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「今でも」「今までも」の違いは何でしょうか?

あの事は(今でも/今までも)忘れられない

日本人は「今でも」を使いますよね。
「今」と「今まで」のニュアンスの違いなんでしょうか?
ご教授よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

今まで、は過去から今に至る期間をさしてます。



>あの事は(今でも/今までも)忘れられない
「忘れられない」は現時点にたいする言葉なので「あの事は今でも忘れられない」が正しいです。
「あの事は今までもずっと気にかけていた」なら「今までも」が使えます。

・Aは今でもガラケーを使っている。
・Aは今までもガラケーを使っていた。
ガラケーを使い続けていることは同じですけど、前後の文章によって主体が今なのか今に至る期間なのかが変わってきます。

(Aさんのガラケーを見て)
「Aさん、今でもガラケーなんだね。
 今までもずっとガラケーだった?」
「うん、Aさんは前からずっとガラケーだよ。」
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今までも、過去から途切れることなく継続して。


今でも、途中に継続しない、途切れについては言及なし、少なく今現在も。
今、まさに今現在、極端に言えば1秒前と180度違っても、また1秒後に心変りも、あり得る。
今まで、特に開始点の設定なければ、通常はもの心ついてから以来、変化なく現在まで。
>あの事は(今でも/今までも)忘れられない
今でもが妥当、今までも、今までもの間とほぼ同じ、あまり使われるケースは少ないのでは?、「忘れない」、「ない」の否定語使った表現ではなく、肯定語表現で継続を表す言葉が、が必要です
今まででも、は比較的使われるが・・・。
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「今まで・でも」ー「今・でも」ー「これから・でも」というつながり。

「でも」のつながり。
「今まで・も」ー「今・も」ー「これから・も」というつながり。「も」のつながり。

 この二つ(「でも」と「も」)を区別してください。
「でも」の意味「~であっても」(今までであっても・今であっても・これからであっても)
 どちらも同じじゃないかというなら、それもまたよし、です。
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この回答へのお礼

このように考えたことがありませんでした。ありがとうございます。

お礼日時:2016/09/29 19:12

今    現在 現時点



今でも  過去から現在まで引き続き 今もなおEven now

今までも 現在より後の未来を意識した上で、過去から現在までEven until now

     今までも~だが、これからも~ 現在で一端過去を整理し、未来を展望する
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「今でも」:継続していること、結果・経験に関して、言及するとき。



「今までも」:この語の前に、一度言っていること、行っていることを
       再度述べようとするときに使います。

あの事は(今でも/今までも)忘れられない の場合、
あの事は(今でも)忘れられない が正しいかと思います。

参考までに。
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「今でも」は、現時点。

    例文  地震の記憶は、今でも鮮明に記憶している。
 「今までも」は、過去を含む。 例文  今までも、そして、これからも、交通事故には気を付ける。
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Q「も」と「でも」の違い

子供「も」できるゲーム
子供「でも」できるゲーム

どう意味が違うのですか?
こっちはこうであっちはああ、という感じで
詳しくお願いします。

Aベストアンサー

んー、、、どっちもあんまり変わらないと思うけど
強いて言えば

>子供「も」できるゲーム
という場合には、漠然と対象集団の範囲に子供を追加する意味

>子供「でも」できるゲーム
という場合には、難易度的に普通は子供にはできないと思われる種類ゲームの中で、これなら子供「でも」できる
という意味になります(ゲームの範囲が限定されるということ)

Q「今までに」と「これまでに」の違いって?

 教えていただきたいのですが、
「今までに」と「これまでに」は使い方に違いがあるのでしょうか。
 例えば、時間軸を考えた時の「はじめ」と「おわり」の違いなのでしょうか。
 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

#2さんもおっしゃっているように、どちらも、過去のある時点から現時点までの事柄について述べる場合の表現ですが、微妙な違いがあります。

「今まで」は、「現時点」を重視した表現。
「これまで」は、『「過去のある時点から現時点まで」という継続性』のほうを、より重視した表現。
と言えるように思います。

「今までに、これほど美しい花は見たことがない」は、「今まさにこの瞬間までに、これほど美しい花は見たことがない」というニュアンス。
「見たことがなかった」という過去の状況よりも、「今、やっと見ることができた」という思いで発せられる表現。

それに対して、
「これまでに、これほど美しい花は見たことがない」は、「過去に色々な花を見てきたが、今の時点までずっと、これほど美しい花は見たことがなかった」というニュアンス。
「今、見ることができた」という体験よりも、「一度も見たことがなかった」という過去の状況に(比較的)重点を置いた表現。

ややこしいので、もうひとつ例をあげてみます。
「今までの苦労も水の泡」は、
「現時点で、今までの苦労も水の泡となったことが確認できた」
というニュアンス。

「これまでの苦労も水の泡」は、
「今までずっとしてきた苦労も水の泡となった」
というニュアンス。

「これまで」は継続性を重視した表現なので、結果として他の方々がおっしゃるように、短い期間の事柄に対して使うと不自然な印象を与えることになるのでしょう。
たとえば、一日の中で、
「これまで夜勤の仕事をしていた」は不自然になりますが、
長い年月を振り返りつつ、
「これまで政治の仕事をしていたが、今日からは牢獄の身となる」
などという表現が可能になります。
しかし、
「今まで政治の仕事をしていたが、今日からは牢獄の身となる」
という表現も可能であり、その違いは先に述べたとおり、ということです。
    

#2さんもおっしゃっているように、どちらも、過去のある時点から現時点までの事柄について述べる場合の表現ですが、微妙な違いがあります。

「今まで」は、「現時点」を重視した表現。
「これまで」は、『「過去のある時点から現時点まで」という継続性』のほうを、より重視した表現。
と言えるように思います。

「今までに、これほど美しい花は見たことがない」は、「今まさにこの瞬間までに、これほど美しい花は見たことがない」というニュアンス。
「見たことがなかった」という過去の状況よりも、「今、や...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q「時間」、「期日」、「日付」、「日にち」などの違い

 日本語を勉強中の中国人です。ビジネス日本語についてお伺いします。「時間」、「日時」、「期日」、「日付」、「日にち」、「日程」、「スケジュール」はどのように使い分けておられますか。特に、「時間」、「期日」、「日付」、「日にち」の違いがよくわかりません。「時間は決まりましたか。」「はい、今週の水曜日です」あるいは「はい、7月3日です」のようなやりとりはだめでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.「時間は決まりましたか」→時間は時刻という意味で使うことができます。
「はい、今週の水曜日午後3時です」あるいは「はい、7月3日の午後1時からです」などのように答えます。
相手は時間(時刻)を聞きたいので、「はい、今週の水曜日です」はだめですね。

2.「日時」→基本的に「日付と時刻」という意味です。
3.「日付」→主に文書に書き記された年月日のこと。
両者に共通するのは【何月何日という明示】という意味です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/15003/m0u/
○「日時は決まりましたか」→「はい、今週の水曜日3時(から)です」「はい、今週の水曜日ですが、時間は未定です」のように答えます。
×「日付は決まりましたか」→こういう表現はできません。

4.「期日」→2つの意味があります。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/51717/m1u/%E6%9C%9F%E6%97%A5/
(1) あることを行うと、前もって特定されている日。「会議の―を決める」「公判―」

○「期日は決まりましたか」→「はい、今週の水曜日です」あるいは「はい、7月3日です」と答えることができます。
しかし、一般的には、次の(2)の意味で使われることのほうが多いように思います。

(2) その日までと前もって定められている日。期限の切れる日。日限。「―までには必ず返す」

△「期日は決まりましたか」→「期限をいつにするか決まりましたか」という意味であれば可です。しかし、通常は、
○「期日はいつですか」のように使われることが多いです。「期限はいつですか」という意味。
→どちらの場合も、「はい、今週の水曜日です」あるいは「はい、7月3日です」のように答えることができます。必要な場合には、時間を加えることもあります。

5.「日にちは決まりましたか」→「日は決まりましたか」とほとんど同じ意味です。
「はい、今週の水曜日です」あるいは「はい、7月3日です」のように答えることができます。
「同窓会の日にちを決める」のような使い方もあります。
ただ、「日数」という意味で使われることも多いです。

6.「日程」→仕事、議事、旅行など、何日かにわたる一連の行為の、一日ごとの予定。
7.「スケジュール」→時間をくぎって具体的に立てられた仕事などの予定。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/14958/m0u/
両者に共通するのは、「人が行うことをあらかじめ順序づけて予定したもの」という意味です。
「日程は決まりましたか」「スケジュールは決まりましたか」→「はい」または「いいえ」と答えて、決まった内容を相手に見せます。
基本的には、行動予定が複数ある場合に使います。

>特に、「時間」、「期日」、「日付」、「日にち」の違いがよくわかりません。

時間と時刻は、ほとんど同じです。
期日と日にちは、大体同じです。
日付は、主に文書に書き記された年月日。

「○○はいつ(何時)でしょうか」「○○はいつ(何時)ですか」のように表現すると、年・月・日・時間(時刻)がすべて含まれます。
とても便利な言葉ですね。
因みに、書き言葉の場合には「いつ」を「何時」と書くこともありますが、時間だけを指すわけではありません。
通常は、必要に応じて、
「7月3日です」とか「7月です」、あるいは、「あさっての午後3時です」のように答えるはずです。
もしも、相手が必要なことをすべて答えなかった場合には、
何月ですか?
何日ですか?
何時(なんじ)ですか?
のように特定して聞き直します。
今回の例に当てはめると、
「いつにするか決まりましたか」または「いつですか」→
「はい、今週の水曜日です」
「はい、今週の水曜日午後3時(から)です」
「はい、7月3日です」
「はい、7月3日の午後1時(から)です」
「はい、来年の7月3日です」
「はい、7月(から)です」
などなど、どんな場合にも対応しています。
  

1.「時間は決まりましたか」→時間は時刻という意味で使うことができます。
「はい、今週の水曜日午後3時です」あるいは「はい、7月3日の午後1時からです」などのように答えます。
相手は時間(時刻)を聞きたいので、「はい、今週の水曜日です」はだめですね。

2.「日時」→基本的に「日付と時刻」という意味です。
3.「日付」→主に文書に書き記された年月日のこと。
両者に共通するのは【何月何日という明示】という意味です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/15003/m0u/
○「日時は決まりました...続きを読む

Q「~上で」と「~あとで」の文法的説明は?

外国人に日本語を教えるバイトをしているのですが、説明に困ってしまい、どなたか教えていただけませんでしょうか?

「~上で、上の、上では、上でも、上での」という「上」と「~あとで」「~のちに」の違いを文法的にどのように説明すればいいのでしょうか?
例文としては、

・文法を勉強した上で、初めて新聞が読めるようになる。
・よく考えた上でのことです。

とテキストに書いてあります。
確かに「よく考えたあとで」とはいわないのですが、それを外国人にどう説明すればいいのかわかりません。

Aベストアンサー

「~上で」の意味は
…したのち(あとで)
だけではなく

…の結果として
という意味だったり、
そのニュアンスを含んでいます。

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q「~ありき」の意味・使い方を教えてください

「結論ありき…」
「小説ありき…」

など、ありきという言葉はいったいどういう意味なのでしょうか?
馬鹿な質問ですみませんが、心優しい方教えてください!

Aベストアンサー

最近の会話の中では「それがあって初めて成立する」とか「それがあってこその○○」みたいな使い方をされますね。

「あなたのアプローチはまず結論ありきで、課程というものを軽んじているように思えます」みたいな。

いちばん有名なのは聖書の「はじめに言葉ありき」だと思いますが、これは#1の方がおっしゃっている本来の用法です。

Q「知っていない」という日本語は存在しないのでしょうか

通常、「~ている」に対する否定形は「~ていない」という形式をとるが、「知っている」はなぜか「知らない」をとるのが普通のようです。さて、私が聞きたいことは、「知っていない」という日本語は存在しているかどうかです。もし「知っていない」はあったら、どんな場合に使われますか。
どうか教えてください。

Aベストアンサー

この件は、過去いろんな掲示板で度々議論されており、Oyanagiと言う人が、『新日本文法研究』の第7章「知ラナイ」と「知ッテイナイ」p.109-p.116大修館書店1983年を引用しながら詳しく説明しているサイトがあったので、下記にコピーします。


この章の最後にまとめがあるので、まずその部分を引用して、それぞれがどのようなものかについて、久野(「新日本文法研究」の著者)の説明に沿って(ところどころ個人的な解釈が入りますが)簡単に説明を付けておきます。
従って引用部分以外の記述についての文責はすべてOyanagiにあります。
注:引用(33)(34)は章の項目に付けられた通し番号
****引用(p.116)********
本章で観察した「知ラナイ」と「知ッテイナイ」の構文法的、意味的相違をまとめると、次の通りである。
(33)構文法的要因
    A. 「知ッテイル」と平地され、肯定・否定の対比を表わす時には、「知ッテイナイ」が用いられる。
    B. 活用変化語尾「・・・ケレバ」が附加された場合、「知ッテイナイ」パターンが義務的に用いられる。
      「知ラナケレバ」は、「知るようにならなければ」の意味しかない。
    C. 活用変化語尾「・・・クテハ」、「・・・クテモ」が附加される場合には、「知ラナ」と
      「知ッテイナイ」両パターンが用いられ得る。推量形「・・・カロウ」も同様である。
    D. 「知ッテイル」の否定形が、肯定の推量を表わす場合には、「知ッテイナイ」パターンも用いられ得る。
(34)意味的要因
    A. 「知ッテイナイ」は、動作・完了性に着目した表現であり、「知ラナイ」は、静的状態に着目した表現である。
    B. 従って、「・・・ヲ知ッタ」という表現が困難であればある程、「知ッテイナイ」を用いることが困難である。
    C. 「知ッテイナイ」は、それが表わす状態が非恒常的であることを示唆する。
    D. 「知ラナイ」は、知識の欠如を、その主体(主語)の内側から見て記述した表現であり、
      「知ッテイナイ」は知識の欠如を、外側から客観的に観察して記述した表現である。
***引用終了*************
(33)の構文法的要因というのは、特に説明は要らないと思われるが、「知っている」の否定の基本形は「知らない」であることを前提に、A~Dのような構文上の特徴があると、その特徴に影響されて、「知っていない」の形式が用いられるということである。
【構文的要因Aについて】
例)「~を知っていても、知っていなくても」
例)「~を知っていようが、知っていなかろうが」など
もちろん、この場合も「知らない」の形式も同様に使われるので、Aの記述は『「知ッテイナイ」も比較的よく用いられる』としたほうがいいかもしれない。
【構文的要因Bについて】
これはちょっと分かりにくいが、久野によれば、次のような文は『?』または不適格『*』がつくという。
例)??「この問題は、日本語を知らなければ答えられないでしょう」
例) *「この試験に合格するためには、日本語よく知らなければならない」
但し書きで、?や*となるのは「知らなければ」が現在の状態を表わす場合としている。つまり、「知識としてこの先得ることがなければ」という意味なら可としている。
【構文的要因Cについて】
これはその説明の通りである。
★★★Oyanagiの補足★★★
googleで「知っていない」を検索すると、8330件ヒットする。最初の100件ほどを眺めると、確かにAの要因で「知ッテイナイ」が使われているのだろうと思われるものがある。しかし、それよりも目につくのは、「~を知っていないと」のように「~と」条件文に接続する場合の多さである。試しに、再度googleで「知っていないと」を検索すると、4740件がヒットする。つまり、「知っていない」の使用例のうち、半分以上が「~と」という形式で使用しているということである。
これが何を意味しているのか。非常に興味深いことである。
ただし、同じ文脈でも「~知らないと」という形式は「~知っていないと」と比べてけた違いに多いこともまた事実である。(→152000件)
★★★★★★★★★★★★★
【構文的要因Dについて】
これは構文上の特徴だけでなく、意味的な要因がからんでいると思う。つまり、「知っていない」という形式が使われるが、意味的には「否定」を表わさず、「知っている」という肯定的な推量を表わす場合のことを指している。
例)「だれかこの問題の答えを知っていないだろうか」
以上が、構文的な特徴に影響されて、”本来は”「知らない」が使われるべきところを、「知っていない」が使われる場合である。ただ、A~Dの全てが、”単に”構文的な要因に影響されてのことなのかは疑問が残る。
次に、意味的な要因について簡単に説明を付けておく。
【意味的要因Aについて】
単文として「ドイツ語を知っていない」や「山田さんが知っていない人」のような文が不適格になる理由として、まず第一に「~ている」という形式が<完了>を前提にした表現であることを指摘している。従って、<完了性>が強くでる文脈では「知っていない」が使われ得るとしている。
例)「田中君はこのことについて、何か知っていたか」
  「いや、まだ何も知っていませんでした」
例)「このクラスの学生たちは、英語進行形の用法はまだ知っていないと思います」
【意味的要因Bについて】
これは非常に興味深い指摘である。まとめには書かれていないが、個人的に重要だと思われることは<知識の質>の問題である。つまり、「山田さんが来ること」とか「あの人の名前」とか、「(きのう)~を知った」と言えるようなものは『(容易に伝達が可能な)個別の情報』の部類であり、「(きのう)日本語を知った」と言えないように、「日本語」とか「自動車の運転」などは『個別の情報』ではなく、『ネットワーク化に組み込まれた知識』ということである。
このことから、『個別の情報』の類は「知っている」の否定「(まだ)知っていない」が用いられことがあるが、『ネットワーク化に組み込まれた知識』については、Aの要因と相まって、「知っていない」は用いられないということである。
注:括弧(<>、『』)内で示した用語は本書の説明から判断してOyanagiがつけたものである。
例)×「あいつは花子を知っていない」
  ◯「あいつは交通規則を何も知っていない」
例)「山田は、国会議員をだれも知らない」→『友人としてだれも知らない』という意味が優勢
  「山田は、国会議員をだれも知っていない」→『名前を知らない』という意味が優勢
★★★Oyanagiの補足★★★
実は先の投稿にある私の考察はこのBの部分にかなり負うところがある。<知識の質>として二種類を想定するということは
(1)完了性を意識した(:「~た」→「~ている」の流れの)情報
(2)完了性を意識しない(:静的な)情報 =<ネットワーク化に組み込まれた知識>
のふたつを私たちは区別しているということである。
私は自身の考察で<主体変化動詞>の意味特徴を示すイメージとして(ア)と(イ)を提示したが、「知る」という動詞はこれを別個に切り離して処理していることを示したが、この考え方が久野のいうBとある程度関係していると思っている。
★★★★★★★★★★★★★
【意味的要因Cについて】
これは「知る」に限らず「~ている/いない」一般について言えることで、本来「知らない」を使うべきところを、わざわざ「知っていない」を使うということは、非恒常性が強くでているということだろう。さらに、その非恒常性は「まもなくそれを知りことになる」ということを示唆していることになる。
例)「田中は、今のところ、まだこの秘密を知っていない」
  「この事件については、私は何も知っておりませんので、ご質問にはお答えすることはできません」
【意味的要因Dについて】
久野によれば、次の例文で「知っていない」を使ったほうは、話し手が花子をテストしたという印象を与えるとしている。
例)「花子は、アメリカ歴代大統領の名前を一人も知らない/知っていない」
久野の記述にはないが、この章で使われている意味的な要因で「知っていない」が適格になる文章においては、自分自身のことに言及するものがない。確かに、自分のことについて、「私は◯◯をまだ知っていない」ということはたとえ、<完了性>を意識しても、<(伝達可能な)個別の情報>について言うとしても不自然である。
★★★Oyanagiの補足★★★
以前、別な掲示板で「知っている」「知っていない」が議論になったときに、Shujiさん(バルセロナで日本語学校をやっている方です)が「知る」のもとの形が、古典語の「領る(しる)」であることを指摘されたが、今思うと、この元々の意味が「知る」の例外性を知る上でのガキになっているのではないかという気がする。

この件は、過去いろんな掲示板で度々議論されており、Oyanagiと言う人が、『新日本文法研究』の第7章「知ラナイ」と「知ッテイナイ」p.109-p.116大修館書店1983年を引用しながら詳しく説明しているサイトがあったので、下記にコピーします。


この章の最後にまとめがあるので、まずその部分を引用して、それぞれがどのようなものかについて、久野(「新日本文法研究」の著者)の説明に沿って(ところどころ個人的な解釈が入りますが)簡単に説明を付けておきます。
従って引用部分以外の記述についての文責...続きを読む

Q中(ちゅう)と中(じゅう)の違いは?

辞書で調べたけど、一つの疑惑が生まれました。

辞書によると、

じゅう ぢゆう 【中】
(1)期間を表す語に付いて、その間ずっと、その期間の初めから終わりまでなどの意を表す。
「一年―」「一日―」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちゅう 1 【中】
(イ)その範囲内であること、また、その範囲全部であることを表す。
「今週―」「来月―」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同じ「期間」を表すのに、何処か違いますか。

ここで聴解テストでぶつかった例文を出しますけど

例1.
女性: それ、今日中にしなければならないの。
男性: いいえ、そういうわけでもないんですけど。

例2.
女:ええと、あさっての午後は授業があるんですが。
男:じゃ、午前中にしようか。

ここの「今日中」と「午前中」それぞれはどの「中」でしょうか。
また、自分勝手な考えですけど、「中」の後に「に」の有無によって、意味は変わるのでしょうか。例えば:「今日中」と「今日中に」。

辞書で調べたけど、一つの疑惑が生まれました。

辞書によると、

じゅう ぢゆう 【中】
(1)期間を表す語に付いて、その間ずっと、その期間の初めから終わりまでなどの意を表す。
「一年―」「一日―」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちゅう 1 【中】
(イ)その範囲内であること、また、その範囲全部であることを表す。
「今週―」「来月―」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同じ「期間」を表すのに、何処か違いますか。
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Aベストアンサー

「~中」の読みは「じゅう」「ちゅう」に分かれます。意味は継続と期限の2つに分けてみると解りやすいと思います。「世界中」のように場所を表すのもありますが、ここでは時を表す継続と期限に絞って整理してみましょう。
「じゅう」と読むもの
  継続:一年中、一日中、一晩中、
  期限:今日中、明日中(あすじゅう)
「ちゅう」と読むもの
  継続:勤務中、会議中、留守中、就寝中
  期限:今日中(こんにちちゅう)
このように見ていくと一般的傾向として漢語系の語には「ちゅう」と発音し、和語系であれば「じゅう」と発音するのではないでしょうか。
しかし、「来月中」などは2通りの発音があります。
  ・来月中(ちゅう)には完成します。(期限)
  ・来月(じゅう)公演しています。(継続)
ご質問の「今日中」は「きょうじゅう」「こんにちちゅう」ともに
期限と考えられます。
  ・今日中に仕上げます。
継続の意味を表すには ・きょう一日中開かれています。 のような
言い方になると思います。
「午前中」は
  「午前中、診察します」は継続か期限なのかとなれば複雑になりますね。前後の文脈によります。

「~中」の読みは「じゅう」「ちゅう」に分かれます。意味は継続と期限の2つに分けてみると解りやすいと思います。「世界中」のように場所を表すのもありますが、ここでは時を表す継続と期限に絞って整理してみましょう。
「じゅう」と読むもの
  継続:一年中、一日中、一晩中、
  期限:今日中、明日中(あすじゅう)
「ちゅう」と読むもの
  継続:勤務中、会議中、留守中、就寝中
  期限:今日中(こんにちちゅう)
このように見ていくと一般的傾向として漢語系の語には「ちゅう」と発音し、和...続きを読む


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