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3月に高校を卒業しました。地元の私立大学に進学します。
私は幼少時から人見知りが激しく、内向的な性格でした。そのせいか、友達も少なく、休日もほとんど家で過ごしたりしていました。中学~高校にかけて仲間外れにあって(中高一貫の女子校でした)疎外感を感じつつも、「自分はもっともっと勉強していい大学に行くんだ」と思い、勉学にエネルギーを注ぐことで自己を保ち続けました。

「せっかく大学に行くのなら、そこでしか学べないものを学び、それを将来に活かしたいと」と考え、法学部を志望し、院に入って司法試験に臨むことを決めました。国立は一橋を、私立は中央を受験する決意をしました。

結果、両方不合格でした。自分に絶望し、地元の私大に進学することにしました。その私大ですが、過去にオープンキャンパスに行って、雰囲気は自分にあっている気がしたのです。法曹はあきらめて、就職でも頑張ろう・・・と気持を切り換えました。そして、今日事前説明会に行って・・・。同じ学部の人に色々とお話を聞かせてもらいました。サークルがいかに大事か。友達がいかに大事か。タテの繋がりがいかに大事か・・・。

「勉強」を「し」に大学へ行きたい私にとって、結局は単位を落とさないための友人づき合い、単位を落とさないためのサークル活動、違和感ばかりでした。連絡漏れを防ぐためにも友人は多い方がいい、とも言われましたが、それには納得しています。しかし結局、情報の有るもの勝ち。過去問の有るもの勝ち。だから、たくさん友達つくれ。がんばれ。いっぱい話しかけろ。

講義は、単位を取るために受けるものじゃないでしょう?と心の中で訴えました。自分が知りたいから、講義を受ける。テストは、身についたかどうか調べてもらえる。小手先だけどうにかやっていこうとする人もそりゃいると思います。でも四年間もそんな無駄なことをする人でありたくないです。そんなことするなら就職します。

中央のオープンキャンパスでも、もちろんチャラそうな人も法学科でいました。その人から説明を受けました。それでも、「こういう人もいるさ」で、幻滅することはありませんでした。中央は、自他共に「真面目」であることを矜持する大学でした。私でも、夢をかなえられる場所だと、思わせてくれた大学でした。



今までは、「あの大学へ行きたい」という思いで、他人から無視されようがどうされようが、平常心でいられました。でも結局学力も中途半端で、これからは司法試験なんて目標もないし、もしあったとしても、院転入しないと話にならないし、本当に何のために大学に行くんだろう、と悲しいです。

話が交錯しますが、地元の私大は、私の考えるような「勉強をしに大学へ進学する人」はごく一部、ほんとに一部で、交友関係が持てなかったら昼食も一人で、楽しくない・・・まるで私の寂しかった中高生活になってしまいそうです。でも、無理して楽しそうにふるまって、空白の時間を作るよりか、孤独でも必死に勉強する方がいいかな、とも思います。・・・がやはり、人の目は気になるし、今まで無視とかされてきたの、辛かったです。

でも、この性格は直りそうにもないし、他人と無理して付き合ってもきついだけだし、虚無感が増すだけです。

サークルも入りたい考えていましたが、人づきあい苦手だから、やめようかな・・・なんて。
でも、そしたら完全に私は一人で取り残されてしまう、しかも四年間も。
泣きたい気分です。第一志望に受からなかった自分が悪いです。四年間、どうやって過ごせばいいですか?もう勉学の拠り所がなくなった今、何を支えに自分を叱咤させればいいですか?

大学は楽しいところでなくていいです。だって勉強するところだから。辛い大学生活でもいいんです。
でもそれは、互いに切磋琢磨できる友人がいて、目標に向かってつっ走っている前提での話なんです。

孤独に一人、一人だけ、他の人からは異質な目で見られて・・・笑われて、揶揄されて、そんなんでやっていける自信がないです。どなたか、アドバイスをください・・・。アドバイスでなくていいです、感想でもなんでも、何でもいいので聞かせてください。

A 回答 (11件中1~10件)

 ♯9です、どうやら無駄な労力と時間を使ってしまったようです。


「(1)それに就職でさえ学業一筋でやってきた人よりも、学業も遊びも半々、要領よく人づきあいの上手い人を採用するらしいですからね。(2)また中央の話か、でしょうけれど、中央でしたらそういった考えの学生の方が多いでしょう。」
 このうち(2)は完全に誤りです。僕は中央大学でも教えた経験があります。また現在も中央大学の教員として勤務している友人もおります。そうした「事実」に基づくならば、貴女の思い込みによる発言は名誉毀損にも問われかねない最低の発言内容に相当する性質のものといえます。
 企業が採用時に被験者の何処に着目するか判りますか?。その人の持つ「魅力」です。こう鍛えればこの様なポジションで活躍してくれる可能性がある、そのためにはどの様な教育プログラムやサポーター・アドバイザーを据えるのが適切かといったシミュレーションを組み立てて相手を観察しています。それをどのような部分から知ろうとするかといえば「言葉」です。言葉といっても「口から発せられる」言葉だけではありません。その人の書いた言葉や表情・ボディランゲージなど身体全体で表す言葉もあります。ただ単に会話の遣り取りでは表面を取り繕うタイプが有利ですが、文章を書かせればうわべだけを取り繕うタイプは化けの皮が剥がれる時期もそう遠くはありません。貴女自身がそうした取り繕うタイプであることに気が付いていますか?。
 少なくとも「一人でいることに辛さは感じない」と強弁しつつもこの様な質問を寄せたり、また「学力が中途半端であるにもかかわらず背伸びしての受験」が本当の自分を全く理解出来ていなかった何よりの証ではないのですか?。
 仮にの話ですが今のままの貴女が中央に合格したとしても、4年間の間で果たして本当に法曹を志すだけのモチベーションを持つことができたかは疑問です。なぜ法曹を志すのか、そしてどのような法曹を目指すのかは人それぞれにより異なるのは当然です。しかしながら一つだけ共通する理念は「法に反する行為を許さない」との点です。それが如何に社会的地位のある人物であっても社会的にギリギリの生活を余儀なくされてる人であっても法に背く行為を働いた場合には「等しく」法によって裁かれる。こうした「法の正義」の理念などが貴女に理解出来るかどうかも不明です。
 他の方への補足に書かれている様に「弁護士といっても借金したりする現実」があることを知って法曹の道への歩みを尻込みしているようでは最初から法曹には不向きであるといっても過言ではありません。こうした点でも貴女が受験に臨んでの意識は不明確なままです。僕もオープンキャンパスで受験生と話したことがありますが、少なくとも「なぜ法学部を選んだのか」「法学部で何を学びたいのか」との目的意識に濃淡の差こそあれ感じられ実際に翌年春のキャンパスでお目に掛かった学生も数多くいます。
 今の質問者様にとって最も必要なことは「私は自分の将来をどの様なものにしたいか」との中学生レベルの問題にキチンと向き合い自らが答を出す事です。そのためには6年間にわたり質問者様を客観的に見続けてきた幾人かの先生にも話しを聴き「自分がイメージしている自分」と「客観的に第三者が見た自分」のギャップを知る事が必要です。第三者という条件ならば心療内科で青少年心理を専門とするドクターに相談することも有効かもしれません。地元の大学に入り、その後に昨年の地震災害で被災した地域に足を運び、自分の目で現実を見て自分に何が出来るかを考えてみてもいいでしょう。そうした時に初めて「自分と社会の関わり」に対する目を見開くこともでき、その後に再び中央大学法学部の入学試験を受け直しても良いではありませんか。目的が見つからなければ先ずはリセットし新たに目的を見つけ直す。そうした時を一皮剝けたと呼びます。
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この回答へのお礼

本当にすみませんでした。自分勝手な発言でした。不快に思われた全ての人に謝罪します。申し訳ございませんでした。自分がどのような立ち位置にいるのかがよく分かりました。こんな愚人に回答を頂きありがとうございました。

お礼日時:2012/03/11 00:32

うーん・・・


もしこれが嘘でないなら友達になってみる?
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 最初にこの御題を読んだ時「つまらねぇこと考えてるな」と思いました。

質問者様にとって少し厳しい言い方かもしれませんが、結局は「ないものねだり」をしているだけだと思われます。内向的な性格だから友達ができないということと、それを踏み台にして周囲を見返してやろうと思っていたけれどそれも叶わぬ夢だった。果たして本当にこれらは性格的な問題だけに起因するものでしょうか?。
 内部進学ではない限り、大学に入ったら周りの殆どは見知らぬ他人ばかりです。そんな中で友人を見つける最初の機会が学籍簿で振り分けられたクラスでの出会いであり、サークルなどの新人勧誘です。大学一年次にカリキュラムの大半を占めるのは一般教養科目でありこれらは大部屋の講義になります。授業と授業の間の時間に大教室で一人ポツンと何をするでもなく講義を待っていると必ず「あの~、私こういうサークルの者ですが………」と幾つかのサークルから勧誘のチラシを示しながら話し掛けてくる人に出会うはずです。
 「人見知りする性格だから」と言っていても大学を卒業して大学院に進学するにせよ或いは就職するにせよ、人と接しないわけにはいかないことを質問者様ご自身がよくおわかりのはずです。
 にもかかわらずこうして泣き言に近い言い訳を並べ立てても何の出口も見つからないでしょう。実際のところ僕自身もあまり人前で話すことは得意ではありません。今でも過去に経験した吃音の傾向が時々顔を出したりもします。でも会社での僕の職掌は管理職であり現場のメンバーが如何に働きやすい環境を整えるかなどの問題で頻繁にミーティングを行い、或いは何気ない会話の中での相手の言葉に込められた心意を知るための努力が求められています。この一方で僕のもう一つの仕事は大学の教員でもある。大教室での講義もすれば少人数のゼミでの討議の機会もあります。こんな時に僕が留意するのはたった一つ「相手に対する敬意を払うこと」だけです。職場に配属されて間もない新入社員や他学部の学生から見た対象のとらえかたに時として意表を突かれることもあり、そうした時に改めて自らの頭が硬くなっていることを再認識させてくれる格好の材料だからです。「人付き合いが下手」というのも強ち悪くはありません。手前味噌で恐縮ですが別な表現をすれば「聞き上手」と言い換えることもできます。
 単純な話をすれば「10点満点」の人なんぞ何処にもいません。みんな多かれ少なかれ何らかの劣等感を持っている。鼻がデカイばかりに周囲からは嘲られたシラノ・ド・ベルジュラックの話(或いはオペラ座の怪人の物語)や池尾の禅智内供の話を気晴らしに読んでみては如何ですか?。
 質問者様は自らのコンプレックス?にもならない自意識過剰な部分が多分に災いしていると思う。「もっともっと勉強していい大学に行きそれを将来に活かしたい。そのために法学部を志望し、院に入って司法試験に臨むことを決め、国立は一橋、私立は中央を受験する決意をした」のでは院に行く意味も、一橋と中央を選択した動機も不純です。司法試験を受験するだけならば大学に行かないでも可能です。年齢や学歴制限などありません。但し、一つだけ言えることは自己満足のために法曹資格を取得することだけは誤りということです。「私は法曹資格を持っています」といっても周囲の貴女に対する評価が変わるでしょうか?。周囲が貴女を評価するのは「人格」であり「資格」ではありません。
 質問者様は映画や音楽に興味がありますか?。あるいは気分転換に髪型を変えたりしたことがありますか?。美容師さんはそのお客様の持つチャームポイントを如何に引き立てるかが勝負の分かれ目であるとの話を耳にしたこともあります。セオリーどうりにカットしたりセットしたりするだけではお客様の要望に十分応えることができない場合、敢えてカタチを崩す「荒療治」もあります。千利休の一輪挿し、と同じです。
 地元の大学に進学するもよし、捲土重来を期して来春の準備をするもよし、それは質問者様ご自身が決めることで僕らには「このようにすべき」などとおこがましいことは言えません。ただ一つ言えるのはこうした公開の場に貴女自身の言葉で自らを語り始めたとの事実から、一皮剝けた自分を褒め、ここからもう一歩踏み出してみるチャンスを得て新たなスタート地点に立ったとのことだけです。物理的な時間としての季節は春夏秋冬の四つですが、ここにもう一つ加えるならば「人と出会い、旧い自分とお別れする」のも「五番目の季節」ではないのかな、と僕は思います。

この回答への補足

ご回答ありがとうございました。院・法曹に関して、目指した動機が不純とおっしゃいますが、私はただ、入れる大学でなんとなく過ごしてみた。或いはネームバリューで選んで入ってみた、の類で4年間も時間を浪費したくない。と思ったから、同じ4年間なら、目標を持った大学生活の方が断然いいと思ったから、法曹を目指したのです。商学部でも経済学部でも法学部でも、銀行員になれる。同じ職種につくのに、なぜその学部なの?と思いたくなかったから、法学部にしました。・・・というか、理系で薬学部なら薬剤師、医学部なら医者、という明瞭な道筋があるものを、文系なら・・・と考えてでしょうか。両方です。
その考えの根底に、何度も述べますが「大学は学ぶところ」という観念がありました。これもまたですが、遊ぶなら就職する、と。その考えももはや古臭いものになってることは承知していますよ。だから人前ではあまり言いませんし、誰かが大学は遊ぶところ、といったって批判もしません。それに就職でさえ学業一筋でやってきた人よりも、学業も遊びも半々、要領よく人づきあいの上手い人を採用するらしいですからね。また中央の話か、でしょうけれど、中央でしたらそういった考えの学生の方が多いでしょう。そこへの進学を考えていた身として、理解者が少ないであろう大学では辛いな、と。

・・・正直、最難関と言われる試験に合格できる自信はありませんでした。司法浪人生がうじゃうじゃいること、資金も莫大にかかること、たとえ合格してもほとんどが弁護士で、その弁護士でさえも借金をしてしまう人もいるということ。自分にはリスクが高すぎると思いつつも、中央に行ければ何とかなると思ってきました。改めて感じますが、自分には資質などありませんでした。実力もないのに、自己顕示欲ばかり強いくだらない人間でした。

自分の高校からその私大へ行くのは私くらいです。過去の自分と、法律への執着を捨てて、何か別のことを探してみます。

貴重なお話をありがとうございました。

補足日時:2012/03/10 21:07
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 私は誰も友人がいない大学へ行きました。


 そこにいる人は誰も私の事を知りません。
 そんな場所へ行くのですから、孤独な大学生活は覚悟していました。
 不思議な事に一人でいると声をかけてくれる人がいます。

 社会に出て思うのは努力は嘘をつかない事です。テスト対策で良い点を取っても実力が無ければ苦労するのは自分です。楽をした分は必ずしっぺ返しが来ます。
 あなたはこのあたりの事がわかっているようですから、大丈夫と思います。大学は勉強した者が勝ちです。
 将来のために自分を高めて下さい。

この回答への補足

きっとあたな様のような人柄でしたから、周りの人も声を掛けようと思われたのだと思います。
私のような偏屈には誰も声なんかかけませんよ。

努力、はしてきたつもりだったんですがね。6年間。本当に「つもり」だったみたいですね。はやくこれからどうするか決めて、大学で学ぶ意義を見つけなきゃ、底辺人間からもう一生抜け出せなくなりそうです。

ありがとうございました。

補足日時:2012/03/10 21:16
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どこの大学でも、友達を作るのが苦手な人、内向的な性格の人、孤高を保って勉強だけの人・・いますよ。


地元の私立大学ならけっこうそういう人は多いと思いますけどね。
本当は、勉強も身なりも人間関係もバランスよくできるのが良いんですが、でもできない人はできないし、無理をする必要はまったくありません。

自分ひとりだけが仲間はずれと思わないことです。今までは女だけのしかも中高一貫で小さな仲間の中でやってきたけど大学に入ればもっと様々な人に出会います。良い友達ができると思いますけどね~。サークルは楽しいですよ。私は面倒になってきて途中で辞めてしまったんですけど、思い返せば楽しかったな~と思います。いっしょに時間を過ごしたぶんだけもう大事な仲間になってるんです。くだらないことと思えてもその時間はかけがえのないものなんです。

勉強以外に趣味はないのかな?
別に女の子だからっておしゃれや男が趣味じゃなくていいんですよ(笑) 車が好き、ボウリングが好き、絵が好き、ダンスが好き、登山が好き・・・勉強以外に自分が本当に楽しめることがあったほうが、勉学にも身が入ると思います。

昼食くらい一人で食べる人はたくさんいましたけどね。私も普通に食べてたし。それを「ひとりぼっちだ」みたいに見る人は誰もいません。高校の頃もみんな自分の席で一人で食べるのは普通だったし、忙しい人は一人で廊下で立って食べてたりしてました。気分によって友達と話して食べるのがたまに。昼食とかただの栄養摂取ですよ。大学は昼食を食べに行くところではありません。逆に男のくせにいつも10人くらいの同じメンバーで群れて食べてる人達もいたが。その人たちは受講する授業も全部いっしょ。

自分の明確な目標があって自然と一人になる(独立する)のは良いと思いますよ~。そういう人は別にいつも友達同士で固まって無くても周りの人が認めてくれてるし、自然と周りの人が寄ってくることが多い。だけど何も目標が無くて寂しそうに一人でいると、周りが心配します。

本当に勉強が好きなら、勉強=辛いことではありません。
あとチャラそうな人は素直な人が多いから話しやすいと思います。みんな優しいですよ。

この回答への補足

そういったお話が聞けて、安心しました。
自分の高校では、昼食はいつも仲のいいグループが集まって食べて、一人だといる場所がなかったり、
体育の授業ではペア組んで、残り者同士になったり、
移動教室なんてみんな2,3人一緒に移動するのに私だけ一人だったり・・・

一人ってこと自体は別に辛くはなかったんですよ。
でも、一人であることを見られること、仲間外れにあっているんだなって思われることが嫌でした。

だから大学でも、そういう目にあうだろうから、またそう思われるんだな、って。

元気が出ました。ありがとうございました。

補足日時:2012/03/10 21:30
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たぶん、


中央でも一橋でも、行って講義を聴いたらがっかりするでしょう。
大学の教員は学者です。教育者ではありません。教育は専門外です。
あなたが何を知りたくても、情報発信は、概ね酷い物でしょう。
学生が真面目な大学は、今度は教員がそれにあぐらをかいて手抜き講義をし出すでしょう。
講義は彼らの本業ではありませんから。少なくとも彼らはそう思っています。
彼らの本業は学者屋さんです。学者の仕事に力を注ぎたいことでしょう。

司法試験、目指したらどうですか?
バカ大学はお断り、なんてルールはないのですから。
お話全体のスケールが小さすぎます。
逆から考えれば、司法試験に受かる奴って、異質でしょ?普通。
群の中にいる限り、司法試験なんて異質なものは無理って事でもあります。
灘ならどうか判らないけれど、桜蔭程度なら異質なくらいでないと無理では?
あなたが本当に優秀な人であれば、群の中には居られません。そのうち居られなくなります。群れていられるうちは大して優秀ではないって事です。
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感想でもいいとの事ですので。


まず、理解に苦しむ点として

>「勉強」を「し」に大学へ行きたい私にとって、結局は単位を落とさないための友人づき合い、単位を落とさないためのサークル活動、違和感ばかりでした。連絡漏れを防ぐためにも友人は多い方がいい、とも言われましたが、それには納得しています。しかし結局、情報の有るもの勝ち。過去問の有るもの勝ち。だから、たくさん友達つくれ。がんばれ。いっぱい話しかけろ。

という所。
「勉強」を「し」に大学へ行きたい、といっている割に自立心がないように思えます。
あなたは友人がいないと単位もろくに取れないのですか?
連絡漏れを防ぐためっていうのもよくわからないです。
そのくらいは自分で管理できるでしょう、普通。

あなたは自分で思っているほど真面目でもなく、勉強熱心でもないのでは?

>孤独に一人、一人だけ、他の人からは異質な目で見られて・・・笑われて、揶揄されて、
も自意識過剰なだけな気がします。
恐らく、他の人は、あなたの事など関心もないと思います。

個人的には孤独が悪いとは思いません。
しかし、あなたは孤独が辛いのですよね。
開き直れればいいのですが、できそうですか?
できないようでしたら、何か気が楽になるような方法を考えてみます。
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もし勉強をしに大学に行きたいという信念が固いのならば、そんなに不安になるはずがありません。


人の目なんて関係ないですよ。
結局あなた自身の決意が甘いのではないですか?

大学は別に一緒に勉強してくれる友達がいなくたって勉強できる場所です。
とくに大学の勉強は自分でやらないと動かないのです。
そこが高校と違っていいところであり、大変なところです。
また高校までと全く違い、クラスのあの親密なところはありません。
同じ授業を受けている人、というだけで名前も顔も分からない人が多い。
(もちろん大学の規模によります)
なので、友達が多くなくても、別にそれが目立つわけでもなければ、笑い物になることも少ないでしょう。


きっとあなたはみんなが法曹を目指す環境で仲間と切磋琢磨しながら勉強したいと思っていたのでしょう。
でも実はそんなに爽やかでもきれいでもないとこですよ。
今法曹界に入るには法科大学院にみんな行かなくてはならないですよね。
そのためには成績がものすごく大事なんです。
私のいる大学の法学部でも、みんな良い成績をとるために殺気立っています。
もちろん大学は勉強するとこですが、そんなピリピリするのもなんかいやですね。
(もちろんこれは私の個人的考えなので無視してください)

あと法学部行かなくても、お金に少し余裕があれば、予備校に通って、法科大学院を受験することも全然可能です。
わたしの周りにも、法学部じゃないのに、予備校に通いながら大学院目指したり国家1種めざしたりしてる人がたくさんいます。

別に生きる場所は、大学の教室だけじゃないですよ。
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自分と似ていることが目に留まりまして、投稿させて頂きました。


私は法学部の大学生です。

私も、高校を卒業して、そのようなことを思いました。
でも、大学に入りましたら、勉強もできて、お洒落で、友達も沢山いる人がいることにに気づきました。
私はショックを受けました。その時は、自分が一つも勝てないと思って、絶望しました。
でも今は、ちょっと苦労しましたが、楽しいし、勉強も頑張る生活を送ることができています。


私がアドバイスしたいことは、3つです。
1つは、大学に入学してびっくりしないように、今からよく準備をしてください。(勉強・服装・趣味・同じ大学に入る人と知り合いになるなど)いわば準備運動です。
2つめは、この後、どういう道に進まれるかわかりませんが、今の勉強を頑張ろうという気持ちを忘れないでください。
3つめは、ちょっとでよいから、自分の考えと違うことも受け入れてみてください。最終的な判断はそのあとでもよいはずです。

勝ち負けではないけど、勝ち負けにも拘ってしまうことはあると思います。でも、大切なのは、焦らず、コツコツとやることです
駄文ですみません。お互い頑張りましょう。
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負け犬どうしがつるんでいるような社会にしかみえないなら,孤高をたもって司法試験とか公務員試験を目指せばいいじゃないですか。

同級生が少なくとも300人くらいいると思いますが,そのなかに数人くらいは同属を検出できて親しくなれるんじゃないかと思います。「親しい」というのは,「こいつと木刀で試合するのはいいが,真剣で斬りあいたくはない」と互いに認め合うということです。
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