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忠臣蔵はとても好きなのですが、浅野匠守の辞世の句

「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」

これの意味がぜんぜんわかりません。
解釈を教えてください。

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A 回答 (4件)

大石蔵之助はこの主君の辞世の句を読んで


その仇討ちを決意したと言われています。

「春の名残」とは匠守が吉良上野介を
討ち果たすことが出来なった後悔の念をあらわし
「いかにとやせん」に「何とかして
わが無念を果たして欲しい」
との意思が込められています。

通解すれば

風に誘われて散ってしまう桜の花も
名残惜しいのであろうが 上野介を討ち果たせずに
散っていく=自害しなければならない自分のほうが
はるかに無念である。
(何とか自分の仇を討って欲しい
=上野介を討ち取って欲しい)

となると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
「また」の意味合いもよくわかりました。
日本語って難しいですねえ。わたしも生粋の日本人なのですが・・・。(笑)

お礼日時:2004/01/22 12:39

自分でも色々と考えましたがボキャブラリーが少ないので・・・・・


他の人の言葉を借りましょう。 う~~ん、良いんじゃない!

http://www.st.rim.or.jp/~success/kunpuu_ye.html

参考URL:http://www.st.rim.or.jp/~success/kunpuu_ye.html
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この回答へのお礼

さっそくありがとうございました。
なるほど、無念な気持ちで切腹させられる気持ちが伝わってくるようです。
国語としての意味ですが、「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」 の我はまたの「また」は何なのでしょうか?

お礼日時:2004/01/22 11:10

「このやさしい春風が、私を美しく桜の花のように散ろう散ろうと誘うのだが、私はやり残したことがあるのだ。

この若い身空で、あの世へ旅立つことをどのように伝えたら
いいのだ」

ごめんなさい。下記のアドレスが間違えで行けないようでしたので。
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この回答へのお礼

さっそくありがとうございました。
なるほど、無念な気持ちで切腹させられる気持ちが伝わってくるようです。
国語としての意味ですが、「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」 の我はまたの「また」は何なのでしょうか?

お礼日時:2004/01/22 11:09

ここの解釈がわかりやすいと思いますがどうですか?

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Q浅野内匠頭の辞世の句について

ずっと
「風誘う花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん」
だと思ってたのですが,今放送中のテレビで「いかにとかせん」と言ってたんです。
テレビ局が嘘を放送する事も無いでしょうし,実際どうなんでしょうか?

Aベストアンサー

No.2です。再度お邪魔します。
これを言ったら身も蓋もないかもしれませんが、実はこの辞世自体、後世の創作という説もあります。
詳しくは↓をご覧ください。

http://homepage1.nifty.com/longivy/index.htm

「多門筆記」はあくまでも多門伝八郎の個人的なメモに過ぎません。また伝八郎自身が浅野内匠頭に同情して幕府の不条理な処置に憤りを感じたのは事実かもしれませんが、書いた本人があまりにも反骨の士として美化されていて、信憑性がないというのが、後世の創作と疑われる理由だと思います。

参考URL:http://homepage1.nifty.com/longivy/index.htm

Q浅野内匠頭の辞世の解釈

浅野内匠頭の辞世(とされている)
「風さそふ花よりも猶我ハまた 春の名残をいかにとかせん」

下の句については、「春の名残をいかにとやせん」とする説もあります。
「いかにとかせん」と「いかにとやせん」とでは、解釈にどのような違いが生じるのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

疑問を表す係助詞「や」と「か」は、厳密には働きが違い、「や」は述語への疑問、「か」は主語への疑問です。

女や来る・・・女が来るのか?
女か来る・・・来るのは女か?

だから、「誰か来る」は、来るのがだれかわからないので「誰や来る」にはなりませんし、
「誰やある」は、だれかはそのあたりに控えているはずなので、「いるかどうか」が疑問なのです。

主語は「我」。「今死んでいく私は、春の名残を、どのように惜しもうか(私にはそんなすべはない)」と、述語への疑問なので、「いかにとやせん」です。

「いかにとかせん」なら、「どうにかしようとしているのは私なのか」と、わけのわからない歌になり、「いや、あんたしかおらんやろ」というつっこみ待ちになります

Q浅野内匠頭の辞世の句の意味

風さそう
花よりもなお
われはまた
春の名残を
いかにとかせん

この歌の訳を教えていただきたいのですが・・。

Aベストアンサー

風に誘われて散る花も名残り惜しいだろうが、それよりもなお春の名残が惜しい私は、いったいどうすれば良いのだろうか。

浅野内匠頭の無念の思いを託した歌ですね。

Q桜を詠んだ短歌・俳句を教えて下さい。

いい季節ですね。
桜を詠んだ短歌・俳句はたくさんありますが
古典として有名なもの、また皆さんのお気に入りなどを教えてください。
超有名な歌でも 結構うろ覚えだったりしますので、ぜひこの機会にちゃんと覚えたいのです。よろしく。。。

Aベストアンサー

情景の美しさでは次の2つが気に入っています。

  ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ (紀友則)
  山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

西行には花の歌が山ほどありますが,このちょっと皮肉な歌が好きです。

  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにぞありける

参考URL:http://www.wombat.or.jp/arumukos/unnk/unncssry/prl.html

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

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Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
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PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
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Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

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Q人を恋うるの歌 の意味

愚問かもしれませんが、与謝野鉄幹の「人を恋うるの歌」の意味を教えてください。何となくは理解できるのですが、何をいわんとしているのか少々つかみかねます。今風に訳していただけるとありがたいのですが。よろしくお願いします。

妻をめとらば才たけて みめうるわしく情(なさけ)ある 友をえらばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分の熱

恋のいのちをたずぬれば 名を惜しむかな男(お)の子ゆえ 友の情をたずぬれば 義のあるところ火をも踏む

われにダンテの奇才(きさい)なく バイロン ハイネの熱なきも 石をいだきて野にうたう 芭蕉(ばしょう)のさびをよろこばん

Aベストアンサー

yamashiroさん、こんにちは。
人を恋うる歌のページがありました。
16番まであるみたいですね。

http://homepage2.nifty.com/duarbo/versoj/v-senzenkayou/hitowokouru.htm

>妻をめとらば才たけて みめうるわしく情(なさけ)ある 友をえらばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分の熱

例えば、この詩でしたら、
「妻をめとるとすれば(嫁さんをもらうなら)才たけて(才能があって、賢くって)みめうるわしく(美人で、見かけがよくって)情けある(人情に厚い)タイプがいい。
友を選ばば(友達を作るとしたら)書を読みて(読書をするような人で)六分の侠気と四分の熱があるタイプがいい(6割くらい義理人情を重んずる心を持っていて、あとの4割は情熱があるような、そんなタイプ)

・・・と言ってるのではないでしょうか。

われにダンテの奇才なく バイロン ハイネの熱なきも、
というところは、
「僕にはダンテのような奇特な才能もないし、バイロンやハイネのような情熱だってないけれども・・・」
という意味だと思います。
ご参考になればうれしいです。じっくり鑑賞してください。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/duarbo/versoj/v-senzenkayou/hitowokouru.htm

yamashiroさん、こんにちは。
人を恋うる歌のページがありました。
16番まであるみたいですね。

http://homepage2.nifty.com/duarbo/versoj/v-senzenkayou/hitowokouru.htm

>妻をめとらば才たけて みめうるわしく情(なさけ)ある 友をえらばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分の熱

例えば、この詩でしたら、
「妻をめとるとすれば(嫁さんをもらうなら)才たけて(才能があって、賢くって)みめうるわしく(美人で、見かけがよくって)情けある(人情に厚い)タイプがいい...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q浅野内匠頭の辞世の解釈

こんばんは。今日は義士祭でしたが、歴史でお尋ねするよりも文学がいいと思い、こちらでお尋ねします。

私はずっと浅野内匠頭の辞世は
「風さそふ 花よりもなお われはまた
  春の名残を いかにとかせむ」
と思っていました。
ところが最後の句が
 「いかにとやせむ」
という辞世もあると知り、さらに漢字だと
「いかに解かせむ」と「いかに問やせむ」
らしいのですが、こうなると意味は全く違ってくるのでしょうか。

※私はなんとなく「散っていく花よりも、自分は春の名残をどうしようか」という意味かなあと思っていたんです。
(馬鹿ですみません!)
できればこのような馬鹿な私に、大意を教えていただければありがたいです。

Aベストアンサー

こんにちは。奇しくも赤穂浪士の討ち入りの日、捕まったのは、吉良ならぬフセインでしたね。(^^:
私は、「……いかにとやせむ」だと思っていました。
(「いかにせむ」=どうしようか)
「風に吹かれて散ってしまう花も名残惜しいけれど、私の気持ちは、もっと名残惜しい、無念だ、この思いをどうしようか、どう伝えようか……」と(半ば大石内蔵助らに宛てて)言ったところではないのでしょうか?
違ってたら、ごめんなさいね。

Q「海ゆかば」の意味は?

海ゆかば水漬く屍

山ゆかば草むす屍

大君の邊にこそ死なめ

かえりみはせじ


という軍歌?の意味やどんなときによくうたわれたのかなどおしえてください。

Aベストアンサー

歌詞は万葉集から採られたもので、以下が歌詞の意味です。

海で戦って死ねば、死体は海水に浸かって浮かぶだろう。
山で戦って死ねば、打ち捨てられた死体は草に覆われるだろう。
天皇のおそばで死ぬのだから、決して後悔はしないぞ

太平洋戦争前、日本政府によって国民精神強調週間が制定された際、そのテーマ曲としてNHKが信時潔氏に依頼して作られた曲で、出征兵士を送る歌として歌われました。本来は国民の戦闘意欲を昂揚させるために作られた曲ですが、太平洋戦争末期の大本営による戦地玉砕のラジオ発表の際に、テーマ音楽として用いられたことで国民に強く印象付けられたようです。


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