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in which と where の意味的な違いは何でしょうか?前置詞+関係代名詞と関係副詞だということはわかるのですが、使い方のちがいはありますか?形が違えば意味も違うと思うのですが調べようがありません。お願いいたします。

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A 回答 (1件)

簡単な例文をお示ししますので、参考にしてください。

文法的解釈は他の回答者に譲ります(笑) 文法用語は分かりませんので(泣)、あしからず。

You may get in touch with the personnel department
where you may ask for more details.

You may get in touch with the personnel department
where all of your relative documents are stored for
at least 30 years after your graduation.

両者とも「where」は「そこで、そこでは」と訳せる。


We have 100 the most beautiful castles of Japan in which
you can naturally find Osaka and Himeji castles.

ここで「in which」は、「その中で」「その中に」と訳すと日本語として最適。この「in which」の代わりに「where」としても間違いではないが、残念ながら「その中で」のニュアンスが出てこない。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

だいぶ日にちが過ぎてしまいましたが、ありがとうございました。例文のおかげでニュアンスまでわかりました。

お礼日時:2008/11/22 14:41

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Q関係詞in whichとwhereの違いについて

This is the house ( ) he was born.

こういう問題を見かけたのですがこれは答えwhere とin which
どちらになるのでしょうか?文の最後にinが残っていればwhichですよね?

どうやって見分ければいいでしょうか?

Aベストアンサー

This is the house

he lives in
that he lives in
which he lives in
where he lives

どれも正しいです。

空所1つにつき1語と決まっているなら where です。

先行詞が house の場合、that を関係副詞として使うことは普通しませんので

that he lives
はあまりよくありません。

Qどうしても使い方がわからない・・・such as とlike

こちらのサイトでも調べてのですが、どうしてもわかりませんでした。 ~のような というときのsuch asと likeの使い分けです。例を用いてなるべく簡単にわかりやすく説明してくださる方いらっしゃいませんか?すみませんが教えてください。

Aベストアンサー

such as ~ のほうは「例えば ~ などのようなもの」という例を挙げるもので、

like ~ のほうは「~ に似ているもの」という類似性を示すもの、

という印象の違いがあると思います。

日本語で「~のようなもの」という言葉には、例を挙げている場合と、形や様子が似ているものを挙げている場合があいまいに混じっているので、和英のときに一緒にまとめられてしまうのですね。

Q東大や京大の看護学科になぜいくの?

医者になるには狭い医学部の門をくぐらなくてはなりません。

しかし、看護士になるには、専門学校などをでればできるはずです。では、なぜ京大とかのすごい学歴の看護学科にいくのでしょうか?

他学部は研究設備の差と就職面で、地方大学とは差が歴然です。
しかし、看護師になるには一緒だと思います。

やはり、専門学校と京大では、努力の差が雲泥の差ですし、人を助けたいと思い看護師になりたいなら専門学校でいいと思います。

なにか京大に行くメリットあるのでしょうか?大学院で看護の研究とかあるんでしょうか?

Aベストアンサー

>なぜ京大とかのすごい学歴の看護学科にいくのでしょうか?

高校の成績がとても良い人が看護師志望だと、東大京大あたりが自分の偏差値にあっているので、そこを受けるのです。

と書き始めましたが、補足まで読んでみると、質問者さんは

(医者>看護師)かつ(医学部に入れる成績 → 医学部に入るべき)であるにもかかわらず、「医学部に入れる成績」 なのに 「看護学部に入る」のはなぜ? と聞いていると理解しました(まちがってたらごめんなさい)。

ウーム、想像しにくいが、成績がいいことは前提として、
「どうしても医者になりたくない理由がある」←看護師でなくてもいいじゃん
「どうしても看護師になりたい理由がある」←とりあえずコレでしょう
「看護学を勉強してみたい」←他の人も書いていたなあ。でも、高校生でこんなことを考えるのはよっぽど優秀と見た。←そりゃ、東大受けるくらいだもんね
「現役看護師から、『看護師内での学歴による序列』の存在をきかされた(准看<正看(専門卒<医短卒<4大卒<院卒)」←東大京大でなくてもいいじゃん

一人ツッコミをしていますが、なかなか想像しにくいです。
ただし、東大京大ならどこでもいいというのが何人か混ざっているような気はします。

>なぜ京大とかのすごい学歴の看護学科にいくのでしょうか?

高校の成績がとても良い人が看護師志望だと、東大京大あたりが自分の偏差値にあっているので、そこを受けるのです。

と書き始めましたが、補足まで読んでみると、質問者さんは

(医者>看護師)かつ(医学部に入れる成績 → 医学部に入るべき)であるにもかかわらず、「医学部に入れる成績」 なのに 「看護学部に入る」のはなぜ? と聞いていると理解しました(まちがってたらごめんなさい)。

ウーム、想像しにくいが、成績がいいこと...続きを読む

Qallow の後

I don't allow you to do such a thing.
I don't alllow doing such a thing.
という例文がありました。どうしてこのようにallow to do にはならないのでしょうか?同じ意味なら不定詞を続けたほうがいいと思うのですが。

Aベストアンサー

to do は、「これから」とか「もし~するなら」のような意味を持ちます。
doing は、「すでにやっている」とか「いつもしている」のような感覚です。I enjoy playing tennis. の文がその典型ですが、楽しむためには、現実にやっている必要性があります。

I don't alllow doing such a thing.のようになり、I don't alllow to do such a thing. にならないのは、to A は、基本的に、Aの方向へ動くという感覚があり、主語+動詞+to do の形は、主語がto do する、と言う感覚が出てしまうからです。

たとえば、I plan to go there. の否定文は、I don't plan to go there. であり、「私は行かない」の意味になります。

また、肯定文ではto不定詞なのに、否定文ではdoing になることはよくあります。I'd like him to go there. は、 I don't like him going there. となります。否定すると言うことは、肯定するものがあって、その次の段階でできることなので、すでに肯定するべきものがそこにあると言う感覚が必要なのです。これは、目的語駆動力が弱い場合に、よく起こる現象です。

また、一般的に、主語+動詞+to do の文型は、主語+動詞+(主語)+to do の形が深層構造としてあると考えていいことが多いのです。
I plan myself to go there.
I allow to go there. としてしまうと、I allow myself to go there. と言う意味になってしまい、「自分がそこへ行くことを自分で許可する」と言うような意味になってしまいます。

一般的に、「そこへ行くこと」を許可しない と言う意味なのですから、動名詞を使って、I don't allow going there. のようにしないと、意味が通りません。

なお、上のように考えることによって、He refused to go there. となり、He refused going there. とはならないこと。同様に、He missed going there. となり、He failed to go there.となることなども、説明ができます。
refuse は、重要なこと、あまり日常的なことでないことについて、それをすることを断ると言う意味です。深層構造として、I refused myself to go there. があると考えるのです。つまり、「要請した側・頼んだ側からの社会的、または、環境的な目的語駆動力が働いている」と考えるのです。decline も同様です。

また、miss は、日常的なことをやりそこなうなので、「社会的、または、環境的な目的語駆動力が働いている」とは考えられず、その結果、doing が選ばれるわけです。I missed getting on the bus.
fail は、ある程度重要なことをやりそこなった場合に使うので、「社会的、または、環境的な目的語駆動力が働いている」と考え、to doが選ばれるわけです。

目的語駆動力については、http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3092547.html
を見てください。

to do は、「これから」とか「もし~するなら」のような意味を持ちます。
doing は、「すでにやっている」とか「いつもしている」のような感覚です。I enjoy playing tennis. の文がその典型ですが、楽しむためには、現実にやっている必要性があります。

I don't alllow doing such a thing.のようになり、I don't alllow to do such a thing. にならないのは、to A は、基本的に、Aの方向へ動くという感覚があり、主語+動詞+to do の形は、主語がto do する、と言う感覚が出てしまうからです。

たとえ...続きを読む

Q関係代名詞と分詞の違い

こんにちは。
今中3で、関係代名詞を習っているのですが、その前に習った分詞との違いがわかりません。
[分]I know the boy swimming in the river.
[間]I know the boy who is swimming in the river.
この二つの文ってどちらも「私は川で泳いでいる男の子を知っています。」ですよね?
違いも使い分けもわからないのですが、どう違うのか教えていただけませんか?
よろしくお願いします。
英文、間違っていたらすいません。

Aベストアンサー

これまでのみなさんのご回答は、すべて完璧だと思いますが、質問者であるanna825さんは、「もう少し手前」のことで悩んでいるような気がしますので、参考までに私なりの回答をしてみます。

まず、anna825さんがあげられている文章を前提にしましょう。
[分   詞]I know the boy swimming in the river.
[関係代名詞]I know the boy who is swimming in the river.
この2つの文の意味は、同じです。
使い分けとしては、どちらを使ってもかまいません。
確かに、若干とはいえ表現に違いがあるのですから、「ニュアンス」としては、多少の違いがあることもあります。しかし、伝えている「事実」に異なるところはありません。
1つの事柄を伝えるのに、複数の表現方法があることは、どの言語でも同じです。そうですね、たとえば、「私は川で泳いでいる男の子を知っています」という内容を日本語で伝える場合、「川で泳いでいる男の子がいるでしょう? 私は彼を知っているんですよ」といっても、同じことが伝わりますよね?
同じことを伝えるのに、文法的に、あるいは状況によって、はたまた話している相手との人間関係によってなど、さまざまな理由で少しずつ違う表現をすることがあります。
その表現の違いが、ある種の特徴を持っている場合に、文法学者が違う文法構造だと考え、違う文法用語がつけられることがある、その程度のことだと思ってよいと思います。

今回の文例で言えば、「分詞表現」のほうが短くて簡単ですね? 簡単な表現は、簡単な内容を伝えるのに便利です。話し手と聞き手が、男の子が川で泳いでいる状況を同時に見ていて、「おれ、あいつのこと知ってるよ」という時には、the boy swimming in the riverで十分に意味が伝わります。
ところが、#2さんが出した例のように、「昨日川で泳いでいたあの男の子、僕は彼のことを知っているんだ」と言いたい場合は、伝える内容が少し複雑になりますね。「彼を知っている」のは現在の話なのに、「男の子が川で泳いでいた」のは過去の話ですから。
このように、ちょっと複雑な内容を伝えたい時は、簡単な表現である「分詞表現」では対応しきれないこともあるのです。その場合は、より幅の広い内容を伝えられる「関係詞表現」を使えばよいのです。その答えは、#2さんのとおりで、
I know the boy who was swimming in the river yesterday.
となります。これは、「分詞表現」では伝えきれない内容なのです。
学校では、「より簡単な内容を伝えられる簡単な表現方法」を先に教えたいのだと思います。その結果、関係詞よりも分詞を先に教えるのでしょう。
ですから、関係詞を学んだ時点で、「実は、前にならった分詞表現は、関係詞を簡略化した(省略した)表現だったのだ」と思えばよいのです。

ここまでがわかった時点で、#4さんのおっしゃることを、次の文例で考えてみましょう。
「私には、英語を上手に話す弟がいる」
→[○:関係詞]I have a brother who speaks English well.
→[×:分 詞]I have a brother speaking English well.
上記のような日本語の内容を表現するには、分詞を使った第2文ではダメで、関係詞を使った第1文が正解となります。

こうした例まで含めて考えると、関係詞表現と分詞表現が「完全互換」ではないことがわかると思います。
むしろ、anna825さんがあげた例文のような場合には、関係詞表現でも分詞表現でも、同じ内容を伝えることができるのですが、それ以外では互換性がないことも多いのです。
日本の英文法の教科書は、異なる文法事項を説明するのに同じような例文を提示して、その違いを説明しないことが多いので、混乱するのもムリはありません。似たような表現形式を教える時に、「どこまで同じでどこから違うのか」ということをきちんと教えてほしいものですね。
こうした疑問が生まれてきたときには、似たような例文を眺めて「これとこれはどこが違うんだろう?」と悩むだけでなく、もっと多くの例文を自分で考えてみて、それぞれを比較してみると、納得できることがあります。
とはいえ、中3ではまだまだ自分で例文を思いつくこと自体が難しいと思いますので、積極的に先生やこういった場所でお聞きになればよいと思います。

これまでのみなさんのご回答は、すべて完璧だと思いますが、質問者であるanna825さんは、「もう少し手前」のことで悩んでいるような気がしますので、参考までに私なりの回答をしてみます。

まず、anna825さんがあげられている文章を前提にしましょう。
[分   詞]I know the boy swimming in the river.
[関係代名詞]I know the boy who is swimming in the river.
この2つの文の意味は、同じです。
使い分けとしては、どちらを使ってもかまいません。
確かに、若干とはいえ表現に違いがあるのです...続きを読む


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