽しませる。

そこに、嘘は有るのだが不快にさせない演出。

信用や信頼とは、そんな簡単なものじゃない。
それぞれの業界で、コツコツと育み損なわれぬよう
維持する労力惜しまないこと。

親子関係でも友人関係でも近隣住人とも恋人とも
学生ならば、クラスの連中や職場の周辺デスクの者等とか。

なかなか上手く出来ない生きてる間の命題。

論理的に、命題考える者と人種生命の宿業やサダメと言うか
掟・戒律・ルール・マナー・相場・文化の風習。

色々を、頭に浮かべられる人で違いを一々切り分ける人と
結んで、雑に操れる人だと雑な人のが対人関係構築するの上手よ。

切り離して、やたら拘る人は人付き合い下手。
信用も信頼も少しの人だけと、成立するけど多くの人は無理。

気質とか性質とか属性とか、限界なりその人のレベルかな。
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いえ、全然。



そもそも「本音」って、頭の中にある色々な考えや思いの層の「ちょっと入ったところ」を主観でそう呼んでいるだけで、どれをそう呼ぶかはそれぞれの勝手だし、「本当の私の気持ち」的なものがあるわけじゃないですよ。

例えばこんな人を想像してみて下さい。

表面上明るく振舞ってはいるけれど、仕事や人間関係がうまく行かず「もう死んでしまいたい」と実は思っている。
でも目の前に刃物を持った男が現れて「じゃあ殺してやるよ」と言われると、「嫌だ、死にたくない」と思う。
男が去って、またいつもの通勤に戻ると、ホームに入ってくる電車を見て「ああ、一歩踏み出せば仕事行かなくてよくなるな」と思う。

さてこの人、何を「本音」と話しましょうか。

明るく振舞ってるけど、実は死にたいんだ、というのが本音でもいいし、
死にたいと思ってるけどいざ殺されそうになると死にたくないんだ、というのが本音でもいい。

因みにこの話、どちらを本音として話したところで、友達が出来る類のものではありません。

本音を話せばいいというわけではなく、「本音を君には話すんだけど」という様式が、信頼関係を深めるのに役立つことがある、ということです。
というわけで、「本音を話せば人間関係ができる」というのは、嘘ではないけれど恣意的な言い方ではあります。
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社交上や業務上の付き合いでは本音は不適切なことも多いです。


お互いオブラートに包んで、当たり障りない付き合いをすることが多いです。
「あなたのそういうところはイヤなのよ」など本音を出したら関係が悪化します。

本音で付き合える関係は、お互いにタイプが合い、信頼しあえる相手です。
そう簡単ではないですが、それが友達です。

つまり人間関係といってもいろいろあるということです。
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当たり前です。


その前に相手の心を知る事が大事です
相手の心を無視すると、会話は成立しません
自己主張を繰り返すだけで人間関係は構築出来ません。
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どの様な人間関係をお望み化によると思います。



一般的なつきあいや業務職務上のつきあいでしたら、本音を出さない方がよいでしょう。

ただ、ある程度以上親密で特別な人間関係(親友や恋愛関係など)を築きたいなら、ある程度は本音を出さなければ長続きしません。
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そう思います。


本音を言うことによって相手は「この人はこういう人なんだ。」と理解し、自分には合わないと考える人は離れていきます。同様に「自分と同じだ。」と思う人とは仲良くできるでしょう。
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本音を言うと人間関係は簡単にぶち壊れますよ。

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