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「時間の大切さ」をテーマに作文を書きました。

わたしは、命を大切にすることは
時間を大切にすることと同じではないかと書きました。

限りある時間を精一杯生きることが
大切だと伝えたかったのです。

でも、今考えると「時間」を「命」と結びつけたのは
重かったのではないかと思い、悩んでいます。

とても大切な作文だったので
もう提出してしまったけれど、いまだに
不安で仕方がないです。

A 回答 (4件)

>わたしは、命を大切にすることは


>時間を大切にすることと同じではないかと書きました。

>限りある時間を精一杯生きることが
>大切だと伝えたかったのです。

まったく同感です。とても良い視点だと思います。
悩む必要はないと思いますよ。
悲しいかな現実には、その限りある時間を無駄にしてしまうことが多いのですがねぇ...。
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尊さで考えると、少年老い易く学成り難し



精一杯生きる事と、精一杯に為っては行けない事も有るのです。

それを絡めて、する時の覚悟もしない時の覚悟も
考えられる間に精一杯後悔しない様に時間は活用したいものだ。

また、時間の事を大切に感じられるって事はその時生きて居る。
それが、その数秒後に亡くなろうともその人の生きた証は知る者が
生きてる限り覚えて居て貰える。

多くの先祖が、繋いだ命を私はどの様に活用すべきなのだろうか。

これも壮大で重たいですよ。

質問者さんは、深く重い考えに触れる事が出来た。

その経験は、将来の自分に吉と出るか凶とでるか。

過去と言う手前の時間が有るから、今と言う時間を味わえて過去と未来を築き
時間の経過とともに未来は貴方の手元に絶えず注がれ続けている。

この人と時間の関係は、大切と言う言葉同様に私と時間とを切り分け
与えあうに等しい。

それは、自分の体の一部と同じでともすれば
やはり時間は大切なのでしょう。

時間の大切さは、質問者さんの中でこれからも考えが変って行くかもしれない。

不安も自分の導きによるものです。

だからこそ、過去の過ぎ去った時間は尊く多くの御年配に惜しまれる。

深く深く潜り込んだ不安や悩みを、人は持ち前の即物的な欲求にて如何様にも
日の当たる所へ自身を追いやれる。

それが、精一杯に為っては行けない事。

低俗的で刹那的で怠惰さなのですよ。

寸刻みにした自分は、立って歩く事も叶わないが爪の先少し位を切り分けても
人の多くの活動に支障がそれ程でるって事も無いのです。

最後に、失敗は成功の元で失敗のまんまで終わらすかは自分次第。

生きてる限り
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「時間の大切さ」=命の時間(リミット)



なので、同じような意味で使ってるのだからいいでしょう。

重くもないけど。
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命の時間は誰しも限られている・・・


命は使える時間のこと・・・

「時間とお金を結びつけてはいない」
ので、これで良いと思います。
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