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司馬遼太郎はフィクションとしての坂本龍馬を描くために「龍馬がゆく」ではなくあえて「竜馬がゆく」としたのだという説があります。しかし、「龍」を新字体で書くと、「竜」です。司馬さんがこの小説を発表したころ(1962年)漢字は新字体で書くのが一般的でしたからから、龍馬は竜馬と書かれただけの話でしょう。最近でこそ、坂本龍馬は龍馬と書かれて、「龍馬伝」(大河ドラマ)とか「龍馬史」(磯田道史の本)のように龍馬と書かれますが、1962年ごろは竜馬と書かれていたはずです。長嶋茂雄は長島茂雄だったし、最近亡くなった小澤征爾さんは新聞等ではたぶん小沢征爾とか書かれていたでしょう。逆に、なぜ最近は坂本竜馬ではなく坂本龍馬と書かれるようになったのでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 平成あるいは令和生まれの方はご存じないかもしれませんが、昭和のころは自分の名前といえど、旧字体を使うことは許されず、有名人の名前を出すと、新聞等では長嶋茂雄は長島茂雄、小澤征爾は小沢征爾というふうに新字体の漢字をつかって書かれていていました。私も自分の名前を書くとき、今は戸籍にある旧字体の漢字をつかっていますが、昭和のころは新字体の漢字を使って書いていました。

      補足日時:2024/03/28 09:30
  • どう思う?

    司馬遼太郎の師匠筋にあたる人に子母澤寛という作家がいますが、この人は「勝海舟」という本を書いており、1974年のNHKの大河ドラマ「勝海舟」はこの本が原作です。子母澤寛のWikiには
    「新編勝海舟 創元社、1952-1953年 のち新潮文庫(全6巻、改版)- 大河ドラマ原作」とあります。わたしは創元社の本は持っていませんが、新潮文庫(全5冊)は持っており、愛読書の一つです。

      補足日時:2024/03/30 06:17
  • (補足の続き)この本の最後のページには昭和43年(1968年)12月25日発行、著者子母沢寛とあります。(子母澤寛ではなく、子母沢寛であることに注意。)勝海舟は坂本龍馬が尊敬した師匠筋の人物の一人ですが、この本にも坂本龍馬は何度も登場します。たとえば、この本の第4巻267ページには佐藤与之助が「・・京の三本木で偶然にも、ずいぶん久しぶりに、坂本竜馬に逢った便りであった」とあり、以下与之助の手紙の引用され、「竜馬こと、数日前入洛。刺客を避け、云々・・」とあります。このように、少なくとも、この本では坂本龍馬は坂本竜馬と書かれています。少なくとも文庫本バージョンでは龍馬は竜馬、子母澤は子母沢と書かれています。

      補足日時:2024/03/30 06:18
  • ついでに補足をもう一つ。我が家にある岩波の広辞苑(昭和48年8月15日第2版第7刷)の
    「さかもと」を検索すると、「ーりょうま[坂本竜馬]」とあり、「江戸末期の勤皇家。土佐藩士。剣法や航海術に長じ、海援隊を組織、西郷・小松・木戸らと計り、薩長連合を策し、王政復古に尽力。京都の旅寓で中岡慎太郎と共に刺客に殺された」とあります。当時は坂本龍馬は坂本竜馬だったのです。

      補足日時:2024/03/30 07:48
  • この問題に関してある人がこのリンクを教えてくれました。一読の価値があると思います。
    https://www.hamajima.co.jp/rekishi/qa/a23.html

      補足日時:2024/04/02 07:59

A 回答 (5件)

平成22年に 「字種」という考え方・取扱指針が示されて、竜も、龍も、亜も、亞も、 圧 ・ 壓 、読・讀も、字種の違いがあるだけで、常用漢字であることに変わりないと示された影響が大きいのでしょう。


https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/k …
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この回答へのお礼

おっしゃることは、私の質問の最後の部分、「なぜ最近は坂本竜馬ではなく坂本龍馬と書かれるようになったのでしょうか?」に対する回答ですよね。質問の前半部分についてはどう思われますか?

お礼日時:2024/03/28 09:14

龍より竜の字のほうが、認知度が高かった。

読むだけでなく、書ける字ですから。フィクションだから竜馬にしたというより、誰にでもわかる人物像ということで、竜馬に。
史実とフィクションの割合は、他の司馬遼太郎作品と似たようなものでしょう。

小山ゆうの漫画で龍馬に注目が集まり、龍馬直筆の手紙などもいろいろ紹介されるようになりました。佐久間象山の塾への入門者名簿への署名なんか、龍馬と大きく書かれてます。龍馬でもいいんだと、紹介する側が判断し始めたのでしょう。
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この回答へのお礼

補足コメントは読まれたのでしょうか?子母澤寛の小説だってそうだし、「広辞苑」だってそうであるように、「竜馬がゆく」の出版当時は新字体(つまり、龍ではなく竜)で書くのが普通だったのです。2000年ぐらいから少なくとも名前等については旧漢字が使用されるようになったのです。勝海舟の「氷川清話」と「海舟語録」はそれぞれ2000年と2004年に第1刷が出ていますが、坂本龍馬と書かれています。

>史実とフィクションの割合は、他の司馬遼太郎作品と似たようなものでしょう。
とくになぜ「竜馬がゆく」が問題になっているかというと、従来坂本龍馬の業績とされていたことが実はほとんどが別の人間の業績だという批判が近年高くなっているからです。たぶん、この批判の急戦鋒は歴史家・作家の加来耕三氏です。中・高の教科書から坂本龍馬の名前は消えるらしい。

お礼日時:2024/04/01 09:06

むしろ今ではトンデモな織田信長(女だったり不死だったり異世界人だったり・・)を、平気で織田信長と称しているアニメや小説が大量にある

ほうが、よほど問題だと思いませんか?w
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この回答へのお礼

そんな「トンデモ本」は読まないし、知りません。だれも本当だとは思わないから問題はないのでは。
坂本龍馬は司馬さんが「竜馬がゆく」を書く以前はほとんど無名な人物で、知る人ぞ知るという存在だったのではないでしょうか。私が子供のころを考えても、坂本龍馬を知っている人は(ほとんど)誰もいなかったし、龍馬を「りょうま」と読める人はいなかった気がします。当時だって、新選組の近藤勇や勤皇の志士月形(武市)半平太や桂小五郎は有名だったのです。いまでは坂本龍馬は中学・高校の教科書にも登場するらしい。
もちろん、龍馬がほんとうに歴史的に大きな仕事をした人物かどうかは別として、ひとかどの人物だったことはまちがいなく、勝海舟の「氷川清話」や「海舟語録」にも坂本龍馬の名前は登場します。

お礼日時:2024/03/30 09:19

>「龍」を新字体で書くと、「竜」です。

司馬さんがこの小説を発表したころ(1962年)漢字は新字体で書くのが一般的でしたからから、龍馬は竜馬と書かれただけの話でしょう。

 それはその通りですけれど、人名はなからずしもそういうかたちはとりませんよね。むしろめったにないはずです。最近竜馬ではなく龍馬と書かれるようになったのは「竜馬がゆく」の影響が小さくなったから、むしろこの作品の影響を受けていないよ、という姿勢を示すためではないですかね。
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この回答へのお礼

補足を書きましたので、ご覧ください。

お礼日時:2024/03/30 07:50

司馬遼太郎が、小説を書く時、当時の金で


2千万円を使って資料を集めた、といいます。

そして、史実としての人物とは、あまりに
乖離があったので、
龍馬ではなく、竜馬にした。

つまり、これは事実とは関係なく
ただの小説だよ。

そういう説があります。
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この回答へのお礼

質問の冒頭に書いた通りその「説」は知っています。しかし、「龍」と「竜」とは旧字体と新字体との関係、つまり、No1さんが添付してくれた資料によると、同じ「字種」です。司馬遼太郎が「竜馬がゆく」を発表したころ(1962年)はすべての漢字は新字体で書くことになっていたので、「龍馬がゆく」ではなく「竜馬がゆく」と新字体で書かれているだけの話でしょう。したがって、その「説」の信ぴょう性に疑問があると言っているのです。

お礼日時:2024/03/28 09:09

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