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19世紀、日本は視察・留学・万博のため西洋に人を送っていますが、日本以外のアジアの独立国はどうだったのでしょうか?

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A 回答 (5件)

 タイ国のチャクリー改革と言うのをご存知でしょうか?


   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3% …

 ラーマ5世によるタイの近代化政策の事なのですが、近代教育の確立の為、王室師弟の留学を促進しました。
 (ラーマ5世は、自身が即位後に欧米に視察旅行をしていますし、彼の息子「ラーマ6世」はイギリスに留学している。)

 彼及び彼の息子の近代化政策のおかげで、タイ国はアジアでは日本と並んで数少ない独立を維持しました。
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この回答へのお礼

勉強になります。
ラーマ5世は大河ドラマの主人公にしたいくらいですね。

お礼日時:2011/10/04 01:52

 李氏朝鮮の話が既に出ているので、その宗主国たる清朝ではどうであったかと言いますと、私個人としては、初めて知ったときかなり意外だと思ったのですが、かなり精力的にヨーロッパ近代文明の科学技術を導入することを目的とした「洋務運動」という政治的活動が行われました。


   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%8B%E5%8B%99% …

 道光帝の第6子である、恭親王奕訢が1861年1月11日『通籌夷務全局酌擬章程六條』を上奏した事により始まる洋務運動は、外交・軍事・産業・通信・教育において革新的な改革を行いました。

 教育に関して言えば、近代中国史上初のアメリカ合衆国への留学生である、容閎を駐米副公使 兼 留学生監督に任じ、1872年に少年を中心とした120人の留学生をアメリカに送ったのを皮切りに、1875年までの4年間、毎年アメリカ合衆国に30程度の留学生を送りました。
 (留学生の中から外交官の唐紹儀・劉玉麟、中国鉄道の父詹天佑、香港の政界で活動した周寿臣等を輩出しています。)

 欧州へも、1877年に李鳳苞(欧州到着後に駐独公使 兼 留学生監督に就任)と留学生28人(後に軍関係の留学生も加わる)を送ります。
 李鳳苞による造船・科学・電工・治金・機械・火薬・土木などの技術導入(彼自身が優れた技術者であると共に優れた翻訳家でもあった。)は、中国の近代化に極めて大きな貢献をしました。

 彼が果たした役割として有名なのが、日清戦争にて軍歌『勇敢なる水兵』に置いて「まだ沈まずや定遠は」と歌われ日本を恐怖に陥れた定遠・鎮遠という2大戦艦の購入があります。

 洋務運動は、相次ぐ反乱と欧米諸国の圧力を受けつつも、同治中興と呼ばれる清朝の国勢の復興を実現します。
 ただ、守旧派の妨害や西太后による奕訢の罷免(清仏戦争敗戦の責任)などで改革が十分に進まない中で、改革の推進のバックボーンとなっていた李鴻章の北洋軍が日本軍によって大打撃を受けた事で頓挫します。

 以後、あれほど積極的に行っていた留学も儒教などの守旧派の反対と、自由・民主の精神を知る事で留学生の革命運動への傾斜を清朝政府が恐れ、日本などへ留学生を取り締まる事を要求するようになります。
 (「清国留学生取締規則」など)

 張之洞の製鉄所や鉱山、鉄道の整備など、後代につながる成果はある物の、近代思想を取り込むことに失敗し、結局頓挫したとの評価が歴史上与えられています。
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この回答へのお礼

勉強になります。
洋務運動は教科書に出てきたのを思い出しました。李鴻章が不憫でたまらなかったです。

お礼日時:2011/10/06 08:17

 ごめんなさい。

先記の洪鍾宇という人、形としては国として送った留学生になると思ってましたが、どうやら 「私費留学生」 だったようです。
 自分で勝手に行って、途中で上手いこと言って国に認めさせ、国が正規に派遣した留学生扱いにさせた人だったと思って名前を挙げたのですが、インターネットで見てみたら、どうもちょっと違うようです。

 彼はフランスへ行こうと思って、まず日本に出稼ぎに来て2年間働いてお金を稼いで、そのお金で1890年12月にパリに着いています。
 しかしパリで3Kでないちょっとした仕事もしてるので、朝鮮政府から渡航許可証(パスポートみたいなの)をもらわないで来たのではない、一応持っていたようです。
 そして1893年帰国なので、フランス滞在は3年か3年未満です。


 西洋関係で他には今のところ、思い当たる人がいないです。


 おっしゃる通り、19世紀も押し迫った時期ですので遅いですね。
 外国と外交関係を持つなんて、宗主国である中国(清)を軽んじる事である、と考えてこのまま鎖国が一番だと思ってました。通商を求める外国船を武力で追っ払ったりしてました。
 日本には蘭学により西洋の学問科学技術についての知識の蓄積があり、その上で西洋へ人を派遣しましたが、朝鮮では西洋の学問技術を取り入れなかったのでそういう学問・技術は中国経由のごくごく僅かな物しかありませんでした。
 外国と付き合ったり、外国に学んだりすることは国の基本を揺るがすと考える人々が数多くいました。他の国と付き合うと、中国から忠誠心を疑われる、と考えました。「中国に忠」だったんですね。
 日本に1880年か1881年に視察団と留学生を送った時も王様は、中国を気遣う守旧派勢力に遠慮して、「日本情勢の秘密収集のため」という表向きの名目で送ってます。王様としては、今はもう一歩先を行ってるらしい日本の文物について知識を得るためだったのですが、本当のことを言うと反対派が騒いで派遣出来ないためです。
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この回答へのお礼

追加情報、ありがとう。

お礼日時:2011/10/06 22:19

 朝鮮(李氏朝鮮)ではほとんどいないと言って良いくらいですが。



 一人だけ、洪鍾宇(鍾じゃなくて、鐘 だったかも)(ホン・ジョンウ)という人をフランスに1880年代に留学させています。数年間(3年だったか、6年だったか)。※



 他は、国として送ったのでなくて、国の許可無く勝手に逃げて行って学校に入って勉強した人が若干いました。

 徐在弼(ソ・ジェピル)という人が1880年代(1883年だったと思います)甲申政変というクーデターを起こして朝鮮に日本式の改革を行おうとしますが、朝鮮駐留中国軍(清国軍)の攻撃などで三日天下に終わって失敗し、日本に逃げた後に更にアメリカへ逃げて(逃げないと朝鮮から送られた刺客に殺される)、アメリカで3K労働しながら勉強し、夜間学校とかに通って苦学して医者になってます。
 この人はアメリカ名がジェームズで、1890年代に朝鮮に帰国し、医者をしながら「日本式西洋式改革」を朝鮮におこそうと大衆啓蒙政治運動をしました。
 が、時の王、高宗とその父である大院君の弾圧を受け、改革は失敗。大院君から命も奪われそうになり、再び米国へ逃げます。
 英国婦人が書いたあの有名な『朝鮮紀行』にも名前が出て来る人で、「ジェームズ」「ドクター・ジェームズ」などと書かれています。

 他に、王命で日本留学をしていた人達の中に、朝鮮の政変(この頃朝鮮では王の方針がころころ変わって、その度に粛清(前の方針に賛成していた人達を処刑、流罪にしたり)が行なわれていた)によって、日本から帰ったのちに自分も粛清されるかもしれないと思った人5~6人が、勝手にアメリカへ渡り(アメリカに逃げ)現地で授業料無料の学校に入って勉強した例があります。

 非常に少ない数ですね。19世紀末、王命で日本に大量の留学生を送って来たのに比べると。やっぱり近いと送り出しやすいでしょうね。

 ※ このホン・ジョンウという人は、高校世界史(日本の)の教科書にも載っている金玉均(キム・オッキュン)を、王妃閔妃(みんぴ、ミンビ)の指令により上海で射殺した人物として日本人になじみのある人物です。実は朝鮮人初のフランス留学生だったんです。

 
 視察団も日本へは数回送りましたが、西洋へは送ってません。

 朝鮮は米国と修交しましたので1890年頃、米国に公使館を作ります。館員数名のこじんまりしたものだったようです。
 また、公使館の公使が赴任する時に米国の関係機関にあいさつまわりしないといけませんが、この時清国の駐米公使がしゃしゃり出て来て「清国の属国の朝鮮から来た公使です。」と、朝鮮公使を米国人に紹介してまわりました。
 米国に対しては「朝鮮は中国に属している。」、朝鮮に対しては「清国様を差し置いて、米国で勝手に動くんじゃないぞっ。」ということです。
 「独立国」? な状態です。

 19世紀末に欧州各国とも修交しましたが、欧州に公使館を置いたかどうかはわかりません。
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この回答へのお礼

勉強になります。
明治維新後となるとずいぶんのんびりした印象を受けますね。
『朝鮮紀行』はたしかイザベラ・バードが著したのでしたかね。

お礼日時:2011/10/04 01:42

 やはり送っています。



 しかし、「では何故、日本と他の国とで差がついたか?」という疑問が生じると思います。

 その回答としては、帰国した留学生等の人材を活かせたか活かせなかったかの違いが出たのでしょう。

この回答への補足

具体的な独立国名、人を送った先の国名はどこなんでしょうか?

補足日時:2011/10/04 01:54
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