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「地獄の季節」のなかの、「朝」Matinの最初の1文です。
湯浅氏、宇佐美氏、篠沢氏などの翻訳では、最終的に「すばらしい青春があった」ことになりますが、原文を読むと「なかった」ことになると思います。教えてください。
原文 N'eus-je pas une fois une jeunesse aimable, heroique, fabuleuse, a ecrire sur des feuilles d'or, - trop de chance!
(アクサン等は省略)
諸翻訳の再構成 ぼくにもかつてあったのではなかったか、愛すべきで、英雄的で、神話的で、黄金の紙葉にも書き留めるべき青春が、ー身にあまる幸運ではあった!
拙訳  ぼくにはかつてなかったのだ。黄金の紙に書かなければならない、愛すべき、英雄的、想像を絶する、青春が、― 良過ぎた幸運が!

A 回答 (7件)

sophia23 さん はじめまして



お示しの文は、感嘆文です それにne~pasが一緒に
なっています けれども否定ではなく、疑問を挟まない
強い肯定を意味します したがって-trop de chance-と
自然に続いて、それを名うての訳者は、身に余ると和訳

全体の流れを、お感じになることが宜しいかと
それに万一、否定であれば、feuilles d'or の語句が
詩語ならぬ死語となる 一語一句を大切に。。。
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この回答へのお礼

anapaultoleさん、早速のご回答ありがとうございます。
否定語があっても強い肯定になる用例を探してみます。

お礼日時:2008/12/17 22:19

質問を整理してみましょうか。


質問の内容は:《N'eus-je pas une fois une jeunesse aimable, heroique, fabuleuse, a ecrire sur des feuilles d'or, - trop de chance!》 というどっから見ても完全な否定形の文章なのになぜ肯定の内容になるのかということです。

詩の内容の解釈は#6にお任せしますが(これは素晴らしい)、通常、このような詩を読み進んでいく内に(または最後まで読んだとして)、そこで冒頭に立ち返ってこの否定形は実は肯定の内容を表していた、などと判断するものではないでしょう。詩人が詩全体をもって伝えたいことや訴えたいことは最後まで読み進まなければ分からないかもしれませんが、問題となっているような文章は、出てきた時点でこの文章の表していること(fait)は判断されるべきものです。

つまりこの詩の読み手が冒頭の文章を読んだら、たとえ否定形に文章が置かれていても 「《je》が《une jeunesse~》をかつて持っていた」 ことは理解されなければならず、詩の内容の解釈によって否定か肯定かを判断しなければならないとしたら、詩人の敗北です。

話が少しそれますが、私は文法というのは所詮後付けの理屈だと思っています。最初に伝えたい思いや必要性があり、それを正しく伝えるために、または効果的に伝えるために生み出された言い回しやレトリックを体系的にまとめたものだと思っています。しかしながら、そこには尊重しなければならない一定の矩(のり)があると思います。ですから我々が外国語を学ぶ際に文法を習うのです。

質問に戻れば質問文は明らかに否定形です。文法の知識によれば質問者の方の疑問は当然でしょう。しかしながらなぜ肯定的な内容なのか。おそらく文法家の中でも暇な人がいたのでしょう。そしてなんらかの法則性みたいなものを見出したのでしょう。それが#3で回答した内容です:1.感嘆文 2.否定形 3.倒置。

私のこの回答の基になった文章を以下に引用します:
La phrase est exclamative et elle est negative.
-Quand la negation est une veritable negation, on a l'ordre normal (sujet devant le verbe et non repris par un pronom personnel apres le verbe): Ex. Que de fois il n'a pas pris son medicament malgre le danger qu'il connait ainsi ! (= Il a neglige ou refuse de prendre son medicament.)
-Quand la negation est une negation oratoire et la phrase a le sens d'une affirmation, le sujet est place apres le verbe si c'est un pronom personnel, ce, on.(後略) 《Le Bon Usage 12e Edition 1986》
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この回答へのお礼

PunPiPonさん、再度のご回答ありがとうございます。
当方としては、いろいろ調べてみます。

お礼日時:2008/12/19 21:23

sophia23 さん こんにちは



また、「朝」Matinがやってくる 目覚めの時だ
これを、人は、「永遠」L'eterniteと呼ぶのだ

さて、本題です 

この詩の妙趣は、幾つかの和訳を比較検討しても見つからない
本文を、何度も何度も、経典を唱える如くに手写しして会得だ

第一文で“une fois"と“fabuleuse”が直に目に入り
幼い時に耳にする-il etait une fois...-との
御伽噺の常套句(むかしむかし・・・)をきっと
これを読む読者は、誰でも脳裏に浮かべるのです 
そうして、彼のかたりに、人は魂を傾きはじめる

更に、une foisと次に続く文ai-je merite ma faiblesse actuelle
actuelleの用語で、嘗ての栄光と現在の零落の対比を浮き彫り
この点からも、ご質問の文章が、否定ではなく肯定と理解可能

次に、本文の時制に注目下さい 
文頭は単純過去(N'eus-je )から開始
次に過去形(ai-je merite )と続き、その後
現在形です この時制(時間の推移)変化から
過去の高き声価から今日の沈倫の嘆きを読解
嘆きながらも、其処に一筋の光明(救い)を発見

最後に、文章の人称の推移をご覧下さい はじめはjeです 
後半になってくるとそれはnousです この違いは
(これを俺と俺達の等の和語だけでは全幅の意味を表明出来ない)
このnousは、宣教師などが、人々に呼びかける時のnousでしょう
斯様な含みを、(彼の心情の変化含め)感じ取ってもらいたい 

此処まで読み込むと、重苦しい詩でありながら
すがすがしい再生を象徴する朝との題名を
彼が附けた心持に得心するのではないか

古来より
“一斑を見て全豹を卜す”
これは難しい。。。
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この回答へのお礼

anapaultoleさん、詩の解釈までしてくれて、ありがとうございます。

お礼日時:2008/12/18 14:16

日本語にも、倒置による肯定強調はあります。


私にはこのような機会がなかったというのか?(いや、実はあった)この文章は自問ですから。自分に激してるわけですね。
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この回答へのお礼

sefrさん、わかりました。ありがとうございます。

お礼日時:2008/12/18 09:14

2に補足しておきます。


ただの否定であっても強意や誇張をこめて倒置はされます。
語順は、あまりあてになりません。
ご参考までに!
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この回答へのお礼

amaguappaさん、補足ありがとうございます。

お礼日時:2008/12/18 09:09

ご質問の文章が否定形でありながら肯定を表しているのは#1で回答されている通りですが、どうしてだと思いますか。



鍵は、これも#1で回答されていますが、まずこの文が感嘆文であること。つぎに否定形に置かれて、なおかつ主語と動詞が倒置されていることです。

非常にざっくりとした言い方になりますが、否定形の感嘆文の場合、普通に否定を表す場合には、語順は通常の語順《主語+動詞》になります。対して否定形でありながら肯定(従って、反語的な強い肯定)を表す場合には倒置が行なわれるのです。

ですから、もし詩人にこのような真に素晴らしい青春がなかったとしたら、この詩の冒頭は:
Je n'eus jamais de jeunesse ~!となりそうです。(つまらなそうな詩になりますね。)

同様な例として:
・Que de fois n'a-t-il pas couru des risques inutiles ! = Que de fois il a couru des risques inutiles !
・Que de projets ne fit-il pas, ~.
などが私の持っている《Le Bon Usage (12e Edition)》にあります。

ご参考になれば。
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この回答へのお礼

PunPiPonさん、用例も教えてくれてありがとうございます。

お礼日時:2008/12/18 09:05

2点を指摘。

第一に、
une fois で否定はないでしょう、否定なら jamaisでしょう。
N'eus-je jamais une jeunesse ~!

Je n'etais une fois plus heureux?
Je n'etais jamais plus heureux?
わたしはかつてもっと幸福ではなかったか。(昔は幸福だった)
わたしはかつていまほど幸福ではなかったのか。(昔は現在ほどは幸福ではなかった)

さらに、
trop de chanceをjeunesseの同格でお訳しになるのは無理でしょう。
同格を成り立たせるには、jeunesseを限定する必要があります。
Il n'y a qu'une jeunesse, chance egal a tous. とか。
On a eu une fois la jeunesse, douleur inevitable. とか。
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この回答へのお礼

amaguappaさん、2点のご指摘ありがとうございます。
それらを基に、いろいろ調べてみたいと思います。

お礼日時:2008/12/17 22:30

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