現在、堂々と、躊躇いも無く脳死移植が行なわれていますが、脳死は、人の「死」なのでしょうか?
 人が死んでもいないのなら、臓器を取ってしまって死に至らしめることは、殺人とならないのでしょうか?
 人命尊重という観点から矛盾していないのでしょうか?
 移植されて、助かれば、他の犠牲はどうでもいいのでしょうか?
 誰も、移植されて、その臓器提供者に感謝されている様子が見受けられないのですが、手術した医者には感謝して、なぜ犠牲者・提供者に追善回向されないのでしょうか?

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A 回答 (11件中1~10件)

 「医療」と「宗教観」を、同じ土俵で論じても、なかなか議論がかみ合わないと思います。


 しかしながら、ターミナルケア(終末期医療)の領域で、「宗教」の力を借りようと言うケースは増えてきております。

 確かに「生物学的には死(医師としての目で見れば死)」であっても、日本人の心としては「死ではない」ということは、日常よく起こりうる「感情」だと思います。
 その「感情」を否定するつもりはありません。
 
「宗教と医療の会」というHPもありますよ。以前、メディカル朝日で紹介されておりました。『宗門は医学部入学に猛反発』というタイトルが印象に残っております。
 
 http://www.soram.org/
 サイトの運営者は、禅僧で医学部生という大変珍しい方です。

参考URL:http://www.soram.org/

この回答への補足

「脳死」の判定時には、まだ意識があるということが問題なのであります。
 そして、死亡だと判定されても、生き返ったという例があり、「脳死」判定で移植されていては、こういった望みも絶たれているわけであります。
 ケア-で、どこの宗派が関与されるのかが疑問になります。ライフスペースの件もありますから。
 誰が、「脳死」が「生物学的死」だと認定され決めているのでしょうか?
 ただ法的に、移植をする為に定めただけじゃないですか?
 生命も知らないものが、そもそも「死」を論じることが出来るのでしょうか?

補足日時:2002/02/04 18:01
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/04 18:00

なにをもって「脳死」と判断するかですね。


脳死移植技術の進んでいる米国では.「脳死」と診断されて臓器摘出中に意識が回復したなんて.事もあったようです。
現在の日本の脳死判定では.意図的に脳細胞に負荷をかけて死ぬように仕向けてから.他の検査を行っているとも取れる内容がありますから。
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。
いつでも、医師側の倫理問題は尽きないようです。移植手術により名声を得たいとする向きが、事実、あったようです。

お礼日時:2002/02/04 12:09

個人の主義主張として、脳死が死であるとか脳死は死ではないとか・・・移植医療は許されるかという意見をもつことは自由です。


しかし是か非かということになれば、個人の意見で決まるものではなく国の中にあっては法律で決められます。宗教では決まりません。結論からいえば『是』です。少なくとも日本国民であれば法律は遵守しなければいけないからです。

私の主義を開陳すれば

脳死は死でもあるし生でもある(移植を望む許す人には死であり、認めない希望しない人には生である※)
私は臓器移植を認めない
私は献血/輸血も臓器移植と考える

というものです。
もちろんドナーカードなど持っていません。
献血だってしませんし輸血も受けないでしょう。
自分の子供が臓器移植を必要としたらこの信念は揺らぐかもしれないけれど。

しかし今の自分は臓器移植の手術は『仕事として』するんですよ。これを矛盾しているとは感じません。
患者さんに輸血もします。献血の啓蒙もします。
それも矛盾しているとは思いません。
だってそれは日本の国の中で認められていることだから。
自分の仕事だからです。
まあ私は手術しかしませんから感謝されることもないんですけれどね・・・。

人命の尊重は行われています。
それぞれの死生観は犯さないような配慮が為されていますからね。(※に明らかです)
確かに感謝していることはあまり表には出てきません。
今ここに生きていることへの喜びをあらわすのに精一杯だからでしょう。しかしそれが感謝していないという証拠になるんですか?
移植されたレシピエントがドナーに対して行えるのは1通の手紙だけです(厳密に言えば遺族ですが・・)その中は多くの感謝の言葉や遺族をねぎらう言葉に埋め尽くされています。1通しか送れないのは、それも規則で決まっているからです。

私はこの問題が議論し尽くされたとは考えません。少なくとも一部の医療識者と政治家、民間運動によって「移植医療をしたいがために」押し切って可決された感が強いからです。日本人の死生観はヨーロッパ人のそれとは異なります。長年それこそ伝統として根付いたものです。それは実際に医療の現場にいればわかることです。しかしそれを全く無視してこの法律は通ってしまった…その結果をよくも悪くも享受するのは日本国民全体です。何がおこるかはわかりません。いいことばかりおこるとも限らないのです。そういった矛盾は少なからず秘められていると思います。

それでも是が非かと問われれば・・・
『是』です。

この回答への補足

臓器を売るということがあったかと思います。
病院側が出所を明確にしない限り、闇であっても臓器移植が可能なのでしょ。
この法案を通したかった人達は、名声欲が強かったと聞いております。それまで、移植手術は諸外国で高額にもかかわらずされておりました。移植を望まれる方達、周囲も、それだけ生きたい、生かせたいという思いが強かったのだと思います。道義的には、賛成できるものではありません。
病は、とくに不治の病は宿業によるとされております。
移植しても、また違う病を併発する場合もあることでしょう。

 仏法においては、病の起こる原因を、大きく二種に分けている。それは、インドの竜樹の著『大智度論』に、
 「病に二種あり。先世の行業報ゆるが故に、種々の病を得。今世に冷熱の風発するが故に、また種々の病を得」
とあるように、過去世に作った業の果報として起こる病気と、今世におけるさまざまな原因によって起こる病・・・の二種である。
 しかして、後者は、今世に病因がある故に、比較的、治しやすい(前者に較べて)が、前者は、病因が過去世にあるために弁え難く、また今世まで引きずってくるほど深い業である故に、なかなか治すことができない、とされている。
 ここで、”業病”についてだが、業病とは、過去に自分がなした誤った行ない・発言・思考などが、悪因となって生命に刻みつけられ(悪業)、それが現世に果報となって、起きてくる諸病のことである。
 そのなかにも、むろん業の軽重によって、やや軽い業病から甚重な業病まで、種々あるが、なかんずく、正しい仏法に背いたが故の業病こそ、もっとも甚重で治し難い病であるといわれる。だが、
 「業病最も治し難し。将又業病に軽有り重有り、多少定まらず。就中法華誹謗の業病最第一なり。神農・黄帝・華佗・扁鵲も手を拱き、持水・流水・耆婆・維摩も口を閉づ。但釈尊一仏の妙経の良薬に限って之を治す」
いかに治し難い業病であっても、正しい仏法の信仰によれば、必ず治すことができる、というのである(ましてや、それより軽い業病については、なおのことである)。
 それは、我々の生命の奥深くに、過去からの業が蓄積されているのだが、正しい仏法を信仰すれば、そのさらに一重深い最深層に仏界が開顕される。しかして、仏界に具わる浄化作用によって、それより浅い処に蓄積されている悪業を、徐々に消滅させていくことができるので、医学で見離された不治の業病すら治していけるのである。

補足日時:2002/02/02 21:38
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/02 21:38

人が死んでもいないのなら、臓器を取ってしまって死に至らしめることは、殺人とならないのでしょうか?>


#7の方が書かれているように、法律的には「臓器移植法」が平成9年に施行されて解決されています。

参考URL:http://www.medi-net.or.jp/tcnet/DATA/law.html
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/02 21:26

ひとつ重要な事が抜けていると思うので、書きます。



現在、臓器提供意思があって初めて脳死は死と認められます。
臓器提供意思のない方の脳死は法律上の死ではありません。


>現在、堂々と、躊躇いも無く脳死移植が行なわれていますが
脳死を死とするかどうかについては、長年議論されてきて、
それの結論として、現在の状況があるのですから、考えうる
ことの多くは語られたと思います。
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:53

私は医学者でもないので脳死が人の死であると言えるのか否かはわかりません。


しかし、自発呼吸がない・刺激に対する反応がないなど回復しないことが自明な場合、それは人の死を意味しているのだと私は考えています。

>人が死んでもいないのなら、臓器を取ってしまって死に至らしめることは、殺人とならないのでしょうか?
臓器移植は臓器を取ってしまって死に至らしめるのではなく、死にいたってしまったので臓器を取る行為であるはずです。というよりそうでなければなりません。
もし臓器を取るために死に至らしめ(殺され)たらこれはあってはならないことであると思います。

>移植されて、助かれば、他の犠牲はどうでもいいのでしょうか?
もう助からない・もう元には戻らないのならば、私は臓器提供をしてもいいと思います。これは私だけではないと思います。

少しこのの例は極端ですが参考になると思いますので参考URLをご覧下さい。

参考URL:http://www.v-net.ne.jp/~pikaia/index.html
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:52

>>臓器提供者に感謝されている様子が見受けられない


・・・どうして感謝してないって言いきれるの?
いたとしても一部の人間だけかも知れませんよ。
それに自分が死んでも、誰かのためになれる・・・
なんて、すばらしいじゃないですか。

ちなみに、何にも考えられない・・・動けない・・・
それって死んでいると同じことじゃないのかな?
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:52

現在はドナーカードで、自分で臓器を提供するかどうか意思表示ができます。


前の方の通り、脳死判定が正確に行われていることが前提ですが、倫理的には問題ないのではないでしょうか?

また、移植を受けた人が、提供者が誰か解ってしまうと、お礼として物品を渡すことも充分にあり得るでしょうし、もしかしたら遺族から物品の強要をうけることもあり得るでしょう。

心の中では提供者に感謝しつつも、特定されない方が良いのではないかと思います。
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:50

脳死は人の死です。

生物学的観点から言っても、回復することはあり得ません。
それは間違いないことです。
であれば、まだ生きている人たちに、臓器を移植するのは間違っていることではないように思います。

移植された人が、臓器提供者に感謝している様子が見受けられないと書かれていますが、
本来、移植された人には臓器提供者に関する情報はいっさい明らかにされません。
直接その人の遺族のところへ行って感謝するようなことは不可能です。
移植された人は当然臓器提供者に感謝しているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:49

「脳死」を認めない方に、逆に質問したいですね。


何故「心臓死」だけが、「死」の定義だと思うのかと。
と言いましても、逆質問をするつもりは有りません。
つまり、私は「脳死」のみが完全な「死」の定義だと思っているからです。

「AKasama58」さんがお答えになっているように、
回復することは有り得ない「生物学的な死」です。

参考URL
「脳死の概念と定義」

参考URL:http://plaza17.mbn.or.jp/~shinkoro/ECS2.html
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。

お礼日時:2002/02/01 22:48

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Aベストアンサー

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生体からの移植以外で提供できる臓器以外 心臓とかって
脳死だけが移植できるんですか?(年齢制限を外したとして)

低レベルな知識では 考えようにも
軽はずみなつもりはなく この機会に
万が一 患者やドナーどちらの立場になったら どう考えるか
話してたんです 分からなくなったんですが

「自分は もういい歳だから もし脳死になったら
試しに数(日)週間生かしてみて ダメそうだったら もう誰かにあげてよ」と言えたものの

「脳死じゃなくて、事故とかでも脳死以外で死んで
他の臓器は使えそうなんですって事ないの?」

「仮に 脳死以外で我が子が確実に 死んだ時 臓器あげられはしないのかな?」
その時に 誰かが助かれば 何か報われるかな?自信ないけど・・。

逆の立場だったら くださいって言えるのか?
どこまで自分の気持ちが整理出来るかも分からないのに
軽薄ですが それでも疑問が次々と・・・

TVや漫画で
亡くなった人から 臓器をもらったとかで その後のお話が展開されますが
アレは 全部脳死限定?などと揉めました
すみませんが教えてください。

家族で時折 話していたのですが
生体からの移植以外で提供できる臓器以外 心臓とかって
脳死だけが移植できるんですか?(年齢制限を外したとして)

低レベルな知識では 考えようにも
軽はずみなつもりはなく この機会に
万が一 患者やドナーどちらの立場になったら どう考えるか
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「脳死じゃなくて、事故...続きを読む

Aベストアンサー

肝臓、腎臓、などは、心停止直後に保存液(無毒な不凍液?)を注入して取り出せば可能です。逆に言うと、臓器摘出の準備を万端整えて、心停止を待つことになります。とはいえもちろん生きているうちに取り出したほうが、成功率は高いです。

肺、腸等は現実的には心停止後は限りなく難しいです。
基本的に外部と接触している臓器なので、感染症(ばい菌が入る)を起こしやすいので、心臓が生きているまだピチピチの状態が望まれます。

心臓は止まったらもう無理です。

「脳死じゃなくて、事故とかでも脳死以外で死んで
他の臓器は使えそうなんですって事ないの?」
もちろんそういったケースはありえます。とはいえ角膜等は可能性がありますが、腎臓肝臓はそう多いケースではないでしょう。というのも臓器移植は手術でも極めて難しい部類に入り、名を馳せた名医が優秀なチームを率いてやるような手術です。事故でたまたま担ぎこまれた病院が、移植チームを緊急に準備できるケースは、あまりおおくありません。ついでに言うとどちらも大量の血が流れる臓器なので、死亡事故となると同時に損傷を受けるケースも多いです。臓器の状態がよくて、ある程度心臓が持ちこたえてから徐々にというケースが大半でしょうね。

肝臓、腎臓、などは、心停止直後に保存液(無毒な不凍液?)を注入して取り出せば可能です。逆に言うと、臓器摘出の準備を万端整えて、心停止を待つことになります。とはいえもちろん生きているうちに取り出したほうが、成功率は高いです。

肺、腸等は現実的には心停止後は限りなく難しいです。
基本的に外部と接触している臓器なので、感染症(ばい菌が入る)を起こしやすいので、心臓が生きているまだピチピチの状態が望まれます。

心臓は止まったらもう無理です。

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Q脳死というものができた背景(なぜ脳死ができたのか)を教えてください。

脳死というものができた背景(なぜ脳死ができたのか)を教えてください。

Aベストアンサー

 「脳死」は、ごく当たり前のことと受けとめてしまっており、その「背景」を考えたことは私もなく、興味があったので少々調べてみました。

 「脳と神経」という専門雑誌の54巻(2002年)7号のP557に竹内一夫先生が以下のような文章を書かれています。
 以下、引用です。

 近代医学の落し児ともいわれる脳死の状態は,すでに19世紀半ば頃から記載されはじめている。そして19世紀末から20世紀の初頭にかけてHors1ey,Duckworth,Cushingらの先達によって,いっそう詳細に観察されている。しかし医学的にも,また社会的にもひろく注目されはじめたのは,1967年のBarnardによる最初の心臓移植以後である。そして翌年には今日まで米国のみならず各国の脳死の判定基準の基本とされているHarvard基準が発表された。わが国でも同じ年に日本脳波学会の委員会が脳死の定義を発表し,1974年には脳死の判定基準も作られた。その後早くも1975年には脳死研究の草分けとも言えるWalkerは,脳死の自然歴(natural history)については,これ以上検討の会地はないと述べている。臨床経験の豊富な神経系の専門医であれば,この見解は当然理解できることである。
 新しい免疫抑制剤が導入され,臓器移植が再び盛んになりはじめた1980年代になると,各国からヒトの死とか脳死状態に対する公的な見解や法律が発表されるようになった。なかでも米国大統領委員会による「死の判定ガイドライン」や,英国医師会による「脳幹死のABC」はもっとも有名である。わが国では少し遅れて1985年に厚生省研究班により脳死の判定基準(いわゆる竹内基準)が作られた。その後約10年間,紆余曲折を経て1997年に漸く「臓器の移植に関する法律(平成9年法律第104号)」が成立した。そしてこの法律の施行規則(厚生省令第78号)にも,脳死の判定はこの基準に沿って規定されている。


 以上、引用終了。
 やはり、臓器移植と深く関わっているようですね。

 「脳死」は、ごく当たり前のことと受けとめてしまっており、その「背景」を考えたことは私もなく、興味があったので少々調べてみました。

 「脳と神経」という専門雑誌の54巻(2002年)7号のP557に竹内一夫先生が以下のような文章を書かれています。
 以下、引用です。

 近代医学の落し児ともいわれる脳死の状態は,すでに19世紀半ば頃から記載されはじめている。そして19世紀末から20世紀の初頭にかけてHors1ey,Duckworth,Cushingらの先達によって,いっそう詳細に観察されている。しかし医...続きを読む

Q脳死・臓器移植について

脳死・臓器移植に対する意見が知りたいので、聞かせてもらえないでしょうか。お願いします。

Aベストアンサー

梅原猛さんは確か「自然死より脳死の方が良いという直接的根拠が無い」という理由で反対してました(他にも理由は述べてましたが)。確かに死ぬ本人の為に、という事ではなく、臓器移植だけの目的で、死の定義を変えてしまうのは、ちょっとな・・という気もします。本来は臓器移植と死というのは分けて考えなければいけないのに。

また、倫理を無視して政治的に次々と代えられてしまうことにも危惧しています。最近では厚生省研究班で、「脳死を一律人の死とする」「本人が心臓死の意思表示をしてない場合は脳死とする」「15歳未満からでも移植可能」と法律内容を変更しようという動きが出てるという事を聞くと、恐れさえ感じます。

ただ、「じゃあ、人の脳死によってお前や(僕や)お前の子供が助かるとしたら?」と聞かれれば、考えてしまいます。矛盾してますね。

Q脳死及び死亡について

医学の専門家の方に教えていただきたいと思います。
質問1.「脳死」であるということが完全に明確に判断できる基準は存在するのでしょうか?
質問2.「脳死」から「脳死でない」状態に復活した事例、もしくは「脳死」から「生還した」事例はあるのでしょうか?(宗教的、噂の域をでないものは除き、あくまでしっかりとしたデータが確認できた事例の範囲でお願いします)
質問3.(質問1・2の回答で「脳死」→100%「死亡」に至るとの前提ですが)世間で脳死を死亡と認めない医療専門家(年配の東大系列に多い?)は何故認めないのでしょうか?

Aベストアンサー

質問1.
脳(中枢神経系)には、大脳、小脳、中脳、橋、延髄、脊髄という部分があります。このうち、中脳、橋、延髄を脳幹といい、呼吸、循環などの生命に直結する機能の司令塔となっています。脳幹の機能が失われると、生命維持に欠かせない呼吸が止まってしまい、生命活動がとまってしますということになります。 
ところが、人工呼吸器(レスピレータ)によって、脳幹機能がなくなり、自発呼吸が停止した人に、人工的に呼吸させることができるようになりました。
人工呼吸器で呼吸を維持すれば、脳幹機能が廃絶していても、心臓は動き続け、その結果呼吸と循環は一定期間維持していける状態が生まれました。これが脳死です。
厚生省脳死判定基準は「前提条件」、「除外例」および「判定基準(判定のための諸検査)」で構成されます。

「前提条件」と「除外例」

脳死診断を行う患者の前提条件は、
    1.器質的に脳が障害されている
    2.深昏睡・無呼吸である
    3.脳障害の原因が確実に診断されている
    4.適切な治療を行っても回復不能である
の4点ですが、6歳未満の小児、薬物中毒、32℃以下の低体温、代謝・内分泌疾患患者さんのケースは脳死の診断から除外します。。

「判定基準(判定のための諸検査)」

 「前提条件」を完全に満たし、「除外例」を除外した上で、以下の諸検査を行います。
    1.痛み刺激にも反応しない深昏睡。
    2.脳幹の機能を反映する自発呼吸が、完全に停止しているかどうか。これを調べるためには、人工呼吸器をはずして、自発呼吸が出てくるかどうかを確認します。
    3.瞳孔が固定していること。以前は瞳孔が「散大・固定」と表現したが、現在では、瞳孔が直径4mm以上で、特に散大がなくても、固定して光に対して反応しないということが必須条件となっている。
    4.すべての脳幹の反応が消失している。
    5.脳波が平坦である。植物状態では、正常とは異なりますが、脳波の波形は見られます。一方、脳死(全脳死)では波形はまったく見られなくなります。感度を最大に上げて測定しても波は平坦になります。脳死の判定では、最低30分間脳波をとります。

質問2.
脳死は生命活動を司る脳が機能不可能になったということです。心臓の筋細胞と脳神経細胞は一度死んでしまうと、再生されません。深い昏睡から覚醒したということは聞きますが、それはあくまでも「深い昏睡」であって、一見「脳死」と混同されがちですが、きちんと脳幹は機能しているので、「脳死」ではありません。

質問3.
約半数の脳死者は2~3日で心停止に至ります。また、通常は1週間でほぼ70~80%が心停止に至ります。しかし、脳死が死であるという意味は、一定期間後に心臓が止まるからではありません。脳幹を含む全脳の血流が止まってしまい、脳自身が融解して壊死するからです。「人間は考える葦である」という言葉のとおり、人間の生命活動の中心は心臓ではなく、脳です。
「脳死」と「心臓死」の定義をはっきり理解しておくことが必要と思われます。

回答らしい回答ではありませんが、お役に立てればと思います。

質問1.
脳(中枢神経系)には、大脳、小脳、中脳、橋、延髄、脊髄という部分があります。このうち、中脳、橋、延髄を脳幹といい、呼吸、循環などの生命に直結する機能の司令塔となっています。脳幹の機能が失われると、生命維持に欠かせない呼吸が止まってしまい、生命活動がとまってしますということになります。 
ところが、人工呼吸器(レスピレータ)によって、脳幹機能がなくなり、自発呼吸が停止した人に、人工的に呼吸させることができるようになりました。
人工呼吸器で呼吸を維持すれば、脳幹機能...続きを読む

Q脳死の臓器提供についてですが、

脳死の臓器提供についてですが、
自分や家族の場合を考えいろいろ調べたところ
ちょっと怖い内容を目にして混乱しています。

出来れば移植の実際の様子をご存じの医師の方にお聞きしたいです。
下記のようなことは事実なのでしょうか?デマなのでしょうか?

1)脳死になるだろうと予測できる状態の患者がいた場合
 脳死判定がきちんと行われて脳死が確定する前に
 治療のための措置ではなく、臓器移植に備えた処置が行われる。

2)脳死判定が出て、脳死という宣告を家族が受けて、
 臓器提供について悩んでいる間に、すでに治療から
 臓器移植に備えた処置に切り替わっている。

3)脳死判定に必要な「無呼吸テスト」を実施したために
 脳死になってしまう症例がある。

4)脳死状態の患者の臓器を取り出すときは暴れたり血圧が上がったりするので
 モルヒネを打つことがある。


素人の自分としては上記のようなことは行われていないと思いますが、
自分の意思を登録する前にハッキリさせておきたくて質問しました。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 臓器移植に関わる脳死判定はかなりきちんと行われていると思いますよ。

 臓器移植の実績をつくるために医者が脳死判定の際に不正を行っているのではないか、とか、移植を行いたいがために本来行うべき治療をきちんとやっていないのではないか、といった疑いを持つ方も時々いるようです。しかし、実際に脳死判定を行っている我々脳神経外科医や救急医からしてみれば、脳死判定やその後の臓器移植を行ったからといって、自分の医師としてのキャリア面でのメリットは殆どありません。したがって質問者さんの疑問も含めた脳死移植に対する一般の方々のそういった捉え方は、我々からしてみると、「ひねくれた意見」に見えてしまいます。

1)脳死が確定する前に、臓器移植のための処置を開始することはありません。しかし、脳死を正確に判定するために、脳の機能を抑制するような鎮静剤の使用を中止することはあると思います。また、脳死移植ではなく、亡くなった方から腎臓を取り出して移植する死体腎移植では、取り出す腎臓を保護するために、患者さんが亡くなる前に腎臓を保護する灌流液を流すことはあります。

2)脳死判定は臓器提供を希望される患者さんにのみ行うものです。ご家族が迷っている時点では、患者さんはまだ亡くなったと判定されていませんから、通常の治療が続けられていると思います。

3)無呼吸テストの方法は、ただ人工呼吸器を外して様子をみる、というものではありません。人工呼吸器を外す前に予め十分体の中に酸素を送り込んでおき、人工呼吸器を外しても患者さんが低酸素状態に陥らないようにしてから行います。人工呼吸器を外すことで血中の二酸化炭素濃度を上昇させて、通常であれば自発呼吸が出てくるような状況つくり、そこで実際に自発呼吸が出現するかどうかを調べます。

4)血圧が上昇したりするのであれば降圧剤を使用することはあるかも知れません。しかしモルヒネを使う意義はあまり無いように思えます(モルヒネは鎮痛剤ですから必要であれば使っても良いとは思いますが)。

 臓器移植に関わる脳死判定はかなりきちんと行われていると思いますよ。

 臓器移植の実績をつくるために医者が脳死判定の際に不正を行っているのではないか、とか、移植を行いたいがために本来行うべき治療をきちんとやっていないのではないか、といった疑いを持つ方も時々いるようです。しかし、実際に脳死判定を行っている我々脳神経外科医や救急医からしてみれば、脳死判定やその後の臓器移植を行ったからといって、自分の医師としてのキャリア面でのメリットは殆どありません。したがって質問者さんの疑問...続きを読む


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