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【歴史研究家または社会学者に質問です】日本は江戸時代は300の藩が国内統治の管理をしていたが、明治時代に現在の47都道府県の国内統治に1つの当主に管理の権限を大きく与えたわけですが、人口減少で47都道府県をもっとコンパクト化して減らすとどうかと言ったら、減らすと1人の管理者の管理する範囲が拡がりすぎて貧富の格差が拡大するから反対だという意見が出ました。

1人に多くの権限を与えると貧富の格差が拡大するなら、300もの当主に土地の管理の権限を細分化させて与えていた江戸時代の方が貧富の格差が無かったのでしょうか?

江戸時代は貧富の格差が現在より少なかったのですか?

管理の範囲を小さくすると貧富の格差が縮小するなら47都道府県を94都道府県に細分化すればいまの貧富の格差は小さくなるのか教えてください。

A 回答 (1件)

そんな単純な相関があるとは思えないのですが・・



島根と鳥取は同じ県だったことがありますが、仲が悪くて別れましたw 大石川県や大大阪などもありました。淡路島は昔は徳島でしたが、これも仲が悪くて兵庫になりましたね。

領域が大きいと、『なんであっちの方ばかり・・』と不満を持つ人の数も相対的に多くなるためでしょうw

行政単位は大きいほうが効率化を計れるので、平成の時に市町村の大合併が行われましたし、県単位から今の〇〇地方単位にまとめるという案もあったりするようですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2023/08/26 08:36

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