「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

戦国時代のマイナーだが面白い合戦を教えてください。
兵数が少ない戦い(兵1000VS兵500)とか奇襲戦とか小さな城だが長い間持ちこたえた、などです。
よろしければ回答お願いします。

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A 回答 (6件)

そりゃもうダンチで面白いのは「長谷堂城の戦い」ですよ。


迫りくる精鋭上杉軍、必死で守る最上義光、見殺しにする伊達政宗と役者も揃っています。この戦いが永遠にマイナーなのは、戦国武将で屈指の人気を誇る伊達政宗が悪役(この戦いで最上が滅亡すればラッキーと思っていた)であるからに他なりません。

小さい城で持ちこたえたなら、「九戸政実の乱」ですな。ドラマチックで選ぶなら「岩屋城の戦い」です。700の城兵で5万の島津軍と戦ったんですからね。最終的には玉砕したのですが、岩屋城攻略に手間取ったため島津の九州統一は阻まれてしまいました。
ところでNHKは直江兼続とか黒田官兵衛とかを大河でやるならいつになったら立花宗茂をやるんだろう。黒田官兵衛より立花宗茂のほうが絶対面白いのに。

本当は結構面白いのに知られてないのは「三増峠の合戦」。武田信玄の戦歴の中でも実は1、2を争う大ピンチでした。北条軍を腹背に受け、挟撃される可能性があったのです。この戦いの実に惜しいところは、北条軍が逃げの機動を行ったことにより敗北したことです。

キャンペーン(戦役)としての面白さなら、伊達政宗の大崎一揆の敗北から郡山の合戦に至るまでの伊達包囲網の戦いは結構面白いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

長谷堂城の戦いとかはよく知らなかったのですが、とても面白いですね^^
九戸の乱や岩屋城の戦いなども…

お礼日時:2013/11/26 22:20

伊予国の鹿島城合戦です。


小さな島にある海城ですが、毛利氏の水軍が火矢や鉄砲、大砲を打ち込んでも攻略できなかった戦いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

鹿島城合戦ですか
知らなかったです
城がよかったのか武将の戦略がよかったのかはたまた両方か…
勉強になりました^^

お礼日時:2013/11/27 22:39

私的に関心のある丹後田辺(今の舞鶴市)の小城で、500の手勢をもって1万5千の敵に包囲されながら2ヶ月間耐え、時の天皇の講和を受け入れた「細川藤孝(幽斎玄旨): 細川忠興、熊本藩主でガラシャ夫人夫婦の父親」の篭城戦「田辺城の戦い」を思い出しました。

細川幽斎は複雑怪奇な戦国の世をその非凡な才覚で室町政府からのぶながひでよしいえやすと主君を変換えつつたくみに乗り切って次代へリレーしたしたたかな武将ですが、この篭城戦を乗り切ったことをみれば一流の武将だったことはたしかです。
この戦いは当時古今集注釈などで学者としても高名だった幽斎にちなんで「古今伝授」の故事として知る人ぞ知るおはなしです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

細川幽斎ってすごい方なのですね^^
剣豪っていうイメージが強いのですが、歌道などにも優れていたのですね^^
勉強になりました。

お礼日時:2013/11/26 22:29

やはり川越の夜襲です



北条氏康VS扇谷(おおぎかやつ)・山内上杉連合軍による戦いです
北条氏康が3倍の大軍だった上杉軍を夜襲に次ぐ夜襲で撃破した戦いです
それまで女々しい姫若子と呼ばれていた氏康がこの戦いで一躍勇者として名声を轟かせ
戦国三強と呼ばれる武将にまでなった発端の戦いです
その戦法は太平洋戦争で旧海軍が真似たほどです


第二次上田合戦

関ヶ原へ向かう徳川秀忠軍3万を上田城に籠る真田昌幸・幸村親子が約1500の兵で半月食い止めた戦いです
徳川は親子で真田に負けてますね(第一次上田合戦では家康が真田父子に敗れています)
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

川越合戦の夜襲はすごいですね^^
三大夜襲の一つだとか…

真田は徳川に強いですよね^^
二回の上田合戦に大阪の陣など…

改めてすごいと感じました

お礼日時:2013/11/26 22:32

よくは知らない分野ですが、偶然知ったのが「厳島の戦い」



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%B3%E5%B3%B6% …


読み返してみたが、合戦自体はそれほど面白くないかもしれない。
もしかしたら有名かも?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

やっぱり毛利元就は策略家ですね~
完璧に作戦勝ちですね^^
それに応えた兵もすごいですが…
まだ戦国時代も初期のころでしたよね

お礼日時:2013/11/26 22:36

99gaku さん、こんばんわ。



ちょっと規模が大きいですが、河越城攻防戦はいかがでしょうか?比較的有名な戦いです。北条氏康と扇ガ谷、山内両上杉家との戦いです。日本三大奇襲船の一つといわれます。
数の劣る北条軍が夜襲で勝利するという結果で氏康の声望を確固のものにしました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E8%B6%8A% …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

奇襲って勇気いると思いますが、勝つにはそれしかなかったんでしょうかね~
すごい戦いですね^^
やっぱり氏康はすごい!

お礼日時:2013/11/26 22:38

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Q戦国時代の戦略戦術

こんにちは。
戦国時代が好きです。大河ドラマではあまり戦略や戦術などについて触れないのであまり面白くないです。有名ドコロ、桶狭間とかはさすがに知っているので大丈夫ですが、戦国時代の戦略戦術、情報収集、謀略のたぐいを知りたいです。縁組などの外向政略、下克上でどうやってのし上がったかも興味あります^o^
ご存知のかたよろしくお願いします

Aベストアンサー

私は上杉謙信をお薦めします。 

彼の生涯戦績は70戦35勝2敗33引き分けという極めて優れたものでした。 その中でも33引き分けに彼の戦さに対する考え方が強く滲み出ています。 

彼は戦さを (1) 情報戦、 (2) 武闘戦と (3) 事後の和睦交渉の三つで考える優れた武将であり、政治家でもありました。 その原則は費用を最少に抑えて(自分の兵を失わないで)、かつ最大の効果を狙う。 費用対効果を考える極めて優れたビジネスマンでありました。

上杉軍の特徴は次の通りです。

(1)兵の総数は八千、そのうち馬に乗った兵の割合が多く、迅速に行動出来た。
(2)本陣が常に最前線に近くにあり、総大将も敵陣深く切り込む姿勢にあった。
(3)総大将を取り囲む親衛隊は総大将謙信の擁護とともに精鋭から成る特殊任務遂行部隊だった。

(4)戦さはいつも謙信側の間合いで火ぶたが切られる。 彼は容易に敵の間合いでは戦いの火ぶたは切らない。 じっと待って、自分の間合いを図り、一気に敵本陣を目指す。 短期決戦で甚大な被害を与え、敵が陣形を立て直して反撃に出る間を与えず、さっと引いて行く。 騎兵の割合が高いので行動力が極めて優れていた。

(5)武闘戦が終ると和睦交渉に入る。 そこに達した時には敵陣に間者を放ち、内部を攪乱していたので極めて有利な交渉が出来た。

(6)情報戦、武闘戦、事後交渉のトータルで戦争を考える近代的なビジネス経営者であった。 だから33引き分けも事後交渉の結果を考慮すると極めて勝利に近いものが多かったのです。 

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