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日朝の歴史をみていると古代の朝鮮半島の国々では王族や僧侶を除き、どうも今の韓国・北朝鮮の人とは名前のツクリが違っている人が多いようです。
例えば、高句麗の乙支文徳(ウルチムンドク)将軍や淵蓋蘇文(ヨンチソムン)・百済の阿直岐(アキチ)..
現代のような、金正日(キムジョンイル)や盧武鉉(ノムヒョン)とは、根本的に違うナニカを感じます。

これは過去の半島の歴史の中で、今で言う「創氏改名」が行われたことを指しているのでしょうか?
だとしたら、
それは自主的なもの?強制的なもの?(誰によって?)でしょうか?
そして、それは何時頃でしょうか?
「創氏改名」に対する反対運動や民衆の反発は無かったのでしょうか?
現代の当地の教科書では、そのへんの事情はどのように説明しているのでしょうか?

日本による「創氏改名」問題が話題になったので、ちょっとギモンに感じました。

A 回答 (3件)

同じ朝鮮半島でも、『新羅』と『高句麗』・『百済』とでは、状況が少し違うように思います。



新羅は、高句麗と百済に挟み撃ちされる形で、常にどちらかの国から攻撃を受ける位置にあったために、『遠交近攻策』により『隋』・『唐』と接近したことから、高句麗や百済と比べると、早い時期から『金春秋』というような中国風の名前が使われています。

648年に新羅の眞徳女王が金春秋(後の太宗武烈王)を唐に遣わし百済攻撃のための軍事援助を受け、翌649年には唐の制度を導入していますが、とどめを刺したのは、太宗武烈王による徹底した唐の制度や文化の受容ではないかと思います。
唐のご機嫌を取るためとはいえ、この太宗武烈王による新羅の唐化は相当に徹底していたようで、結婚の形態までもが唐化しています。この頃までは、従兄妹同士等の近親婚がごく普通に行われていた新羅ですが、これ以降、従兄妹同士の結婚を禽獣以下として蔑むようになります。(従兄妹同士の結婚を禽獣以下とするのは、中国人の儒教的文化です。)

その唐化した新羅が唐との連合により、百済・高句麗を滅ぼして半島を統一したことで、旧百済・旧高句麗でも唐風の名前を使わざるを得なくなっていったのではないかと思います。

>それは自主的なもの?強制的なもの?(誰によって?)でしょうか?

新羅においては、唐のご機嫌をとるための、歴代の王自ら率先しての自発的なもの、百済・高句麗においては、支配者となった新羅による強制でしょう。

>そして、それは何時頃でしょうか?

6~7世紀。ちょうど、乙支文徳や淵蓋蘇文と同時代です。

>「創氏改名」に対する反対運動や民衆の反発は無かったのでしょうか?

新羅においては、国の存亡がかかっていますから、王自ら率先すれば、さほどの反対は無かったかと・・・。
百済・高句麗においては支配者である新羅に逆らえば、殺されるだけだったでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
良くわかりました。
>新羅においては、唐のご機嫌をとるための、歴代の王自ら率先しての自発的なもの、
いままで、かつての中華による柵封というのが感覚的に理解できなかったのですが、ひょっとしてこれもその一つだったのかもしれませんね。
考えてみると、ベトナムなんかでも名前は中国風ですものね。

お礼日時:2003/06/11 01:19

No.1の方が既に回答されたように、「姓」が入ってきたのは新羅・百済・高句麗のいわゆる「三国時代」です。

それまでは親から子に引き継がれるような「姓」がなかった、と考えられています。ソウル市のHP(参考URL)によれば、「姓」を持つことはむしろ特権で、一般化したのは、高麗朝ぐらいからのようです。(高麗朝ぐらいから、というのは他のHPでも見ました。)高麗朝といっても10世紀から14世紀ですから、三国時代(~7世紀)からどれくらい時間が掛かったのかよくわかりませんが、いずれにせよ相当な期間を経てゆっくりと広まっていったものと推測されます。

ところで、日本の朝鮮統治下での「創氏改名」のうちの「創氏」は、まさに「氏を創った」のであって、それまで「姓」がなかった三国時代~高麗朝の人が、自主的か強制かは別として、「姓」を持つようになる、というのと少し意味が違います。朝鮮での「姓」は、結婚した女性もそのまま変わらず同じ「姓」を持ちつづけますが、「創氏改名」の「創氏」では、そういった「姓」とは別に、日本の戸籍制度のような「氏」(夫婦とも同じもの)を持つ事を必須にしました。そして、旧来の「姓」は戸籍上は『おまけ』のような位置付けをして、公式には「氏」を使うようにしました。「氏」を創る際に、日本式の「氏」を選択するよう圧力が掛かったわけです。

参考URL:http://www.visitseoul.net/japanese/seoul_world/w …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
参考URL見ました。
これはわかりやすいですね。
中身もさることながら、抑えた筆致で日本人に静かにタンタンと「姓」の大切さを説くHP作者に好感を覚えました。

そしてHPで驚いたのは、最後の部分の「韓国の主な姓」のコーナー!
なんと、「乙支」さんがいるではないですか!誰でも彼でも「金」さんや「李」さんみたいな中国式な訳じゃないんですねー。
それから..姓の数は274種類でしたか..

お礼日時:2003/06/11 01:58

朝鮮の人々の本来の名前は金とか李とかではなく、日本の万葉仮名と同様に朝鮮読みだったものに漢字をあてていたようです。


新羅の時代には、手柄のあった者が中国の姓をもらい、それがもとになって、金や李など中国式の姓が増えていったようです。でも、上流階級の人たちだけが姓を持ち、下層階級の人たちには姓がなかったという話です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>新羅の時代には、手柄のあった者が中国の姓をもらい、それがもとになって、金や李など中国式の姓が増えていったようです。
何かで読んだのですが、朝鮮の姓は全部で256しかないとのこと(キリのいい数字なので憶えている)。きっとそれぞれがナニガシかの謂れを持っているのでしょう。
例えそれが本当であってもでっち上げであっても、千年以上も前の話なら立派なものです。
彼らが自らの姓に対しプライドを持っているのも肯けます。

お礼日時:2003/06/11 01:41

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