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未来とは、まだ起きていないことであるので、
本来的に、「~つもりだ」とか「~だろう」といった意志や推測といった表現と相性がいいのかと思います。

例えば、英語では、未来表現の際に、意志や推測を付加するwill、be going toが使われるかと思います。
現在形でも未来表現を表すことがありますが、映画のタイムテーブルとかほぼ確実な予定といった限定された場合だけです。

中国語でも(まだ短い学習期間でしかないですが、経験では)、未来表現として要や会や可能といった意志や推測を付加する表現が多いですが、
他方で、結構、裸の動詞も使われているような気がします。

英語の感覚の延長からすると、若干違和感を感じます。

中国語特有の文脈の中で分ることは省略、表現は短く簡潔にというベクトルが働いている結果なんでしょうか?
(未来なんだから、「~つもりだ」とか「~だろう」といった意志や推測の意味であるのは当然なのだから略!といった感じで。)

A 回答 (2件)

大雑把に言って、英語のような欧州の言語と東アジアの言語とは時制に関する感覚がもともと異なっているといえます。

英語では例えばtomorrowという言葉が入れば自然に未来形を使いますが、中国語・日本語では「明日」という言葉が入ればそれで十分なので別に未来であるという意識をして語る言語形態になっていないといえます。日本語でも通常「明日○○へ行きます」と現在形で言うのが普通で、「明日○○へ行くでしょう」などというのは英語の影響を受けて無理に未来形を使っている感じがあります。
中国語ではそういうことで未来であることを殊更強調する必要がある場合を除けば、そもそも欧州系言語のように動詞の活用があるわけでもありませんので、裸の動詞を使うのが一般的です。ただし、書面での中国語では英語の影響を受け、「将」を動詞の前につけ、未来であることを明示することは結構たくさんあります。
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この回答へのお礼

よく分りました。

お礼日時:2006/01/09 01:37

No.1 さんのおっしゃる通り、動詞の時制により活用はありませんし、時を表す表現が含まれていれば、それが時制を決定しますから、英語での単純未来でも「will」だということはありませんね。


まあ、言葉というものは、だいたい話し手の意思が入り込むものですから、そういうニュアンスの世界で、何かしら付く場合は多いですね。
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この回答へのお礼

未来表現っていうのがずいぶん分りました。

お礼日時:2006/01/09 01:36

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