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私は東京出身なのですが、関西在住の知人が、「天皇は今江戸(東京)に行ってるだけ。いずれ京都に戻ってくる。」って、「ちょっと江戸に旅行にでも行ってくる」みたいな感覚で言ってます。
東京出身の私にしてみれば、「本気で言ってるの??」って思うのですが、関西の人はみんなそう思ってるんですか?

A 回答 (7件)

そんな事を思っている人は少ないです。



しかし、歴史上の経緯から見てそう考える人もいるでしょう。
明治維新の時に、天皇は京都と東京に1年ずつ在住するという
約束で天皇は東京に下りましたが、後に約束は反故にされました。

しかし、気の長い京都人はまだその約束を待っている人もいます。

ある京都のお店がこう言ってました。
「うちの店は前の戦争で焼けてしもたさかい、この辺では駆け出しや」
京都は太平洋戦争で爆撃を受けていないのにおかしな話です。
彼が言う「前の戦争」とは「応仁の乱」の事です。
京都人にとっては千年の時間も一睡の出来事なのでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なんか、京都って独特の雰囲気がありますもんね。

いろいろ調べるとり様々な意見が出て面白いですね。

お礼日時:2011/06/08 21:04

もちろんそうだと思いますよ。

京都では太平洋戦争での被害がありませんでしたね。だから京都の人がこの前の戦争と言うときは、応仁の乱のことを指していると言うのは有名な話しです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

改めて、日本の歴史の深さを感じました。

お礼日時:2011/06/08 21:01

そのとうりです、


江戸から、明治になるときに
天皇は江戸(東京)へ行ったのですが
旅行に行くという雰囲気で言われたので、
そのときの言葉が其の様でした

京都の人は今でも天皇のお住まいは
京都で東京は旅先と言うようです
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私世代の東京人はきっと知らないんじゃないかと思います。

なんかロマンがありますね。

お礼日時:2011/06/08 20:59

本気とかはわかりませんが、都は千年平安京でしたし、京都奈良大阪で二千年以上あった訳ですから…。

(皇紀は二千六百年超えてます)

東京に都が移ってまだ百ウン十年です。

遷都の話もバブルの時代には盛んにあったくらいです。

関西に都が移るとかでは無いのですが、京都御所はまだありますし、何時京都に陛下がお戻りになられても何ら不思議ではないと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

東京出身の私にとっては、東京(皇居)に天皇陛下がいるのは当たり前だと思っていましたが、考えてみると、まだまだ歴史が浅いのですね。勉強になります。

お礼日時:2011/06/08 20:56

私の知り合いの京都人も同じことを言っている。



ただ、言ったあとに「ニヤリ」と笑う。

「本気で言っているのか?」
と、聞くのは田舎者だから、聞くなよと主張しているようです。

このへんの京都人の心性は、吉田兼好が徒然草ですでに書いているので、年季が入っている。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

やっぱり京都の方っていうのは、そこらへんのこだわりっていうか、プライドみたいなのすごいですよね。

お礼日時:2011/06/08 20:53

明治天皇はあくまでも東京に行幸したまま戻っていないだけであり、東京に遷都したわけではないという認識が根底にあると思います。

詳しくは「東京奠都」や「東京行幸」でお調べください。
どこまでの人がそう思っているかは分かりませんが、地域に根ざした歴史認識の一つだと思います。

蛇足ですが、京都も戦災に遭っていますので、あしからず。一種の都市伝説ですね。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。
「奠都」やら「東京行幸」やら、恥ずかしながら初めて聞く言葉でした。
詳しく調べていくと、なかなかロマンがありますね。

お礼日時:2011/06/08 09:03

天皇陛下のお住まいが、本当は京都御所である事は、即位の礼をみれば明らかではないでしょうか?



即位の礼が東京で行われたのは今上天皇が初めてです。
つまり、昭和天皇までは、例え皇居にお住まいになっていても、即位の礼は京都御所で行われていたのです。

今上天皇の即位の礼が東京になったのは、当時はまだ関西空港がなく、京都迎賓館もなかった事から、京都では外国の要人を多く迎える事が難しく、また警備上の都合もあって、議論の末で東京になったと言われています。

そのような特別な事情を配慮された天皇陛下は、即位の礼の一連の行事を終えられたあと、すぐに関西へと行幸され、関西各県の首長や関西経済同友会など関西の各種団体の代表、経済界の首脳陣らを招いて大規模な茶会を京都御所で開催されています。
それは、京都御所で行うのが本当である事を理解されていたからでしょう。

他の方がおっしゃるように、明治維新の時に、「ちょっと東京に入って来る」というていで、明治天皇が京都をあとにされ、そのまま、戻っていないというのが現状なのです。

もちろん、ここまでになって、「いずれ京都に戻って来る」と本気で思っている人は少ないと思いますが、「東京にいるのが当たり前」と思っている東京の人に「本当は違うのよ」と言いたいのですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
とても詳しく、分かりやすかったです。

お礼日時:2011/06/08 09:06

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