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先日、寿福寺へ北条政子と源実朝の墓を見に行ってきました

ですが、説明には「北条政子と源実朝の墓と伝わる」とありました
これはいったいどういうことなのでしょうか?
北条政子が建てたお寺(寿福寺)の台帳にお寺を建てた人のお墓がどこにあるかが記載されていなかったのでしょうか?そんな事があるのでしょうか?
政敵で打ち首になり捨てられた人達なら解らない事もないですが、実朝は別として北条政子はそれには当らないと思います

源氏の庶流の方々が嫡流(本家)の墓がどこにあるか解らなくなってしまうなんて事があるのでしょうか?
現在でも、ある程度の家柄なら本家の家の墓がどこに在るか解らなくなるなんて事はまず無い話ですよね

よろしくお願いします

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A 回答 (1件)

「伝~」というものや五輪塔は


供養墓や供養塔であることが多いです。
たとえば信長の墓や供養塔は多々存在します。
安土城や本能寺、建仁寺や高野山など。
建仁寺にあるものなどは庭の片隅にあるただの石塔で
説明がなければ見逃すものですが
弟の織田有楽斎が建てたものだと言われています。
寿福寺も元来の墓というよりは供養塔であると思われます。
「吾妻鏡」にも寿福寺に葬られたという記述では載っていないらしいです。
http://www.tamagawa.ac.jp/SISETU/kyouken/kamakur …
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