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気になったことがあるので質問します。

三国志などを読んでいると、戦争時に国の名を掲げた旗と一緒に従軍している将軍の旗(馬印?)があることが多いですよね。

春秋戦国時代にそういったものは存在したのでしょうか?
敵味方の区別をするという意味では、必要だと思うのですが、いろいろ探してみたものの、あるかどうかがはっきりしないので、もしわかる方がいらっしゃったら回答をお願いいたします。

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A 回答 (2件)

まずはっきりしている事。


三国志の中に、たとえば倭人伝で魏から邪馬壹国の難升米に黄幢を授けた、とありますが、学説ではこれは黄色の軍旗です。
文字が書いてあったかどうかは不明ですがあってもおかしくはない所でしょう。
では漢字そのものの普及はどうか?
一説によると文字というものが広く使われるようになったのは東周になってからだといいます(私はこの説に説得力を感じます)。
具体的に言うと、西周時代までは漢字の使用そのものが殷および周によるほぼ独占状態であって、青銅器に鋳込むかたちで、魔術的役割を果たしていたというのです。それが周の実際は分裂から弱体化の時期を経て春秋時代になり、漢字の使用(漢字を司る技術者そのものも含めて)の拡散・一般化が起きたという説です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4121015932/24 …
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061495089/24 …
など。

従って春秋期以後はそういう使われ方をされだしてもおかしくはありません。ただし、当初は敵味方の区別や将軍の地位などより、もう少し呪術的意味が込められていた事でしょう。
同様に(というよりこちらの方が先か?)色・絵柄なども重要な要素であったと思われます。
それ以上は知りません。

なお、

>三国志などを読んでいると、戦争時に国の名を掲げた旗と一緒に従軍している将軍の旗(馬印?)があることが多いですよね

ってのはたとえば「横山光輝さんのあれ」とかですか?いいたくないけどあれはかなり考証は適当というかでたらめですよ?その辺はちょっと検索しただけでも山ほど出てくる話なので楽しむのは兎も角信用などなさらぬように。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

魏志倭人伝の難升米の記述、見直してみます。彼の地位を表す意味で授けられたと考えてもいいのですね。

旗に呪術的な意味ですか…なるほどそういう使われ方ですか…考えもしませんでした。
色に意味があるというのもよく見かける話ですね。

>「横山光輝さんのあれ」
横山三国志は読んだことはありません(吉川ならありますが)。漫画系はもともと信用しておりませんので参考にはしません。ただこの時代に本当にあったのかどうかふと気になったものですから…

ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/31 19:41

「三国志などを読んでいると、戦争時に国の名を掲げた旗と一緒に従軍している将軍の旗(馬印?)があることが多いですよね。


ですが、これははっきりした史料に基づくものではないと思います。明や清の時代にできた、現在まで伝わっている画像資料(本の挿絵、絵巻物など)に拠っているものと思われます。

私の記憶では、現在「劉備の肖像」とか「曹操の肖像」などとされるもので一番古いのは、明の時代のものだと思います。要するに、三国志時代のことともなると、基本的には文字でしか伝わっていないのです。

ですので、
「春秋戦国時代にそういったものは存在したのでしょうか?」

「史料が残っていないので不明」
ということになるでしょう。あるいは、陶器に描かれた絵などで何かの情報が残っているのかもしれませんが、詳しい情報ではないと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かにこの時代の資料でははっきりしていないものばかりですね。やはり明代ですか…知っている限りの資料を見ても明代以後のものばかりですね。

イラスト作品を描くために資料を探していたので、想像する以外にないようです。

ありがとうございました。

お礼日時:2006/05/31 18:18

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