はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

前後文を指すとき、「この」と「その」どいらを使うかよく迷います。

たとえば、前文Aを言及した、後でまた出たら、「そのA」ですか、「このA」ですか。

これから言おうとする話題は「この」ですか?

お願いします。

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A 回答 (5件)

    #1です。

補足です。

>>1は2と似ていると思いますが。

    おっしゃる通りです。僕の言葉たらずでしたが1は所有権、2はその延長の視点の相違、と言うつもりでした。例えば

    「その子がこの子をいじめました」という発話があるとします。

    1の場合は、「あなたの子が、私の子をいじめた」という二人の親の対立の会話として可能です。
    2の場合は、どちらとも関係のない第3者が、例えば警官にしている事情の説明で、話者の視点は、いじめられた方に近く、いじめた子は遠くに置いた発言、と言う可能性があります。

    で両者が「似ている」のは、2が1の延長だから自然だと思います。

    
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この回答へのお礼

なるほど、こうして説明すれば、よくわかりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/12 18:00

正直私も自信ありませんが。


私は、白いボールを手でつかみました、「その」手は泥で薄汚れていました。
この場合は、「その」であり、「この」はおかしいですね。
言葉では無く、文章ですね。
上の例の通り「この」は極自然に使いました。
此の・此処、その(彼の)・そこ(彼こ)とも表現します。
此処はこちら側、そこはそちら側ですね。
文章を書いている本人から見てそちら側?、読んでいる人側?。
「その」は使いようが無いような気もしますが、
少なくとも、書いている人が主人公、書いている文章も、指し示す文章もこの書物(原稿のな中ですね)、
そこで「その」と言ってしまったら、どうでしょう・・・・・此処にはないもの(文章)を指し示します。
先の例の様に、言葉を指す時は、述語で文章が完結した後は「その」が適当、記述中の文章には無い(前の文章にある言葉)。
とりあえず、私自身の結論、言葉指す場合は「その」、但し同じ文章内では修飾文ですませることができる。
文章全体を指す時は直前ならば「この」、「その」は使用しない、必要な場合は臨機応変になるが「先に述べた・・・○○」等を使用する。
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文章の内容にもよりますが、直前ならば「この」で差し支えないが、またはその後の文章に時間経過が無いまたは感じない内容なら「この」でも可能か?、「その」の使用は、文章自体の構文を変えるか、自然科学系の説明文等、以後に指し示す必要があるときは目印をつけるとか・・・・。


具体的には、その後の文?が主語(目的語)述語、で完結した文なのか、助詞でつながる一種の修飾?文なのかにより異なります。
文学作品の文章についてはこの限りではありません。
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この回答へのお礼

なんだか難しそうです。とりあえずありがとうございます。

お礼日時:2013/03/10 15:04

「この」「その」「あの」は距離の違いによる使い分けです。

「この」は近称、「その」は中称、「あの」は遠称。したがって、直前・直後の文の内容を指し示したいときは「この」を使うのが相当だと考えます。
「その」は「この」よりも少し遠くのものを指すことになるわけですが、こうした指示語を多用すると結局何を指し示すのか不明瞭となりやすく、特に直前・直後でない場合にこの問題が生じやすいと思われます。(と書きつつ自分も平然と使用しているわけですが・・・)
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この回答へのお礼

多用するのは確かわからなくなります。
気をつけます。
ありがとうございます。

お礼日時:2013/03/10 15:23

    これを決める基準は、2種あります。



1。「こ」れは、私関係、「そ」れは、相手関係。

2。問題の「ことがら」を自分のものと見るか、相手のものと見るか。

   例えば「昔々あるところにお爺さんとお婆さんがありました」という前文があり、次に「このお爺さんは」と続ければ、話者の影響範囲にあると話者が見なしていることを示していると思います。

   「そのお爺さんは」と続けることも出来、その場合は「今私が紹介して中立の場所に置いた、お爺さんは」という含みで、相手の領域にもあることを示しているように思います。

    そんなことから誰かがある問題を話題にする、甲さんが「その問題」といえば「私の知ったことじゃない」と暗に言っており、「この問題」(私たちみんなの)と言う乙さんのスタンスとの差が感じられるように思います。

    ですから「この」も「その」も正しく、視点と言うか同感の度合いで決まるように思います。
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この回答へのお礼

2の説明がわかりました。
1は2と似ていると思いますが。
助かりました。

お礼日時:2013/03/10 15:06

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Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q「あの時」と「その時」の違いはどこですか。教えていただけませんか。

「あの時」と「その時」の違いはどこですか。

例文を作っていただけませんか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「あの時」は過去を思い出して、特定の時に起きたことを示します。将来のことには使いません。

例: あの時に「雨が降るかもしれない」とわかっていたのに、友達に傘をもたせなかった。

「その時」は過去や将来に関係なく、なにかが起きるタイミングを示します。

例: もし、私が事故にあったら、その時には持病があるので、主治医の○○病院の△先生にも連絡が入るように救急隊員に伝えてください。

Q「思う」と「思われる」の違い

疑問に思うことがあるのですが、
自分の意見を言う時にも「思われます」を使う場合がありますよね。
例えば
「今後について一度真剣に考えてみる必要があると思われます。」
と言うように。

この場合の「思われます。」にはどんな働きがありますか。
普通に「思います。」と言った時とどう違いますか。

よろしくお願いします。

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「れる」「られる」には、受け身、可能、尊敬以外に、もう一つ大変重要な用法として、自発というのがあります。質問者さんの例は、まさに自発の「思われる」です。その意味は、自分で意識してそう考えようとしているわけではないのに、自然にそうなってしまう、と言う意味です。

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ところが、残念なことに、近年になって、何でも西洋のことが優れていると思うような人が増えてきて、「れる」「られる」の用法の中から、自発の用法が消えかかって来ているとのことです。自分たちの折角持っている、この世界の見方の独特な自由度を減らしてしまうのは、もったいないと思います。質問者さんは、是非この日本人の優れた用法を意識して、世界に誇るべき日本人の財産をなくさないようにしてほしいです。

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Q「ものとする」 「こと」 「こととする」は?

よく法律などに見られるが、文の最後に「ものとする」、「こと」などがつけられています。

「ものとする」などがなくても、文が成立できるので、どうしてわざわざ付け加えますか。

「ものとする」 「こと」 「こととする」の意味をお願いします。

Aベストアンサー

どちらも法律用語で、
【ものとする】は、法律や規則の条文において動詞を受けて、~~と、規定する(ものとする)。と、勿体つけます。
【こととする】は、とりわけて一つのことに専念する。仕事とする。もっぱらにするなどの言葉に着けて強調します。

お役人仕事の典型の一つで、ややこしくして意味不明や、曖昧模糊を意図的に行う文法の一つです。
無くてもいいのに、くっ付けるのは、権威を保つための保身の術でもあります。

そのくせ、肝心なのは抜けています。今回の大震災を憲法では想定していなかったから、収拾できる条文がどこにもないのです。欠陥憲法です。

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q文章中で「又は」を使う場合の句読点の位置?

文章中に又はと使う場合があると思うのですが又はの前にてん、を付けるのか又は、と表記するのか?教えて下さい!

Aベストアンサー

「又は」の前後に句読点を付けるとすれば、前に付ける方がいいと思います。
「電車にしようか、又はバスにしようか…」の要領ですね。
しかし、必ずしもその前後に付けなければいけないというものでもないと思います。
任意的なものと考えてよろしいかと思います。

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q「あの日」と「その日」の違い

1)私は事故に遭いました。その日以来、私の生活は一変しました。
2)私は事故に遭いました。あの日以来、私の生活は一変しました。

上の文の「その日」と「あの日」の使い分けが良く分かりません。
意味はそんなに違いはないと思うのですが。
何か違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

明確な根拠があるとは言いがたいのですが・・・
たぶん、こういうことかと。
かなり感覚的なお話になります、拙い言葉で分かっていただけるといいのですが。

1と2の例文が挙がっていますが、一つの候補として、
「この日以来、私の生活は・・・」
もありえると思うのですよね。
そう考えると、「こそあど」の原理から言って、
「この日以来」の立ち位置は、事故の当日。
事故に遭った当日を起点として、そこに立ってものを言っています。
事故当日から、順当に未来に向って話を進めていく、という、時間の流れに従った話法、叙述法において有効な表現だと思います。

「あの日以来」の立ち位置は、現在。
事故に遭った日から既に何ヶ月か何年か何十年かが経過した現在から思い起こして、事故当日以来の日々に思いを馳せる、回想する、という、時間の流れに対して、一旦、逆行してから、改めて時間の不可逆性に添うという感覚の話法、叙述の手法であり、きわめて文学的な表現であるということができると思います。

そうすると、中称の「その日以来」は、「この日以来」と「あの日以来」の中間的用法でしょうか。
「その」の指示内容は明確に事故に遭ったことを指しているのですが、話し手の立ち位置は、あくまで現在なんですよね。

ただ、遠称でぼかした「あの日」よりも、「その日」は指示内容が明確、ぼやけた線がないようなニュアンスがあります。
くっきりと切り取られた事故当日、その日、という感じ。
感情を差し挟む余地の少ない、理性的な文体に合う表現のように思うのです。
「あの日」と、遠い日を思い起こすような回想的表現のほうが、感慨深さとか、感情のこもり方とかが、多分に情感的、叙情的。

ですから、日常的に用いる表現とすれば、「その日」のほうが分かりやすく意味明確で誰にでもストレートに伝わる表現でしょうが、文章に書き起こしたり、小説文であるとか、ドラマティックに盛り上げたい感じの独白とかだと、「あの日」のほうが思い入れたっぷりな情感がにじみ出るという、そういう差異があると思うのです。

なお、もし、質問者様が外国の方で、そのようなあいまい微妙なニュアンスのことをお聞きになりたいのではなく、日本語としてどっちのほうが適切な表現なのかとか、どっちが伝わりやすい言い方なのかとか、どっちが正しくどっちが間違っているのかとか、そういう向きの質問なのでしたら、上記の回答はほとんど意味がありません。
どっちもそう変わらないよ、どっちでも通じるし、どっちも正しい、と申し上げるのが妥当だと思います。

明確な根拠があるとは言いがたいのですが・・・
たぶん、こういうことかと。
かなり感覚的なお話になります、拙い言葉で分かっていただけるといいのですが。

1と2の例文が挙がっていますが、一つの候補として、
「この日以来、私の生活は・・・」
もありえると思うのですよね。
そう考えると、「こそあど」の原理から言って、
「この日以来」の立ち位置は、事故の当日。
事故に遭った当日を起点として、そこに立ってものを言っています。
事故当日から、順当に未来に向って話を進めていく、という、...続きを読む

Q「~になる」と「~となる」の使い分け

複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
「計算の結果予算は○○円になりました。」
「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q「ご馳走になりました」と「ご馳走さまでした」の違い

日本語を勉強中の中国人です。「ご馳走になりました」と「ご馳走さまでした」の違いがよくわからないのですが、どなたか教えていただけませんか。日本の方はこの二つの表現をどのように使い分けていらっしゃいますか。

また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

食卓で食事を終えて箸を置き、「ご馳走様でした」という。
これは無事食事を終え、命をつなぐことができたことへの感謝を口に出したものです。
だから、一人で食事をした場合でも、「ご馳走様でした」ということはあります。
自宅で、家族で食事をしていた場合は、その食事を用意(調理など)した人と、その食事を用意するために必要だったお金を稼いできた人に対する感謝も含みます。

飲食店で、食事を終えて店を出るときに、「緒馳走様(でした)」と、料理人(姿が見えていれば)や店員に声をかけることもあります。
合理的に考えると、自分はお金を払っている客だからそんなことを言う必要はない、ということになりますが、料理を作り、もてなしをしてくれたことに対して、自分は満足しましたよ、ありがとう、という気持ちを言葉に出します。
もちろん、料理がおいしくなかったり、店員の態度が悪かったりしたら、そんなことは言いません。

職場で上司が、「今日は私がご馳走する(=支払いをする)から、一緒に食事に行こう。」と誘ってきたら、「ご馳走になります。」と答えます。これは、「一緒に行きます。支払いはお任せします。」という意味です。
食事を終えて、会計を済ませた(その上司が支払った)後で、「ご馳走になりました。」とお礼をいいます。

上司や伯父など、目上の人の家に招かれて食事をしたとき、食卓では「ご馳走様でした。」といいます。
ホスト・ホステスに対して、感謝の意もありますが、自分は食事を終えました、と伝える意味合いが強いと思います。
食卓上を片付けて、デザートを出すとか、お茶を出すとかしてもいいですよ、ということになります。
その家を辞するときに「今日は、ご馳走になりました。」といいます。ここで改めてもてなしに対して感謝の意を示すのです。
食事を終えて食卓で、「ご馳走になりました。」ということもありますが、「それでは(=食事は終えたので)、これで帰ります。」というようなニュアンスが漂ってしまうような気がします。
食事をした場所(食堂)から他の部屋に移動するならそれでもいいでしょう。

帰宅後に、家人に「食事(夕食)はどうしますか?(=食べますか?)」あるいは「食事はどうしましたか?」と尋ねたれたら、「○○さんに、ご馳走になりました。」と答えます。
これは、家人が○○さんを知っており、そのことを知っておいてもらう必要がある場合です。
そうではない、自分で支払った食事や、家人に内緒の相手との食事だったら、ただ「(外で)済ませてきました。」と答えます。

翌日、その上司にあったら、「昨日(昨夜)は、ご馳走様でした。」と再度、礼をいいます。
ここで「昨日は、ご馳走になりました。」というのも間違いではありませんが、私は違和感があります。
明確にどのように誤りなのかは指摘できないのですが、「ご馳走様でした。」のほうが自然だと感じます。

自分と相手との関係によってではなく、場面や時によって使い分けられていると思います。
ほとんどの場合は、「ご馳走様でした。」でよいと思います。
「ご馳走になりました。」でなければならないのは、上記の例のように、相手にではなく相手以外の第三者に答える場合だけであると思います。
他の例では、「ご馳走になりました」を「ご馳走様でした」に置き換えても違和感はありません。

強いて言えば、「ご馳走様でした」は食事の終了、「ご馳走になりました」は食事を含めたもてなし全体の完了を意味するように思います。
訪問先を辞去するときに、「ご馳走になりました」といえば、「私は帰ります。」の意を含むし、食事会を終えて店を出て、上司に「ご馳走になりました」といえば、「ここで一旦解散。」の意を含んで、帰宅する人あり、別の店に行く人あり、ということになります。

「ご馳走様でした」はそれだけで充分に丁寧な表現だと思います。

食卓で食事を終えて箸を置き、「ご馳走様でした」という。
これは無事食事を終え、命をつなぐことができたことへの感謝を口に出したものです。
だから、一人で食事をした場合でも、「ご馳走様でした」ということはあります。
自宅で、家族で食事をしていた場合は、その食事を用意(調理など)した人と、その食事を用意するために必要だったお金を稼いできた人に対する感謝も含みます。

飲食店で、食事を終えて店を出るときに、「緒馳走様(でした)」と、料理人(姿が見えていれば)や店員に声をかけることもあり...続きを読む


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