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歴史上の戦闘でもっとも威力があって射程距離が長かった弓はどこの国の何時代の弓ですか?それと比べて日本の弓の優劣はどのようですか?またそういったことを扱ってる本とかURLをご存知の方がいらしたら教えて下さい。

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A 回答 (3件)

当方弓道をやっておりますので、知る範囲でお答えします。


威力と射程は矢により変化(一般的に矢重に比例する威力と、矢重に反比例する射程はトレードオフの関係)するので、弓自体の性能についてお話しします。

 一般論になりますが、弓は当然ながら”強い弓”をより引き尺をとって使えば威力・射程とも上がります。
しかし引き絞った時に強いからといって弓にパワーがあるというわけではありません。
 正確には、「引き絞っていく途中の加重の積分値」が弓のエネルギーになります。
(平たく言えば、弓の引き尺に対しての加重をプロットしたグラフの、その曲線の下の部分の面積)
 木製・合板の弓や単純な湾曲の弓ではこの引き尺と加重がほぼ比例します。(和弓もだいたい比例します)
 しかし、強靭な材料を使い、湾曲を複雑にすれば、この曲線を上に膨らますことができるので、前者の弓と引き絞ったときに同じ加重でも(つまり、同じ筋力の射手でも)、より威力のある矢を飛ばせます。
 
この後者の条件に当てはまるのが、騎馬民族系の大きく湾曲した弓で、トルコ弓などとも呼ばれます。
(ちなみにコンパウンドボウという現代の弓は非常に高効率、正確なことで知られていますが、この弓をヒントに作られました。)

 そのため形状で言えば単純湾曲弓より、上記のような特徴を持つ湾曲弓のほうが高性能でしょう。実際、トルコ弓の最大飛距離は実用の矢で400m、遠矢用で約600mだそうです。
材質は、木だけのものは、折れるのを防ぐため引き尺が取れず(ロングボウは折らずに引き尺をとるために長いのです)しなりが少ないため不利で、木竹をあわせた合板弓(和弓はこれ)や、さらにはより強靭な角・腱・革を使ったもののほうが高性能でしょう。

結論として、ご質問のものは時代はわかりませんが、騎馬遊牧民族系の弓だと思います。

和弓では、長い距離を飛ばす競技で最高400mという記録がありますが、これは専用の軽い矢を使った記録なので、征矢では最大でも200m位だと思います。
因みに和弓は、番える位置が中心より下寄りになっているため矢は先端をやや上げて飛行し、遠くに飛びやすくなっています。

有効射程となると一口で言うのは難しいですが、
~2,30m だいたい急所を狙える
~40m だいたい人を狙える
~7,80m だいたい騎馬を狙える
くらいだと思います。
威力ですが、フライパンぐらいなら結構簡単に射抜けますし、
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakur …
かつて明珍の鉄兜を串刺しに射抜いた人もいます。

書籍ですが、確か歴史群像シリーズの『北条時宗』で蒙古弓と和弓の比較をしていたと思います。
あとは検索で見つけましたが
http://www.coatl-head.com/arc.html
の『武器の歴史(Weapons)』(マール社)が詳しそうです。
キャッシュでしか見られませんが
http://72.14.203.104/search?q=cache:gEp-EUHAqMkJ:
www.if-n.ne.jp/member2/netdh/Item/mktext.pl
%3Fcorpus%3D0%26id%3DOTAwNjU
も詳しいです。
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弓を遠くに飛ばすには弦を堅くする必要があります。


しかしそうすると自ずから人力の限界があるので
当然 射程はその力によります。
弓には一つの素材できた単弓、
複数の板や竹を重ねた合板弓、
木や動物の角、腱など異なる素材を組み合わせる合成弓があります。
日本の和弓は合板弓に属しますが
合板の特徴としては丈が大きく扱いむずかしいということ。
合成弓は現代のアーチェリーもこれに分類されますが
小ぶりでも弾性が強いという特性から
扱いやすく強力です。
単弓はもっとも原始的なタイプ。
弓は一般に有効射程は短いのですが
飛ばし方を放物線軌道にすれば長射程も可能です。
有名なウェールズのロングボウは255メートル程度の
長射程を誇り、クレイシーやアジャンクールで
フランスの石弓に勝る速射と射程で英軍を勝利に
導きました。
ただしこれは照準をしない撃ちっぱなしの射撃なので
狙って射ることはしないのですが。

最大射程と有効射程の違いはここにあります。
現実的にはあまり長射程でも命中しなければ
役に立たないわけで、ウェールズ弓の場合は
集団で射て沢山の矢を集中させることで
効果を上げましたが、日本の場合は
武士は個人戦を前提としていたので
このような使い方はしませんでした。
和弓はどちらかというと決闘の武器に近く
武士の対決では名乗りあったあとお互いに
射あうことになっていましたし、
天草三郎(弓の種類)など強力ですが
速射は不可能です。
それで蒙古襲来のときは速射できる小さいモンゴル弓に
衝撃をうけたわけです。
優劣としては兵器としては日本の弓は
あまり実用的ではありませんが、確かに強力で
日本武士道の精神性と一体になったものです。


通常の弓は人力によりますが、
弩や石弓、クロスボーは、機械式の弓で
梃子の原理と板バネの弾力や、繊維のねじれで飛ばします。
だから論理的には人力を超える長大な射程も
可能となります。
攻城兵器の一つである、古代ローマの有名なバリスタは、
ねじれ式の石弓ですが、射程は420メートルにも及びました。

現代の素材を用いれば1キロメートル以上の
射程も可能ですし、矢を飛行させれば
相当な距離がでるでしょうね。
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 中国で開発された「弩(ど)」が、弓としては最強の部類だと思います。

ただ、これは、弦を引くのに機械を使用するものですから、「弓」という概念からはずれるかも知れません。
 西洋では、「クロスボウ」といいます。原理は同じです。

 時代ですが・・・かなり太古から使用されているようで、僕の知識ではカバー不能です。どなたかの補足をお待ちください。
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Q弓の達人といえば?

弓矢の達人はいろいろいると思います。
アーチェリーでもかまいません。

弓矢の達人の名前を教えていただきたいです。
レアな方でも構いません^^
日本人、外国人とわずです!
歴史上での達人など知りたいです。

お願いします!

Aベストアンサー

一弓引きとして、答えずにはいられないですね。
中国ならまず養由基。春秋時代の楚の人で、史記に登場します。百歩はなれて柳葉を射て百発百中したとか。中島敦の『名人伝』にも登場します。
あとは孔子も名手だったという話があります。
当時射は六芸の一つとされ、士以上の教養とされていたので、起居進退の所作に通じていた、という意味ではないかと思いますが。

日本なら、鎧射貫き等の源義家、百足退治の藤原秀郷、鵺退治の源頼政等の伝説が有名ですね。
日本の弓術は室町期に射法の大変革がありまして、それが紆余曲折ありながらも現代にまで続いているのですが、弓引きにとって達人というとそれ以後の人のほうが馴染み深いかもしれません。
日置流祖日置弾正正次(実在しないという説が有力と聞きます)、吉田出雲守重賢(六角佐々木氏家臣で子の重政が#8さん指摘の佐々木義賢に伝授)、吉田源八郎重氏(家康に召しだされ(実際には高齢のため子が仕官)代々将軍家指南役に)、三十三間堂通し矢で有名な星野勘左衛門、和佐大八郎などです。明治以降なら浦上榮氏でしょうか。
達人とはいえないかもしれませんが、武将では細川幽斎、豊臣秀次等が有名です。
村田銃開発者の村田経芳氏はかなりの達人と聞いてます。

アーチェリーなら現代人ですが彼↓かな?
的まで30メートルで10点は直径8センチだったと思います。

参考URL:http://freett.com/4649archery/news/news8.htm

一弓引きとして、答えずにはいられないですね。
中国ならまず養由基。春秋時代の楚の人で、史記に登場します。百歩はなれて柳葉を射て百発百中したとか。中島敦の『名人伝』にも登場します。
あとは孔子も名手だったという話があります。
当時射は六芸の一つとされ、士以上の教養とされていたので、起居進退の所作に通じていた、という意味ではないかと思いますが。

日本なら、鎧射貫き等の源義家、百足退治の藤原秀郷、鵺退治の源頼政等の伝説が有名ですね。
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Qスナイパーは本当に1km 先の標的に命中させられるのでしょうか?

スナイパーは本当に1km 先の標的に命中させられるのでしょうか?

今、読んでいる小説にスナイパーが登場します。 50口径のライフルを使っているのですが、射程距離は2km あるとか。

そのライフルを使って、屋外で1km 先の人間を撃つのですが、チャンスは1回コッキリ。 しかし、見事、命中させるという話なのですが、これって本当に可能なのでしょうか?

話の設定では前日に照準を合わせ、何度も試し撃ちをしてはいるのですが、屋内ならまだしも屋外では、素人が考えても、実際に1km 先の標的となると、その瞬間の気圧、天候、気温、湿度、特に風向や風力によって大きく影響されるのでは? と思うのですが、そういった情報無しで可能なのでしょうか?

たとえば撃った瞬間、途中で突風でも吹けば1km 飛んでいる間に大きく弾道が変わる事もあるのではないでしょうか?

でも、実際にスナイパーって、どこの国でもいそうな感じがしますし、不思議です。

Aベストアンサー

M107は海兵隊用のM82(以後M82と記載)を陸軍用として製造された
対物狙撃銃です。
M82は、12.7x99mmNATO弾(.50BMG)を使用しています。
12.7x99mmNATO弾は全長138mmあり重さも650g以上あります。
M82から発射された12.7x99mmNATO弾は、最大6800m飛び最大有効範囲は
1800mとされています。
よって他の回答にあるよう1000mの狙撃は可能と考えられます。
但し特定人物や物の狙撃には、複数の条件が必要となります。

まず一般的に人に対する狙撃は対人狙撃銃やアサルトライフルを使用します。
それぞれ7.62mmNATO弾、5.56mmNATO弾を使用し有効射程距離は
700m、400m前後となります。
対人狙撃銃やアサルトライフルの重量は共に5Kg前後ですが
M82は12Kgを超え長さも1.5m近くあるので機動性を
伴う作戦や地理的条件に制限がある場所では使用できません。

では狙撃が可能な複数の条件ですが、対物狙撃銃、対人狙撃銃、
アサルトライフル共にピンポイントで狙撃を行う場合は以下条件が
必要となります。
1.軍特殊作戦用(ピンポイント専用)に製造された銃を使用する。
  例えばM82は10万丁以上製造されていますが狙撃専門の銃は
  米国政府の許可において限定数しか製造されません。
   性能的には
   一般向け、通常軍務(警察)向け<競技向け、警察狙撃用<軍特殊作戦用
   となります。
  この軍特殊作戦用であれば長距離でも正確な射撃が可能となります。
2.同様に使用する弾も専用の弾が用意されます。
  ・一般向け、通常軍務(警察)向け<競技向け、警察狙撃用<軍特殊作戦用
  軍特殊作戦用はすべてシリアル番号で管理されており使用状況は全て軍で
  管理されます。
3.複数人によるチーム、衛星(GPS、情報衛星)及びコンピュータの支援が
  必要です。

と言ってもM82であれば一般向け或いは競技用で、通常弾砲でも1kmの
狙撃は可能と思います
M82を使用する軍特殊作戦では1.5km以上の射撃を行います。
この目的は敵に対する恐怖心を植え込む為に行います。
M82から発射される12.7x99mmNATO弾は、秒速800m以上で飛びます。
つまり1600mの的まで2秒となります。
しかし発射音は4.7秒後に届きます。
当たってから2.7秒後に発射音が届くという事です。
さらに12.7x99mmNATO弾が人の腹に当たった場合は人は
2つに分裂し吹き飛びます。
つまり的の周りにいる人達は今そこにいた人がいきなり
引きちぎれるのを見ます。
パニックの絶頂で発射音が届いても彼らにはそれが聞こえません。
狙撃手は1.6km先にいて見えません。
これが軍特殊作戦の目的です。
彼の戦意は恐怖で完全に失せてしまいす。

M107は海兵隊用のM82(以後M82と記載)を陸軍用として製造された
対物狙撃銃です。
M82は、12.7x99mmNATO弾(.50BMG)を使用しています。
12.7x99mmNATO弾は全長138mmあり重さも650g以上あります。
M82から発射された12.7x99mmNATO弾は、最大6800m飛び最大有効範囲は
1800mとされています。
よって他の回答にあるよう1000mの狙撃は可能と考えられます。
但し特定人物や物の狙撃には、複数の条件が必要となります。

まず一般的に人に対する狙撃は対人狙撃銃やアサルトライフルを使用します。
それぞれ7.62mmNATO弾、5....続きを読む

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む

Q何故日本の戦国時代では投石器を使わなかったんですか

石垣があるから石がないわけでもないしフビライの時代にはカイカイ砲という投石器が城攻めに使われてましたし、当時はポルトガルや東南アジアとも交流があったのでたぶん伝わっていたと思うんですが、不思議です  誰か歴史に詳しい人 教えてください。

Aベストアンサー

戦国時代の攻城戦て、思ったより短期戦なんですよ。小田原城や大阪城のように何ヶ月にも渡る攻防戦になるのはまずまれで、長くても1ヶ月程度、だいたい数日で片付いてしまうことが多いんです。
秀吉と北条氏の戦いの一環であった八王子城攻防戦は、実質的にたった一日の戦いで大勢が決しています。八王子城は当時関東では小田原城は別格としても屈指の大規模なお城だったんですけどね。

戦国時代の軍事行動って、補給の関係で長期の作戦というのは難しかったのです。だいたい出陣して帰陣するまで長くても3ヶ月程度が目安。家を出てから帰宅するまで数ヶ月ですから、相手の城のところまで行って帰ってくる日数を考えると攻め込んだ相手の城でそんなに長居できるわけではありません。
普通に戦ってもものの数日で片付くことが一般的だと考えると、いちいちそんなもん作るのは面倒くさいとなるでしょう。終わった後の後片付けも面倒くさいし。

また当時の城というのは基本的に「仮設建築物」です。普段は使わず、合戦のときだけ使いました。だから壁も板や柵を使うことが多くて、「城というとアレ」の土壁が普及するのは平和な江戸時代になってからです。いちいちカタパルトを使ってまでして壊したくなるようなモノではないということですね。
それに、真っ平らな地形がほとんどない日本では、カタパルトを移動させるだけでも一苦労です。馬も小型でかつ貴重品、偉い武士のステイタス的意味合いが強かったので、騎馬民族やヨーロッパのように馬で引っ張ることもできません。実際には、ほとんど使い物にはならなかったでしょうね。

また弩ですが、戦国時代にはもう鉄砲があったのでわざわざ弩を使う理由はなかったと思います。なにより、早合を使えば発射速度は鉄砲の方が上だし、何より鉄砲の方が実は射手の技術が要りません。弓は使いこなすのに技術が必要なんです。元々弩が日本ではほとんど使われませんでしたしね。
じゃあなんで弩が日本では普及しなかったのかというと、これはたぶんなんですが、弓をメイン武器にしたのは源平時代からの武士です。源平から鎌倉時代の武士といえば流鏑馬ですよね。弩だと、馬上で走りながら矢をつがえることができません。弓というのは前述のように使いこなすには技術が必要で、武士にとって「弓が撃てる」ということはステイタスでありアドバンテージであるわけで、農民風情には使われては困るんですね。弩は歩兵用の武器ですので、武士は弩が農民に普及することは望まなかったと思いますね。

戦国時代の攻城戦て、思ったより短期戦なんですよ。小田原城や大阪城のように何ヶ月にも渡る攻防戦になるのはまずまれで、長くても1ヶ月程度、だいたい数日で片付いてしまうことが多いんです。
秀吉と北条氏の戦いの一環であった八王子城攻防戦は、実質的にたった一日の戦いで大勢が決しています。八王子城は当時関東では小田原城は別格としても屈指の大規模なお城だったんですけどね。

戦国時代の軍事行動って、補給の関係で長期の作戦というのは難しかったのです。だいたい出陣して帰陣するまで長くても3ヶ月程...続きを読む

Q貴族や騎士・兵士は何人ぐらいが妥当でしょうか?

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件で、本当におおまかな数(“少なくとも○人は居て、○人以上だと多い”程度)で良いので妥当な数をお考え頂けないでしょうか。
ちなみに騎士はほぼ騎兵で、歩兵は傭兵を雇うのが一般的ということでお願いします。
■A国
絶対王政
国土面積:約2100万平方キロメートル(現在のロシアと中国の間くらいです)
人口:約5000万人
爵位:公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、士爵
10以上の国を併呑し、統一して誕生した大国。
貴族は文官と武官に別れ、文官は領地を持たず武官は領地を持っている。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる一代限りの爵位。
軍は国の軍(王の常備軍?)のみ。ただ、全員が王都にいるわけではなく、王族を守る近衛兵と、王都を守る兵、国境を守っている兵(全て騎士)に別れる。王都と国境以外の街は、領主が雇った警備兵(庶民)が常駐する。稀に警備兵から騎士に取り立てられる者がいる。戦時中のみ傭兵を雇う。
海洋貿易が盛んで、海軍がある。海軍は貿易航路と海岸沿いを守っている。
同程度の規模の敵国と国境(山と川)を接していて、現在は冷戦中。

■B国
絶対王政
国土面積:約100万平方キロメートル(現在のエジプトくらい)
人口:約255万人
爵位:公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、士爵、名誉士爵
軍事的に強い国ではない。隣国の二国(東西の国)と三国軍事同盟を結んでいる。
あまり裕福ではなく、極端に貧乏でもない。海が無い。
士爵は領地を持たず、武勲をうちたてた騎士に贈られる爵位。世襲制。名誉士爵は伯爵以上の位を持つ者が、何かしら国に貢献した者に与えられる一代限りの位。免税と、街に入る際の優先権が与えられる。
軍の形は海軍が無いこと以外はA国と同じ。
同盟のため東西の守りは薄く、南の国境を重点的に固めている。北は砂漠で、国が無い。

以上です。
そもそも上記の条件の時点で無理があるという場合は、そちらもご指摘いただけたらと思います。


それとタイトル外のことなのですが、上記の設定で色々考えた結果、全世界の人口が二億人ちょっと程度になってしまいました。
ちょっと人口が少なすぎるかなと思うのですが、いかがでしょうか……。もしわかるなら、合わせて答えていただけると嬉しいです。

貴族や騎士・兵士は一国あたり何人ぐらいが妥当でしょうか?

異世界ファンタジーの世界設定をしているのですが、行き詰っています。
一国あたりの貴族の人数、またはそれに伴った領地の数がよくわからないからです。
モデルとなる時代は14~15世紀ごろです。銃やプレートメイルが普及し始めたぐらいで、船は帆船が主流という設定です。
色々調べてはみたのですが、例えば公爵が何人で伯爵が何人などの具体的な数を探しあてられなかったので、知識人の力をお貸しいただけたらと考えた次第です。
下記の条件...続きを読む

Aベストアンサー

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊は約35万人。
ロシア・・・・人口約1700万人。軍隊は約22万人。
プロイセン・人口約200万人。 軍隊は約3万9千人。
スペイン・・・人口約600万人。 軍隊は約3万人。

○なおヨーロッパの人口は1600年(16世紀)でも約1億人程度だったそうです。
ちなみにその頃のヨーロッパの人口の約四分の一は、ハプスブルク家の領地に住んでいたと推定されています。

○軍隊における兵士の数は、当然、その国のおかれた周辺の状況にもよってくるでしょう。
戦争状態にあったり、敵対国家が隣接していれば大きな軍が必要になりますし、周辺全てが友好国ならば、軍の大きさも抑え目になる場合もあるでしょう。
前述した1700年頃の人口と軍隊規模からは、人口の約0.5%~約2%程度が兵士であった事がわかります。
ただし、これも絶対というわけではなく色々なケースがあります。
特に傭兵を雇う場合、資金があればかなりの軍を維持できます。
16世紀、「北方の獅子」と呼ばれたスウェーデンのグスタフ2世王は、ドイツに進攻し軍事的成功をおさめ、15万人の軍隊を率いています。
しかし、そもそもこの頃のスウェーデンの人口は約100万人程度しかなく、15万人もの兵士のうちスウェーデン人はその約2割の3万人程度でしかなく、他は現地のドイツ人やイギリス人などの傭兵だったそうです。
ただ、傭兵を雇えばお金がかかります。
グスタフ2世王は現地ドイツの味方の貴族や都市から寄付金を募り、味方でないところの都市や、貴族からは、攻めない略奪しないと約束して、安全保障費を払わせ、軍を維持する資金を得ていたそうです。
ただし、傭兵を雇用し資金繰りに苦しみ失敗した例もあり、それがハプスブルク家です。
前述した16世紀におけるハプスブルク家の領地の人口は約2500万人ですが、この頃、ハプスブルク家の軍は、傭兵を主体に30万人を超えました。戦争も多く戦費も嵩みます。その結果、国の財政は殆ど破綻しています。

■そういうわけで、知恵を絞り、歴史に学び、工夫すれば、かなりの軍を作品内で動員する事が可能になるかと思います。
良い作品ができますようお祈りいたしております。

●回答・・・14~15世紀の頃ではなくて申し訳ないのですが・・・

○1700年頃(17世紀)のイギリスにおける貴族(公爵~男爵)の数は約180家で、準貴族にあたる准男爵が約800家、騎士爵が約600家。
そして、この頃のイギリスの人口は約900万人で軍隊の規模は約7万人でした。
ちなみに現在のイギリスにおける貴族は公爵が31家、侯爵が36家、伯爵が197家、男爵が495家となっています。
なお現在のイギリスの人口は約6000万人です。

○1700年頃の他の国の人口と軍隊の規模は、
フランス・・・人口約1900万人。軍隊...続きを読む

Q那須与一はどれくらいの距離から的を射た

源平合戦で、那須与一はどれくらいの距離から的を射たのでしょうか?
敵味方でにらみ合っていたので、百メートル以下とは考えられないのですが。

「やぶさめ神事」を見たことあるのですが、ずいぶん近くから的を得ています。2メートルくらいで、的も大きいのであたらないほうがおかしいくらいでした。これは馬に乗っているので仕方がないのか、もしくは昔からこの方式だとすると、弓の当たる精度は非常に低かったのかとも思えました。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

平家物語の記述では
「磯へ七、八段ばかりになりしかば、舟を横さまになす」とあります。

”段”とは距離単位で”6間”のことです。
”間(けん)”は”6尺”のことで、
”尺”は”10寸”のことで
”寸”は約3.03センチのこと。(一寸の虫にも・・というあの寸)

よって段・間・尺・寸は10.908・1.818・0.303・0.0303(メートル)となります。
(普通は段は11メートル、間は1.8メートル)

だから76.356mから87.264mほどのところということになります。

ちなみに現在の日本の弓道場の的までの距離は
近的弓道場で28メートル、遠的弓道場で60メートルです。

流鏑馬の神事は馬に乗って撃つからあんなに近いのであって
基本的に日本の弓は複合弓で長距離に撃てる強力なものです。
また源平当時の弓と製法も同じで
技術的に全く変わりはありまんから
平家物語の記述はかなり正確、あるいは理屈どおりであるといえます。

つまりは有効射程より少し遠い標的に対して
当ててみろという平家側の不利な挑発を
義経が受けて、後藤を経由で与一に命じて撃たせたわけです。
だから実際に70メートル以上は離れてないと
話がおかしいです。
普通の人なら当てられないような距離に正確に
矢を放ったからこの名シーンが成立するわけで、
少し技量がある射手なら当てられるような距離だと
まったくどっちらけです。


ちなみにですが、那須与一の見事な弓の腕前を称えようとした
平家の武士がまいを舞って賞賛しているところを
義経は伊勢三郎と与一に命じて射殺させます。
この場面、敵味方から「よくやった」とか「なさけない」とか
賛否両論にわかれたそうです。
義経の心無い性格を現した有名シーン。

この後、平家側は怒って、攻め寄せてくるのですが、
猛者の平景清に源氏側は散々に蹴散らされ
義経は自分の張りの弱い弓を落として、
敵に自分の筋力のなさを笑われるのを恐れて
わざわざ敵中に取りに行ったりします。

よく考えるとこれらのエピソードは美談というより
義経の駄目駄目ぶりを伝えるものといえるでしょう。

平家物語の記述では
「磯へ七、八段ばかりになりしかば、舟を横さまになす」とあります。

”段”とは距離単位で”6間”のことです。
”間(けん)”は”6尺”のことで、
”尺”は”10寸”のことで
”寸”は約3.03センチのこと。(一寸の虫にも・・というあの寸)

よって段・間・尺・寸は10.908・1.818・0.303・0.0303(メートル)となります。
(普通は段は11メートル、間は1.8メートル)

だから76.356mから87.264mほどのところということになります。

ちな...続きを読む

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q日本の金、銀は枯れたの?

黄金の国ジパングとか言われた時代もあったくらいに昔は採掘されたてのですか?

それらは今はほぼ枯れたのですか?

今からはイメージ出来ません

Aベストアンサー

金鉱脈がどう生成されるかに付いては色々な意見が有ります。
最近有力な説は次の様なものです。
マントルの高熱で地下深くに閉じ込められた水が高温高圧になり、
それにイオン化した金が溶け出す。
この金イオンを含む高温高圧熱水が地層中の割れ目を通り地上に出る
過程で減圧冷却され、金として岩石中に析出し、金鉱脈が生成される。

火山国で地震国である日本には、当然金鉱脈が多く、それも比較的
地表に近い所にあります。見つけ易い所にあるわけです。
これを探して採掘していたのが、戦国時代から江戸時代末までの状況です。
当時の技術で見つけることができ、掘り起こせる範囲の金はほぼ取りつくされて
しまいました。あらゆる大名が自領地を掘ったわけですから。

現在は金鉱脈生成の過程も解明され、地質学的知見も深まり、探索
技術も進歩し、世界的な金鉱脈が日本で続々と発見されています。
一番有名なのは、鹿児島の菱刈鉱山(住友金属鉱山)ですが、
大分県九重、山形県大峠、北海道東部(釧路周辺)にも金鉱脈が
発見されています。
下記URLの【黄金の国ジパングは復活するか】を見てください。
http://www.iforum.jp/okuchika/t5713.html

菱刈鉱山の金品位は世界屈指ですが、他の鉱脈もそれに劣らない
と言われています。

さて、これ程の金鉱脈を持ちながら日本での生産は何故菱刈だけなのか
は次の理由からです。
掘って生産量を挙げても金相場が下がるだけで住友金属鉱山には
投資に合うメリットは無いのだそうです。それで現在の菱刈が枯れたら
次の鉱区を開発する予定だそうです(直接聞いた話)。
金鉱脈発見ラッシュから20年以上も経つのに、菱刈はまだ枯れそうも
ありません。

例外的に、日本政府が金本位制への復帰を宣言し住友金属鉱山から
増産分の金を定額で買う、住友金属鉱山が経営不振に陥り金の増産を
行わざるを得なくなる、等が起れば日本は再び「黄金の国ジパング」
に成るかもしれません。
現在は「赤金(借金)の国ジパング」です。

金鉱脈がどう生成されるかに付いては色々な意見が有ります。
最近有力な説は次の様なものです。
マントルの高熱で地下深くに閉じ込められた水が高温高圧になり、
それにイオン化した金が溶け出す。
この金イオンを含む高温高圧熱水が地層中の割れ目を通り地上に出る
過程で減圧冷却され、金として岩石中に析出し、金鉱脈が生成される。

火山国で地震国である日本には、当然金鉱脈が多く、それも比較的
地表に近い所にあります。見つけ易い所にあるわけです。
これを探して採掘していたのが、戦国時代から江戸時代...続きを読む

Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られてい...続きを読む

Q洋弓(および和弓)の連射速度など

Q1、アーチェリーの弓(リカーブボウ・コンパウンドボウ)や和弓は一分間に最速で何回くらい打てますか?
10メートルほど離れた位置から直径40センチの的に当てる場合として考えてください。

Q2、動きながら矢をつがえることはできますか?

Aベストアンサー

和弓について。

A.1
参照した書籍中の引用文献「近代日本弓術の発展」によると、
三十三間堂の通し矢(距離60m、的の直径157cm)で、寛文9年に約18時間で1万本超(通し矢数8,000本)の記録があるようですから、平均で9射/分、休息を考えれば10射/分といったところでしょうか。
これは射通した数を競うものですが、弓は十分強力なものを用いますので、威力はあまり犠牲になっていないと想像します。
自分の経験では、2~4射/分(距離28m、的の直径36cm)でした(もちろん的中率は散々)。

A.2
騎乗中であれば、駆けながらでも矢を番えることは可能です。
ご質問はおそらく徒歩についてかと想像しますが、筈(はず。矢の後端にある弦をはめ込む部分)を少し工夫してあれば、早歩き程度でも番えられます。
疾走しながら番えた経験はありませんが、訓練と実際の状況次第かと。

参考
矢の携行本数は、現在の弾薬と同じく(重量や体積による)限界があり、箙(えびら)では16、20本など、空穂(うつぼ)では15本程度といいます。


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