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認識は対象に従う
または
認識が対象に従う

それを

対象は認識に従う
または
対象が認識に従う

と、しました。

地球からお空を眺めれば、太陽や月の動きは一定の距離を取りながら、まるで地球の周りを回っているように見えます。それを学者コペルニクスは、地球のほうが太陽の周りをまわっているのだよ、と云いました。そしてこれは地動説と云われています。

この従来の天動説から地動説への“発想”の大転換を、カントは人間の認識能力において、自然な形での認識は“まこと・真の姿”を捉えてはいないのでなないかとの疑問から、自身の発想をコペルニクス的転回と称しました。

その発想が上記の言葉です。
質問は、「は」と「が」での違いについてです。

どの様に受け止めたらよいでしょうか。
よろしくお願いします。

質問者からの補足コメント

  • 説明不足でした。

    認識は対象に従う
    または
    認識が対象に従う

    これをカントは次のように発想の大転換をしました。

    対象は認識に従う
    または
    対象が認識に従う

    ・・と。

    ☆ このように読み替えてください。

      補足日時:2019/05/08 14:29
  • ベストアンサーは決められませんでした。

    皆さんの回答はどれも学ぶものがありましたので。
    特にhakobuluさんとアスナロウさんの回答が、私にはよかったです。

    ありがとうございました。

      補足日時:2019/05/10 00:15

A 回答 (7件)

http://www.tairapromote.com/2017/04/10/ha_and_ga …
をご覧になってみてはどうですか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

読んでみます。

お礼日時:2019/05/09 11:56

なお、普遍、特殊、個別の関連と相違はヘーゲルが『大論理学』の「第三巻 主観的論理学または概念論」で展開しています。

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この回答へのお礼

勉強します。

ありがとうございました。

お礼日時:2019/05/08 21:16

> >「は」を特殊性の認識を表す格助詞としたのは、これがカントの言葉であるから、そう解釈したのでしょうか?



いえいえ、 特殊性の認識を表わすのは先にも記したように副助詞で、普遍性の認識を表わすのが係助詞の「は」です。
この「は」は、

我は海の子。
吾輩は猫である。
箱根の山は天下の嶮。
アメリカはニューヨークのマンハッタンに来ております。

のように使用されます。
科学は普遍的な法則の表現なので、普遍性を表す「は」が使われます。

月【は】地球の衛星である。
水【は】水素と酸素の化合物である。
物体【は】力によって状態を変えられない限り静止または直線上の等速運動を続ける。■
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この回答へのお礼

副助詞と係助詞の説明ですね。

この「は」には特殊性の認識を表す場合と、普遍性の認識を表す場合の二通りの用法がある、という事ですね。

個別性と云うのは“対象物を特定している”と云う事ですね。

このように受け止めてみました。
ありがとうございました。

お礼日時:2019/05/08 21:15

対象は認識に従う。

対象は認識の仕方によって変わってしまう。ちょっとが意味が分かりませんが、まるでこのサイトのお話のようですね。
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この回答へのお礼

私も対象は認識の仕方によって変わってしまうのではないかと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2019/05/08 20:41

■1.対象が認識に従う。



「〇〇が△△」は、△△という述部の主格が〇〇であることを示している。
つまり、主と述が直接的な関係にあることを表現していることになります。
「直接的な関係」なので、
【「〇〇が△△」は、あるひとつの状態を表したいとき】 に使う。

〔対象が認識に従う〕は、「対象が、認識に従うという状態にあること」を表わしたいときに使う。
・何が認識に従いますか?
という(暗黙の、または直接の)設問に対応している。
「が」には特定の要素が強く含まれているため、基本的に「熱くて性急な表現」になるかと。

■2.対象は認識に従う。

「は」の基本的用法は「主題提示」です。
「〇〇は△△」は、〇〇という主題を提示した上で、それに関して△△であると述べている。
「〇〇についてコメントを述べる」という構造なので、
【「〇〇は△△」は、〇〇について△△という コメントを表明したいとき】に使う。

〔対象は認識に従う〕は、対象に関して「それは認識に従う、というコメント」を表明したいときに使う。
・「対象」について、あなたのコメントを述べてもらえませんか?
という(暗黙の、または直接の)設問に対応している。
「は」の「主題提示」は、「主題宣言」と解釈しても良いです。
そのため、「冷静でおっとりした表現」と言えるかも。


文脈次第ということになるわけですが、
対象について改めて考えてみるならば・・・といったニュアンスの文脈であれば「対象は認識に従う」。
認識が対象に従っているように見えるが実はそうではなく・・・といったニュアンスの文脈であれば「対象が認識に従う」。
ということになりますかね。
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この回答へのお礼

1、「彼は我であったかもしれず、我が彼であったかもしれない」

2、「認識は対象に従う、かもしれず、対象が認識に従う、かもしれない」
  ・・と、     (↑↓ または ↑↓)
3、「対象は認識に従う、かもしれず、認識が対象に従う、かもしれない」

横のつながりと縦(↑↓)の関係で、あれこれと考えてしまいました。
結局、何のことはない。横的には文章としてつながっていますが、縦の関係ではつながりはない、それぞれ単独の文章になっている、だけでした。

質問の意図とは関係なかったです。

でも、面白いですね。
1、は「冷静でおっとりした表現」と「熱くて性急な表現」となって、なんとなく当てはまるような感じで、ほんわかとした気分になります。

また、回答№1(NiPdPtさん)と回答№2(アスナロウさん)を当てはめても、なんとなく分かるような・・・
でも、この関係性の解読は私には無理ですね。

余分な感想ばかり述べてしまいましたが、いただいた回答はとても分かりやすかったです。
ありがとうございました。

☆ hakobuluさんの主張、なんとなく分かるような気がします。
  時々、想像してみると楽しいかも。

※ 結局〈彼〉との関係は消えました。でも〈彼〉を否定したからではありません。今でもよく〈彼〉を思い出します。〈彼〉の紹介で気に入った音楽などをユーチューブで時々聴きながら、〈彼〉との楽しかった付き合いを、思い出したりしています。

お礼日時:2019/05/08 18:57

認識は対象に従う。


この「は」は特殊性の認識を表わす副助詞の「は」で、認知や主観、感情と比較対照した、「認識」という特殊性の認識を表わすものです。

認識が対象に従う。
この「が」は個別性の認識を表わす格助詞で、「は」のような、他との比較/対象の認識はありません。個別の認識そのものの表現です。■
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この回答へのお礼

ちょっと私には難しいかな。

アスナロウさんが「は」を特殊性の認識を表す格助詞としたのは、これがカントの言葉であるから、そう解釈したのでしょうか?

また、特殊性と個別性が、考えてみたけれど難しいです。
調べてみます。

ありがとうございました。

お礼日時:2019/05/08 14:57

「認識は対象に従う」と「対象は認識に従う」では全く意味が違います。


「それを〜と、しました。」というのであれば、そうしたことは間違いです。

「認識は対象に従う」と「認識が対象に従う」ではニュアンスが違います。
前者では、認識以外に対象に従うものの存在を排除しませんが、後者ではそれを排除するニュナンスが出てきます。さりとて、「認識のみが対象に従う」というほどは明確に排除しているわけではないでしょう。
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この回答へのお礼

説明不足で申し訳ありませんでした。
いま、補足欄に説明を加えたところです。
よろしくお願いします。

回答は、
「は」の場合は、認識と云う手段以外にも対象に従う“何か”と云う手段の存在を排除しない、と受け止めました。認識に代わるものがあることを排除しないと。

「が」の場合は、回答にある通りに受け止めました。対象を“知る”という事は認識、という働きに依るのだと。

ありがとうございました。

お礼日時:2019/05/08 14:47

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