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歴史に「もし」はないですが、ヨーロッパにおいて産業革命、大航海時代およびルネサンスが起きなかったら21世紀の世界はどうなっていたと思いますか?
「もし」を知りたいというより、それらが世界に与えた影響がいかなるものか知りたいのです。

私は、ヨーロッパ以外のどこか、恐らく中国、トルコ、日本のどこかで産業革命が生まれ、中国と日本のどちらかがアメリカ大陸を発見していたと思います。アメリカは黄色人種の国家になっているでしょう。

東洋文明が世界を席巻し、ヨーロッパは今の中東のような立場に置かれているでしょう。
科学技術、軍事技術の水準がどうなるかはよくわかりません。

質問者からの補足コメント

  • もしもはない、と言いますが、中国では産業革命に似たものが起きていたと言われます。
    日本では産業革命が起きることはあり得ないと考える根拠を教えてください。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/03/23 06:27
  • 18世紀までは中国、日本、トルコは西洋との力の差がそれほど開いていなかったので、ヨーロッパで産業革命が起きなければ他の地域で起きていた可能性は十分あると思います。

    ヨーロッパが発展したのは絶対的な力の差があったからではなく、西洋人がチャンスをたまたま掴むことができたからでしょう。アジアは今発展しており、潜在的な力の差は殆どないはずです。

      補足日時:2015/03/23 06:46

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A 回答 (5件)

>18世紀までは中国、日本、トルコは西洋との力の差がそれほど開いていなかったので、ヨーロッパで産業革命が起きなければ他の地域で起きていた可能性は十分あると思います。



16世紀17世紀ぐらいまででは無いですか?

それはそれとして、ポールケネディの著書「大国の興亡」によれば、ヨーロッパが発展したのは
群雄割拠的な状況が永年続いたことと、宗教改革などにより
人々の離合集散が活発だったこと、技術革新や新しい学問に対して規制がなかったこと
などが大きな理由であったと主張されている
それは、敵対国との争いで少しでも優位に立ちたいという必要性から、絶対的な権威を振りかざすよりも様々な可能性排除しないという自由があった


一方で特に中国などでは、鄭和の航海後は一転して皇帝という絶対的な権威を守る必要性もあり、鎖国という超保守的な方針に転換した
そうでなくとも、儒教特有の古いモノ権威のあるモノを優先して、新しいモノを嫌い実力主義を認めないという考え方から、思想や技術の発展が停止してしまった


技術開発するモチベーションとその発展を許容する自由が無ければ、どこかの時点で停滞していたのは確実


その停滞を打破する為の新しい思想とか政治体制でも生まれていればもっと変わった現代があるかも知れないが

少なくとも当時の中国帝国などには無理ではないのか?

かえってトルコといったイスラム圏の方が可能性はあったのかも知れない
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
18世紀は中国の清、日本の徳川幕府ともに全盛期を迎えており、西洋との国力の差は小さかったはずです。

保守的か開放的か、自由度やモチベーションというのは同じ地域でも時代背景によって変わるので、中国が必ずしも常に保守的だったわけでもないです。
中世においては、ヨーロッパよりアラブ社会の方が開放的で自由があったとも言われています。

お礼日時:2015/03/23 19:16

昔、『1421』というタイトルの、中国の鄭和(の部下)が、先にアメリカ大陸に到達していたのではないか、という話の本を読んだことがあります。

(おろらく著者は今でも同様の主張をしていると思います。 http://www.1421exposed.com/)
なかなか面白く読んだ記憶があるのですが、やはり後半はやや失速ぎみで、主張の無理さ加減が表れているような気もしました。
その真偽はさておき、中国にはアメリカ大陸を発見できるだけの条件は持っていたと思います。しかし、あそこの国は自分たちの場所が1番で、周りを征服してやろうとはあまり思わい国のようなのです。だからアメリカ大陸を見つけてたとしても、そこを欲しがるかというと、やや疑問です。(これは日本の、北陸より向こうは何もない土地だから要らないという時代が長かったのと同様でしょうか。)

産業革命などはやや難しく、西洋的であるような気もします。医学などでは違いが大きいですが、西洋医学は悪いところを見つけて排除するという微細な方向に向かうものであるのに対して、東洋医学は全体のバランスを重視するというものであり、現代科学の多くは前者の考えにより発展してきたとも言えるので、例えば火薬などの発見(発明)などを見ても中国は負けてないのですが、その後の発展にはあまり至らなかったのでしょうか。
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予想するのはすごく難しいと思いますが、少なくとも今の時点で封建的な社会が続ていたと思えません。



まず、日本を見た場合、1国内で大航海時代が到来していたようなものでした。日本は樽廻船が日本をぐるっと一周するように巡り、各地の富を金銭に変えて富を築いたからです。
それが一般的になると、今度は米相場、世界で初めての先物取引が始まりましたし、江戸と大坂での為替つまり近代的な銀行システムが開発され、近代的な経済流通の基礎ができていました。明治維新で日本が近代化できたのは、すでに日本国内が近代的な貨幣経済とその仕組みがあったからでもあります。

ペリーの来航がなくても、江戸の末期には貨幣経済と農本主義の矛盾が限界に来ていましたんで、いずれ資本主義的な経済体系に移動していたはずです。
日本が資本主義的な経済に移行し、鎖国をやめ積極的にアジアに進出するようになれば、中国や朝鮮などの封建社会も資本主義的な経済力によって変化を迫られたでしょう。ヨーロッパが世界進出しなくても、いずれアジアやインドあたりが独自に資本主義的な経済システムを開発したでしょう。

産業革命については、それを後押しする資本が必要です。イギリスの産業革命はそれが「富を増やせる」と目を付けた人がいたから発達したわけです。
 上記のように日本やアジアが資本主義的な経済システムを身に着けたとしても、そこに至るには時間がかかるでしょう。大航海時代を「蓄積した資本を使って富を作る」という資本主義の始まりだとすると、産業革命はそこから200年後ですので、アジアで産業革命が起きるのは20世紀になってからの可能性も高くなります。

では、大航海時代が来なかったヨーロッパはどうかというと、それでも資本主義的な動きは継続していたはずです。ただ、人口動態の変化が少なければ地域内で人口を養うことができたはずですので、封建主義から資本主義への移行はゆっくりとしたものだったでしょう。

そうなると、20世紀末ぐらいには西洋・アラブ・インド周辺・東アジアの4ブロック経済圏ができ、お互いに覇権争いをするようになっていたかもしれません。

この場合、アメリカの発見はものすごく遅れるでしょう。アメリカがなぜ新大陸といわれるかというと、ヨーロッパの余剰人口が移住する場所を求めていたからです。これも人口爆発の影響です。

大航海時代がない、ということは人口爆発がない、ということですから、ヨーロッパは周辺の海で満足できますし、アラブやアジアが大陸の向こう側(太平洋側)にわざわざ乗り出す意義はありません。
いずれ経済が沸騰し余裕が出てくれば、月にロケットを飛ばしたように全球探検に乗り出す地域も出てくるでしょう。アラブ圏が早くそれに乗り出せばアメリカはアラブのものだったかもしれません。

さて、時代がもう少し進んでブロック経済が進んだとしましょう。そこで問題になるのがエネルギーです。まず石炭が開発されるのは間違いないでしょう。これによってはじめて蒸気機関が脚光を浴びるようになります。蒸気機関の発明と石炭の開発の因果関係は分かりません。アラブ圏はいきなり石油を使うかもしれませんし、中国は昔から石炭利用(正確にはコークス)を利用していましたので、蒸気機関の利用は中国がもっとも早いかもしれません。

でこれらの技術が確立すると、戦争になるでしょう。より安くより永続的なエネルギーを求めて石炭から石油になり、飛行機が生まれ、原子力が発明されます。その間の数百年間(実際の史実では約200年)は戦争の歴史になっていくでしょう。

そして、どこかに原子爆弾が落とされ、うまくいけば現在のような比較的安定した世界規模の社会が生まれるかもしれませんし、ブロックごとに戦争しあって人類滅亡になるかもしれません。

産業革命が始まるまでは、ヨーロッパというのはあまり豊かであるとはいえませんでした。当時であればアジアやアラブのほうが生活の質は明らかに上であったといえます。
もし、ヨーロッパに大航海時代がなく、産業革命がなければ、ヨーロッパは比較的貧しいままであったでしょう。むしろアラブ地域のほうが経済的にも科学技術にしても優れていましたので、アジアとの競争は激しくなった可能性があります。

また、ヨーロッパ人はアフリカ大陸があったために「逆を回ればインドに早く着く」という発想が必要でした。しかしアジア-インド間は大航海前から一定の航路があり、中国のジャンク船などが動いていましたので、わざわざヨーロッパまで逆回りで行こう、という発想はしなかったでしょう。なにせヨーロッパから持って帰って売れるものはほとんどなかったからです。

ということで、別の方が書いたような「特異点」がどこかに表れない限り、ブロック経済化しながら近代化し、エネルギーの偏在から戦争になるだろう、と予想します。アメリカの発見は相当遅くなるでしょうし、むしろオーストラリアがアジア人の新大陸になるであろうと思います。そうなるとオーストラリアが新大陸、アメリカはほとんど人のいない場所になるかもしれませんし、南アメリカなどはインディオ文化がいまだに盛んであるかもしれません。
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仮想歴史好きの人は、革命的な発想しかしないので。

一匹の猿に火を与えても人にはならない。

歴史ってのは、経験値の積み重ねによる技術的特異点の到達と、相関関係でできているので、
お書きの設定で、中国、トルコ、日本のどこかで産業革命が生まれる可能性はありますが、
地勢的、歴史的に中国と日本のどちらかがアメリカ大陸を発見している目はないと思います。で、大航海時代がないと産業革命もない。
大航海時代がないと、中南米の文明が成熟し、ユーラシアへの進出が可能性として出てくる。そうなると宇宙人襲来のようなもので、現在の歴史のトレースは全くできなくなる。
これが特異点による地象の地平面。地平線の先は到達してもその先の予想はできないのです。

大航海時代や産業革命はそういった経験値の特異点なので、ヨーロッパにおいて産業革命、大航海時代およびルネサンスが起きなかったら、他の文明が違う特異点に到達し、
他の地域で、産業革命、大航海時代およびルネサンスは発生することはないのです。
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この回答へのお礼

ヨーロッパで産業革命が起きなかったら、他の世界でも起きることはないので、世界は今も中世、せいぜい江戸時代の文明水準が続いていたということでいいですか?

また、産業革命や大航海時代は特異点というのであれば、特異点が生まれなかった、つまりヨーロッパで産業革命が起きなかった可能性もありますね。

お礼日時:2015/03/23 08:21

歴史にもしはない!です。


 仮にあったとしても日本で産業革命が起こることはないし、ましてやアメリカ大陸を発見するなどあり得ないです。
この回答への補足あり
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Q何で日本は戦国時代に植民地にされなかったんですか?

大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

すいません、もう一つ。

幕末の黒船来航の時は外圧に負けて開港させられ、不平等条約まで結ばされましたが、他のアジア諸国のように植民地にまではされなかったのはなぜなんですか?

私はまるで歴史ド素人なので恥ずかしい質問ですが、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

>大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

イスパニア(現スペイン)とポルトガルは当時、世界で植民地獲得競争を繰り広げていた。

1539 年には、ポルトガル国王ジョアン三世の要請を受けて、キリスト教イエズス会のF.ザヴィエルらがアジアでの布教を始めた。目的は植民地支配である。最初から武力を行使すると味方に多数の犠牲者が出るので、先ず先兵として宗教者を送り込み、現地の人々の心を支配しておけば、植民地支配が容易になる、という目論見でした。この方法は成功しました。ザヴィエルらは、日本においても布教を行うべく1549年に来日し、布教を始めました。

ザヴィエルらが日本へ来て知ったのは、ほかのアジア諸国の人民に比べて日本の人民は教養が高く、さらに戦が強いことでした。

1467年に始まった応仁の乱以後、日本国内は乱れに乱れ、内乱時代(戦国時代)でした。戦国の時代は、武器の発達が進みます。さらに武士たちの武闘能力も向上し、剣術や砲術の力が向上します。戦国時代の日本は、世界で最強の軍事大国だったという学者もいます。

そうした事情を知ったザヴィエルらキリスト教関係者が、本国の王へ「日本を植民地にするのは非常に困難です」といった報告をしたものと思われます。

織田信長はキリスト教を公認しましたが、豊臣秀吉はキリスト教を禁止し、キリスト教関係者を国外追放しました。イスパニア王フェリペ二世の日本征服の野望を知ったからです。

徳川政権もキリスト教を禁止しました。その上、鎖国しました。西洋人は日本を征服するチャンスを失ったのです。


>幕末の黒船来航の時は外圧に負けて開港させられ、不平等条約まで結ばされましたが、他のアジア諸国のように植民地にまではされなかったのはなぜなんですか?

日本も植民地にされ、列強によって分割される危険がありました。それを避けられたのは、

(1)人民の教養が高かったから。西洋の外交官は、江戸の町の本屋の店頭で、女や子供が立ち読みするのを見て、日本は植民地にすることはできないとあきらめました。多くの人が文章を読めたのです。(日本よりも西洋の方が文盲率が高かった。)

(1)武士階級が支配していたからです。清(中国)は科挙に合格した文官が支配する国でした。西洋列強の手が隣国に及んできても危険を感じませんでした。しかし日本の支配層は武官(武士)ですから、清が英国との戦争で負けて香港を割譲したことを知り、さっそく日本もやばいぞと危機感を抱きました。武士の仕事は戦争ですから、国の危機には敏感なのです。

(2)徳川幕府の外交が巧みだったからです。大政奉還と王政復古の直後の慶応3年12月16日(1868年1月10日)、15代将軍徳川慶喜が大坂城に6カ国の公使を招いて接見し、「朝廷は王政復古を宣言したが、朝廷側に内部事情があり、依然として徳川幕府が主権者である」と説明し、政権承認の確認を求め、さらに内政不干渉を約束させました。欧米諸国の目にも、この段階では、三職をトップとする新政府の実力は甚だ脆弱であり、国際社会の承認に値する政権とは見えなかったはずです。しかし徳川慶喜が各国に内政不干渉の約束を取り付けた結果、その後の内戦(戊辰戦争)では外国の介入を招きませんでした。慶喜の側近に国際法を理解していた人材が豊富だったからこその成果と言えます。徳川幕府の大手柄と思います。

>大航海時代(日本では戦国乱世の時代あたりですよね?)、何で日本はポルトガルやスペインあたりの植民地にされずに済んだのですか?

イスパニア(現スペイン)とポルトガルは当時、世界で植民地獲得競争を繰り広げていた。

1539 年には、ポルトガル国王ジョアン三世の要請を受けて、キリスト教イエズス会のF.ザヴィエルらがアジアでの布教を始めた。目的は植民地支配である。最初から武力を行使すると味方に多数の犠牲者が出るので、先ず先兵として宗教者を送り込み、現地の人々の心を支配しておけば、植民地...続きを読む

Q鎖国してなかったら産業革命してた?

もし日本が鎖国をしていなかったら、ヨーロッパ(イギリスを除く)やアメリカと同じ頃に産業革命は起きたんでしょうか?

Aベストアンサー

 藩の外にその藩が持っている技術を持ち出す事を禁止していましたし、新しいことを始める事をも禁止していたとききました。
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Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
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イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む

Qもしハルノートを受諾し、大日本帝国が続いていたら?

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのままで今日この21世紀のIT社会に至ったらどうなったことでしょう?

若者が茶髪でスマホに熱中し前を見ずに道歩き、少女がローライズでパンツ半分見せながら道歩いて、それでも大日本帝国存続中だとしたら。

いったいどんな日本社会になっていることでしょうね?

テクノロジーは今の現実そのままの社会で、国体は大日本帝国。

つまり往時(1941時点で)、あと数年を待たずして、台頭する巨大な軍事大国ソ連、蒋介石を追い出し中国の覇権を握った中国共産党。米国はこれらと対峙するために、日本を利用せざるを得なくなるのです。良い悪いはこのさい別として。

尚、連合国による対独・対伊 の戦争はあり、歴史通り連合国の勝利に終わったとします。日本だけがそのまま。


今どんな日本社会になってますか?あくまで IF です。

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのまま...続きを読む

Aベストアンサー

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本でも。

勿論、戦中の相手であったアメリカと比べては凄く物足りなかったような気がしますが、戦前日本の産業基盤がそんなに貧弱な訳じゃありませんでしたよ。

もしかして此れが「確固とした産業を持たない」とされている戦前日本の姿(?)でしょうか。
これは戦中の敵国であった日本を出来るだけ嘲笑する為に日本を今の朝鮮、中共みたいにポンコツしか作れない産業未開国のように酷く描写している連合国側のプロパガンダアニメです。

第二次世界大戦中のポパイのアニメ(反大日本帝国)
jp.youtube.com/watch?v=NzRgvt_0Trg

Tokyo Jokyo
jp.youtube.com/watch?v=QGbQjyrHjF8

しかし実際はどうだったんですか。
ご存知の通り戦中には歴史上最大の戦艦である大和級戦艦を、しかも3隻も建造したのですよ。(大和、武蔵、信濃。ただし、信濃は途中で空母改装)

それ以前に有色人種が白人国家の技術力に頼らずに独自設計で独自に建造した世界最初の近代艦船の「薩摩」もあったし、戦後連合軍側は鹵獲した旧日本軍の航空機に適用された技術力を高く評価しました。

(軍事兵器しか評価しなかったような気がしますが、そもそも軍事技術というものはその国の工業技術力の尺度を表すのですからね。)

既に戦前からそれなりの技術力と工業力を持っていた日本を 確固とした産業を持たないと評価するには無理があると思います。

>>… 国内での国民の不平不満はかなりの高さで暴動や革命思想へと容易に誘導される不安定な不穏な状態が続くでしょう。

>>ちょうど南米の共産主義国家が歩んだ道筋に似た感じになるのではないかと想像されますが、日本はアメリカから遠いので、より共産主義国家の影響力が高くなる可能性は強く、共産主義革命が成功してしまう可能性もありえます。

戦争を回避した帝国より、寧ろ実際の戦後のドサクサの中の暫くの間に未だ自衛隊も編成出来ずになんの軍事力も無かった時、そして60~70年代の高度成長期に団塊世代の青年(今はジジババですけどね…)どもが火炎瓶と石投げたり竹槍振るったりする暴力的な共産主義闘争を繰り広げた時代のほうがもっと共産主義革命が成功しやすかった環境だと思いませんか。
スパイを丸腰に容認してしまってた実際の戦後の方がもっとやばかったんじゃないですかね。

そして南米の国家は、土着文明を破壊して占領してきたスペイン、ポルトガルの植民地だった地域が独立したばかり、国家としての基盤が非常に軟弱な地域でした。
当然、この隙が共産主義勢力を安易に許してしまう結果となり、これが直ぐに南米社会主義政権の誕生に直結したのです。

それに対して日本は王家が途中で断絶するなどインディオ民族としてのアイデンティティを相当失ってしまった南米地域とは違い、長い時皇室を断切なく継続的に維持しながら昔から地道にソフト、ハード的なものを積み上げる等、長い時にかけて大和民族とその国家としての基盤とアイデンティティを確立することが出来ました。

国家としての基盤とアイデンティティの丈夫さがガン並みに違うのに、南米と同じく呆気なく共産化する、というのは無いじゃないんですか。

物理的にソ連からの距離は日本が南米より近いからソ連からの風当たりそのものは南米へのより遥かに強いかもしれません。
しかし、民族としてのアイデンティティと国家としての基盤が既に確立した日本がそんなに共産主義の波に安易に巻き込まれるはずがないんでしょう。

更に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」中華秩序からの離脱を告げるこの文章が書かれた以来、日本は決して中華勢力の侵入を許した事が無かったんです。依然として中国からの文物は受け続けながらですね。
中華大陸とシルクロードを全て制覇して更には東ヨーロッパにまで飲み込もうとしたモンゴル帝国の侵略も食い止めたんじゃないんですか。

大陸からの侵略にずっと立ち向かってた歴史、経験があるから日本が又大陸勢力であるソ連の侵略を簡単に許す訳にはいかないと思います。

(実際にはハルノートを日本が拒否したのも、ある意味ではそれまで大陸からの侵略に屈服してなかった伝統の続きでないのか、と私はそう思っています。ただ、その時は日本としては始めての海洋勢力からの脅威で、その始めての海洋勢力との全面衝突には負けて今に至る…んじゃないんですかね。)

>> この惨状の日本をソ連が黙ってみているとは思えず、何らかの形で冷戦時代初期に良くあったように、武装革命を影で援助し、武器を供給したりされる可能性は高いと思えます。

しかし実際の戦後日本でもないのに、此れをただ見ているわけでもないですね。日本の方もソ連のやり方を黙ってみているだけじゃ居られませんよ。

こんな共産主義勢力が余計な真似をしないようにした法律がありました。「治安維持法」。
勿論、この法律が真っ当な国民まで些細な理由で無闇に捕まってしまうなど、立憲主義に違背し国民の権利を一部侵害した負の側面もありましたが、
共産主義勢力、無政府主義勢力等の国家の治安に害悪を及ぼす諸勢力が帝国内外部からの混乱を煽るのを食い止める事には相当に役が立ちました。

そもそも帝国がずっと存続していたならこの治安維持法を国民の権利を侵害しない、ながらももっと有効に国家の安全を脅かす勢力を食い止めれる方向へ何回も改正されてる筈でしたね。

(もしかして、実際今の日本に一番必要なのはこの治安維持法かも知れません。ただ、前述のように立憲主義に違背されるように要素は改正する必要はあるんですけど…)

今更やっと日本版NSCだね、特定秘密保護法だ、スパイ防止法だ、と急いで対内外諜報対策が用意されてるのが救いなんだけど、とにかく戦後日本が敵性国家のスパイを丸腰で許して来たたのはご存知の通りですね。
しかし、戦後GHQによって旧帝国の各機関が解体される前は日本にも一応諜報機関が存在して、その能力はかなり優秀だったと要られます。

もしソ連が密かに武器を配るなど日本内部から革命を煽ろうとしても、それが日本側の諜報機関によって食い止められるのは間違いないでしょう。



…取り敢えずハルノートを受け入れるのはとにかくアメリカをはじめとする連合国側の下に入るというのだから、この点では史実の敗戦後の日本がアメリカの同盟国になったのとあんまり差が無いと思います。
大陸共産勢力の中蘇からの脅威に対応するために日米が連合するのは…

多分、こうなったら南米のようになるのではなく、他ならぬ実際の今の日本と似ている情勢になったんじゃないのかと思います。
はい、今の「第二次安倍政権の日本」みたいにですよ。
今年2013年度の安倍政権は憲法9条を解釈改憲して集団的自衛権を容認しようとしたり、日本版NSC,秘密保護法などの安保対策を用意する等、アメリカとの連帯を強めて中共からの脅威を含む様々な安全保障的なリスクに対応しようとしていましたね。

ハルノートを受け入れた大日本帝国はデブ将軍が率いる独裁国家北鮮でも、社会主義革命が成功してしまった南米のようにでもなるわけは無いです。
多分今の安倍率いる自民党政権が目指す国家の姿に似ているではないかと思います。(安倍晋三が敢えて始めてからハルノートを受け入れて戦争を回避した帝国を想像してあんな政策を推進するわけではないですけどね。)

ただ、旧帝国なら朝日、毎日新聞はあるけど9条も日教組も共産党もないから一部偏向報道するマスコミは処分して立憲主義、国民の権利を侵害し得る憲法、法律の「穴」を適切に改正してアメリカとの関係を改善しただけで良いでしょう。

又の長文、駄文申し訳ございません。

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本で...続きを読む

Q日露戦争に日本が負けていたらどうなりましたか?

日本がロシアに負けていたらどうなりましたか? 日本が勝ちましたが、運が良かったから勝てたのですか?戦力からすると危なかったのではないですか?

Aベストアンサー

結果論でどんな的確な判断も「運がよかった」と言えばそれまでです。

日露戦争ではロシアはヨーロッパ方面軍の増援を待つため終始防戦の姿勢で、日本が犠牲を払いながらも着実にそれを撃破していったという状態でした。

日本陸軍は日清戦争勝利から士気も高く司令部の混乱もなかったため厳しい激戦を押し切るように勝利していきました。対するロシア陸軍は防戦の引き際判断が内部で割れたりして足並みが揃わず日本に押し負けていきました。
日本海軍はロシア海軍に規模では劣っていたものの、総じて新規艦が多く足を引っ張る老朽艦がいなかったのが艦隊行動の機敏さを生みました。開戦直後、武勲を独り占めしようと旅順攻略で独走失敗した程度で済み、総じて的確に動いてました。

有名な日本海海戦ではバルト海から半年もの命がけ遠征で駆けつけたバルチック艦隊に対し、日本艦隊は制海権を確保後ずっと洋上射撃訓練をして待ち構えていました。さらに机上の空論と思われていた丁字戦法(隊列の側面を敵に向け先頭から順に総攻撃で撃破する戦法)に持ち込むことに成功し完全試合をやってのけてしまいました。
「負け続きだったけどこれで勝てる」と自信たっぷりだったロシアはその結果に阿鼻叫喚、散見されていた反戦運動がとうとう革命に発展してしまいました。

これが日露戦争の大まかな流れです。

戦力には2つの要素があります。ひとつは開戦時の単純な戦闘力、もうひとつはそれを維持する物量です。日本には軍をフル稼働させる物量は一年分かそこらしかありません。
日露戦争末期の段階で火の車でした。もしロシアが継戦、総力戦を挑んでいたら第2次大戦と同じ流れをたどっていたでしょう。
実際、日本軍はこの「戦争初期に十分な戦闘力を発揮し有利なうちに講和する」と言うのを必勝パターンとして思い込んでいきます。

結果論でどんな的確な判断も「運がよかった」と言えばそれまでです。

日露戦争ではロシアはヨーロッパ方面軍の増援を待つため終始防戦の姿勢で、日本が犠牲を払いながらも着実にそれを撃破していったという状態でした。

日本陸軍は日清戦争勝利から士気も高く司令部の混乱もなかったため厳しい激戦を押し切るように勝利していきました。対するロシア陸軍は防戦の引き際判断が内部で割れたりして足並みが揃わず日本に押し負けていきました。
日本海軍はロシア海軍に規模では劣っていたものの、総じて新規艦が多く...続きを読む


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