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下記の続きにあたります。
【「立ちかえる」と「立ちもどる」の違い】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11727802.html

 前から気になっていた問題で、やり取りに注目していたら、アッという間に締め切られてしまいました。
 前問(と呼びます)のBAは「立ち」を外して、「帰る」「返る」「戻る」の違いを考えていました。
 帰る」「返る」「戻る」の違いに関してはほぼ同感です。しかし、「立ち」がついたときに同じような考え方ができるのでしょうか。

 ちなみに、類語辞書の記述は下記です。「立ち返る」「立ち帰る」「立ち戻る」の項目はありません。
http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/16424/meaning/ …
===========引用開始
なおる/戻る(もどる)/返る(かえる)
関連語 よみがえる 復する(ふくする) やり直す(やりなおす) やり返す(やりかえす) 持ち直す(もちなおす) 立ち返る(たちかえる) 立ち直る(たちなおる) 舞い戻る(まいもどる)
[共通する意味]
★再び元の状態になる。
[英]
to be restored
[使い方]
〔なおる〕(ラ五)
▽この病気は手術でなおる
▽盗癖がなおらない
〔戻る〕(ラ五)
▽座席に戻る
▽夏の暑さが戻った
▽振り出しに戻る
〔返る〕(ラ五)
▽郵便物が差出人に返る
▽貸した本が手元に返る
▽初心に返る
[使い分け]
【1】「なおる」は、悪い状態が良くなる意。「直る」と書くが、病気やけがなどは、「治る」とも書く。
【2】「戻る」は、再び元の場所にたどり着いたり、元の状態になったりする意で用いられる。
【3】「返る」には、「戻る」と共通する用法もあるが、慣用的に「戻る」では置き換えられないものもある。
[関連語]
◆(よみがえる) (ラ五)元の状態になる。また、生き返る。「蘇る」「甦る」とも書く。「若さが蘇る」「蘇った古代の生活」「彼と再会して嫌な記憶がよみがえった」
◆(復する) (サ変)元の状態に戻る。文章語。「元の職に復する」「旧に復する」
◆(やり直す) (サ五)一度終わったことを初めに戻ってもう一度やる。「数学を基礎からやり直す」「人生をやり直す」
◆(やり返す) (サ五)一度したことをもう一度する。また、相手を反対にやり込める。「何度か同じことをやり返す」「いやがらせをやられてやり返す」
◆(持ち直す) (サ五)悪くなった状態が良くなる。「天気が持ち直す」「病気が持ち直す」
◆(立ち返る) (ラ五)元の場所や状態に再び戻る。「初めに立ち返って考え直す」「原点に立ち返れ」
◆(立ち直る) (ラ五)悪い状態になった物事が、再び良い状態になる。「ショックからようやく立ち直った」「景気が立ち直る」
◆(舞い戻る) (ラ五)元の場所にたどり着く。「生まれ故郷に舞い戻る」
===========引用終了

質問者からの補足コメント

  • 「立ち返る」と「立ち戻る」の違いに関して以前書いたものです。
     そうか。もう4年近くもたっているのねorz。

    【「立ち返る」と「立ち戻る」の違い】
    https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12230718923.html

      補足日時:2020/06/30 20:31
  • >素手で敵にむかう蟷螂の斧

     やはり言葉の使い方が相当ヘン。
     ここまで行くとシュールなギャグになっている?

    「喧々服用」
    「呉越同舟」
     に次ぐ妙技か(笑)。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2020/07/02 18:12

A 回答 (33件中1~10件)

えーと、まずは実際のデータ、証拠を調べるところから始めるのが、科学というものでしょう。


科学、というより学問はそうあるべきなのでは?(哲学は違うのでしょうが。それに似て、「言語論」もその気があります。各自、自分の信念に基づいて、自由な(勝手な)思索にふける。)

「言語学」、より狭くは「文法」というものは違います。文法を考えるには、まずはきちんとしたデータを手に入れることから始めなければなりません。

ちょっと前までは、データを集めるのが大変でした。研究者は、小説や新聞、話しことばではシナリオや漫画などから一つ一つ用例を集めて、カードにしていたのです。
現在は、非常に便利なデータベースがいろいろ公開されています。いい時代になりました。私のような怠け者でも、簡単に良いデータが手に入ります。(とは言っても、古典文法の研究は昔から用例主義だったのですよね。現代語の文法になると、各自勝手に自分の内省だけで文法を論じ始めた、、、。)

で、「立ち返る・立ち帰る・立ち戻る」ですが、国立国語研究所の「複合動詞用例データベース」を見ます。

「立ち帰る」はありません。現代語では「立ち返る」に統合されているようです。
共起する格、修飾語句の主なものを書いておきます。

立ち返る
https://csd.ninjal.ac.jp/comp/index.php?v_id=270 …
  ~に  原点 基本 原則 神 初心 精神 自分 姿 理念 そこ 本質
  修飾  一度 常に ため 再び 主に 改めて
      ここで

立ち戻る
https://csd.ninjal.ac.jp/comp/index.php?v_id=236 …
  ~に  原点 基本 姿 自分 原則 精神 そこ 初心 時 方 基礎
  修飾  一度 常に 再び しかし ため
      ここで

見てわかるように、非常に似ています。実際の例文を見てみれば、使い方に違いのないことがわかると思います。いろいろ自分の思い込みを読み込まなければ。

これらの例文を何百か調べてみて、それでも違いがあるということであれば、それは一つの発見、報告になると思います。
それをせずに、いくつかの恣意的な作例で、こういう違いがある、と言ってみても、せんないことでしょう。

もう一つ、yahooの検索で「立ち帰る」を調べてみました。古典語を除けば、かなりの例がキリスト教関係の文書で、そこでは「立ち帰る」という表記を使うのですね。これは、私にとっては小さな発見でした。

国研のデータベースでは、「神に立ち返る」の例が挙げられているので、必ず「立ち帰る」と表記する、というものではないようですが。

以上、簡単な調査の報告を。

saburoo
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 相変わらず手抜きの質問で申し訳ございません。

>見てわかるように、非常に似ています。実際の例文を見てみれば、使い方に違いのないことがわかると思います。
 そういうことだと思います。
 
 当方の〈自分の思い込み〉で書かせていただけるなら、『広辞苑』の「立ち戻る」の語釈が好都合です。〈もどる。たちかえる。「原点に―・る」〉となっているようです。
 当方の語彙には「立ち戻る」はありません。
 おそらく「原点」なら「立ちかえる」です。
「立ちかえる」にしにくいものは、「立ち戻る」ではなく、「戻る」でいいのでは、というのが率直なところです。
 このあとりは補足のリンク先をご参照ください。

「立ち帰る」がコーパスにないのは意外でした。『記者ハンドブック』などは「立ち返る」に統一していますが、「立ち帰る」もアリでしょう。辞書は「立ち返る・立ち帰る」を併記しているものが多いような。

 もう少し考えたいと思います。
 雑音がほんの少しでも参考になればと期待しているのですが、あれでは本物の雑音です。

お礼日時:2020/06/30 21:40

No.32 のお礼に応えて



>>「今後、アスナロウさんはコメントの連投をお控えください」
「スペースのムダなので、(念仏は)今後はお控えください」

むずかしい話は別にして。
 下記は小学生でも(高学年なら)わかる言葉だと思うのですが……。

大きなお世話です!

>>頭を冷やすといいことがありますね。
 もう少し頭を冷やしてください。

冷えて固まった老人の頭ではなく、熱く燃える柔軟な発想、理解力を持たないと21世紀を生きることはできません。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」(Old soldiers never die; They just fade away)■
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この回答へのお礼

>大きなお世話です!
 そういうコメントしかできないのなら、お引き取りください。

>「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」(Old soldiers never die; They just fade away)
 これ〝も〟使い方がビミョーにズレている気がします。
 一般の日本語の使い方の是非は理解できないようなので、しかたがないですね。

 おそらく、自らの状況を悟っての退場宣言でしょう。さようなら。

お礼日時:2020/07/24 08:40

No.31 の補足です。



いつも、「難しい問題」「非常に大きな問題」と問題をごまかし、はぐらかして逃げ回っていては進歩はありません。

時枝文法にしても言語を過程において取り上げようとしたことは正しかったのですが、言語と言語活動を同一視したり、意味を過程に求める混同を生みだしています。この意味論の誤りを指摘したのは三浦つとむですが、残念ながら回答者は読んでも理解できなかったようです。

「難しい問題」「非常に大きな問題」と逃げ回っていては問題意識も生まれないということです。時枝のいう、

正しい方法を持たないのに、「事実を山ほど集めて、そこから素晴らしい結論が出るだろうなんて期待するのは、学問の邪道」(時枝誠記『国語学への道』)

だという警告を、この際、再度思い出してもらいたいものですね。■
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この回答へのお礼

むずかしい話は別にして。
 下記は小学生でも(高学年なら)わかる言葉だと思うのですが……。

「今後、アスナロウさんはコメントの連投をお控えください」
「スペースのムダなので、(念仏は)今後はお控えください」

 リンク先の念仏質問のお礼で下記のように書いてますよね。


>なるほど、動詞の意義により接頭語との組合せに制限がありますね。

 これは当方がNo.1のお礼で指摘していることです。
 やっとご理解いただけたんですね。
 よかったよかった。
 
 頭を冷やすといいことがありますね。
 もう少し頭を冷やしてください。

お礼日時:2020/07/18 20:19

No.30 の回答に応えて



大分、問題点が煮詰まってきたようです。
主な点を指摘させていただきます。

>>1 「たちかえる」「たちもどる」は本当に「ほぼ同じ」か。
 私は、「形式が違えば、何らかの点で、意味も違う」という、言語学で言われる、しかし証明のしようのない命題を、いちおう信用、というか前提としています。 

これはソシュールも云うように形式と内容の問題で、形式と内容は相対的に独立しており、組合せは自由です。それゆえに多義になります。<言語学で言われる、しかし証明のしようのない命題>ではなく、形式と内容の問題で、「帰る」「返る」「戻る」はそれぞれ形式も内容も異なるために、辞書も別に立項しています。

>>私にとっては、例えば「原点に立ち返る」のほうが、「原点に立ち戻る」よりも、文体として、固定した、決まった言い方、という感じがします。改まった言い方、より書きことば的、と言ってもいいでしょう。

これは、文の意味と語の意義を混同した誤りであることをこれまで何度も指摘し、具体的には

「立ち返る」「立ち帰る」「立ち戻る」の違いⅡ
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11764256.html

で詳述した所です。意義と意味について、

(「意味」と「意義」を別の術語として使う考え方があるのは読んだことはありますが、それによって、「意義(価値)のある」議論になっていると思ったことがないので、それ以上勉強したことはありません。)

という状態では如何ともしがたいことがここに露呈しています。

>>2 「かえる」「もどる」の違い(それが何にせよ)は、なぜ「たちかえる」「たちもどる」に反映しないのか。
 これは、説明の難しいところです。そうだからそうなんだ、というのが一つ。

いつもの「難しい」「非常に大きな問題」と問題をごまかし、はぐらかす手法ですね。
なんら難しい問題ではなく、上記の通り意義と意味の相違が理解できないために過ぎません。

>>では、なぜ「たち-」なのか、というかんじんな点がわかりません。

「たち」と「うち」は意義が異なるという単純な理由です。

>>「打ちかえる」だっていいわけで。(No.19は何だったのでしょう?)

意義が異なれば、組合せに意味の妥当性が求められます。勝手に形式的に語を繋いでも意味を為さないのは当然です。
言語における語、句、文、文章の相違と関連が全く理解されていません。
「打ち返す」「打ち返す波」はあります。
「(品詞論はいいのですが、構文論になると全くダメ)」なのはどちらでしょうか。

というより、そもそも言語とは何か、文法とは何かが全く理解できないままに、感覚的な解釈、現象論を述べ、並べているに過ぎません。本質論なしに、現象論、形式論、機能論にたよる現在のソシュールパラダイム下の発想の典型でしかないということです。

こう言うと、得意の「難しい問題」「非常に大きな問題」という逃げを打つしかありませんね。

当方がしつこく指摘、回答に拘っているのは、こうした無根拠な誤った非論理的回答の典型がn~tコンビで、多くの誤り、混乱を招くことを危惧し恐れてのことです。■
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こんにちは。



まず、No.28の最後のところについて。

   現在、論争を続けられているお二人の議論に口を挟むことは出来ません。
   どちらも学があり、理論家として知られているお二人ですから。

これには、ちょっと、異論があります。(この「ちょっと」は「かなり」の意です。)

私のことはおくとして、相手のほうは、「学」はないし、「理論家」とも言えません。

去年、議論を読み始めたときは、時枝文法を崇める、それなりに詳しい人なのかと思い、ちょっと興味を持ったのですが、具体的な文法の議論はできず(品詞論はいいのですが、構文論になると全くダメ)、言語学は「膠着語・屈折語」という用語しか知らず(しかも、屈折語の具体的なことは何もわかっていない)、音韻論は初歩の初歩も知らない、ということが明らかになってきました。

こりゃダメだ、と思ったのですが、前にも書いたとおり、そういうわからず屋に対して、こちらはいかにきちんとした論を続けられるか、という一つの「チャレンジ」(マゾ?)としていろんな議論に参加してきました。(「ハとガ」の問題の時は、かなり頑張って、相手の論の矛盾を引き出したつもりです。まあ、ちょうどヒマだったもので。)

でも、

   >お二人の議論に口を挟むことは出来ません
  「議論」(嫌いな言葉です)なら当方も口を挟みません。
  まったく「議論」になっていません。何も生まれてませんし。

  おそらく基本的な語句の定義から始めない限り永遠に平行線でしょう。
  当方にはレベルが高すぎるので、そういうのはヨソでやってほしい。

こういう御意見もあり、申し訳なく思ってもおります。(「何も生まれてませんし。」というところが厳しいです。)

閑話休題。(やっと本論です。すみません。)

現在の段階で「問題点」と考えていることをいくつか。

1 「たちかえる」「たちもどる」は本当に「ほぼ同じ」か。

 私は、「形式が違えば、何らかの点で、意味も違う」という、言語学で言われる、しかし証明のしようのない命題を、いちおう信用、というか前提としています。 
 では、「たちかえる」「たちもどる」では何が違うのか。

 これを言いだすと、「~つつ」「~ながら」の時のようなわき道にそれた議論になってしまうので、触れませんでしたが。

 私にとっては、例えば「原点に立ち返る」のほうが、「原点に立ち戻る」よりも、文体として、固定した、決まった言い方、という感じがします。改まった言い方、より書きことば的、と言ってもいいでしょう。

 前にも書いたことですが、他の補語について、細かく見ていく必要がありますが、面倒なのでする気はあまりありません。

2 「かえる」「もどる」の違い(それが何にせよ)は、なぜ「たちかえる」「たちもどる」に反映しないのか。

 これは、説明の難しいところです。そうだからそうなんだ、というのが一つ。

 あるいは、私が書いた、「たち」がついた複合動詞となる際に、「かえる」「もどる」の差異は「中和」されてしまったのだ、という説明。
 これは、いかにも言語学っぽい、それらしい説明ですが、では、どうして「中和」されてしまうのか、という別の問題に置き換わるだけです。
 これは、複合動詞は、それを構成する「元の」動詞の意味をどれだけ継承するのか、という非常に大きな問題につながるのでしょう。

3 「たち-」のほうの問題

No.24の、
   たち【立ち】
    〘接頭〙 《動詞に付いて》語勢を強め、またやや改まった感じを表す。
    「━かえる・━まさる・━まじる・━向かう」

にしても、「語勢を強め」「やや改まった感じ」などという説明でいいのか、と思います。では、なぜ「たち-」なのか、というかんじんな点がわかりません。
「打ちかえる」だっていいわけで。(No.19は何だったのでしょう?)

「たち-」の形の複合動詞について、何か論文がありそうだと思うのですが、見つかりません。

(昼食の時間なので、これでやめておきます。また何か考えついたら書きます。)

saburoo
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この回答へのお礼

>「ハとガ」の問題の時は、かなり頑張って、相手の論の矛盾を引き出したつもりです
 ムダですって。
 間違いを指摘しても、矛盾を指摘しても、認めようとしません。
 ごまかすためにムキになって長々と念仏を繰り返すだけなんですから。話は何も進展しません。

「何も生まれてませんし。」はちょっと表現がきつかったですかね。
 申し訳ございません。
 でもフツーの日本語を使う人と、●●のSF文法の使い手がやり取りしても何も生まれないのでは。
 当方は、ユニークな発想の中に何か役に立つことがあれば……と辛抱しています。
 ……これが本当にレアで(泣)。
 書きたいことを書き散らして消えてくれればいいのに、あまりにもしつこい。

>2 「かえる」「もどる」の違い(それが何にせよ)は、なぜ「たちかえる」「たちもどる」に反映しないのか。
 当方は「そうだからそうなんだ」(そういうもの)と考えています。
「中和」というのは、感じが出ている表現だと思います。
 かなり違いのある言葉が、「たち」がつくと近い意味になりそうな。

 これは「返る」「戻る」特有の気がします。
 現段階ではその程度のことしかわかりません。
 さらに、最初から繰り返していますが、通常の動詞は「たち」がつくと意味がかなりかわります。なぜ「立ち返る」「立ち戻る」だけが(補語が限定されるにしても)ほとんどかわらないのか……もナゾのままです。
「そういうもの」なのかもしれません。

お礼日時:2020/07/18 21:56

とびさんおはようございます。

 立ち返るの意義が下記の2つあります。
1.一度したことをもう一度する
2.元の場所に再び戻る
 文の中で2つの意義のいずれかだけになります。原点に立ち返る。の場合は2.の意義になります。その意義は文の中に溶けて意味が読んだ人の中に文全体としてあります。人の中の意味をとりだすと文になるのでとりだせません。『「立ち返る」「立ち帰る」「立ち戻る」の違いⅡ』https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11764256.html
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

>立ち返るの意義が下記の2つあります。
>1.一度したことをもう一度する
>2.元の場所に再び戻る
 この場合の「意義」は「意味」とどう違うのでしょうか。もし違う意味で使っているのなら定義をお願いします。それがないと、グチャグチャの堂々巡りになりかねません。
 下記のNo.17への補足をご参照ください。
【「洗濯に」と「洗濯しに」と「洗濯をしに」の違い】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11718446.html

「下記の2つ」とはどこから出てきた話でしょうか。このように断定的に書くなら出典をお願いします。それがないと話になりません。

 当方の考えは、No.28への返信ぐらいです。

 末尾のリンクはどういう意味合いでしょうか。よくわかりません。

お礼日時:2020/07/17 21:21

たち‐かえ・る[‥かへる]


【立返・立帰・立還】
〔自ラ四〕
〔一〕波などが高くなって打ち寄せてはかえる。
*土左日記〔935頃〕承平五年二月三日「かぜのふくことやまねばきしのなみたちかへる」
〔二〕(「たち」は接頭語)
(1)繰り返す。同じことを何度もする。
*宇津保物語〔970~999頃〕国譲上「たちかへりつつ御せうそこ申させ給ふ」
*更級日記〔1059頃〕「親のをりより立帰つつ見しあづまぢよりは近きやうに聞ゆれば」
(2)折り返す。折り返してすぐ返事をする。折り返してすぐ帰る。
*源氏物語〔1001~14頃〕蜻蛉「長ごもりし給はむもびんなし。いきといきてたちかへらむも心ぐるし」
(3)もとの場所、行きすぎた場所などにもどる。帰る。あともどりする。引き返す。
*古今和歌集〔905~914〕春下・一二〇「わがやどにさける藤なみ立帰りすぎがてにのみ人のみるらん〈凡河内躬恒〉」
*枕草子〔10C終〕一八〇・ある所になにの君とかや「出づるかたを見せてたちかへり、立蔀の間に陰にそひて立ちて」
*山家集〔12C後〕上「五月つごもりに、山里にまかりて、たちかへりけるを」
*吾妻鏡‐貞応元年〔1222〕四月二七日「剰去年兵乱之時、候仙洞到合戦、零落之後、猶立還当庄之由、行詮就訴申如此」
*言継卿記‐永祿七年〔1564〕八月二三日「南向、薄等葉室へ被行、立帰云々、但各被留之間、明後日可帰之由有之」
*浮世草子・西鶴織留〔1694〕五・二「口惜ながら、是非なく思ひそめましたが因果、お望み次第といへば、此男立帰(カヘ)りて」
*小学読本〔1874〕〈榊原・那珂・稲垣〉五「えう無きことし賜ふなといふに力無くて立ち帰りしが」

(4)もとの状態にもどる。昔にかえる。問題の時点にもどる。
*古今和歌集〔905~914〕恋四・七三四「いにしへに猶立かへる心哉こひしきことにものわすれせで〈紀貫之〉」
*栄花物語〔1028~92頃〕浦々の別「古になほたちかへる御心の出でくれば」
*神皇正統記〔1339~43〕中・村上「もはら輔佐の器として、立かへり、神代の幽契のままに成ぬるにや」
*浄瑠璃・傾城無間鐘〔1723〕道行「自害と見えて咽吭を〈略〉消えて間の有る魂は起回(タチカヘ)る可きやうもなし」
*日本の思想〔1961〕〈丸山真男〉一・三「ここでもう一度、憲法制定会議に立ちかえって、そこでの森有礼と伊藤博文・井上毅との間に交された興味ある論戦を一べつしよう」

(5)年が改まる。新しい年になる。
*宇津保物語〔970~999頃〕菊の宴「たちかへり年とともにやつらかりし君が心もあらたまるらん」
*枕草子〔10C終〕四一・鳥は「年たちかへるなどをかしきことに歌にも文にもつくるなるは」
*拾遺和歌集〔1005~07頃か〕春・五「あらたまの年立帰朝よりまたるる物はうくひすのこゑ〈素性〉」

「たち」には「接頭語」(強意)の場合と、実際の人間の動作「立つ」を表し、複合語として使われるケースがあります。
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12230718923.html
での私の発言には、この複合動詞としての事を強調しました。「立ち止まる」はそれまでの動きを止めてしまうこと。「立ち直る」(←→「立て直す」)は一旦敗勢であった態勢を改める意。こういう単なる接頭語と区別する意図があったわけです。そうすると、「立ち返る」「立ち戻る」の「立ち」は今までと逆の動きに使ったと言えなくはないが、やはり「接頭語」(強調)としての用法が主だと受け取れます。
だから、「立ち返る」「立ち戻る」は「かえる」「戻る」と考えていいと判断出来ます。「原点に返る/戻る」ですね。
 現在、論争を続けられているお二人の議論に口を挟むことは出来ません。どちらも学があり、理論家として知られているお二人ですから。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 日国の例文は古すぎて(そういう方針から仕方がないのかもしれませんが)、どこまで現代で通じるがわからないことが多々あります。
 現代文だと、「立ち返る」「立ち戻る」は「原点に」「初心に」「基本に」など、用法が限定される気がします。コメントNo.4参照。
 
 実は単純なことだと思います(理由は不明ですが)。
「立ち」がつくとたいていの複合動詞は、ニュアンスがかなりかわります。
 ところが、「立ち返る」「立ち戻る」の場合は、「立ち」があってもなくてもほぼ同義になる気がします。コメントNo.23への「お礼」をご参照ください。 
 もう少し言うならば、補足に書いたとおりのような。

>お二人の議論に口を挟むことは出来ません
「議論」(嫌いな言葉です)なら当方も口を挟みません。まったく「議論」になっていません。何も生まれてませんし。

 おそらく基本的な語句の定義から始めない限り永遠に平行線でしょう。
 当方にはレベルが高すぎるので、そういうのはヨソでやってほしい。
  
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12230718923.html
>での私の発言には、
【「立ちかえる」と「立ちもどる」の違い】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11727802.html
 のコメントNo.7のことでしょうか。

お礼日時:2020/07/13 18:18

(No.26の続きです。



ちょっとよけいな感想を。

去年、いろいろと「議論」し始めたときは、相手の問いにほとんど答えず、余計な抽象論をごたごたと書き散らす、面白いタイプの人が現れたなあ、と思っていたのですが(そして、そのとんちんかんな論を楽しんでいたのですが)、このところの「回答」の迷走ぶり(例えば、「屈折語」には冠詞がないとか、「主語」が必ず要るものだ、とか)を見ていると、言語学を知らないだけでなく、そもそも論理的な議論(応答)というものができないのではないか、と疑い始めています。

私が多少長い論を書き、いろいろな質問をしても、答えるのはごく一部、それも具体的な論証なし、ということは以前と同じですが、その論の外し方が、問題を理解し、答えられないために回答を避けているというより、そもそも論についていけてないのではないか、と思わせるものになっています。
(前からそうだったか?)

例えば、今回の私の論は「反転」という語を大きくとりあげ、それが何を意味するのかが、

    「返る」は反転であり、「戻る」はもとの場所に帰ることです。

という、「かえる」と「もどる」の違い、ひいては「たちかえる」と「たちもどる」の違いの議論で「カギ」になるものだ、と考え、そこを論じているのですが、それについて何も触れない。

そこについてはっきりした主張があるなら、すぐさま私の論の「かん違い」あるいは「誤り」を指摘できるはずなのですが、そうしない。というより、そうできないのでしょう。

私の論が何を主張し、どこに反論すればいいのかがわからないのでは?

いつものごとく「意味と意義の違い」という問題に収束させて、しかもそれを詳しく論じたりはしない。できないから。
まあ、No.19を読み返しても、明らかな誤りに気づかないような読み方なら、私の論の論理を追えるわけはありませんね。


最後に、No.15から。

  >>たちかえる]
   ・「権力監視」と正確な報道というジャーナリズムの原点にいま一度、 立ち返る。
  これらの例は、「原点に~立ち返る」ですが、原点が前方、未来にあると主張されるのでしょうか?
  >>「反転」の意味は認められませんでした。
    反転せずに、どうやって「原点に~立ち返る」のでしょう?
  >>[たちもどる]
   ・だからこそ、自由と平等を勝ち取る運動の原点にすべての人が 立ち戻る ことが必要だと僕は思うのですが、・・・。
  これらも、「原点に~ 立ち戻る」です。
 【「反転」の意味は認められません】とは、何を言わんとされているのでしょうか?■

「たちかえる」も「たちもどる」も「反転」しているようです。
では、

    「返る」は反転であり、「戻る」はもとの場所に帰ることです。

とは何だったのか?

saburoo
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この回答へのお礼

>去年、いろいろと「議論」し始めたときは、相手の問いにほとんど答えず、余計な抽象論をごたごたと書き散らす、面白いタイプの人が現れたなあ
 当方はもともとmixiで独善的なコメントを続けざまに入れるのを見て、病的な人だと思いました。
 その後、当方のブログに執拗もコメントを入れてきてきました。相手にしないでいると、そのうち質問サイトで現在の常識と異なるSF文法を撒き散らすようになって。
 どんどん症状が悪化して、へたに相手をするとさらに悪化する気がします。
 やはり放置するべきでしょう。

 今度は下記のような質問をして……質問ではありませんか。
【「立ち返る」「立ち帰る」「立ち戻る」の違いⅡ】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11764256.html

お礼日時:2020/07/16 20:13

なんだかごちゃごちゃ書いていますね。

ほとんどが意味のないことばかりですが。


まず、No.21 について。

「かえる」と「もどる」の辞書の引用の後、

    で、これに接頭語「立ち」を加えた複合語が同じ意義となる訳がありませんよね。
    日本語が理解できますかというレベルです。

「同じ意義となる訳がありませんよね」というところを、具体例を持って論証せよ、というのがこちらの要求です。「たちかえる」と「たちもどる」の実際の例を並べ、どう違うかを説明せよ、という。

議論が「~わけがありませんよね」ですむなら、科学は発展しませんでした。「地球が丸いわけがない(おっこちてしまうから)」「地球が太陽の周りを回っているわけがない(そんな速度で回ったら、酔ってしまうだろう)」その他いろいろ。

今まで、何か「論証」をしましたか。

「論証」ということばの意味を知らないのではないか、という疑いを持ち始めています。辞書的な意味(意義?)は知っているでしょうけれども、それを実際に行ったことがないのでは?
(言語学または文法で「論文」を書いたことはないでしょう?)

   文の意味は何度も指摘したように千差万別です。

これを何度も書いていますが、何のためなのかわかりません。文は無限であり、常に新しい文が作られうる、というのは生成文法が特に強調している言語の特性の一つですが、それをここでわざわざ強調する理由は何か。
今議論しているのは、複合動詞の意味用法です。文の意味の話ではありません。

例文を持ち出すのは、複合動詞の用法を検討するためです。二つの文で使われている違う複合動詞を入れ替えても、文の意味に何ら(あるいは「ほとんど」)変化がなければ、その複合動詞はほとんど同じ意味を持っていると判断されます。
入れ替えた文の意味が違うなら、どう違うのかを説明する必要があります。
それを、いくつかの文に関して行って(いくつやるべきかは多少の議論がありうるでしょう)、さて、この二つの複合動詞はほぼ同義と言えるか、はっきり違った意味を持つと言えるかが検証されるのです。

私の判断は、ほぼ同義、です。
で、「同じ意義ではない」のなら、それをはっきり示さなければ、その判断は誰にも指示されません。
「~わけがない」ですませようとするなら、それは学問ではありません。

   ・被災地に映画を届けることは、映画を上映することの「原点」に 立ち返る ような
    経験でもありました。
   ・被災地に映画を届けることは、映画を上映することの「原点」に 立ち戻る ような
    経験でもありました。
   ・映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に 立ち戻る ために
    必ず観る映画として、『捜索者』『七人の侍』『素晴らしき哉、人生!
   ・映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に 立ち返る ために
    必ず観る映画として、『捜索者』『七人の侍』『素晴らしき哉、人生!
   ・日本車にこだわる人は何故日本車が高性能であるのかをという原点に 立ち返る 必要
    があります。
   ・日本車にこだわる人は何故日本車が高性能であるのかをという原点に 立ち戻る 必要
    があります。
   ・「権力監視」と正確な報道というジャーナリズムの原点にいま一度、 立ち戻る。
   ・「権力監視」と正確な報道というジャーナリズムの原点にいま一度、 立ち返る。

何も違いは感じませんけどねえ。これは一人の日本語話者の言語直感(内省)という一つのデータです。
「違いがある」という内省も一つのデータです。
「違いがある」という論者は、その「違い」を具体的に示す必要があります。よろしく。
(「日本人ならわかるはずだ」etc.の類はダメですよ。「科学的」な議論でない。「反転」については、前回長く疑問を呈しておきました。それに答えてください。ごまかさず、詳しく。))

なお、「原点に」だからだ、ということはあり得ます。他の名詞・補語についても一つ一つやってみる必要があります。特に、「違いがある」という論者には。
(これも、すでに書きました。上のいくつかの例は、出発点に立っただけです。)

やってみて、結果を報告してもらえませんか?
抽象的な理屈をこねるのはお得意でも、こういう地道な作業はやりたくないでしょうね。その辺が、シロウトさんの限界ですね。

あと、

   文の意味から語の意義を抽象しなければなりませんが

ここのところ、興味があるのですが、どうやるのですか?
よろしかったら、お教えください。詳しく、具体的に。


No.23について。

   >>複合動詞の用法を、それを構成する二つの動詞の用法の「合成」として
     考えるのは、「悪手」です。
   「悪手」ではなく、日本語言語表現の文法の基本です。

そう言うのは自由ですが、では、なぜそうなのかを「論証」しなければなりません。
No.17で「おちこむ」「あふれかえる」「あふれだす」などの例を出したのですが、その議論がわかりませんでしたか?

あるいは、「たてかえる」という複合動詞は「たてる」と「かえる」の「合成」で説明できますか?「建て替える」ならまだわかりやすいんですが、「立て替える」だとどうなるのか。

「とりこむ」。洗濯物なら「とる+こむ」と考えられますが、「こむ」のほうには単独動詞の用法では説明できないので、複合動詞の場合は「入れる」の意味だという言い訳が必要になります。
しかし、なぜ複合動詞の場合は用法が変わるのか。単純な「合成」はできないのです。
それから、「「いま葬式で━・んでいる」[明鏡国語辞典 第二版]例」だと、どういう「合成」なのか。
こんな例は山ほどあります。

複合動詞について、まじめに勉強したこと、ないでしょう? 基本的なことを知らない。
これを機会に勉強してください。本はいろいろあります。必要なら紹介します。

それから、ここはどう考えているのかわからないのですが、「返る」と「戻る」の辞書の引用の中に、

  かえ・る
  (2)もとの状態に戻る。

  もどる
  (3)以前の状態に再びなる。旧に復する。 

とあるわけですが、つまりは同じ用法ですね。コロケーション(連語)の成立に関してはそれぞれの慣用があり、同じようには使えませんが、例えば、
   
   正気に返る  正気に戻る

は同義と言っていいでしょう。(私にとっては、文体差があります)

そこで、

   「立ち返る」は「返る」の(2)の用法+「接頭語」の「たち」
   「立ち戻る」は「戻る」の(3)の用法+「接頭語」の「たち」

なのだと考えれば、両方が同じような補語をとり、同じような意味になっても何ら不思議はないはずですね。
こういう考え方はどうなんでしょうか。

前回、私は「中和」という用語を使って説明しました。「中和」というのは言語学の術語ですが、ご存じなかったようですね。言語学も勉強しておいたほうがいいですね。

wikipediaに簡単な説明があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%92%8C_(%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6)

残念ながら、音韻論の場合の説明のみですが、どういうことを言うのかはわかるでしょう。

 
で、いよいよNo.19について。

   うち【打ち】〔接頭〕(動詞に冠して)
    ①その意を強め、または音調をととのえる。「―興ずる」「―続く」 
    ②瞬間的な動作であることを示す。「―見る」        【広辞苑】
  で、動詞「かえる」「もどる」に冠して<①その意を強め、または音調をととのえる。
  「―興ずる」「―続く」②瞬間的な動作であることを示す。「―見る」>のであって、
  接頭語「打ち」に「中和」の意義もなければ、機能もありません。何か幻を見られて
  いるようです。超能力の問題かもしれませんね。


まさに、「何か幻を見」ているようです。「打ち」の議論なんてしてましたっけ?

「打ち」を「動詞「かえる」「もどる」に冠して(ウンヌン)のであって」ならば、「うちかえる」「うちもどる」?
なんのこっちゃ。

   接頭語「打ち」に「中和」の意義もなければ、機能もありません

ここは「たち」に読み替えることにしますが、私は「たち」が「中和する」などとは一言も書いていません。私の文章が読みとれなかったのですね。
「中和」という専門用語を知らなかったにしても、相手が書いていないことを勝手な解釈で「反論」しても何の意味もないばかりでなく、ご自分の愚かさをさらすことになります。

(No.27に続きます。)

saburoo
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No.24 のお礼に応えて



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