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江戸時代以前、かかしがなかったそうですが、なぜなかったのですか。

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A 回答 (2件)

かかしは江戸時代以前から存在します



『古事記』に久延毘古(くえびこ)という神が登場します。
この神の説明で「山田の“そほど”といふそ」とあります。
「そほど」とはかかしの事です。後に「そほづ」と呼ばれます。
『古今和歌集』などの歌にも詠まれています。
もともとは、神の寄代(よりしろ)として、田畑に立てられた人形とされます。

かかしの語源は、焼いた獣肉などを焦がして串の刺し、その悪臭で鳥獣などを追い払う「鹿嗅(かがし)」とも、あるいは鳥獣を驚かすもの、つまり「おどろかし」ともされます。
後に「そほど」と同一視されます。
「かかし」と清んだ発音は関東の方言です。
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この回答へのお礼

yuhkohさん、ありがとうございました。よくわかりました。

お礼日時:2009/06/19 21:40

質問者さんは何処から、そのような間違った情報を聞いたのでしょうか。



柳田國男著『山島民譚集(一)』によると、林子平の父、林笠翁(岡村良通、1767年没)の随筆『寓意草下』の中に
「、、、化物カト驚キテ更ニヨク檢スレバ、竹ノ尖ニ馬ノ髑髏ヲ挿ミ古薦ヲ纏ハセタル山田の案山子ナリシ事ヲ記セリ」

と書いてあります。この文章から、案山子(かかし)は明らかに江戸時代には存在していたことが判ります。

また、柳田國男の『年中行事覚書』の「案山子祭」の項には、古事記に出る「山田の曾富騰(そほど)」や、旧暦10月10日の「案山子祭」や、さらに10月15日のカガシアゲについて触れており、案山子と田の神との古くからの関係を論じております。
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この回答へのお礼

cyototuさんありがとうございました。たすかりました。

お礼日時:2009/06/19 21:45

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Q古代の案山子はどんなものだったのでしょうか。

案山子の記述は日本書紀にもあり奈良時代にはすでにあったようですね。

案山子といえば「へのへのもへじ」の顔を思い浮かべますが
ひらがなができたのは平安時代なので
奈良時代の案山子は「へのへのもへじ」の顔ではなかったはずです。

奈良時代の案山子はどんなものだったのでしょうか。

何か文献などに記述はありませんでしょうか。

Aベストアンサー

 rupapoさん
 我侭な補足のお願いにご対応くださり、お礼申し上げます。
 容貌の怪異ということも仰せのとおり、祀るということには重要だったと存じます。
 曽って、祀るための池の鯉は片目をつぶしす伝統、そして人の場合は片足を切除するとかの話が記憶の隅にあり、お教えをお願いしました。
 本来はこのための質問を自分で起こさないといけないのに、まことにありがとう御座いました。
 タタラの方のについても多分読んだのでしょうが、内容をすっかり忘れていて、あらためて関係の中で伺うことができ、ありがたいことです。
 私はヒンドゥのことを勉強したり、精進しておりますが、新生児を河に流す王族の女性の話はやはりあります。
 一種の神話ですが、多少共通もあるかもしれません。
 マハバーラタ物語のカルナ、戦士、クシャトリアです。
 母親が聖仙から授かった呪文で生まれた子ですね。
 バージンの出産でしたが、婚姻前出産でしたので河に流され、老戦士夫婦拾われ育てられます。
 過ちと欲望の多い登場人物で、多くの人は理想的な人格者、アルジュナたち五人兄弟より親しみを持ちます。同じ母親ですが。
 カルナはクルクシェトラの戦場で戦車(人生・肉体界)が溝にはまって動けなくなり、戦死します。
 つまり、人生の誤りの中でにっちもさっちもいかなくなり、討ち取られる役です。
 これには多くの方が自分と同じだという、気持ちになるそうです。
 人間的迷妄側の役だそうです。

 rupapoさん
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 容貌の怪異ということも仰せのとおり、祀るということには重要だったと存じます。
 曽って、祀るための池の鯉は片目をつぶしす伝統、そして人の場合は片足を切除するとかの話が記憶の隅にあり、お教えをお願いしました。
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