【大喜利】【投稿~11/1】 存在しそうで存在しないモノマネ芸人の名前を教えてください

コインが公平である(表裏の確率が0.5)ことを仮説検定を通して示すことはできますか?
具体的に仮説はどのように建てて、どのような方法で行いますか?

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A 回答 (12件中1~10件)

りまおいさんおはようございます。


 表の出る確率が0.5の coin であると決めて検定を始めると検定の結果が確率が 0.5じゃないかもと出ます。表の出る確率が0.5の coin を考えました。『完全な乱数は存在しますか?』https://jp.quora.com/%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AA …さんがあります。Coin を次に投げたときに表が出るか裏が出るかわからないです。Coin を投げた結果を10回分集めてみて表が5回と裏が5回です。次に投げると表か裏がでて表の出る確率が0.5でなくなります。『何かを実現するにはリソースの充足がものをいう』https://oshiete.goo.ne.jp/qa/13953586.htmlさんがよかったです。奇数回投げると表の出る確率が0.5の coin が得られません。試行回数を増やしている間は0.5に定らないです。
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この回答へのお礼

勘違いしているかもしれませんが、コインが持つ真値(確率)と実験で得られた観測結果(表裏の割合)を同列に扱っていませんか?

仮に、真に表が出る確率が0.5のコインがあったとします。
100回投げて表が100回出たとします。

このとき、この試験においてコインの表が出た割合は表100%ですが、表が出る確率は0.5です。

お礼日時:2024/11/12 06:04

No.10へのコメントについて。



No.9については回答者が応じるのを待ちましょうよ。

> 「昔は改竄や捏造が多かった」ということですか?

マズイとは誰も思っていなかったんです。研究倫理の問題としては、悪意がないんで「改竄や捏造」とまでは言えないでしょう。

> 「都合のいいタイミングで打ち切りを発生させ、実験結果にバイアスが生じている」

そうです。で、それがマズイと分かっている人は少なかった。(こちらは今なお問題になる。)

> 「メンデルは僧侶だから豆を数えるのは苦行でも当然やった」

それは、メンデルがデータを捏造したとは考えにくい、ということの論証です。

> 必要な事実のみ

何を「必要」となさっているかまでは、わからんですよ。
 No.10は蛇足だと断ってはいますが、もし認識論に関するご質問であるのなら、その発展に関する話としてはさして冗長とは思わない。今なお、混乱した教科書が流布しているんですからね。
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この回答へのお礼

>No.9については回答者が応じるのを待ちましょうよ。

同じメンデルの話を持ち出されたので、意図が理解できると思いました。
コインの「同等性の検定」と「適合し過ぎの問題」がどう関係あるのか意味が分からなかったのですが、待つしかないですね。


>マズイとは誰も思っていなかったんです。研究倫理の問題としては、悪意がないんで「改竄や捏造」とまでは言えないでしょう。

「改竄や捏造」の成立条件に「悪意」は必要なのでしょうか?
データの書き換えを行った時点で「改竄」になるのではないでしょうか?


>そうです。で、それがマズイと分かっている人は少なかった。(こちらは今なお問題になる。)

なるほど、確かに理想的な結果が得られたら、これ以上悪い結果にしたくないと思って試験を中断してしまう心理は理解できます。
コロンブスの卵かもしれませんが、今考えれば明らかにダメですけどね。


>それは、メンデルがデータを捏造したとは考えにくい、ということの論証です。

そういう意図だったんですね。
論証と言えるほどの根拠があるのかな?と思ってしまいました。


>何を「必要」となさっているかまでは、わからんですよ。
> No.10は蛇足だと断ってはいますが、もし認識論に関するご質問であるのなら、その発展に関する話としてはさして冗長とは思わない。今なお、混乱した教科書が流布しているんですからね。

もちろん「私が必要と思うものを的確に理解しろ!」ということではありません。
ただ、必要以上に冗長な文章が多いと感じました。そのため主旨を理解するのに時間がかかったため、必要最低限の文章にとどめて欲しいと思いました。

お礼日時:2024/11/11 00:11

蛇足です。


 メンデルを「おかしいやんけ」とやっつけたのは誰あろうR.A.Fisher(性格悪い人)ですが、この人、本来は遺伝学が専門。統計学はもともと遺伝学で発達した体系です。「合いすぎてる」という話には

 定理:
母集団が重複のないn個のサブグループS[k]から構成されていて、母集団からランダムに選んだサンプルがS[k]に属する確率はp[k]だとする。十分多くの個数Nのサンプルを選んだとき、そのうちS[k]に属するものの個数をx[k]とすると、
  χ² = Σ{k=1〜n} ((x[k] - p[k]N)² / (p[k]N))
は自由度n-1のカイ2乗分布に従う。

を使う。帰無仮説はもちろん「サンプルはランダムに選ばれた」です。
 例えばn=2の場合ですと、ランダムならx[1]は必然的に二項分布に従う。そして、二項分布はNが大きければ正規分布でよく近似できる。そのことを使って、この定理が証明されます。

 メンデルの時代以前には「自分が考え出した科学理論の意味を具体例で説明するために、やってもいない実験をさもやったかのように述べる」ということが平気で行われていましたから、まともな理論を述べた論文でも、丁寧に読み解くと実際には実行不可能な実験が書いてあったり、あるいは再現実験をやってみるとそんなヤリカタでは到底測れないような小さな効果しか生じなかったり、なんてものもザラにあるようです。
 そんな中にあって、メンデル直筆の記録は、本当にひたすらマメを数えまくったデータを示している。それもそのはずで、メンデルはカソリックの僧侶として「神が創造したこの世界に隠れている、神の御技の見事さを見つけて賛美する」という目的で研究しているんですから、マジメに苦行をやるのは当然。ただし、何しろ「こういう法則が成り立つんじゃなかろうか」という仮説を持って作業しています。だから、無心にマメを数えるだけじゃなくて、「どれどれ、仮説通りになっているかな?」というチェックをしょっちゅうやりたくなるに違いない。で、メンデルは「あ、今の所、ちょっとシワのやつが多めだな。もうちょっとマメが必要だ」とか「おお、仮説通りになって来たからそろそろ終了」とか思っちゃったんじゃないか。そういう解釈が妥当かなと思います。
 「仮説通りになって来たから終了」というヤツは、その後に(一時的な)ブームになった「超心理学(超能力)」の(ガチで本気の)研究にも、いっぱい見つかります。「表が出ろ」と念じながらコイン投げをすると本当に表が多く出た、なんてデータは、表が多くなった時点で実験を終了する、ということによって、確実に得られるからです。
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この回答へのお礼

>蛇足です。

私は頭が良くないので、あなたの答えの意味がよく分かりません。
まず、端的にNo.9の質問に答えてください。
以下のフォーマットでお願いします。(私の読解能力が低くてすみません)

【回答1】
「はい」か「いいえ」
+任意で説明

【質問2】
「適合し過ぎの側の棄却域に入った場合は 〜〜 と解釈すれば良いです」


>メンデルの時代以前には 〜〜 なんてものもザラにあるようです。

端的にまとめると「昔は改竄や捏造が多かった」ということですか?


>そんな中にあって、メンデル直筆の記録は 〜〜 「おお、仮説通りになって来たからそろそろ終了」とか思っちゃったんじゃないか。そういう解釈が妥当かなと思います。

端的にまとめると「都合のいいタイミングで打ち切りを発生させ、実験結果にバイアスが生じている」ということですか?


>「仮説通りになって来たから終了」というヤツは 〜〜 ということによって、確実に得られるからです

端的にまとめると「都合のいいタイミングで打ち切りを発生させれば、例えばコインの表が出た割合が多くなったタイミングで実験を終了させれば、このコインは表が出やすいという結果を恣意的に導ける」ということですか?


回答が全体的に冗長に感じたので、できるだけ端的に必要な事実のみをお答えいただけると読みやすい回答になってありがたいです。
例えば、
「メンデルは僧侶だから豆を数えるのは苦行でも当然やった」とか
「ブームになった「超心理学 〜〜」とかは削っても内容の根幹に関わらないので割愛していただけるとありがたいです。

お礼日時:2024/11/10 19:15

No.8です。



> 直感的には49回以上51回以下になる確率は分布の極大値付近なので変だとは思わないのですが?

ごめんなさい。
2次元までは、サンプルの分布は原点まわりの密度が一番高いです。

私が間違えていました。
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この回答へのお礼

??

よくわかりませんが、No.8のお礼に対する疑問が残るのですが、下記の二つの質問に答えていただけますか?

>この検定は両側検定で、適合しない側に棄却域があるのは当然ですが、適合し過ぎの側にも棄却域があります。
>そんなこと(過度な一致)は滅多に起きないのです。

【質問1】
これは、例えばコインを100回投げた場合、
表が10回以下や90回以上になることは異常(適合しない側)だが
表が49回以上51回以下になることもまた異常(適合し過ぎの側)ということですか?
(追記)
「過度な一致」の意味があまり分からなかったのと、No.9の回答に上記の質問に対する答えがなかったので、お手数ですがお答えいただけますか?

【質問2】
また、適合しない側の棄却域に入った場合、仮説が間違っていると解釈できると思いますが、適合し過ぎの側の棄却域に入った場合はどう解釈すれば良いですか?

お礼日時:2024/11/10 15:05

No.4です。

色々とコメントありがとうございます。

現在、「同等性の検定」以外の話題で盛り上がっていますので、同等性の検定の詳細について書くのは一旦控えます。

それより・・・、

ざっと皆さんの意見を読みましたが、0.5だからと言って、観測結果が0.5に「ものすごく近いことはあり得ない」ということは言われていませんね。

高校の教科書に出ているメンデルの遺伝の実験の「エンドウ豆の「黄色・しわあり」が1/16の確率で出る」ですが、「あの結果は捏造である」ということは広く言われています。

「過度の一致」です。
「偶然による観測の不確かさが無い」のです。
実験結果をまとめたメンデルの弟子たちが、鉛筆を舐めたのだろうと言われています。

捏造はピアソンの適合度の検定で分かります。

この検定は両側検定で、適合しない側に棄却域があるのは当然ですが、適合し過ぎの側にも棄却域があります。そんなこと(過度な一致)は滅多に起きないのです。

メンデルの実験結果は過度の一致側の棄却域に落ちます。

同等性マージンも、この観測の不確かさというか、偶然を許容するために設けられます。
だから、同等性マージンが0になることはあり得ません。
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この回答へのお礼

>この検定は両側検定で、適合しない側に棄却域があるのは当然ですが、適合し過ぎの側にも棄却域があります。
>そんなこと(過度な一致)は滅多に起きないのです。

これは、例えばコインを100回投げた場合、
表が10回以下や90回以上になることは異常(適合しない側)だが
表が49回以上51回以下になることもまた異常(適合し過ぎの側)ということですか?

直感的には49回以上51回以下になる確率は分布の極大値付近なので変だとは思わないのですが?


また、適合しない側の棄却域に入った場合、仮説が間違っていると解釈できると思いますが、適合し過ぎの側の棄却域に入った場合はどう解釈すれば良いですか?

お礼日時:2024/11/08 20:48

No.2 です。

「お礼」に書かれたことについて。

>>仮説を「表裏の確率が 0.5 ずつである」として、これを「1000回」なり「1万回」試行して棄却できるかどうかを検定すればよいです。

>つまり、一般的な帰無仮説と対立仮説を立てる方法ではなく、単に仮説Hoを一つ立てるということですか?

いや、そんな「建付け」などはどうでもよい話で、「p=0.5」と仮定して、得られた試行結果がそれを満足しているかどうかを評価するのが「検定」です。
立てた仮説が否定されたら、その反対の事柄(それを「対立仮説」と呼んでも構いません)が成立していると推測するのが「検定」です。

>決して、検定している帰無仮説を採択することはなく、帰無仮説に関する妥当性は議論できないというのが私の認識ですが、帰無仮説の妥当性をどう判断すればいいのですか?

>例えば、有意水準を5%に設定した場合、
>・P値が棄却領域内で、仮説Hoを棄却した場合、5%の確率で誤りである。
>・P値が棄却領域外なら、仮説Hoは正しいとも誤っているとも議論できない。
>というのが私の理解です。何か間違いはありますか?
>それとも「P値が棄却領域外なら、仮説Hoを採択する」ということですか?

上に書いたように「帰無仮説を棄却すれば、自動的に対立仮説(= 帰無仮説の否定形)を採択する」というのが「検定」のお作法のようです。
これに対して、「帰無仮説を棄却できない」場合には、「帰無仮説を採択する」のではなく、「帰無仮説は否定できない」ということを結論にするのが、これまた「検定」のお作法です。

#2 書いた

>ただし
>「表裏の確率が 0.5 ずつでないとはといえない」
>≠ 「表裏の確率が 0.5 ずつである」
>ということに注意が必要です。

とはそういうことです。

>つまり、私の質問である「コインが公平であることを仮説検定を通して示すことはできますか?」に対する答えはNoということですか?

「表裏の確率が 0.5 ずつである」という仮説を「採択したい」ということであれば、それに対する答は「No」です。

1000回試行して「501 対 499」だったとしたら「表裏の確率が 0.5 ずつである」とは言えないし、「495~505回だったら 0.5 とみなそう」という「信頼度、有意水準」の考え方を取り入れても結局同じことです。
「この範囲から外れたら仮説・仮定を棄却」はできますが、範囲に入ったからといって「採択」ではなく「否定できない」というだけのことです。
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この回答へのお礼

長文ありがとうございます

つまり、Noということですね。

お礼日時:2024/11/08 20:18

No.1へのコメントについて。



 No.1でCI(Compatible Interval, Confidence Intervalとも呼ぶ)についてちょっと述べましたが、CIはご質問の趣旨(すなわち認識論の話)とは別件だろうと思っています。
 CIを使って「θが0.5だと思っても実用上差し支えないかどうか」を判定することなら可能です。No.5で「できます」と断言なさっているのも(用語の違いこそあれ)CIの計算に他なりません。具体的には「信頼水準99%の確率でθは0.5±εの範囲(CI)内にある」という形の命題を導くわけです。さて、その結論が「実用上」どの程度の範囲の幅2εとどの程度の信頼水準なら「差し支えないか」は、結論をどういう目的でどう使うか、もしこの結論が間違っていたら誰がどんな責任を負うんじゃい、ということを勘案して決定する「決断」であり、「普通は5%にするんです」なんてネボケた説明では片付かない。そこは統計学が口を挟めることではありません。(例えば、薬の効果の話であれば、申請者がFDAやPMDAと「どの程度」が妥当かを合議によって決めた上で、実験(治験)を始めるんです。)

> 「コインは公平でない」ことを計算できないからですか?
> ・帰無仮説は計算可能でなければ、そもそも検定ができない

 そのご理解でOKですけど、ちょっとだけ注意が必要かな。
 表が出る確率をθとし、実験で得られた「表が出る頻度」をxとしましょう。「θは0.5以下である」という不等式の格好をした帰無仮説から導けるのは「表が出る頻度がx以上になる確率はp以下である」という結論です。どうやるかというと、まず「θは0.5以下である」を満たす中で最も表が出やすい場合、すなわちθ=0.5の場合にどうなるかを計算して「表が出る頻度がx以上になる確率はpである」を導いた上で、「θは0.5以下なんだから、表が出る頻度がx以上になる確率はpかそれ以下だ」と主張しているわけです。(「pである」と「p以下である」の区別にご注意。)
 このように、帰無仮説から直接には確率が計算できない場合でも、「帰無仮説にとって最も有利な条件で検定してもなお、帰無仮説が棄却される」という形の検定が可能、ということがあります。

 さて、同じデータxで今度は「θは0.5以上である」という帰無仮説を持ってくると、「表が出る頻度がx以下になる確率はq以下である」という結論に至ります。ならば、「表が出る頻度がちょうどxになる確率は、x以下かつx以上になる確率、すなわちpqだ」とか言いたくなるけれども、いや、pとqは互いに独立ではない。同じxというデータに関わっているからで、残念ながら、両方がともに成り立つ確率がpqだというわけにはいかない。

> 仮説検定の説明で「主張したい仮説を対立仮説として、帰無仮説を検定する」とよく言われ

 多くの教科書において、混乱した用語が使われています。Neyman & Pearsonの検定理論には「検定仮説」と「対立仮説」がペアになって出てきます。この理論では、「検定仮説A」が棄却されない時には「検定仮説A」を採択する、という明らかにおかしなことをやっている。一方、「検定仮説A」が棄却された時には「対立仮説B」を採択するわけですが、この場合にももちろん(お気付きのように) 「検定仮説Aも対立仮説Bも、どっちも誤りかもしれないよ?」という論理的な大穴が開いています。そして、統計では「A,Bどっちかしかアリエナイ」という保証などできません。だからそれは統計を用いる用途それぞれの事情において別途検討しておく必要があります。
 「検定仮説A」を採択するという変な話を排除し、「A,Bどっちかしかアリエナイ」かどうかという問題を統計から切り離したのがR.A.Fisherの検定理論です。(Fisherはすんごく性格が悪いやつでして、Neyman & Pearsonとは大喧嘩をしたんです。ことに心理学や社会学の方面では今なおFisherは不評ですが、「A,Bどっちかしかアリエナイ」という保証が別途できるのであれば、仮説が棄却された場合にはどちらの検定法でも同じ結論になる、という肝心なところを見落としている感情的な反発なのでしょう。ま、それはさておき)「帰無仮説」はFisherの理論に出てくる用語で、「帰無仮説」が棄却されたときに主張されるのは「帰無仮説の否定」です。これは帰無仮説の論理的な否定に過ぎませんから、「帰無仮説」を決めたら自動的に決まり、もちろん「帰無仮説も帰無仮説の否定も、どっちも誤り」ということは論理的にありえない。
 というわけで、「対立仮説」は「帰無仮説」とは無関係な概念であり、これらがペアで扱われることは本来、ありえません。しかるに、Fisher式でやっているのに「帰無仮説の否定」を指して「対立仮説」と呼ぶ、あるいは逆に、Neyman & Pearson流でやっているのに「検定仮説」を指して「帰無仮説」と呼ぶ、という紛らわしい本(および教師)にしばしば行き当たりますから、要注意です。さらには、両方の流儀を全くごちゃ混ぜにしている本(および教師)まであります。

> ・仮説検定において、仮説が妥当であると結論づけられるのは対立仮説のみであり、そのほかの結果は情報を得られない(対立仮説の誤り、帰無仮説の妥当性、帰無仮説の誤り)

 「対立仮説」とお書きのところを「帰無仮説の否定」と読み替えるなら、おっしゃる通りです。

 ところで、これらの仮説とはまた別に、「作業仮説」ってものがあります。これは、試験をデザインするために「きっと、だいたいこうなってるだろう」と期待する状態を「こうなってるに違いない」と明確に仮定した仮説を立てることによって、検定が成功するのに必要なサンプルサイズ等を計算するのに使うだけのものですから、実験を始めてしまえば用済みです。しかし、この「作業仮説」を誤って「対立仮説」と呼んでいる困った本もあるんです。その場合、「帰無仮説が棄却されたら対立仮説を採択する」ことによって、「帰無仮説が棄却されさえすれば、どんな結論でも主張できる」というトンデモナイことになってしまう。困ったもんです。
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この回答へのお礼

長文ありがとうございます


>No.1でCIについて 〜〜 実験(治験)を始めるんです。)

なるほど、確かにCIはNo.5の「同等性の検定」と同じようですね。
同等性の検定において「同等性マージン」と呼んでいるものをεに置き換えれば考え方は一緒ですね。


>そのご理解でOKですけど、ちょっとだけ注意が必要かな。
> 〜〜
>このように、帰無仮説から直接には確率が計算できない場合でも、「帰無仮説にとって最も有利な条件で検定してもなお、帰無仮説が棄却される」という形の検定が可能、ということがあります。

直接確率が求まらない帰無仮説でも、帰無仮説に有利な条件で計算して、それでもなお棄却されるならば、対立仮説を採択できる。みたいなことが可能なんですね。


>さて、同じデータxで今度は
> 〜〜
>残念ながら、両方がともに成り立つ確率がpqだというわけにはいかない。

具体的な数字に置き換えると理解しやすいかもしれませんね。
コインを3回投げる。
θ=0.5以下の場合「表がx=2回以上になる確率はp=4/8以下である」
θ=0.5以上の場合「表がx=2回以下になる確率はq=7/8以下である」
θ=0.5の場合「表がx=2回になる確率はr=3/8である」
pq=7/16≠3/8=r


>多くの教科書において、混乱した用語が使われています。
> 〜〜
>ということは論理的にありえない。

・Neyman & Pearsonは「検定仮説と対立仮説」
・Fisherは「帰無仮説と帰無仮説の否定」
よく聞くのは「帰無仮説と対立仮説」なので混ざってますね。
Neyman, Pearson, Fisherについてこれから調べようと思います。
 確かに、帰無仮説を棄却したときに、自動的に対立仮説を採択するには「帰無仮説か対立仮説どちらの状況しかあり得ない(かつ排反)」という前提が必要ですよね。


> ところで、これらの仮説とはまた別に、「作業仮説」ってものがあります。
> 〜〜

「作業仮説」初めて聞きました勉強になります。

お礼日時:2024/11/08 20:11

できます。


ただし、通常の仮説検定ではできません。

ジェネリック医薬品の効能が、真薬と「同等」かどうか、いくらかの治験の結果から言うことが出来るように、真に確率0.5だとは言えませんが、0.5だと「95%や99%の信頼度で言える」という検定は可能です。

それには、「同等性の検定」という方法を使います。
ジェネリック医薬品の場合は「非劣性の検定」という方法を使います。

仮説は次のように立てます。
H0:po<0.5,po>0.5
H1:po=0.5

通常の仮説検定は、H0:μo=μ というような「差は無いという帰無仮説」を積極的に否定しにいき、「差がある」という結論を得ます。

しかし、帰無仮説が棄却されなかった場合の結論は「差があるとは言えない」という消極的な言い方しかできません。

これは「同等である」とは違います。

かたや、「同等性の検定」「非劣性の検定」は、H0:po<0.5あるいはpo>0.5 つまり「差があるという帰無仮説」を積極的に否定しにいきます。
だから、「差が無い」と言い切れるのです。

なお、非劣性の場合は、大小どちらかの帰無仮説を否定するだけで良いです。

「同等性の検定」「非劣性の検定」で検索してみて下さい。
手順はかなり面倒です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なお、通常の仮説検定を大サンプルでやるという回答がありましたが、これには注意が必要です。

仮説検定を大サンプルでやると、些細な差であっても、結果は常に「差は有意」になります。

このような結果を招くので、大サンプルで論文を書く輩が出て来ました。
その対応として、
①仮説検定には「効果量」を併記させる。
②米国の統計学会は、検定の結果をP値で判定することを禁止。
という状況になっています。

「効果量」「effect size」「P値を禁止」で検索してみて下さい。

また、P値の禁止に伴い、米国ではベイジアン検定が主流となりつつあります。JASPというフリーソフトで検定が可能です。

「ベイジアンANOVA」で検索してみて下さい。
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この回答へのお礼

「同等性の検定」「効果量 effect size」「P値を禁止」など教えていただきありがとうございます。


>かたや、「同等性の検定」「非劣性の検定」は、
>H0:po<0.5あるいはpo>0.5 つまり「差があるという帰無仮説」を積極的に否定しにいきます。
>だから、「差が無い」と言い切れるのです。

>なお、非劣性の場合は、大小どちらかの帰無仮説を否定するだけで良いです。

>「同等性の検定」「非劣性の検定」で検索してみて下さい。
手順はかなり面倒です。

「非劣性の検定」の場合は、H0: p<0.5 OR p>0.5
「同等性の検定」の場合は、H0: p<0.5 AND p>0.5
ということですね。

「同等性の検定」について調べると、同等性マージンという言葉が出てきましたが、上記の例だと同等性マージンが0ということですか?それとも同等性マージンを考える必要がないということですか?
また、同等性マージンを0にするというのは現実的にあり得る設定なのでしょうか?

最後に、上記の事柄を総合した私の認識は以下の通りです。

同等性の検定で得られる結果は、例えば
「95%の確率でコインは裏表が50±3%と考えるのは妥当である」
「5%の確率でコインは裏表は50±3%以上と考えるのは妥当である」
などの同等性を支持できる結果と
「同等であるかはわかない」
の同等性を示せない(否定ではなく、肯定できないの意)の二つであり、
「同等ではない」という結果は導き出せない。

上記の認識であっていますか?

お礼日時:2024/11/08 03:18

「コインが公平である(表裏の確率が0.5)」と言う事自体が 仮説です。


現実の試行で そうなるという保証はありません。
つまり これより先には 進めません。
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この回答へのお礼

>「コインが公平である(表裏の確率が0.5)」と言う事自体が 仮説です。

仮説検定でよくある、帰無仮説と対立仮説の二つの仮説を立てるということはせずに、「コインが公平である」という仮説一本で議論すべきということですか?


>現実の試行で そうなるという保証はありません。
>つまり これより先には 進めません。

どういうことですか?
確率的なばらつきがあるから100%仮説が正しい(or 間違い)という結果は得られないと言いたいのですか?

お礼日時:2024/11/08 01:48

世間に流通してるコインは公平かどうかなんて調べられません。


目の前にあるコインが公平かどうかは、やり方毎に検定。

例えば
1枚を5回投げて5回とも表が出た。
1枚を10回投げて10回とも表が出た。

5回連続して表が出る確率は3%チョットで、有意水準1%超。
⇒公平なコインでも有りえる。

10回連続して表が出る確率は0.1%弱で、有意水準1%に遠く及ばない。
⇒コインに仕掛けが有るか、均質でない。

「どんな場合でも表裏五分五分で無ければ公平とは言えない」と言う仮説は100%却下されます。
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この回答へのお礼

>世間に流通してるコインは公平かどうかなんて調べられません。
>目の前にあるコインが公平かどうかは、やり方毎に検定。

私の質問文が不明瞭だったかもしれません。
「目の前にあるコインが公平かどうか」ということです。


>5回連続して表が出る確率は3%チョットで、有意水準1%超。
>⇒公平なコインでも有りえる。

>10回連続して表が出る確率は0.1%弱で、有意水準1%に遠く及ばない。
>⇒コインに仕掛けが有るか、均質でない。

つまり、何を言いたいのですか?
私の質問は「コインが公平であることを仮説検定を通して示すことはできますか?」です。
これは「コインが公平であると示すことはできる」と言いたいのですか?
「できない」と言いたいのですか?


>「どんな場合でも表裏五分五分で無ければ公平とは言えない」と言う仮説は100%却下されます。

そりゃそうですよね、対偶は「公平ならば、表裏は五分五分である」なので、単なる言い換えですよね。

お礼日時:2024/11/08 00:59

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