『ら』抜き言葉について説明できる方いらっしゃいませんか?

前に私が書いた文章の「ら」を抜かれた事があって、
その人に『ら』抜き言葉の説明をしようと思ったら、
うまく説明できませんでした。
例を挙げようと思って、
「捨てれる」「捨てられる」を挙げたら、
「意味の違う言葉だ。」と言われてしまい、
何も言えなくなってしまいました。
うまく説明できないと、私の日本語がおかしいように思えてきます。

誰か、良い説明方法を!

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A 回答 (14件中1~10件)

>>「捨てれる」「捨てられる」を挙げたら、


>>「意味の違う言葉だ。」と言われてしまい、
この例を使って説明しましょう。
「捨てる」は現代語では下一段活用(古語では下二段活用)をする動詞で、次のように活用します。

捨て-ない 捨て-ます 捨て-る 捨て-るとき 捨て-れば 捨て-ろ

「捨てられる」は、「捨てる」に可能をあらわす助動詞「られる」がついたものです。
そして、「られる」は、上一段・下一段・カ行変格活用(以下カ変)の動詞の未然形(「捨てる」なら「捨て-」)につく、という決まりがあります。
上一段・下一段・カ変などというとむずかしいですが、たとえば次のような言葉が該当します。

上一段 … 見る、着る、起きる、下りる など
下一段 … 捨てる、受ける、出る、逃げる など
カ変 …… 来る

上に挙げた例のような動詞に「-れる」を付けるのは、だから本来おかしいのです。
でも、どの動詞に「-られる」を付けなければいけないのか、一つ一つ覚えるのは大変ですよね。
そこで簡単な見分け方を紹介しましょう。「~ない」を付けてみるのです。「捨てない」とか「来ない」とか「見ない」とか。このとき、「ない」の直前の文字が「ア」段でなかったら、その語には「-られる」を付けなければいけません。

しかし、nanazouさんの「ら」を抜いてしまった人にはこんな意識があったんでしょうね。「それじゃ、可能と受け身の区別がつかないじゃないか!」と。

私の大切にしていた花を人に捨てられる。(受け身)
私は何でも思い切りよく捨てられる。(可能)

どちらも「捨てられる」じゃ、どっちがどっちかわからん。だから可能の方は「ら」を抜いて「捨てれる」にしよう。…ということで生まれたのが「ら抜き言葉」なわけです。国語学ではこういうのを「同音衝突の回避」などと呼んでいます。つまり、違う意味なのに同じ発音な言葉があると、自然にそれを避けようとして言葉が変化する、という現象です。こういう例は歴史上にいっぱいありました。
今は「ら抜き」は正しい国語ではないとされています。でも、そういう法則があることを考えると…何十年か後にはどうなっているかわかりませんね。
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明治生まれの祖母も、いわゆる『ら抜き言葉』を当然のこととして用いておりました。

祖母が小さい頃(日清戦争の頃)には、少なくとも、大阪ではごく普通に使われていたものであると聞いたことがあります。
東北方言と関東方言から作られた『標準語』においてのみ、不適切な表現というのが『ら』抜き言葉なのでしょうネ。
すでに回答にありますが、意味が曖昧になる可能性がある場合、それらを明確に区別するために進化したものが『ら』抜き言葉でしょう。
例に挙げられている『捨てれる』には可能の意味しかなく、非常にはっきりとしたものです。
それに対し、『捨てられる』には受動の意味と可能の意味の2つがありますので、文脈やそのときの雰囲気などから意味を推測しなければならなくなり、タダでさえ曖昧な日本語を、より変なものにしているような気がします。
可能と受動で完全に使い分けをするということが基本となっている方が言葉のルールとして優れたものであると考えます。
『正しい日本語』なんていう認識は、たかだか、100年程の歴史で作られたものです。各地域の伝統文化である方言の中で、ずっと使われてきた『ら』抜き言葉に目くじら立てることについては、非常に違和感を感じて止みません。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

口語では、『ら抜き言葉』をいつの間にか使っている事、あります。
使わないようには心がけているのですが。
『ら抜き言葉』は、口語では使ってもかまわないと私も思いますよ。
ただ、正式文書での話なんです。
小学校から国語の授業で習ってきたはずの言葉を、
わざわざ「ら抜き言葉」に直されてしまったものですから。
「ら抜き言葉」はこれから当たり前のものとなっていくのかもしれません。
でも、現時点では、国語の授業で習う言葉を、
書類なんかでは使うべきだと思いませんか?

たくさんの方に説明していただいたように、
話しました所、分かってはもらえたようです。
改めて勉強になったなあって感じです(^_^)。

ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/15 13:09

 nanazou様・sesame様


 失礼しました。誤解を招く説明でした。所謂可能動詞の説明もしようとしていたのですが忘れてしまっていました。泳ぐ→泳げる、書く→書ける これら可能動詞の説明が抜けてました。五段動詞は可能動詞を作ることの説明が抜けていては話になりませんでした。それともう一つのご指摘ですが、まったく穴があったら入りたい心境です。そうです、動詞はすべて「ウ段」です。恥ずかしながらどうしてこんな簡単な説明ミスを犯したのかという言い訳をさせていただきますと、最近子供に英語を教えていて、中に動詞の概念が分からない子がいて、その最終手段として「いいか、とにかく動詞は「ウ段」で終わるんだよ、ウ段、ウ段」と繰り返しておりまして、それを五段動詞と混同してしまっていたのでした。五段活用の見分けとしては「ない」をつけての説明をなさっていたsesameさんの方法で私も説明しようとしていたのに、何を血迷ったか、動詞の概念をつかめない子たちの亡霊(?)が一瞬私に取りついて…m(__)m。まことに失礼致しました。「急がば回れ」もっと落ち着いて回答するように致します。nanazou様、申し訳ございません。sesame様、「細かい揚げ足を取るようでごめんなさい」なんてとんでもない。私のほうこそ慌てて説明してしまい、本当に申し訳ございませんでした。以後気をつけます。
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すみません訂正します。


可能動詞の例の部分「読め」ではなく「読ま」ですね。

「読ま」+「れる」=「読まれる」
ではなく「読める」

ということで…
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 「ら抜き表現がおかしい」という意見は、ここ最近、オジサン達がコギャルの言葉に敏感になってから急に言われ始めたもので、実際にはむかしっっっっからありました(笑)


 確認しているだけでも、少なくとも戦後間もなくから使われ始めたようです。もしかしたらもっと古いかもしれません。

 もともと、俺は「正式文書でない文書の日本語文法」の誤りを指摘する行為自体をナンセンスだと思っているんですがね(^_^;

 大事なのは、「通じない日本語」を使用する人を、これから就職する人達の中から減らしていく努力なのであって、「正しい日本語」の使い方を講釈することではないと思います。
 どうでしょうね。
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個人的にはなんかルーズな響きに感じるので「ら抜き言葉」は嫌いです。


「れる」「られる」には自発・尊敬・可能・受け身の4つの意味がありますよね。
「ら抜き言葉」はそのうちの可能の「られる」の「ら」が抜けたものを指しているもの、でよろしいでしょうか。

理屈でいえば(学校の国語の時間に頭を戻して下さいね)、「れる」「られる」は動詞未然形〈「~(し)ない」から「ない」を取ったかたち〉に接続します。
この内『5段活用(未然形の最後がア段)』『サ行変格活用(する)』の動詞には「れる」(使用することはあまりありませんが…)
『上一段活用(未然形の最後がイ段)』『下一段活用(未然形の最後がエ段)』『カ行変格活用(来る)』の動詞には「られる」(着・られる、捨て・られる、来・られるetc.)

が文法上では正しいとされています。後者の「~られる」から「ら」を抜くと「ら抜き言葉」といじめられます。

しかし実際、5段活用の動詞は「可能動詞」という変化をします。
例えば「読む」は上記の法則からいうと「読め」+「れる」=「読めれる」となりそうですが、実際は「可能動詞」の「読める」と変化します。(下一段的な活用をするのかな?)
ここら辺が「ら抜き言葉」論で紛らわしいところみたいです。

検索ページで「ら抜き言葉」で検索をかけると多数ページヒットしますので調べ られ てはいかがでしょうか?

ところで
>「意味の違う言葉だ。」と言われて…
その方日本語圏のかたではなかったのでは?????

参考URL:http://www2.big.or.jp/~hajime/nihongo/column_03. …
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重箱の隅をつつくようで恐縮ですが…。



>masatoshi-m さま

>>「れる」は五段活用動詞にのみつきます。走る→走れる、切る→切れる、という具合です。
これはちょっと誤解を招くかも…。
五段動詞の可能態は、「れる」がつくのではなく、仮定形に「る」がつく、と捉えないとおかしなことになります。
(「泳げる」「書ける」「読める」「思える」など、ラ行以外の五段動詞の説明がつかなくなる)

>>ついでながら五段活用動詞とは言い切りの形が「ウ段」で終わるものです。
現代語文法の動詞は五段に限らず、すべて言い切りの形が「ウ段」で終わりませんか?

細かい揚げ足を取るようでごめんなさい。この二点だけどうしても気になったもので…。
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すでにご議論になっているように


一般的には,「捨てれる」「食べれる」「寝れる」は
間違いだと言われています。私もそう教わってきました。
下一段の活用を「ら抜き」にするのは,“標準語”的視点では
「日本語の乱れ」「誤り」と言われているようです。

しかし,「ら抜き表現」は古典語の伝統や地方の言語では,
まったく正統的であったという主張があります。
例えば,本多勝一さん(週刊金曜日)はその旨の主張をなさっており
ら抜き表現を肯定していると記憶しています。

今,gooで調べてみたら,次のようなサイトもありました。
個人的な見解では,今は「ら抜き表現」でもかまわないと思っていますが
自分では使いません(教育のせいか,かなり抵抗がある)。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/6084/ra …
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 可能を表す助動詞「れる・られる」は大筋このようにご理解下さい。

「れる」は五段活用動詞にのみつきます。走る→走れる、切る→切れる、という具合です。ついでながら五段活用動詞とは言い切りの形が「ウ段」で終わるものです。それ以外の動詞は(上一段・下一段・カ変・サ変)にはすべて「られる」がつくとお考えになって間違いありません。同じ発音の「キル」でも「切る」は「切れる」「着る」は上一段の活用をしますから「着れる」ではなく「着られる」です。「捨てる」は下一段ですから「捨てられる」。動詞の活用が五段であれば「られる」そうでなければ「れる」と覚えておかれるとよいでしょう。
 でも、なんですね、言葉というのは時代によって変化していきますから、もう世間に認められている(?)用法もありますよね。「見れる」なんかはその典型でしょう。「可能」と「受け身」の区別がしにくい言葉においてその傾向が強いようです。また地方によっては五段動詞以外に「れる」をつけるような「方言」もありますし…あんまり目くじらを立てるのも、と思いますが、でも正しい用法を知っておいて損はないと思います。説明不足の点があればまた回答致します。
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私も日本語は滅茶苦茶です。



ただ、同じ意味だとおもいます。その理由は、疑問形にしたとき同じに思えるからです。
試しに、うしろに「の?」をつけてみます。
「この鉛筆は捨てられるの?」
「この鉛筆は捨てれるの?」

となって、どちらも意味が通じます。
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Q日本語の乱れ、「ら抜き言葉・すいません」気になりますか?

日本語が乱れて来たと言われて久しいのですが、
皆さん、どの程度気になりますか?
「日本語の乱れ」と聞いてどのようなことを思い出しますか?
例えば「ら抜き言葉」はどうでしょう。聞いてて不愉快に感じますか?
本来は「すみません」が正しいのに、
「すいません」と使われるのをどう思いますか?

ちなみに私は前者の場合、気にはなりますが仕方がないなと思ってしまいます。
何故なら某コンビニのCMで
「食べれる・しゃべれる ミニ○トップ」と歌っていたり、
「たべれる」と入力すると「食べれる」と漢字変換されるところを見ると、
これはもう江湖に認容されていると判断せざるを得ないからです。
後者については、回答が寄せられてからおいおい述べたいと思います。

実は「すいません」と使う私に注意してくれた方がおられまして、
後にその方から酷い仕打ちを受けまして。
それで日本語の乱れってそんなに許されないことなのかと思い、
この質問をさせて頂いた次第なのです。
尚、お礼に数日かかるかもしれませんのでご承知置き下さい。

Aベストアンサー

再びNo.7、No.17の者です。
何度もおじゃまして す「み」ません。

No.19の方へ。

>No17の方、「するまい」も誤った表現とのことですが、

質問から外れていくようなので詳しくは述べませんが、手元の辭書には文法の教科書とはまた違った記述が書いてあり、文法とやらに從っても、結局のところ「するまい」が誤っているのかははっきりしません。

(質問より。)
>「食べれる・しゃべれる ミニ○トップ」と歌っていたり、

このような歌を唄うことが好きな方(←もしいたら。)へのアドバイスです。もし「食べれる」は間違った表現だと言われたら、
「これはあくまで歌に合わせて唄っているんだし、『しゃべれる』と韻を蹈むための例外というものです。」
と答えましょう。


私は文法の教科書を讀んで、改めて學校で習った文法というものは勝手なものだなあ、と思いました。

・「變化しない部分を語幹と言う」と書いてあります。
しかし、「投げる」という語だと、
「なげ-ない」「なげ-ます」「なげ-る」「なげ-るとき」「なげ-れば」「なげ-ろ」
と、「なげ」は共通しているので「なげ」が語幹かと思うと、「な」だけが語幹だと言います。

・五段活用動詞で「ない」が後ろに附く形と「う」が附く形は違いますが、これを同じ未然形としてまとめてよいのか、という疑問が湧きます。
例えば「飛ぶ」という動詞では、「とば ない」と「とぼ う」は、活用語尾が「ば」(ア段)と「ぼ」(オ段)で異なりますが、それをまとめて未然形にしています。

それらは文語の文法に從ったなど理由はあるんでしょうけど、まじめに讀むほど疑問だらけになると思います。

他にもいろいろ言いたいことがたくさんあるんですが、キリがありません。

他の方がおっしゃるように、言葉を整理してみた結果が文法であるはずです。
しかし言葉を整理した結果にすらなっていないようです。

文法の教科書の立場で日本語を見ると、なんだか現實に使われている日本語はとても間違っているように思ってしまいます。

教科書に「投票すまい」や「これる」が誤りだ、などと書いてあっても、
「本當は正しい表現ではないだろうか」
と教科書を鵜呑みにしないのが正しい姿勢です。

文法の教科書は、そのうちコロッと態度を變えて、
やれ、可能の意味で「こられる」というのは間違っているだの、「すごいきれいだ」は正しいだの言い出すでしょう。


>「日本語の乱れ」と聞いてどのようなことを思い出しますか?

人には、自分が育った環境で身に附けた言い回しや發音が正しく、それ以外を誤りと決めつける傾向があります。そのようなことを思い起こします。

「みだれ」というのとは違いますが、なんで モーニング娘。というのは最後に「。」(句點)が附いているのか(句點のように見えて實は句點ではないのか)、理由はあったとしても、私は【はっきり言って】なじめないですね。
しかし、私がなじめないからと言って誤りと言うこともできません。

これくらいで回答は終わりにします。

再びNo.7、No.17の者です。
何度もおじゃまして す「み」ません。

No.19の方へ。

>No17の方、「するまい」も誤った表現とのことですが、

質問から外れていくようなので詳しくは述べませんが、手元の辭書には文法の教科書とはまた違った記述が書いてあり、文法とやらに從っても、結局のところ「するまい」が誤っているのかははっきりしません。

(質問より。)
>「食べれる・しゃべれる ミニ○トップ」と歌っていたり、

このような歌を唄うことが好きな方(←もしいたら。)へのアドバイスで...続きを読む

Q「ら」抜き言葉

最近(といっても結構たつけど)ら抜き言葉が目立ってきてますよね。そこらへんにいる高校生などがよく使っていますよね。またはテレビに出るタレントやお笑い芸人も良く使っています。まだここまでは許せる。

しか~し!最近ではニュースのアナウンサーや、番組のナレーターまで使っているではないか!私はこれは許せないことだと思う。アナウンサーなど(アナウンサーたる者)が「ら」抜き言葉を使っていいんですか?別の言い方をすると、アナウンサーまでもが使っているのだから、ら抜き言葉はどんどん広まってしまうではないですか。もうら抜き言葉は文法的に認められてしまったんですか?

皆さんはこの事態をどうに考えますか?意見を聞かせてください。

Aベストアンサー

今日別の「ら抜き」的現象に出会ってしまったので、それを紹介だけしておきますね。
普通の「ら抜き」は可能の用法で使いますが、使役の「ら抜き」というのもどうやらあるのではないかと思ったのです。
こういう一文があったのです。トルストイの翻訳ですが。
「かわいそうだから今度だけは、家に帰らしてやる。お帰り」
これに僕は違和感を抱いたのです。「帰らせて」が「帰らして」になっているのはいいとしても、「帰る」+使役の助動詞を使うくらいなら、どうして「帰す」という動詞を用いないのだろう。帰してやる、でいいのではないか。
「戻す」を「戻らせる」にすると違和感がありませんか?
でも、僕が推測するに、もともとは「帰らせる」「戻らせる」が先で、それから単純な動詞ができてきたのではないでしょうか。
そうすると、今日本語を使っている人間のことを、百年くらい前の世代の人はどう思うでしょう。
そんなことをちょっと思ってみました。

Qら抜き言葉

ら抜き言葉は若い人の間で一般的に使われ浸透していますが、それを日本語の乱れだと難色を示している人も多いですが、静岡や広島、長野、北海道など ら抜き言葉が昔から使われていた地域も散在しています。ですから 単純に ら抜き言葉は間違っているとは断言できないと思います。そこで質問です。皆さんは この問題についてどうお考えですか?

Aベストアンサー

30歳女性です。
私自身は、ら抜き言葉を使わないようにしています。
「食べれる」よりも、「食べられる」のほうが、なんとなくきれいな響きに感じるので・・・。
そうは言っても、つい使ってしまうことがあるのも事実ですし、他人が使っていても、気になることはありますが、「乱れ」とは思いません。
昔から使われていた地域があることは、知りませんでしたが、
大学で日本語教員の講座を受けていました時、使う人が増えたりで
現在では、ら抜き言葉も間違いではない、とされていたように思います。
常用漢字に関しても、常に見直しがありますし、言葉も「いきもの」ということでしょうか。

Q「ら」抜き言葉を直す

私自身「ら」ぬき言葉で話しているかどうか分からないのですが
「食べれない」とかいつも言っているような気がします。

確かに他人の「ら」抜き言葉には気が付きます。
しかしながら自分自身が使っている言葉には後で思い返せばそういっていたかもしれないとは思いますが
その場で気づく事が出来ないのです。

一体どうすれば「ら」抜き言葉を直せると思いますか?

Aベストアンサー

>一体どうすれば「ら」抜き言葉を直せると思いますか?

これは大變難しいことです。
なぜかと言うと、現在
「くる」の可能としては、「こられる」よりも「これる」、
「食べる」の可能としては、「食べられる」よりも「食べれる」
と言うほうが普通だからです。

(ただ、私は「考えれる」「おぼえれる」という言葉づかいは聞き慣れないですね。
どうやら、「見れる」など割と短い言葉は「ら拔き」(「ら入れ」にならない。)の傾向があるようです。)

あえて普通と違うことをするのですから、努力が必要だということになりますが、ちょっと方法は思いつきません。

>過去の質問などを読んで
>「ら」抜き言葉が気になるというのを目にしたのですが
>どうやらそんな事も無いような気がしてしまうのですが
>なぜそういった意見があるのでしょうか?

「ら拔き言葉を氣にする必要はないはずなのに、なぜ氣になるなどという意見があるのか」
という意味ですね?

それは、そういうことを言う人は、自分の育った環境では「ら入れ」をする(「ら拔き」をしない。)人々ばかりだったためでしょう。
文法の教科書ではそういう言い方(「こられる」)が正しいものとして載っています。

私はあまり使いませんが、
五段活用動詞「行く(いく)」の可能(行くことができる・行ける)の意味で「いかれる」、
「取る」の可能(取ることができる・取れる)の意味で「取られる」
と言うのは、標凖語の文法として誤りではありません。
このような、可能の意味で 「あ段」+「れる」 を聞き慣れている人は、
五段活用以外の動詞の場合も、「られる」という 「あ段」+「れる」の形でなければ、おさまりが惡いだろう、
と考えることができます。
(「こられる」はおさまりがよいが、「これる」はおさまりが惡い。)

(既にご指摘のある通り)「られる」というのは、わざわざ長く言ってしかも意味が紛らわしくなるわけです。それに「ら」行音が續くのはあまり發音しやすくありません。
ですから、言葉をゆっくりと叮嚀にたくさん(餘計なことまでうだうだと・長ったらしく)しゃべる環境にいたんではないか、と想像されます。

>一体どうすれば「ら」抜き言葉を直せると思いますか?

これは大變難しいことです。
なぜかと言うと、現在
「くる」の可能としては、「こられる」よりも「これる」、
「食べる」の可能としては、「食べられる」よりも「食べれる」
と言うほうが普通だからです。

(ただ、私は「考えれる」「おぼえれる」という言葉づかいは聞き慣れないですね。
どうやら、「見れる」など割と短い言葉は「ら拔き」(「ら入れ」にならない。)の傾向があるようです。)

あえて普通と違うことをするのですから、努力...続きを読む

Q「ら抜き言葉」は言語の正当な進化か?

「食べられる」という表現があるとして、皆さんならそれをどういう意味として受け取るでしょうか?
「食べることが出来る」という可能の意味?
「何者かに食べられてしまう」という受身の意味?
今のような文が宮沢賢治の「注文の多い料理店」に出てきました。
そうです「食べられる」という言葉を可能の意味の「食べられる」だと受け取った二人の男は、危うく山猫に食べられそうになってしまうんです。
こう考えると、いわゆる「ら抜き言葉」はそのような誤解を防ぐ、言語の正当な進化だと思うんです。
皆さんは「ら抜き言葉」を言葉の乱れだと思いますか?それとも正当な進化だと思いますか?

Aベストアンサー

ら抜き言葉の是非は既に方々で論議されていますが
現代のスピードを是とする社会でこれは半ば既に容認されつつあると考えています。
らを抜かなくとも前後の文脈から「可能」「受身」「尊敬」「自発」を読み取れるというのが定説ですが、もう今その手間とかける時間が惜しまれているのかもしれません。

文章での読み取りだけでなく、実際の日常会話の中で使用する場合はすぐに相手に分かってもらわなければならないのですからなおさら「ら抜き言葉」は非常に理にかなったものだと思えます。

その意味から、私も立派な「進化」だと思うのですが「正当な」とは言い難いです。
言葉は生き物ですし、時代にあわせて変化していくの
は当たり前ですが、それは「正当」か「正当でない」か論じることの出来る性格の物ではないと思うからです。

今の時点では私は「ら抜き言葉」は時代の「必然」だと考えています。

Q中高生が使う「うちら」と言う言葉

中高生はよく自分たちのことを「うちら」と言います。
男の子も使うかもしれませんが、「俺ら」もあるので、どちらかと言うと女の子の方が多用するように思えます。

あの「うちら」はいつ頃流行りだしたのでしょうか?
出所はどこでしょうか?

Aベストアンサー

うち・ら=わたし・たち

西日本の方言です

「九州の一部」と書かれているのもあれば、「大阪弁」とされているのもありますね。

京阪神地方では、関西弁として通用しています。

関東地方へは、2004年くらいに流行したようです。

Qら抜き言葉に関して

私は日本人、妻が外国人で日本語を勉強中です。
可能形についてアンケートを取りたいのですが、

食べる→食べられる。
止める→止められる。
等の可能形の言葉は、現代の口語では「食べれる」「止めれる」等と言いますね。

私(43歳)はら抜き言葉は「言葉が乱れた最近の若者が使う間違った言葉」といわれて育った世代なので、自分で使っているかは意識してないのでよくわからないのですが、少なくとも初学者の妻に教えるときは「食べられる」「止められる」の形で教えています。

ところが昨日発見したのですが、日本語学校の教科書でら抜き言葉の事情を説明しつつも現代の口口語ではよく使われるという事でら抜き言葉の語形変化一覧表が載っていました。

言葉は時代と共に変わっていきますが、今現在の認識で皆さん、
ら抜き言葉を正しい日本語として定着したものと認めてますか?認めてませんか?
日本語文法の初学者に教えるべき?間違った日本語と教えるべき?

正しい答を出そうとはしてません。
あくまで感覚的なアンケートです。
年代も教えていただけると嬉しいです。

Aベストアンサー

小6です
回答させていただきます。
正直、ら抜き言葉はあまり好きではありません。
親にもそう教えられてきました。
ですが、わたしの友達などは
「食べれる」のほうが楽ジャン」
って言ってましたね・・・。
まぁ、認めるわけではありませんが、
使いたい人は使えばーみたいな感じですかね。
とにかく、わたしは認めません!!

Q組織の位置を説明する言葉を教えて下さい

一つの組織がありその組織の上から順に位置を説明する言葉を教えて下さい
幹部、中心となる位置
などの説明をして頂けると助かります

Aベストアンサー

会社や団体の「組織」は、まずは活動の目的や機能があって、それを実現するために作られるというのが順序です。
従って、「始めに組織ありき」ではないので、どのような組織になるかは千差万別です。しかも、組織の名称や役職・権限などはそれぞれ違うので、「同じ呼び名でも中身がまったく異なる」ことは当たり前です。

 一般的な概念ということであれば:
(1)最上位:トップ、首脳陣、経営幹部、役員、コーポレート・ガバナンス部門など
(2)実務の上位:管理部門、統括部門、本社スタッフなど
(3)実務レベル:実務部門(ここは様々に細分化されているでしょう)
(4)現場:現業部門、顧客対応部門、支社・支店、店舗部門など
(5)その他:協力企業、外注、下請け、取引先など

Qら抜き言葉の始まり

私は山口県の田舎に住んでいます。
数年前に亡くした島根出身の祖母は「ら抜き言葉」を使っていました。
例えば「そないしちょったら奥の方<<見れん>>じゃろーて」や、
「先生が<<来れん>>言うちょっちゃったが、どねぇしよう」などと言っていました。
その祖母を筆頭に私の周りにはかなり高齢でら抜き言葉を使う人が何人もいます。
そこで質問なのですが、ら抜き言葉はいつ頃から使われるようになったのでしょうか。
それによって、ら抜き言葉の印象というものも変わってくると思います。
もう本人には聞くこともできませんが気になります、教えてください。

ちなみに祖母は40年前まで5年間、東京に住んでいたそうです。

Aベストアンサー

>「来れん」のことなのですが、
>抜け落ちるとしたら可能の「られる」の「ら」ではないかとおもわれますが、

「来れん」が「来られん」の「ら抜き」であるとしたら、「来られん」が本来あるべき姿ですが、
「来れん」が可能動詞(来れる)として正しければ、「ら」を付けることは尊敬の助動詞をつけることになる、ということを言いたかったわけです。
この場所に付いたり付かなかったする「ら」は、尊敬の助動詞であって、「ら抜き」ではないのでは、という意見です。ちょっとくどくなってますが。^^;)

>それが早くから始まった地域がある
方言が、その地域で始まったかは、詳しく調べてもわからないことがありますね。たとえば、古い日本語が、比較的、都から遠方で保存されるという例もあります。
どこかで始まった変化が、どこかで言葉に定着して、どこかで残った、としかいえないですね。

Q漢字・アルファベットをうまく口頭説明する方法・著作物を教えて

電話応対の仕事をしています。お客さんから人名や建物名、社名など言ってもらったあとに漢字を特定して説明する特定するのにいいたとえが浮かばず困ることが時々あります。

例えばよくありがちなのが
「宏」という字は「久米宏のひろしですね?」
「哉」という字は「小室哲哉のやですね?」
なんて感じで説明しています。
しかし、人名だと高齢者など、世代によってはわからない人もいると思います。
「哉」は「きむらたくや」の「や」でもいいんですが、そうなるとSMAPの木村が大抵は思い浮かぶでしょうが、人によっては広島カープの木村拓也が思い浮かぶこともあるかもしれません。
(栽培の「ばい」に似た字ですね?ということもありますが、「似た」というところが曖昧なのであまり好きなたとえ方ではありません)

他にもアルファベットでP(ピー)とT(ティー)が聞き分けにくいなど、パターンはいろいろあります。

このような場合に、いろんなお客さんがいるので簡単でわかりやすい例えを紹介している本やHPなどがありましたら教えてください。

Aベストアンサー

>相手方は高度なスキルを持たない人がほとんどなので、JISコードや句点コードと言うと反対に混乱させる恐れもあるように思えました。
そうでしょうね。
少なくともここのサイトを見ている人は,PCなり携帯電話といった情報機器をもっている人でしょうが,そういうのを全くもっていない人も世の中にはたくさんいらっしゃるわけで,そういう人が手元に漢字コード辞典を持っている可能性も低いでしょうし,コードがどうとかと言っても泥沼化するだけだと思います。
まして,質問者がお聞きになりたいのは電話におけるやりとりであって,ネット上でのやりとりではないわけですし…。

で,新聞記者が出先から記事を送る場合,ちょっと前までは電話で原稿を読みあげて(実際に原稿用紙に書く場合も,頭の中で書く場合もある),それを本社に電話で伝えていました(電話送稿)。
そんなときに,特に人名・地名などで漢字を間違えると大変なので,「どういう文字か」を伝える「字解き」のノウハウが各社にあったようです。
(たとえば,よく知られている例で言うと,川=さんぼんがわ,河=さんずいがわ,のようなものです)
今は電話送稿よりも直接パソコンで打つ場合が多いようですが,字解きのノウハウは社内で伝え継がれているという話を,新聞社に勤めている人から聞きました。
「それを本にして出したら,けっこう喜ばれるんじゃないですか」と言っておいたのですが,企業秘密なのか,今のところ出る気配はないようです。
また,仮に出たとしても,かなり参考にはなるでしょうが,それはあくまでも「新聞業界ではこんな言い方が多い」というのにすぎず,電話応対のお客さんがそれを知っているという保障はないわけですから,相手に応じて臨機応変に考えていかざるを得ないのは同じでしょうね。
たとえば,人名によくある「之」は「これゆき」と言うことが多いですが,業界外の人にはあまり通じないように思われます。
また,「久米宏」で通じなければ,「うかんむりにカタカナのナム」(略して「うなむ」)とか,小室哲哉やキムタクが通じなければ志賀直哉とか。

視覚障害者向けの音声読み上げソフトには,漢字の字解き機能がついていることが多いはずなので,参考になるかもしれません。
(どこかに字解きの一覧がないかと探してみましたが,なかなか見つかりません)

(以上,あまり役に立たない回答ですみませんでした。)

>相手方は高度なスキルを持たない人がほとんどなので、JISコードや句点コードと言うと反対に混乱させる恐れもあるように思えました。
そうでしょうね。
少なくともここのサイトを見ている人は,PCなり携帯電話といった情報機器をもっている人でしょうが,そういうのを全くもっていない人も世の中にはたくさんいらっしゃるわけで,そういう人が手元に漢字コード辞典を持っている可能性も低いでしょうし,コードがどうとかと言っても泥沼化するだけだと思います。
まして,質問者がお聞きになりたいのは電話にお...続きを読む


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