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"I know how stubborn he could be"
という、文の"could"に関してなのですが、この文と
"I know how stubborn he is"
という文では、どう違うのでしょうか?
最初の文での"could"の役割についで教えていただけないでしょうか?

A 回答 (5件)

Gです。

 こんにちは!!

日本では助動詞の過去形が来るとなぜか仮定法と言う名前が出てきますね。 なぜなんだろうといつも思います。

過去形によって可能性が低い事をほのめかす事が出来ますが、canの持つ、可能性を示す時とか能力を示す時の「出来る」と言う意味を過去形にしてももっていると言うことをこの文章から感じて欲しいです。

つまり、頑固さを出さないと言うことじゃないよ、たまには頑固な時もあるのを知っているよ、どんなに頑固になれるのを知っているよ、と言うようなフィーリングがこのI know how stubborn he could be で表現でき、I know how stubborn he isと言う表現を使えば、彼はどんなに頑固なのかを知っている、と言う表現になるわけです。

どんなに頑固のなれるかを知っていると言うのとどんな頑固なのかを知って知る、と言う違いだと言う事です。

断言を避けているか避けていないと違いと言うことでもあるわけですね。 

しかし、断言を避けているからと言って本当に頑固で仕方ないと言うことを知っている可能性だってあるのですね。 でも、それを断言しない表現方法が、couldであるわけです。

日本語でもちゃんと知っているのに断言する(知ったかぶりして断言する人もいるようですが)事を避けるために、「と思います」と言う表現をするのと似ていると思って良いと思いますよ。

参考になりましたでしょうか。 分かりにくいところがありましたらどんどん突っ込んでまた書いてくださいね。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。
大変参考になりました。

一点伺ってもよろしいでしょうか?
この文を、
"I know how stubborn he can be"
としたら、おかしいのでしょうか?
「canの持つ、可能性を示す時とか能力を示す時の「出来る」と言う意味を過去形にしてももっていると言うことをこの文章から感じて欲しい」のなら、そのまま"can"を使ったらどうなのだろうか?
と思ってしまいました。その辺はやはり、
"could"は過去形で使うと現在時の推量を表すので"could"を使うのが普通なのでしょうか?

お答えいただければ幸いです。
よろしくお願いします。

お礼日時:2008/05/22 20:59

あんまり難しいことは解らないけど、



1.I know how stubborn he could be
2.I know how stubborn he can be
3.I know how stubborn he is

1.彼がどんなに頑固になるだろうかは知ってる。(仮定推量可能)
2.彼がどんなに頑固になるか知ってる。(可能)
3.彼がどんなに頑固か知ってる。(確定)

で、世間一般には1.couldの形がよく使われると思う。
なぜなら仮定だから。頑固かどうか100%絶対確定ではないでしょ。頑固じゃない時も何等かの理由であるかもしれない。
でも限りなく頑固に決まってるだろうからcouldが使われる。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2008/05/25 12:49

Gです。



>この文を、"I know how stubborn he can be"
としたら、おかしいのでしょうか?「canの持つ、可能性を示す時とか能力を示す時の「出来る」と言う意味を過去形にしてももっていると言うことをこの文章から感じて欲しい」のなら、そのまま"can"を使ったらどうなのだろうか?と思ってしまいました。その辺はやはり、"could"は過去形で使うと現在時の推量を表すので"could"を使うのが普通なのでしょうか?

可能とか推量などの漢字二文字で人間の持つ複雑な感情表現を分類する事さえおかしいと思ってください。

推量といってもいろいろな推量がありますね。 かなり確実性の高いと考えられるもの、まずないだろうとするレベル、すべて推量ですね。 しかし人間として、推量レベル1から推量レベル100まで分ける事が出来るわけです。

それを副詞で表現する事だってありますね。 surely, most likely, perhaps, possibly, probably, maybe, unlikely, most unlikelyと言うような表現を使うわけです。 すべて推量ですね。 また形容詞も使いますね。 I'm sure, I'm not quite sureの様に文章の一部としても、possible reason, thinkable reasonと言う風に名詞を修飾もしていますね

では動詞ではどうでしょう。 thinkはどうですか? 推量ですね。 estimate, anticipate, imagine, guessなども推量のレベルの表す動詞ですね。 断言できないわけです。 そしてknowですから実は推量の一つですね。 知っているといったからといって事実ではないわけです。 その人が事実だと感じているだけの事ですね。 これって推量? 私から見れば推量です。 その人から見ればそうではないでしょうか。 (間違っていると誰でもわかるにも関わらず、~です、と断言しても事実ではないですね。)

日本の英文法ではこれらの事を無視して、助動詞が来ると二文字の漢字で処理してしまうのです。 ま、その方が何か学術的だと言うイメージがあるのかもしれませんね。

He will do it
He would do it
He can do it
He could do it
He may do it
He might do it

すべて私なら推量と言っていいはずと思いますよ。 ただ程度が違うと言うことだけですね。 

この程度の違いが現在形なのか(文法的)過去形の形をしているのかによってでる違いなのです。 つまり過去形にすることで、事実から離れていくわけです。 (私自身、このカテでも何度か書きましたが、過去形といわなくたって過去形と同じスペルをする現在形であり、willとwould派どちらでも現在形、としたっていいではないか、と思っています。 少なくとも、過去形とはまったく別の現在のフィーリングを示しているわけですから)

また、この助動詞の過去形が来ると「仮定法」と言う用語が出てくるのもおかしいのです。 持って来なくたっていい事なのです。 この場合必要のない知識です。 

I know how stubborn he could beと
I know how stubborn he can beの違いはcouldかcanですね。 これは本当の意味での程度の違いではなく、これを言う人の判断に過ぎないですね。 その人の今までの経験から彼と頑固さと言うものとのつながりをどう思っているかと言う事なのですから、つまり、その人の気ジョン的な考えに過ぎないわけです。

しかしその人は、couldで、頑固さを表面に出す事はできない事はないだろうけどあまり出さないほうだね、あまり見たことがないね、でも出そうと思えば出せると思うよ。 頑固さがないとは断言できないね、と言っているわけです。

canの場合は頑固さを出せると言うレベルが高いと言うことを言っているわけです。 可能だし、能力だし、また推量でもあるしこれら三つすべて組み合わされて入っていますね。 分類しようとする事さえおかしいわけです。 文章が何を言っているのかさえ分かっていればいいのです。 その理解から二文字を選ぶ事はさほど難しい事ではないでしょう。

とにかく、このcanを使うことで、彼は頑固になるときはなるよ、俺見ているしね、頑固になれる能力は十分持っているぜ、頑固さがでてくるのは可能だね、頑固になると言う推量はかなり高いといってもいいんじゃないかな、と言うことになるわけです。

つまり、彼は頑固になれる、と言う表現をして、その理由は見た事がある、とかですね。 

ですから、この表現は文法がそういうからではなく、人間の持つフィーリングのレベルをどう表現したら相手に伝わるのかによってネイティブは表現方法を選ぶわけです。 それが助動詞を使うか、動詞を使うかまったく別の表現方法を使うか、すべてその人の表現力なのですね。

I know he is stubbornはその人の判断に過ぎないですね。 事実と分類する事は、つまり、事実を示していると私たちが解釈したら、それは正しいとはいえないと思いますよ。 知っている、といっても、それは誰かがいってたから知っている、といっているに過ぎないかもしれませんね。 もう何十年も友達でいて何度も診ているから知っているといえるのかもしれません。 この違いを感じ取れるか取れないかで英語の表現力が理解に現れてくるわけです。

文法参考書の著者が学校文法的に説明(??)出来てもその著者が例文として書いた英文が変な英文であると言うことを見てきた人たちは(私たちを含めて)We know the person does not know English well enough to communicate in Englishと断言するわけです。  

かえって混乱させてしまいましたか? もしそうでしたらまた書いてください。 
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この回答へのお礼

たしかに、おっしゃるとおりだと思います。
私たちは日本語を文法的に考えて話していません。それと、同じなんですね。
ただ、やはりGさんのように思えるようになるまでには、もっと英語に触れないとだめなような気がします。
これからは、文法だけでなく人間のフィーリング、表現を汲み取ることにも注目していこう思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/05/25 12:45

こんにちは。

5/13のご質問ではお礼のお返事を有難うございました。

ご質問1:
<"could"の役割についで教えていただけないでしょうか?>

条件節を言外に含む婉曲用法になります。

1.couldやwouldなどの助動詞の過去形には、条件節(If節)を言外に含んで推量する、婉曲表現があります。

2.つまり、あくまで「推量」であって「事実」ではありません。

3.これらの助動詞が使われている文には、If節はなくても、主語、副詞、副詞句などに、条件の意味が内包されていることがあります。

その場合は、その部分を条件節的に訳すときれいな訳になります。

4.ご質問文は、主語heに条件の意味が含まれます。その意味を踏まえた訳出の流れは以下の通りです。
(直訳)「彼なら(彼だったら)、どんなに頑固になれるか、知っている」
→(意訳)「彼がどんなに頑固になるか、知っている」


ご質問2:
<この文と"I know how stubborn he is"という文では、どう違うのでしょうか?>

1.isとcould beの違いは、文法的には、「直接法(叙実法)」と「仮定法」の違いです。

2.意味的には、「事実」と「推量」の違いになります。

3.ご質問の2文を訳すと以下のようなニュアンスの違いになります。
I know how stubborn he could be
「彼がどんなに頑固になる(なりうる)か、知っている」
ここでは、あくまで「推量」であって、実際には「頑固」な状態ではないのです。

I know how stubborn he is
→(意訳)「彼がどんなに頑固であるか、知っている」
ここでは、「頑固である」という事実の再認識になっています。


以上ご参考までに。
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この回答へのお礼

今回も詳しく解説していただいてありがとうございました。
英文を読んでいると、会話文では、よく"could"や"would"がでてきていたので、とても気になっていました。
今回も、完璧にわかりました。あとは英文をいっぱい読んで慣れなくてはいけませんね。

お礼日時:2008/05/22 20:48

how stubborn he isでは、かれは頑固である、と断言しています。


could beにすると、頑固に成り得る、条件次第で頑固なときもあるだろう、と軟らかい表現になります。
用法としては、遠回しに言う、仮定法の一種です。
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この回答へのお礼

早々に回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2008/05/22 20:36

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