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岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた

という、短歌の意味を教えていただけますでしょうか?
特に、白い帆というもの事体が指し示しているものや、岡と海賊がどういう意図で登場したか?といった基本的な部分を知りたいです。

お分かりになる範囲で結構ですので、どうぞよろしくお願い致します。

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A 回答 (1件)

この歌は、昭和15年発表の『魚歌』に収録されているものです。

戦時中の子どもの遊びを見て、それを詠んだものかなと思います。小高い丘の上で、白い布をマントのようにひらひらはためかせている状況が目に浮かびました。布がはためいて、ばたばたいっている音が海賊の歌のように聞こえるさまを表現したのかと思います。

斉藤史さんの幼馴染の青年将校が二・二六事件の首謀者の一人として処刑され、軍人であった父親は5年の禁固刑を受けている状況を考えると、白い布は死装束を連想させる気もしますが、暗い時代だからこそ天真爛漫な遊びが、逆に象徴的に感じます。
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    • 1
この回答へのお礼

お礼遅くなりました。
回答ありがとうございます。
時代背景を踏まえた解釈が、すごく参考になりました。

お礼日時:2008/06/03 21:44

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Q短歌の意味を教えてください

教科書に資料として載っていた短歌です。

「はとばまで あんずの花が 散つてきて 船といふ船は 白く塗られぬ」

興味があったので調べてみたのですが
全く意味・解釈のようなものは見つけることができませんでした。

どなたかご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

あんずの花びらが散り、港まで舞ってきて、港に停泊している船と言う船が、全て花びらで真っ白に塗られた様になりました。

こんな感じですかね?

波止場(港)に船と言っても、貿易港で巨大タンカーってコトは無いでしょう。
山すそが迫った漁村などで、それほど大きく無い船では?と思います。

イメージしにくければ、桜の季節の後半に、家族で自動車に乗って、川辺や海辺に花見に行ったとでも考えてみて下さい。
帰ろうとしたら、桜吹雪の中、花びらに覆われた自動車を発見!って感じです。

解釈なんて、そんな感じの情景を思い浮かべた時、それぞれの人が感じるままで良いんですヨ。

木々の生命力や雄大さに感動しても良いし。
人工と自然の調和を感じても良いし。
あんずの花が散る季節の変わり目に、無常感を感じても良いし。
さんさんと輝く太陽の下で、天然の白に輝く船に、自然や絵画的情景の美しさを感じ取っても良いし。

Qカメラの液晶で赤外線が映る理由!?

リモコンが正常に動かないので赤外線が出ているかどうかをチェックで、携帯のカメラ機能の液晶で白い光が出ているかを確認してくださいといわれ実際見えました。
なぜ、カメラの液晶だと見ることができるのでしょうか?
また、赤外線と記載しましたが白い光が見えたので違うのでしょうか?
ご存知あれば教えて頂ければ幸いです。

Aベストアンサー

人間の目には可視光領域というのがあって、一定の波長の範囲内の光しか見えません。
たとえば虹には様々な色がありますが、その赤よりも可視光領域外の光が赤外線、紫よりも可視光領域外の光が紫外線となります。
これらは人間の目には見えませんが、カメラにはその可視光領域の制約がないので液晶やフィルムに映るわけです。
リモコンの光は赤外線を使用していますので、その光が見えるわけですね。

Q近藤芳美さん

授業で近藤芳美さんの「たちまちに君の姿を霧とざし ある楽章をわれは思ひき」という和歌を習いました。
この和歌の情景は
「みるみるうちに深い霧が押し寄せてきて君の姿を覆い隠してしまい、その○○○な光景に接して私はある音楽の1つの楽章を思い出した」
という風に私は考えました。
でも○○○の部分が「寂しげ」、「悲しげ」以外に想像つきません。
近藤芳美さんは一体どんな光景を見て、ある楽章を思い出されたのでしょうか?
○○○は一体どんな言葉が入ると思いますか?

Aベストアンサー

近藤芳美さんの有名な歌ですね。これは近藤さんの処女歌集「早春歌」にあるものです。歌集の発刊は昭和23年ですが、この歌は昭和12年の作と言われます。
 一首として読む場合どう解釈しても自由ですが、この歌の背景は近藤さんが奥様と知り合われたころのつまり恋の気持ちを詠ったものです。霧の中に消えてゆく恋人を眼を凝らし見ているのです。「吹き流るる霧も見えなくなり行きて吾らのうしろにランプ消されぬ」等々の作もあり、青年の恋の芽生えを詠っていると鑑賞するのが自然です。
 従って「寂しげ」「悲しげ」は当たっていないでしょう。どういう言葉が当たるかわかりませんが、生命の充実感、つまり明るく昂揚感のある楽章が心に湧いて来ていると思います。ただ時代は戦争に向かっているわけですから、単なる明るさでなく緊張感のようなものもあるかと思います。

Qテスト直前なのに、短歌の区切れがわかりません………。

短歌の句切れ、どのように見分けたらよいのかがわかりません。
感動の助詞(けりなど)がなかったら『句切れなし』なのでしょうか?

以下の句の句切れ、自分で考えても理解できず、家族や友人に聞いてもわからないと言う返事しか返ってこなく、
ネットで調べてもよくわからないので困っています。
どうぞよろしくお願いします。

・防人に 行くはたが背と 問ふ人を 見るがともしさ 物思もせず(防人歌)
・多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき(東歌)
・君待つと 吾が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く(額田王)
・近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ(柿本人麻呂)
・うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思えば(大伴家持)

すべて万葉集で、とても一般的な句なのだそうですが、よくわかりません。どうかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ。

3、終止形や命令形で言い切っているところ。

4、体言止めで言い切っているところ。
ただし、体言で句が終わっていても、そこへ「を」「に」などの助詞を補ってあとの句へ意味がつながるような場合は、ここを句切れとは考えません。

5、倒置法のあるところ。

6、呼び掛け法のあるところ。

韻文の場合、芸術的に感心できませんが、一応、「解釈(分かりやすい現代語に訳す)」をしてみると、句切れも分かるかと思います。

*防人に・・・
あの九州の警備兵として徴兵されていくのは誰の旦那さんかしらね、と訊く人を、見ることのうらやましさと言ったらないよ。なんの悩み事もなくて(あの防人は私の夫なのだよ、私には危険な国境に夫を送り出すという悩みがあるのだ)。
→「ともしさ」が体言止めで、意味的に倒置法なので四句切れです。

*多摩川に・・・
多摩川に晒して作る布を見ていた。その「さらす」という音でふと思い出したが、さらにさらにどうしてあの子がこんなに恋しいのだろうか。
→「多摩川にさらす手作り」までは、「さらさらに」を導くための「序詞(じょことば)」で、和歌の解釈としては内容的な意味はなく、「手作り」は体言止めで、二句切れです。

*君待つと・・・
恋人のあなたの訪れを待って私があなたを恋い慕っていると、私の家の簾を動かして、あなたの代わりに秋の風が訪れ、あなたはまだ来ないのだった。
→順当な流れのうちに結句まで言い切っている歌で、句切れなし。ちなみに、古今集以降だと、「秋風」を「飽き」との掛詞(かけことば)と考えて、恋人の訪れがないのを、恋人とが自分に「飽き」たからだ、と、別れや失恋を暗示するのですが、万葉集だとそこまで読むのは深読みと考えられるでしょう。単に季節がほんとに秋だっただけ。女心の寂しさは詠み込まれているけど。

*近江の海・・・
琵琶湖に夕方立つさざ波に群れ遊んでいる千鳥たちよ、お前が鳴くと、私はひどくしみじみと悲しくなって、昔のことが偲ばれてならないよ。
→「夕波千鳥」を呼び掛け法と考えても、単なる体言止めと考えても、いずれにせよ二句切れ。

*うらうらに・・・
うららかに照っている春の陽射しに雲雀が空高く舞い上がり、私の心はいっそう悲しいなあ。一人ぼっちで物思いに耽っているので。
→「心悲しも」の「も」は、上代特有の助詞で、詠嘆を表すので、ここで切れて四句切れ。春の憂愁(メランコリー)を詠い、万葉集としてはかなり進んだ、中古的美意識をもって詠んだ歌。雲雀の楽しそうなさえずりと、自分の憂鬱な物思いとの対比。

万葉集の和歌には、二句や四句の偶数で句切れのある歌が多いのです。
五七/五七/七
と「五七」のリズムが強調されるので、「五七調」と呼ばれます。
(古今集以降の和歌は、初句や三句の奇数句で句切れのある歌が多く、五/七五/七七と「七五」のリズムが強調されて、「七五調」と呼ばれます)
五七調の和歌は、五音という軽い上半身を、七音という重い下半身でしっかりと支えるので、歌体が安定し、堂々とした力強い響きをもたらします。
七五調の和歌は、反対に、七音という重い上半身が、五音という軽い下半身の上に乗っかる格好になるので、歌体はふらつき、なよなよとした流麗な流れの良い歌になります。

「句切れ」とは、和歌や俳句において、意味の上でいったん切れるところです。
以下のような場合があります。

1、切れ字のあるところ。
「切れ字」は、「や」「かな」「けり」など。俳句の項目で調べると分かります。でも、松尾芭蕉は「全て切れ字」とも言っていて、本質的には奥の深いもので、一概に「これが切れ字」とは言えません
↑「けり」は「詠嘆の助動詞」です(「助詞」ではない)。

2、係り結びの結んであるところ。
係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」は連体形で結び、「こそ」は已然形で結ぶ...続きを読む

Q明治憲法下での国民の義務

現行の日本国憲法の国民の義務は
「勤労」「納税」「教育」ですよね。

明治憲法における国民(臣民)の義務はなんでしょう?
「納税」と「勤労」と…「兵役」?
「教育」の義務は無かったはずですよね…?

分かる方、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「臣民の三大義務」のことですね。

他の方の回答通りで、規定されているのは
納税と兵役の義務だけです。

教育の義務は、憲法には規定はありませんでしたが
一般には、国民の三大義務として、納税、兵役と
ともに当然の義務とされていました。

だから明治憲法の義務に教育の義務がある、
といっても、あながち間違いとまでは言え
ないかもしれません。

Q北原白秋の歌について

北原白秋の「昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の薮を出でて消えたり」という歌の訳や読み方など、できれば具体的に教えてください!!!

それと、「蛍」が消えたあと作者の目に残ったものとは何だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
白秋は、独特なリリシズム(叙情性)の世界を築いた詩人です。彼のリリシズムには、中国的というか、純日本的というか、日本・中国というような文化での「東洋的叙情性」があります。とりわけ、中期の「水墨集」(という名前だったはずです)のなかの作品には、中国人を主人公にして、静謐な、繊細な、しかも雄渾な作品があります。

このうたに関して言うと、「水墨集」のなかの作品に感じるのと同じような、繊細で、静謐で、無為自然を尊ぶ、雄渾なリリシズムが感じられます。

>昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の薮を出でて消えたり

(ひるながら かすかにひかる ほたるひとつ もうそうのやぶを いでてきえたり)

孟宗の藪とは、竹の種類に「孟宗竹」というものがあり、孟宗竹の藪という意味です。

わたしとしては、孟宗竹が鬱蒼と茂る林のなかでのできごとと考えると、幽玄さがまし、リリシズムが一層深みを持つようにも思いますが、「藪」とうたっていますから、それほど大きな茂みではないでしょう。

>昼日中であるが、孟宗竹の茂みのなかの薄暗がりのなかで、幽かに、光を放っている何かがある。それは蛍ではないか。一匹の蛍が薄暗がりのなかで光を放っているのである。ああ、自然とは、このように偉大で幽玄なものかと、幽かな光の蛍を眺めていると、蛍は藪から飛びだし、昼の光のなかに出、蛍の光も見えなくなってしまった。

「かすかに」には、「かすかに」「微かに」「幽かに」と主に三つ表記法があります。原作で、「幽かに」を使っていたとすれば、蛍の光が、単に「弱い光」だという事実だけでなく、そこに「幽玄」を垣間見たという作者の心理が述べられています。

薄暗がりのなかで、玄妙な幽かな光を放っていた蛍。昼の光のなかに入ると、蛍の光も見えなくなってしまった。自然とは、玄妙で不思議なものである。

「幽かに」というような言葉遣い、また「孟宗竹」という、いかにも中国の仙人が隠棲する仙境を思わせる言葉。たまたま、白秋が、こういうことを経験した、出会っただけかも知れませんが、それをうたに詠むというのは、これらの情景に、作者が感銘したということでしょう。

昼の光は「陽」であり、薄暗い藪のなかは「陰」、「陰」のなかの幽かな光である蛍は、「陽」で、「陰」のなかで「陽」は、幽かに姿を示すが、大いなる「陽」のなかでは、溶け込み、透けて消えてしまう……無為自然的な幽玄のリリシズムのように感じます。

>「蛍」が消えたあと作者の目に残ったものとは何だったのでしょうか?

なお、薄暗さをうちに持つ藪と、昼の光に満ちる、蛍を溶かし込んだ昼の情景の対比でしょう。蛍の光が溶け消えた、昼の光が、目に残ったとも言えますが、同時に、「陰」である、孟宗竹の藪もまた、目に残っていたはずです。
 

 
白秋は、独特なリリシズム(叙情性)の世界を築いた詩人です。彼のリリシズムには、中国的というか、純日本的というか、日本・中国というような文化での「東洋的叙情性」があります。とりわけ、中期の「水墨集」(という名前だったはずです)のなかの作品には、中国人を主人公にして、静謐な、繊細な、しかも雄渾な作品があります。

このうたに関して言うと、「水墨集」のなかの作品に感じるのと同じような、繊細で、静謐で、無為自然を尊ぶ、雄渾なリリシズムが感じられます。

>昼ながら幽かに光る蛍...続きを読む

Q金属以外で電気を通すもの

電気を通すものって金属ですよね。
金属以外にも電気を通すものってあるのです?
ちなみに通すというのは、金属に違い程度で通すということでお願いできたらと思います。
金属以外でも電気を通すものがあったら、教えて下さい。

Aベストアンサー

炭素と言ってもすすとかダイヤモンドは電気を通しません。
電気を通すのは黒鉛です。

水は電気を通しません。
しかし、電解質水溶液は電気を通すことができます。
白川教授のノーベル賞受賞研究である、導電性高分子も電気を通しますね。

Q~五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今和歌集:夏の歌)~について

回答者の皆様には、いつもお世話になっております。

 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

上記は『古今和歌集』の夏の部に収められている非常に有名な和歌です。かつての恋人への切ない想いを爽やかな橘の香によせて率直に歌い上げているこの歌はいにしえの人々に大層愛され、私自身も大好きな一首なのですが・・・先日『伊勢物語』を読んでいたところ、この歌を主題にした段に目が留まりました。その段とは

むかし、おとこ有けり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどに家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。このおとこ、宇佐の使にていきけるに、ある国の祗承(しぞう)の官人の妻にてなむあると聞きて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出したりけるに、さかななりける橘をとりて、

五月まつ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする

といひけるにぞ、思ひ出でて、尼になりて、山に入りてぞありける。

という内容です。
実は私はお恥ずかしいことにこの段をじっくり読んだことがなく、今回改めて読み直してある疑問を覚えました。
それは「さかななりける橘」という部分です。
さかな=酒の肴とすれば常識的に考えて、橘は橘でも「花」ではなく食される方の「実」を指しているのは間違いないと思います。橘の花は旧暦の五月頃に咲きますが、橘の実は旧暦では九月頃に収穫の時期を迎えます。この話の季節について特に記されていませんが、おそらく橘の実がなる秋から冬にかけての出来事なのではないでしょうか。
 
 もしそうだとすれば、古今集の撰者がこの歌を<夏の部>に入れたのは何故なのでしょうか?「五月待つ花橘」とは「五月を待って咲く花橘」ではなく「今はまだ九月だから花を咲かすことが出来る五月を待っている花橘」という意味ではないのか・・・。「実」のほうは「花」のようなあの独特の香が薫ることはないと思います。歌った男はたまたま肴に出された「実」があったので、「花」を想像して歌を聞いてよね、という気持ちだったのでしょうか?男のそういう気持ちを選者も汲んで、まあ秋に詠まれた歌だけど五月という言葉もあるし、せっかくだから<夏の部>に入れよっか~という結果なのでしょうか???

ものすごく今更な疑問なのですが、考えたらとまらなくなってしまいましたので、どうか回答いただければ幸いです。

回答者の皆様には、いつもお世話になっております。

 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

上記は『古今和歌集』の夏の部に収められている非常に有名な和歌です。かつての恋人への切ない想いを爽やかな橘の香によせて率直に歌い上げているこの歌はいにしえの人々に大層愛され、私自身も大好きな一首なのですが・・・先日『伊勢物語』を読んでいたところ、この歌を主題にした段に目が留まりました。その段とは

むかし、おとこ有けり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどに家刀自、ま...続きを読む

Aベストアンサー

『古今集』や『伊勢物語』は、読めば読むほど、汲めども汲めども尽きない深みや奥行きを感じさせてくれますよね。
で、今回の疑問点については、以下のような説明で解消されないでしょうか。

まず、「さかななりける橘」についてですが、「橘」は日本固有種の「柑子ミカン」の古名でもありますから、ここでは、「橘は橘でも『花』ではなく食される方の『実』を指している」のではなく、常識的に考える限り、柑子ミカンを指していたのではないでしょうか。

柑子ミカンは、もちろん現在の温州ミカンほど甘くはないですが、「さかななりける橘」が今で言うデザートのフルーツとして出されていたとすれば、『伊勢物語』中の「橘」とは、高貴な芳香を発しはしてもとても食えるような代物ではない「橘の実」ではなく、やはり「柑子ミカン」だったと考えられます。
ただ、たとえ柑子ミカンが橘の実よりも遅れて熟するにしても、そして冬の間ぐらいは保存が利いたにせよ、だからと言って、この歌が「五月待つ」頃に詠まれたと解するのは、やはり質問者さんご指摘のようにどう考えても無理ですよね。

なら、「古今集の撰者がこの歌を<夏の部>に入れたのは何故」かとなると、おそらく紀貫之をはじめとする編集委員会のメンバーが極端なまでにわがままな美意識、構成意識をもって編纂事業に従事したがために、結果的にこのような一種の椿事めいたことが生じたと考えられるのではないでしょうか。

試みに、古今集の編集の仕方、たとえば各部立ごとの歌の配列、前後の歌との相互的な連関等に注目すれば、編集者たちが平気で一首毎の歌が内包する個別的、自律的な歌世界を無視し、あくまでもそれらの有機的な結合を最優先することで、膨大な和歌を素材にした、一種の統合的な物語世界の創造を目論んでいたのではないかと臆測しないではいられません。

そのためにも、「五月待つ」の歌がいつ詠まれたかという事実レベルのことよりも、自分たちの構想する有機的な歌世界を実現することをこそ優先せざるを得なかったのではないでしょうか。
少なくとも、諧謔的、批評的精神が人一倍旺盛にしてわがままな唯美主義者の貫之でしたから、しかも彼が編集委員会を仕切っていたでしょうから、この程度に大胆な着想、意匠を彼が抱いていたとしても全然不思議ではないと思います。

>まあ秋に詠まれた歌だけど五月という言葉もあるし、せっかくだから<夏の部>に入れよっか~という結果なのでしょうか???

もうお分かりかと思いますが、あくまでも<夏の部>について、特に編集者たちの理想とする初夏の世界を実現するためにも、できるだけ歌相互間の連関性、有機性を最優先しようとして、敢えて「秋に詠まれた歌」という個別的事情を無視したのではないでしょうか。

『古今集』や『伊勢物語』は、読めば読むほど、汲めども汲めども尽きない深みや奥行きを感じさせてくれますよね。
で、今回の疑問点については、以下のような説明で解消されないでしょうか。

まず、「さかななりける橘」についてですが、「橘」は日本固有種の「柑子ミカン」の古名でもありますから、ここでは、「橘は橘でも『花』ではなく食される方の『実』を指している」のではなく、常識的に考える限り、柑子ミカンを指していたのではないでしょうか。

柑子ミカンは、もちろん現在の温州ミカンほど甘く...続きを読む

Q関東の中学生です。

関東の中学生です。
国語の授業で俳句について学び評価文を書かないといけなくなりました。
そこで皆さんにお願いです!
橋本多佳子さんの
星空へ 店より林檎 あふれをり
の評価文を考えていただけませんか?
内容は、考えたこと納得したり感心したこと疑問に思ったことなどを含んだ物です。
よろしくお願いします!

Aベストアンサー

この俳句を読んで、次のような情景が浮かんできました。

空が澄み切った冬の夜です。
星がいっぱいキラキラと輝いていてきれいです。
果物屋の店先には、真っ赤なリンゴが山のように積まれています。
美しく輝いているリンゴが星空にあふれ出ていくようです。

ものすごくわかり易かったです。
この短い俳句から、上のような情景が目に鮮やかに浮かんできました。

Q北原白秋のついて。。。

大至急お願いします!!!

昼ながら幽かに光る蛍一つ孟秋の藪を出でて消えたり
の「昼ながら」はどこにかかるのか。
「蛍」が「昼ながら光る」のはなぜか。
「蛍」はどこにきえてしまったのか。
教えてください。

Aベストアンサー

次のように解釈します。

真昼なので蛍が出る時間帯ではないが、竹やぶの暗いところで光るものがある。それは蛍だった。眺めていると蛍は暗い藪から外へ飛んできて昼の陽の中に消えてしまった(飛んで行ってしまった)。

蛍は昼でも光っているが見えないのか、暗いところを夜と間違って光るのか生物学的な面は分かりません。


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