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たぶん?『赤面症』なのだと思います。最近、人と接する・話す機会が増えたのが原因?なのか…よく分かりませんが、人と話すと顔が熱くなって、背中から熱を発する感じで汗もかきます。相手は誰にでもです…。別に話すのが恥ずかしいとか緊張するとか考えてなくても、勝手にこのような状態になってしまい困っています。話し出してジワジワ赤面になっているのを感じると、その事が気になって早く終わらせたいとかと思ってしまいます。これは精神病なのでしょうか??頭と体が違う反応をしているような…。

心療内科とかは行きづらい…ですし。。。市販の薬とかはないのでしょうか??

A 回答 (3件)

顔のほてりだけであれば、良くあることだと相手も思いますので、特に気になさらずとも大丈夫でしょう。



逆に、もし、それ以外にも動悸がしたり、息苦しくなって、立っていられなくなるほどになるならば、パニック障害として早急に心療内科などを受診すべきです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ん…顔のほてりと体全体が熱くなります。
なぜか?背中が異常に熱くなり汗がジワジワと…

立っていられなくなるような状態にはなりませんが、その状態になると早く元に戻りたいという気持ちになります。

お礼日時:2008/12/06 17:10

赤面症は神経症の一種です。

それで神経症と云う事を説明してみます、終りに治し方と、治ったと云う事を書いてみます。

神経症は自我意識が無意識に入れなくなってしまう事です。それは「意識し続ける」ために起こっています。それは人間の勘違いから起こされていると云っても良いかと思います。人間の普通の生活は自我意識と無意識がお互いに話をしながら、毎日を送っています。意識した方が良い時は、意識が、無意識の方が良い時には無意識が、体を操っています。

処が自我意識が「何かを特別に意識した場合」この均衡が崩れてしまいます。是が精神疾患の元を成しています。この意識をした内容が、或いは、具体的に意識をした事がそのまま症状名になっています。殊更意識をした場合に、人間の心は或る反応をします。その反応と云うのは嫌うという反応です。何を嫌うかと云いますと。心に起った嫌な感情を有ってはならないものとする、と云う反応です。

この事が精神疾患を治しにくい状況にしています。と云うのは、心の違和感、或いは、罪悪感、或いは漠然とした不安等が心に湧きあがった時に、これを異常なものと判断してしまう事が有ります。そして「心には、この感情は要らないもの、或いは、在ってはならないもの」としてしまう事が、次の大きな問題を起こしてしまいます。

それらの「嫌な感じ」と云うものを意識して、四六時中、又意識して、心から無くしたい、追い出したい、追い出そうと、又意識してしまいます。この事で無意識に入り難い状況が出来あがります。その時に無意識が無視されてしまいす、処が無意識にも意識が有ります。無意識にも一つの人格が有ります。

実はこの事が分からない、或いは、分かり難い事から、さらに複雑な問題が生じてしまいます。この事は、話が面倒になりますので、触れません。

人間の心には二つの人格が存在します。自分の心を振り返ってみた場合に、誰でも分かると思います。心と心が話をしたり、言い争ったり、仲よくしていると云う事です。

その二つの心には別々の役割が有ります。一つは物事を論理的に割り切ってゆく事を専門にしています。是は自我意識です。左脳の意識です。分別を専門にこなしている脳と云う事になります。割り切れる事は「有限に属しています」

是とは別に、今言った事とは違う能力、或いは働きをしている人格が有ります。是は仏性とお釈迦さまが名付けたものです。自我意識を働かせているものと云っても良いものです。専門は無限、永遠と云うもの、言い方を替えたなら、分別出来ないものを扱っています。言葉に出来ない事も、従って感情や、体を使う事等です。この意識が無意識を総括しています。

人間が意識をした時は自我意識が体と心をを支配しています。我を忘れて無意識になって何かをやっている時は、仏性が体と心を支配しています。精神疾患と云う形で自我意識が自分を支配している時は、何をやってもうまくゆきません。又体も心も疲れます。

精神疾患の完治とは、自我意識が仏性と又、仲良くなってお互いの専門を担当してゆく事です。判り難くなってしまいましたが、人生における悩みや苦しみ、或いは精神疾患と云うものは、人生における問題を、どちらの脳で解決するのかを勘違いしている状態と云えます。

その証拠が禅問答と云うものです。この問答は自我意識では何としても解く事は出来ません。左脳の分別する機能では解く事は出来ません。それは脳の機能の問題です。

禅問答と同じ問題が有ります、人生は何か?自分とは何者か?と云う問題です。この問題も分別脳では解く事は出来ません。それで禅者は「分別を捨てよ」と云います。

そして自我意識が解く事が出来ないと自覚した時に、仏性が出てきてこの問題を解いてくれます。これで精神疾患の完全解決と云う事になります。心が争いをしないと云う事です。心に平和がよみがえったと云う事になります。精神疾患の元は自分自身の心の争いと云えます。心の矛盾が精神疾患を起こしています。

貴方の場合で言うならば、赤くなってしまう事を嫌って追い出そうとする事が、さらにまた赤くなってしまう原因を作っている、と云う事です。赤くなってしまう自分を受け入れてやる、と云う事が貴方の治りと云う事です。自分が赤くなると云う事実を受け入れられない貴方の心が赤面症と云う症状を固定させています。自分自身を肯定出来ないと云う事が貴方の悩みを作っていると云う言い方も出来ます。
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この回答へのお礼

ご丁寧なご回答ありがとうございます。

自分の意識とは関係なく、今は脳の働きでコントロールされている状態なのですね。なぜこのような状態に突然なってしまったかの原因は定かではありませんが、少しずつ自分の中で治そうと努力しています。

緊張して?赤面しそうな時を予感したら、その手前で自分に「大丈夫」「赤くなるところではない」「リラっクス」etc.自分自身を落ち着かせるようにしています。
度合の変化がまだよく分かりませんが、なんとなく?軽減されたような…これも自分自身を肯定するという治療法なのかなと思います。

お礼日時:2008/12/06 17:20

「赤くなろう」と、試してみると案外なれないことがあると、外国のお医者さんが書いていました。

ぜひだめもとで「赤くなるぞ!」と意気込んで人に話しかけてみられては?ロゴセラピーというそうです。もうひとつは誰かに話をただ聴いてもらい、こころにひっかかる何か原因の事件をはなすことでそのときの嫌な感情を再体験すると問題が消えることがあるそうです。ロジャースという人の全集にあります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

確かに「赤くなろう」と思ってなれるものではないですね。
まだ何が原因なのか定かではないのですが…
少しずつ今の環境に慣れることが解決の糸口なのかな?と思います。

お礼日時:2008/12/06 17:07

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