No.9
- 回答日時:
当時の日記などがすべてで、またその例はすでに出ているようですから、少し見方を変えてみましょう。
『神皇正統記』という書物をご存知でしょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%9A%87% …
南朝の重鎮である北畠親房により記された、天皇の歴史とそれに伴う過去の政治形態を論述し、南朝の正統性や君主のあるべき姿を説いた、中世を代表する史論です。
『神皇正統記』「人」には、平清盛についても論述されております。一部抜粋してみましょうか?
「これより清盛天下の権をほしきままにして、ほどなく太政大臣にあがり、其子大臣大将になり、あまさえ兄弟左右の大将にてならべりき〈この御門の御世のことならぬもあり。つゐでにしるしのす〉天下の諸国は半すぐるまで家領となし、官位は多く一門家僕にふさげたり。王家の権さらになきがごとくになりぬ」
こんな具合です。ですから平安期の日記類などにも「王家」や「王氏」などの記述が見えることは、直ちに不遜不敬な言葉ではなかったのでしょう。現に、時代は下りますが「大日本は神国なり」といってはばからない北畠親房にして「王家」と表現しているのですから。
No.8
- 回答日時:
結論としては2に近いです。
当時は「王家」と呼んでいなかったが、当時の言葉では適切な呼び方がないため「王家」をいう呼び方を使用している。
当時の最高権力者は、治天の君であり、天皇ではありませんでした。そのため、現代でいう皇室を指す言葉として「天皇家」は適切ではなく、学術上、治天の君、他の上皇や親王・宮・女院も含めた家を表す言葉をつくる必要がありました。そこで考案されたのが「王家」です。ここのでの「王」とは「王権」に由来しており、べつに皇帝より低いことを示す意味である「王」ではありません。
「王家」という用語は数十年前からあり、学者の間ではとっくに定着しています。このような経緯でできたことばですので、どこかのろくに調べもしないでかみついた無学な議員さんのいうような批判はまとはずれもいいところです。
まあ、NHKもドラマの冒頭などで補足説明を入れていたら、イデオロギーのかたまりのような人々からとんちんかんな批判をされなかったでしょうが。
No.7
- 回答日時:
#6 に関して
出典は続日本紀20巻ですね。NHKが「王家」を用いたときに、けしからんと騒いだ方たちが論拠にしています
http://www013.upp.so-net.ne.jp/wata/rikkokusi/sy …
確かに一カ所だけあります。しかし続日本紀を通じてこの場所だけ、それも一回だけでして、その後の用例は江戸時代にしかありません。
しかも原本は失われています。残っているのは写本ばかりです。その写本もさかのぼっても鎌倉時代。写本の中に一回だけ用例があるからといって、「だから皇室と呼んでいた」というのはちょっと強引すぎます
回答者の引用もここからと思われます
http://oncon.seesaa.net/article/251014127.html
まあこんな議論もどうぞ
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/132 …
この回答への補足
ありがとうございます。
奥野高広氏の説
・朝家、いっぱいあるよ。
・皇家、神皇正統記とかにあるよ。晋書に出典があって、続日本紀にもあるから中世ずっと使われてたよ。
・皇室、続日本紀にも幕末の近世紀聞にもあるよ。
・「皇家や朝家とか皇室は同意語であり、中世では並行して使用されていた事実は明らかである。」
「朝家」「皇家」「皇室」は使用されていた可能性があるとして
「王家」はどうなんでしょうか?
より古い時代には「大王(オオキミ)」の称号がありましたが、その名残で「王家」の称号が存在していたのでしょうか?
No.5
- 回答日時:
平家の直系でもなければ、安倍晴明の子孫でもない者を天皇や王家と呼びません。
また、平家直系が絶えた今現在、天皇家と呼べるのは安倍晴明の末裔のみです。
初代安倍晴明は、約24歳の若さで死亡しました。
また、初代は未婚、独身、無名でもあり、皆さんが知識として御存知のお方は「二人目」になります。
二人目安倍晴明は、ニニギの生まれ変わりです。
結論として、「3.「王家」と呼ぶのは誤り」ですが、回答の意味が異なります。
今現在、天皇家を名乗るのは、在日コリアンです。
皆さんが理解するのに約22年先になります。
朝鮮半島を火の海にしたくなるほど怒り狂いますので、あしからず。
No.4
- 回答日時:
>劇中、天皇家を王家と呼んでいて話題となっていました。
色々と、話題になりましたね。
>結論として、どれでしょうか。
どれも、確固たる確証はありませんね。
当時の公家・寺社の日記では「王家」「王氏」と、皇室を呼んでいます。
「皇室」「皇族」「天皇家」という名称は、明治維新以後に誕生しているようですからね。
また、「上皇」「法皇」という称号は色々な文献に出てきます。
唯一「天皇称号」が出てくるのは、体外的な文書だけです。
当時の中国皇帝に対して、対等な立場として「天皇」を用いた様です。
「日本王」と称すれば、日本は朝鮮と同じく「中国の属国・植民地」と看做されます。
※歴代中国皇帝は、支配下にあった周辺諸国の国王を任命していました。
※朝鮮国王は、1895年まで中国皇帝が任命しています。
中国との関係が薄れてからは、対外的に天皇称号を用いる必要は無くなりました。
「天皇」号は平安中期の村上天皇を最後に、対外関係に緊張が高まる江戸後期の光格天皇で復活するまで使われませんね。
代りに、「主上」「今上」「当今(とうぎん)」「帝」「今上帝」「当今帝」などと呼ばれています。
足利尊氏の時代も、「(後醍醐)帝に弓を引いた」との記載です。
決して、「(後醍醐)天皇に弓を引いた」ではありません。この言葉は、明治政府が最初に用いたに過ぎません。
今度の大河ドラマも、あまりにも歴史公証に忠実にし過ぎたのが視聴率低下の理由の一つでしよう。
太閤記の「猿」も、史実ではありません。史実では「ハリネズミ」です。^^;
もう少し「伝承」を加えた方が、視聴率UPに結びつくかも?
No.3
- 回答日時:
1.2についてはきちんとした史料がありません。
しかし、歴史学の中では王権と呼ぶのはごく普通のことです。天皇制、天皇家とか皇室という概念=語句は近代(明治以降)になって作られたものです。天皇についても当時は「○○天皇」呼ぶことはありませんでした。何しろ「○○」の部分は死後に漬けられるのはご存じのことと思います。
なので天皇とは呼ばず「帝」あるいは「お上」と呼ばれていたはずです。源氏物語などでそれはわかります。
従って当時「皇室」とか「天皇家」という呼び方はしておりません。史料にもないんです。それを現代の我々がどのように呼ぶかはもう便宜的なものになっています。
なので近代的な概念を過去の歴史の中に持ち込まず、便宜的に「王家」という概念を用いるのは今日の学問レベルではほとんど了解事項です。将来は変わるかもしれません。
質問に簡潔に答えれば・・天皇家とも王家とも呼ばれていなかった、が正解でしょう。我々は○○家と呼ぶのに慣れていますけどね。「平家という呼び方はしているじゃないか」というのは鋭いんですが「源家」という語句はありません。
下記のブログも面白いものです
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1201/13/n …
No.2
- 回答日時:
皇族 天皇家です
王家とは呼んでいません
大河はあくまで脚色しています 特に今年のはひどすぎますね 笑
豊臣秀吉が呼ばれてもいないサルというあだ名をつけられたのもテレビのせいですし
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