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僕は三日間眠れなくて救急車に運ばれて3ヶ月入院しました。毎日暇で地獄の日々でした

A 回答 (3件)

実際に死にました。


20代に持病が悪化して大発作、病院の玄関にたどり着いたときに呼吸停止、私の意識と記憶もここまで。
時間の概念はありませんが、ふと気が付くと病室の天井からベッドに横たわる自分自身をボーッと見下ろしていました。

その後、、、
また気が付くと今度はそのベッドに寝ており、ぼんやした状態。
ふと枕の先に人の気配が。
意識をそちらに向けると、真っ白い着物を着た30歳位に思える女性がじっと私を見つめていました。
表情は読み取れないが、無表情に思えた。

その後、意識がまた遠退きました。

後で聞いた話。
もう助かる見込みが無いから、家族が病院に呼ばれて臨終の対応をしていたそうな…
(あの、一応幽体離脱しちゃったんですが…)
意識の無い危篤状態が3日ほど続き、その間は人工心肺に繋がれていたそうで、主治医は徹夜で付き添ったそうな…
副作用で死んでもかまわない(をいをい)から薬剤をきりなく投与したそうで全身に発疹が出たし、人工呼吸の圧力の影響でしばらく耳鳴りが消えなかった。。。

枕元に居た白装束の女性は私をあの世に迎えに来た案内人(たぶんご先祖さま)、連れていけないためにお別れをしていたらしい…
(わ~い、嫌われた\(^-^)/)

死ぬときは状況にもよるが、意識がある状態では意識を失うまでの激痛や苦しみがも~大変。。。
私は呼吸停止の直前で身体中が燃え上がる感覚を味わいました。
(窒息死の直前はメッチャ熱いッ!)
意識を無くしさえしたら、あとは傍らにいる人間が心配するほどの苦しさを感じていないようです。

ちなみに。
ウチのカミさんも死んだクチ。
やはり臨死になったらしく、三途の川の手前にあるお花畑まで見たそうです。
ただカミさんは船が大の苦手、その先が渡し船と知って帰って来たそうな…

今でも公園の手漕ぎボートから大型フェリーまで一切ダメで乗れない…
フネの揺れ、いい加減に慣れろよと言いたい。

以上、ノンフィクションです。
バカ話していますが、私の余命ももうあまり無いから、またあの白装束の女性が迎えにくるはずです。
おみやげを用意してお待ちいたしましょう。
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございました

お礼日時:2018/08/27 18:02

18歳の時、学生と仕事を同時進行で、寝不足の日々を毎日過ごして、上司に朝まで飲みに付き合ってた頃、250ccのバイクで居眠り運転を一瞬して、前見たら原付二台止まってて、右は車の渋滞、左はガードレールの状態。

。。。
エンジンブレーキをかけた瞬間なんとまぁ、3日前に後輪パンクしてタイヤ交換したばっかりで後輪が滑り、不幸中の幸いで周囲を巻き込まずに
自爆しました。
その一瞬の出来事がかなりの時間に感じて右手をコンクリートに打ち、フルフェイスだったので良かったものの、顎を打ち付けました。
が10代後半だったおかげで右前腕の橈骨遠位端のヒビ「骨折」で済みました。
その後が手を使う仕事、学生で授業中にノートが取れない。。。
試験は書けないからお金を払ってもう一度試験。。。
と生きてて良かったですが、後が地獄でした笑
懐かしい。。。。
コンマ数秒の世界を体験いかにノンビリ生活してるかが理解出来ますよ!!
暇なら暇の時間を効率良く使って下さい!!
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本当に死にそうなぐらいやばい時ってね、時間の流れ方がかわるんですよ笑


なんかね、時間がものすごく遅くなるから、通常の1秒か
10倍ぐらいになるの、感覚的には「コマ送り」
だいだいその後は死んだ思いをします。
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