私は28歳の男性です。
 つい先日、1月24日深夜に母が、急性心筋梗塞で突然に他界してしまいました。58歳でした。
 元々心臓をわずらっており、ペースメーカーを入れていたのですが、ここ10年は健常者とほぼ同じくらい健康に暮らしており、その日も少し風邪はひいてはいましたが、普通に喋ったり、夜もいつも通りご飯を食べました。 しかし、その数時間後の出来事です。 私が深夜2時ごろトイレに起きたら、母の部屋の明かりがつけっ放しだったので部屋に入ってみると、母の布団から出ていた手が、赤黒い所と白い所がまだらになったような異常な色になっていたので、私が恐る恐るその手に触れてみると、既に冷たく硬くなっていました。 あの時の「あっ!!・・・」と思った瞬間は今でも忘れられません。 それでも、まさかまさかと思いながら体の色々な所を触ってみましたが、どこも冷たく、呼びかけてみても揺すってみても、母は目を覚ましませんでした。 すぐに、2階で寝ていた父と兄を叩き起こし、母の異変を知らせましたが、二人とも夜中の突然の出来事に「この悪い夢はいつになったら覚めてくれるのか?」といった表情で、母に声を掛け続けました。
 後の検死によると、死亡したのは私が発見する2時間くらい前の午前0時ごろ、恐らく急性心筋梗塞であろうということで、苦しんだ形跡は無いとのことです。 実際私が発見した時も表情も寝ている時と変わらず、本当に布団からわずかに出ていた手の色で気づいただけでした。 もしもう少し早く発見していれば、とも思うのですが、仮に早ければ手はまだ恐らく変色しておらず、逆に朝までほったらかしだったと思いますし・・・。
 私はいったいどうすれば母を救うことができたのでしょうか?
 これは、今さらどうしようもない質問なのですが、わたしの気持ちの整理の為に質問させていただきました。 暇な時にご回答くださればと思います。

A 回答 (3件)

まず、心よりのお悔やみを申し上げると共に、お母様のご冥福をお祈りします。



私の母も急逝しました。Rikos様のご母堂と、まあ似たような状況で。
non1973様のお母様は、平生より病がちであられたとのこと。ですから余計に、何かすることが出来たのではないか、何か、何か何かもう一つ自分がしていれば、あるいはしていなければ、救えたのではないかというお気持ちが強いのであろうと思います。
けれども、私達は死というものに対してとても無力です。
残念ですが、多分何をしてもnon1973様はお母様を救うことは出来なかったでしょう。
今はただ、泣き、嘆いてあげてください、失われた人のために。そして、せめても残されたお父様や、ほかの家族をいたわり、彼らをどんなに愛しているか伝えたほうがよろしいかと思われます。
私は--私が、母をどんなに愛していたか気づいたときは手遅れになっていましたので。
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この回答へのお礼

 早朝よりご回答いただき、ありがとうございました。
 おっしゃる通り、結局は何も出来なかったんだと自分でも思います。 本当に人間というものは無力なのですね。 痛いとも苦しいとも何も言わずに逝ってしまって… 夢の中でいいから 一度限りでいいから 「かぁ、どうしたんなぁ。何があったんなぁ?苦しかったんかぁ?」「それがなぁ。母さんもよう分からんのんじゃけどなぁ、気が付いたらあんたらぁがウチの体を揺すりょうるのが上から見えたんじゃぁ。」などと、話が出来たらと思ったりします。
 大切なものは本当に、失ってみないと分からないものですね。 自分の身の回りの大切なものを再発見し、そのはかなさを再認識し、心を新たにしたいと思います。
 皆様から本当に貴重なご意見をいただき、この質問は決して無駄ではなかったと思っております。 本当にありがとうございました。

お礼日時:2002/01/30 00:20

お気持ち、察します。


私の母も、ある日突然他界しました。38歳でした。
当時9歳だった私は、朝母を起こしに行きましたが、なかなか起きず、仕事を持っていた母でしたので、祖母に「寝かせておいてあげなさい」と言われ、学校に向かいました。

検死の結果、心不全で深夜1時頃に死亡したということでした。
心臓の病も持っていませんでしたし、亡くなる前の日も普通と変わりありませんでした。
父はその時出張中で、誰も異変には気づきませんでした。
父の落込みようは、尋常ではなかったです。

いつかは訪れる別れです。
気づいてあげられなかったことを、責めないでください。
風邪気味だったとしても、亡くなるということを想像できたとは思えません。
お母様は苦しまずに逝かれたのでしたら、それはせめてもの救いではないでしょうか?

私の母は、苦しんだ形跡があったようです。
見せてはもらえませんでしたが、胸を掻きむしった跡があったそうです。

父を肺がんで亡くした時も、タバコをよく吸い、しょっちゅうセキをしていて、「検査に行ったら?」と言っていた矢先に倒れ、病院に行ったところ、末期の肺がんでした。

もっと早く病院に行かせていればと悔やみましたが、後の祭りです。
せめてもの救いは、「ガンでも切ったりしたくない。病院で缶詰にはなりたくない」と生前言っていた通り、闘病生活が3ヶ月だったことです。

今はとてもお辛いと思いますが、non1973さんの心の中でお母様は生き続けていると思います。
悔やむより前向きに生きる姿の方が、お母様も喜ばれるのではないでしょうか?

私は目に付くところに、母と父の写真を置いて、よく話しかけています。
写真の母は、38歳のままで笑っています。

あまり参考にならない話を、長々と書いてすみませんでした。
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この回答へのお礼

 夜中にも関わらず、早々とご回答いただき嬉しく思います。
 Rikosさんの時はまだ9歳だった事と、お母様が苦しんだ跡が残っていたそうで、私の場合どころか大変なショックだったことと思います。 悲しい思い出を綴って頂き、申し訳ありませんでした。
 Rikosさんのおっしゃる通りだと思います。 母は苦しんだ様子も無く、温かい自分の布団の中で逝き、すぐに私が発見することができました。 もしかすると、母は自分が死んだ事さえ知らないかもしれません。 私や兄は何とでもやっていきますが、やはり父が一番気を落としているので、母には父を見守ってやって欲しいです。
 貴重なご意見をありがとうございました。

お礼日時:2002/01/29 23:56

こんばんは。


急にお母様を亡くされてお力落しのことと思います。
数時間後に亡くなる前兆が素人目には見当たりませんが、風邪気味だったということなので。。。もしかしたら?と思うくらいです。
上手く言えませんが、急に大事な人を失って「もしかしてあの時ああしていれば」というお気持ちなのだと思います。
例え同じ部屋に寝ていても気付かなかったのではないでしょうか。
どうかご自分を責めないで下さい。
(生意気な言い方と受け取られたら申し訳ありません)
きっとnon1973さんのことを側でずっと見守ってくれていると思います。
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この回答へのお礼

早々とご回答下さり、ありがとうございました。
 日頃は口うるさいばかりだと思っていた母ですが、いなくなってしまうことがこんなに辛い事なのかと、今は只々思いしらされるのみですが、頑張っていきたいと思います。 ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/29 23:27

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