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NHK教育テレビ「歴史でみる日本」の中で戦前の教育体制は6.5.3.3の合計17年と聞きましたが、細かい年数がわからなかったので質問します。

小学校は昭和16年から国民学校だったので6年だとわかりますが、卒業後は
どうしたのでしょうか?

昭和16年前は尋常高等小学校の高等科2年へ行ったとはわかります。
その後中等学校や職業学校へ行き、大学だと思っていました。

国民学校卒業後の5.3.3がよくわかりません。

学校の年数といつからその年数なのかわかりましたら教えてください。

A 回答 (2件)

戦前にはたくさんの種類の学校があり、


今のように一概に言えるものではありません。
男子と女子では違いましたしね。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~koga1999/seido04.html

ここの「日本の現行の制度と、戦前(戦時期)の制度の比較」というところに、
表になってまとまっています。ちょっと見にくいかも。
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この回答へのお礼

単純な制度ではなかったのですね。
こんなに多くの制度があったとは知りませんでした。
大変勉強になり、ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/07 23:20

こんにちは。

初めまして。
この質問のごく一部についての回答にしかなっていないと思いますが・・・
#1の方がおっしゃる通り、戦前の方が、現在よりはるかに学校制度は多様だったと思います。
意外と知られていないのが、中等学校は修業年限が5年ですが、その上の高等学校の受験資格は中等学校4年からあったという点ではないでしょうか?つまり、高等学校1年生の中には、中等学校に5年通った人と4年しか通わなかった人がいたということになります。
大正時代には、その制度を利用(?)して、初めから中等学校の課程を4年として、高等学校3年間との“一貫教育”を行う「7年制高等学校」も登場しています(私立では、現在の成蹊・成城・武蔵・学習院・甲南がそれにあたり、これらのうち東京の4つの学校は、今でも交流があります)。
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この回答へのお礼

はじめて聞きました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/07 23:31

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