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源氏物語などを読むと、
平安時代の貴族の一般的な乗り物は牛車のようです。
どうして馬車を利用しないのでしょうか?
牛など遅すぎますし、よだればかりたらしていて美的ではないです。
当時の馬にパワーがなかったのでしょうか?

よろしくお願いします。

gooドクター

A 回答 (10件)

まず、現在「馬」と聞いて思い浮かべるサラブレッドは、昔の日本にはいませんでした。


昔はもっとずんぐりした馬でした。
昔の武士が乗っていたのは、そういうずんぐりした馬だったのです。
でも、パワーはすごいですよ。
力仕事をさせるための馬ですから。
今でも、北海道のどこかでその馬を使った馬そりレースをやっています。

それでは素人ながら質問にお答えさせていただきます。

牛車と馬車のスピードの違いですが、確かに舗装した平坦な道路で競争したら、馬車の方が速いだろうと思います。

でも、昔の道は未舗装なんですよ。
よく映画なんかで、馬車がすごいスピードで走るシーンがありますが、実際に未舗装の道であんなふうに馬車を走らせるのはほぼ無理だろうと思います。
あっという間に車輪がこわれるんじゃないでしょうか。車輪は木製ですよ。
車輪が壊れなくても、乗っている人は天井やら壁やらにぶつかってあざだらけになると思いますよ。
乗っている人がゆったりあざを作らずにのるのなら、牛が引いても馬が引いても速度的には変わらなかったのではないでしょうか?

それと、もう一つ重要なことは、
貴族は先を急いでせかせかしたりしないものです。
牛が引こうが馬が引こうが、ゆったり優雅に移動できればいいのです。

そういう意味で、馬の荒っぽい動きより、牛のゆったりした動きの方が、平安貴族の美意識に合っていたのかもしれませんね。

あと、質問者さん、牛を引っ張ったことありますか?
すごい力ですよ。
日本では、ほんの数十年前まで、牛に農機具を引かせて畑や田んぼを耕していたんですよ。
昔は農家には必ず牛がいて、農作業をしたり荷物を運んだりして活躍していました。今のトラクター・トラック・乗用車、全ての役をしていたんですね。
牛は、農家の何より大切な財産だったし、今でも世界各地の農地で働いています。
パワー的には昔の馬にもまったく劣らないのではないのでしょうか。

というわけです。
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 NO.6です。

蛇足ですが
 なぜ馬が時として暴れることがあるか、考えてみました。
 牛も馬もウンと遠い昔は、同根でもっと小さい生き物だったらしいです。小さいと小さな肉食獣にも襲われて、食べられてしまいますので、進化の過程で大型化してきました。
 そして、肉食獣に襲われたとき、走って逃げる方に進化したのが馬で、角でもって肉食獣に対抗しようとしたのが牛だと思います。
 アフリカの水牛は、ライオンの1頭や2頭くらいに襲われても、角でライオンを追い払います。
 シマウマは走って逃げることにより、自らの生命を守ります。
 ですから、牛は結構強い動物で、精神的にも馬に比べ、少々のことには動じない性質があり、馬は気が小さく、少しのことにも驚きやすい動物なんだと想像できます。
 
 そんなようなことから、安全重視で、牛が平安貴族の自家用車の牽引に採用されたのかも知れません。
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日本には”せん馬”つまり去勢馬の文化が伝来しなかった(あるいは定着しなかった)ので、車をひかすには危険きわまりない存在であった、馬が。

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牛が神様の使いであった事、また、馬は鬼畜が食う物だったのではないでしょうか?


夜、鬼が馬を食いに来ても困ります。^_^;

乗り心地としては、牛が良いと思います。

耕運でも、
当時は馬よりも牛のパワーを使ったようです。
また、牛は鼻輪で子供の言う事も聞きます。

馬は難しいらしいです。
馬糞はすごいし、道の掃除が大変です。

死角(真後ろ)ここに来ると無意識に危険を排除しようとします。
犬にほえられると暴走します。

走る=防御なんです。

馬は速度(軍用)
牛は力(仕事用)

どうでしょうか?^_^;
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まず、既に指摘のあるように、国内の馬は使役に適した大きさではなかったことがあります。



次に、牛車の方が構造が簡単なこともあるでしょう、牛は肩の部分の骨が出ているので、そこに引っかける枠さえ作れば簡単に荷を引かせることが出来ます。
ところが馬は、身体の構造上、どうしても皮のハーネスとそれにあった引き棒がが必要です、馬車は技術的には牛車より格段に複雑なのです。
世界の多くの地域で使役動物としてまず牛や水牛が使われたのはここにあると思います。肩に棒を引っかけて鋤を引かせるような使い方から牛車までは遠くありません。
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 昔の馬は小さかったようです。

江戸時代までは。
 明治に入ってから、これではいけないということで、馬匹改良のため外国産の大柄な馬を移入しました。大砲や輜重車を引っ張る挽馬として、あるいは騎兵の乗馬としては、今までの国産馬ではダメだと陸軍の上層部が判断したんですね。
 日本の西南端の与那国島に、与那国馬という小型の馬が今でもいます。これなんかが、畠山重忠の故事に言われているような、昔の日本の馬に近かったんではないでしょうか。でも畠山重忠がいかに大力無双でボブサップをしのぐ怪力の持ち主でも、担ぐのは無理で、昔の物語は誇張が過ぎます。
 小柄だが粗食に耐えスタミナもあったらしいです。
 さて、当時の牛ですが、現在の日本の闘牛に使われているあんな大型のものではなく、もっと小さかったんじゃないでしょうか。

 戦後の一時期までは、牛も馬も荷物の運搬に使われていました。前輪に飛行機の車輪を転用していた荷車があったのを覚えています。もちろん未舗装のガタゴト道をいくわけなんですが、積荷の量は牛馬互角、速度は馬が優勢であったような気がします。
 ただ馬が暴れて、馬方のおじさんが抑えるのに苦労していたのを覚えています(去勢馬ですが)。
 本当に怒らすと牛の方が怖いのですが、そういうのを見たことがありません。
 農家のおじさんの話では、牛馬に鋤(すき)をひかせて田畑を耕すとき、馬のほうが速いがスキ方が浅い、牛はその逆と聞いた事があります。
 
 天皇陛下が皇太子時代のご成婚のときのパレードは馬車でした。今の皇太子様のときにも、馬車のパレードが見られると楽しみにしていたのですが、自動車でしたので、すこしがっかりしました。当時、皇居の中で馬を訓練していたのを知っていましたので、てっきり馬車だと思っていたのですが。
 自動車になったわけは不測の事態が起きたとき、テロ、暴漢の襲い掛かり、馬が暴れる、などということがあったら困るからということらしいです。

 以上のようなことから、平安貴族は道中を急ぐわけでもなし、安全第一で、ゆったりとした牛車にしたのではないでしょうか。

 
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平家物語に源義経のヒヨドリ越えの奇襲の際、畠山重忠(だったか)が馬を背負って崖を下ったことが書いてあります


当時の馬は大男ならば背負えるくらい小さかったのでしょう

サラブレッドが日本に来たのは明治時代のはずです
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質問者さまの提示する、パワーが無かった説を支持します。


まず、当時の馬は、現在私たちが目にする馬より、格段に小さかったのです。
競馬馬であるサラブレット種を10とすると、6~7くらいな感じでしょうか。
戦闘用にモンゴル種の馬が入ってきたのが、源平の頃といいますから、それ以前の日本の原種の馬は、小さくて、パワーが無かったのだと、思います。
牛車の取り入れは、中国からだと思われます。
動きは、多少優雅なような、気がしないでもありません。
馬車に比べて、酔いやすかったという記述が、残っています。
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馬が小さくてひけないという事かと思います。



http://www.ni.bekkoame.ne.jp/potos/amagimi.htm

平安時代の一場面ですけど、馬の高さは120cmほどで、現在で言えば遊園地で子供が引き馬でのるポニーほどですから、馬車は無理だったのでしょう。
貴族の牛車は4人乗りで、かなり重いため、牛がゆっくり引くのが精々で、その牛にしても今の牛からするとかなり小柄ですから、速くは無いと思います。
乗馬ということはやっていたようで、馬が献上されたとか馬に乗ったなどの文献はあり、急ぐときは馬に乗って出かけたのかも知れません。
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身分の高い人のみ、牛車に乗って、徒歩のお供が付くから、遅くないとまずいのだと思う。


せいぜい京都の盆地の平らなところの移動にしか使わなかっただろうから、高速で長距離の移動ではないだろうし。
馬車で馬が暴走しちゃったらお供は誰も追いつけない。
牛でも暴走するんではないかとは思うけれど。
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